家族の肖像~親子の対話 その49

 

佐々木 眞

 
 

 

「イトウさん、怒るな!」そう言いましたお。
言ったんだあ。

以下同文って、なに?
以下おなじ、よ。

方々って、なに?
みなさん、よ。

連佛さん、菊池桃子と喧嘩したの?
話し合ったのよ。

お待ち願います、って、なに?
待ってね、のことよ。

お父さん、ボク小田急。ゴゴゴゴゴー!
ドッシーン。
ぶつかっちゃった。

ひとすじ、ってなに?
一直線よ。

お父さん、強敵って、なに?
強い敵だよ。
ボク、モナカ好きですお。
お母さんも好きですよ。。
お父さんも。

お母さん、公平って、なに?
みんなおんなじに、よ。
コウヘイ、コウヘイ。

トイレでお湯をいっぱい流すな使うな、と注意されたんですお。
誰に?
お父さんに。

ぼく、浮輪よ。すきだよ。
そう。浮輪使ってね。

お母さん、見事って、なに?
素晴らしいことよ。

ぼくはシューシューしましたお。
よし。お父さんも玄関でシューシュー消毒しますよ。

紫、赤と青混ぜるの?
そうだね。

バンバンジー、好きですお。
お父さんも。

タケナカさん、石原さとみと一緒でしたよ。
そうなんだ。

お母さん、ガキって、なに?
子どものことよ。
ガキ、ガキ、ガキ。

お母さん、「こころ」面白かったんですお。
面白かったですねえ。

巡り合うって、なに?
まあいろいろあって、会うことだよ。

マコトさん、浦和、南浦和の次でしょう?
そうだね。

お父さん、あした、石原さとみのドラマ録画してね。
わかりましたあ。

お母さん、停電したためって、なに?
電気が止まったから、よ。

コウ君、お母さんが年取ったら面倒見てくれる?
ぼく、面倒みますお。

ハスはジュンサイに似てるよねえ。ぼく、ジュンサイ好きですお。
お母さんも。
お父さんも。

お父さん、今日石原さとみと寝ます。
なぬ? コウ君、それは問題だよ。石原さとみの写真を枕元に置くんでしょ?
ぼく、石原さとみの写真を置いて寝ますよ。
それならいいよ。

ぼく、リョウちゃんです。
こんにちは、リョウちゃん。

経験て、なに?
いろいろやったことだよ。

お父さん、アオイケさんの名前をいっぱい書いてあげますよ。
誰に?
アオイケさんに。
アオイケサンにあげようね。
分かりましたあ。

ミエコさん、耳鼻科ある?
ありますよ。芋川耳鼻科。行きたいの?
行きたくないお。

マコトさん、聞くは門に耳でよ?
え、そう? 確かに門に耳だね

横浜線って「特急はまかいじ」なんかでしょう?
そうなの?
そうですお。

忘れはしない、って、なに?
忘れない、のことよ。

表情って、なに?
顔の様子よ。

サッカー、蹴ることでしょ?
なに?
サッカーは蹴るんでしょ?
そうだね。

抱きしめちゃ、ダメでしょう?
いや、お父さんなら抱きしめても構わないよ。
いやですお。

お母さん、魂ってなあに?
心のことですよ。

お母さん、シュウカイドーありますか?
お庭にありますよ。
ぼく、シューカイドー好きですお。
お母さんも。
お父さんもだよ。

我が君って、なに?
私の大事な人だよ。
そ、そうですよ。

お父さん、疑がっちゃ駄目でしょう?
たまに疑ってもいいよ。
そ、そうなんですか。

新玉川線、なくなりましたよ。
そうなんだ。それで何線になったの?
田園都市線だお。
いつ?
平成12年だお。
そうなんだあ。

マコトさーん、ふきのとう舎、桜ケ丘でしょ?
そうだね。

この際って、なに?
この機会に、だよ。

カミナリ鳴ってますお。ぼく、カミナリ嫌いですお。
お父さんも。

お母さんは?
お出かけしてるよ。です。さて問題です。お母さんはどこへ行ったでしょう?
なにがつくもの?
ビがつきます。
ビビビビビビ。ビの次は?
ヨだよ。
ビヨ、ビヨ、ビヨ、ビヨ、ビ、
コウ君、お母さんは美容院へ行ってます。
分かりましたあ。

 

 

 

家族の肖像~親子の対話 その48

 

佐々木 眞

 
 

 

僕、映画村好きですお。
映画村ってどこにあるの?
西日本ですよ。
コウくん行ったことあるの?
修学旅行で行きましたお。
そうなんだ。お父さんも行きたいな。
お母さんも行きたいな。コウ君と一緒にまた行きましょうか?
嫌ですお。

ヒタイ、オデコでしょ?
そうだよ。
ヒタイ、どこ? これ?
そうだよ。

✖️は止めるでしょ?
そうだね。

キケンは止めるでしょ。
そだね。

お父さん、「なんで」の英語は?
WHYだよ。

おどろくって、びっくりする、のことでしょ?
そうだよ。

お父さん、タケちゃんのラーメン屋さん、閉店したの?
そうなんだよ。残念だね。

タケナカさん、体調崩したんですお。
そうなんだ。

疫病神って、なに?
良くないことをひきおこす人だよ。

セイザブロウサン、「ヘーツト」と言ったよ。
そうなんだ。お父さんと同じね。

お父さん、将棋の英語は?
SHOGIだよ。

お父さん、ふきのとう舎は大和だよ。
そうだよね。

お母さん、ケチって、なに?
お金を大事にすることよ。

ぼくはお昼寝しますよ、お母さん。
分かりました。

立派って、なに?
偉いことよ。

オーケストラ、音楽でしょう?
そうね。

必死って、なに?
一生懸命に、だよ。

コウ君、お昼寝したの?
しましたお。
いっぱいしたの?
少ししましたお。

自治医大、栃木でしょ?
え、そうなの?
そうですお。

ショックは、びっくり、でしょう?
そうだね。

ぼく、グリーン牧場好きですお。
グリーン牧場って、どこにあるの?
渋川だお。
コウ君、行ったことあるの?
ありますよ。

ぼく、帰ってから、手をシュッシュしましたお。
お、いいね、いいね。

ぼく、静かにしようね、っていったお。
そうなんだ。静かにしてね。

サクランボは、果物でしょ?
そうだね。
サクランボ、サクランボ、サクランボ

カズエちゃん、お母さん痛いの?
痛くないけど、歩けないのよ。

花盛りは?
お花がいっぱい咲いている、よ。

酸は二酸化酸素の酸でしょ?
そうだね。

お母さん、マナーモードって、なに?
ちょっと待ってね、いまやってあげるよ。ほら呼び出し音がしないでしょう?
分かりましたあ。もういいですよ。

パは、ハと○だよね?
そうだね。

お腹いっぱい、の英語は?
アイアムフル、かな。
フルフルフル。

神様って、なに?
上の方で、コウ君を見守っているひとだよ。

お歳暮って、なに?
「ありがとう」のしるしよ。

お母さん、日本一って、なに?
日本で一番、よ。

人身事故で、電車遅くなってしまうね?
そうだね。

平凡て、なに?
ふつうの生活よ。

お父さん、今日ビデオとってね。
分かりましたあ。
そう言ってるよ、お母さん。
良かったね。

お父さん、「裏切者」って言っちゃ、ダメでしょう?
それはいわないほうがいいね。コウ君言ったの?
いいませんお。

お母さん、今日の晩御飯は、すき焼きにしてください。
え、すき焼きですか? わっかりましたあ。

強敵って、なに?
強い敵だよ。

ワイドドアって、たくさんの人が利用できるようにしてあるんでしょう?
そうだね。
ドアを広くしてあります。
そうだね。

キシモト先生の前は、ミズカワ先生ですお。
コウ君の親知らずを4本いっぺんに抜いた聖ヨセフの先生ね。コウ君、頑張ったね。
ぼく、頑張りましたお。

ゲスト、お客でしょう?
そうだよ。

ボク、マリオ好きだったよ。
そう。
こんど、マリオやりたいですお。
そう。じゃやろうね。
いやですお。

ラッシュアワーって、なに?
電車が込むときよ

お父さん、いったんて、なに?
一時だよ

開始って、なに?
はじめることよ。

レーダーって、なに?
それでもっていろいろ探すんだよ。

とうみょうさんがいったんだよ「プロになるって」
なんの話?
「盤上の向日葵」だお。
そうなんだ。

ヒョウタン、食べられる?
食べられるよ。

コウ君、お父さんのズボンのポケットに入ってた3千円知りませんか?
お母さんのお財布に入れましたお。
そうなんだ。

オクラの葉っぱは、ワタに似てるよねえ。
そうなの?
似てますよ。
そうなんだ。

ワカバ会館、工事したの?
そうよ。

怒りやすいって、なに?
怒りっぽいということよ。

お母さん、せせらぎって、なに?
サラサラ流れることよ。

コウ君、いたいの? かゆいの?
かゆいんですお。
薬つけてあげようか?
つけますお。

お父さん、頂きますの英語は?
ちょっと待って。いま調べてみるからね。アイル・ハブ・イットだよ。

また来てね、って、なに?
また来てね、また来てね、よ。

お母さん、経験って、なに?
いろいろやったことよ。

お父さん、聞くなって、聞かないで、のことでしょ?
そうだよ。

お母さん、一丁目て、なに?
一丁目、二丁目、三丁目。

お母さん、これ、なに?
さつきよ。
これは?
どくだみよ。
どこでとったの?
うちのお庭よ。
ぼく、さつきとどくだみ、好きですお。
お母さんも。

 

 

 

去りゆく夏

 

佐々木 眞

 
 

数十年に一度の
これまでに経験したことのないような
生命の危険をともなう
台風ピーターが
窓の外を
通り過ぎていった
北朝鮮の独裁者めがけて

すると突然
私の口の中に
一匹の蚊が
飛び込んできたので
私は
口を閉じて
そいつを殺そうとしている

 

 

 

二人の刺客

 

佐々木 眞

 
 

西暦2020年8月29日、
長剣を呑んだカムイは、帝都永田町の首相官邸に殺到したが、地団太を踏んで悔しがった。
ちょうどその日のその時、
諸国万民の敵、阿閉王が急病で引退してしまったからだ。

 
そのまま熊野にとんぼ返りしたカムイは、
遥か彼方の絶壁から一気呵成に落下する那智の滝の前に立つと、
いきなり長刀を引きぬいて一閃、二閃、三閃。

 
空0ひとーつ斬っては、特定機密保護法
空0ふたーつ斬っては、内閣人事局新設
空0みっつ斬っては、集団的自衛権行使容認

 
すると水平に切断された滝の水が、
飛沫滴る透明な立方体になって、はなだ色の大空を雁のように列をなし、
熊野本宮から奈良生駒、信貴山の方へ飛んで行くのだった。

 
ちょうどその頃、「あしたのジョー」こと矢吹丈も、
目には見えない真っ白なグローブを胸に、永田町の首相官邸に殺到したが、
時すでに遅く、奴隷の王、阿閉王は引退してしまっていた。

 
地団太踏みながらジョーが向かったのは、練馬区の「としまえん」だった。
古式豊かなメリーゴーランド「カルーセル・エルドラド」の前に立つと、
ジョーは次々に回転木馬を切り離し、鋭いジャブを一閃、二閃、三閃。

 
空0ひとーつ撃っては、安全保障関連法
空0ふたーつ撃っては、森友、加計、桜見る会
空0みっつ撃っては、共謀罪

 
見よ! 
切り離された回転木馬の数々が、色鮮やかな天馬となって帝都の夜空に立ち上り、
遥か銀河系の彼方へと翔んでいく。

 
するとどこかから
「悪をなす者に怒りを燃やすな。
 悪しき者のことを妬むな。
 悪に未来はない。
 悪しき音の灯は消える。」*

 
という声が、ジョーとカムイの耳に聞こえてきたのであった。

 

空白空白空白空白空白*「箴言」第24章19節(2018年版日本聖書協会共同訳)

 

 

 

 

「夢は第二の人生である」或いは「夢は五臓六腑の疲れである」第85回

西暦2020年皐月蝶人酔生夢死幾百夜

 

佐々木 眞

 
 

 

寝る前にたくさん水を呑んだので、1時間おきに目が覚めてトイレに行く。それを繰り返しているうちに朝がやって来たが、その間も私は、ずっとなにか夢を見ているのだった。5/1

この地下情報センターでは、誰が、いつどこで、どんなことをやっているかが、細大漏らさず記録されているので、私は退屈すると、そこで時間を潰し、夢想に耽っていた。5/2

超満員の試写会で「レザボアドッグス」という詰まらない映画を我慢しながらみていたら、突然誰かが「こんな下らん映画みてられっか」と言いながら立ちあがって外に出ていたので、その横顔を見ると死んだ立川談志だった。5/3

余りにも非常識かつ没論理の駄弁を弄し続けるので、とうとう我慢できなくなった予は、テーブルの上に仁王立ちになって、憎むべき彼奴の胸倉のど真ん中に、鋭利なナイフをぶち込んでやったのさ。5/4

北鎌倉のアトリエに立つ2人の画家は、雨が降っても、雷が鳴って天から槍やコロナが落ちてきても、平気な面構えをしていたので、私はすっかり安心してしまった。5/5

自粛に疲れ果てた私は、絶望にかられて「ゼッタイゼッタイコロナなの、ゼッタイゼッタイガンウイルス」という数え唄を延々と歌い続けていると、突然大地震がやって来た。5/6

コロナ掃討戦が終わって、蓮沼に行くと、無数の埴輪が、見渡す限り、ずらりと並んでいました。5/7

ガダルカナル戦の帝国海軍の惨敗があんまりなので、後学のために敗因研究会を立ち上げたが、その参加者は、黄泉の国からの戦死者だけだったので、私は絶望の淵に沈んだ。5/8

Jクルーという昔の米国のカジュアルブランドを、右翼がよってたかって「至高の民族ブランドだ」と言い募っているのだが、全然訳が分からない。5/9

その秘密倶楽部に出入りするための資格審査は厳しく、とくに難しいのは、「魚拓と女拓をその都度提示せよ」というものだった。5/10

いくら時間をかけて脳内をリサーチしても、そのアナの名前が思い浮かばないので、焦りまくっているわたくし。5/11

都の南門の近くを発掘してみると、現れたのは私の先祖の掘立小屋の残骸で、台所の鍋釜、子供の草履まで朝日に照らしだされていた。5/12

夏休みの同窓会を、逗子でやることになったのだが、案の定イデっちも抜かりなく参加していた。5/13

マエダ氏は、長年東大病について研究してきた方であるが、それでも「この複雑怪奇な病気について語るのは容易なことではない」とおっしゃっているのであるから、何をかいわんやである。5/14

ずいぶん長い間電車に乗らなかったので、横須賀線に乗り換えるはずの大船駅を、東海道線で何回も行ったり来たりしてしまった。5/15

「3密」とやらを避けるべく、巨大なビルジングの中のあちらこちらで、ロッカーどもが三々五々大音響でロックしたり、1回の指名料100万円のオンナが、おいでおいでと手招きしたりしているが、誰一人客がいない。5/16

しばらくの間、万事をマネージャーにまかせていたら、仕事のみならず、生活全体が、とんでもない混乱に陥っていた。5/17

健全な肉体に健全な精神が宿らないことがあるように、不健全な肉体に不健全な精神が宿らないこともある、と、私は若くて美しい女性を前にして考えていた。5/18

かつて私はルンペンプロレタリアートの一員として、戸塚のイオンとか五反田のTOCなどで懸命に働いていたことを、懐かしくもアホらしい思い出として振りかえった。5/19

名古屋にいたどちりなきりしたんに、東京コウトウを託して、フクシマに移動したマクムシソウだったが、実は1944年に、オランダで虐殺されていたんだ。5/20

革マルの訳が分からない無機的な論文の最下部の尻の方から、妙な湿り気が漏れ出してきたので、ふーむこれが我が国の文化の特質であるか、と私は腕を組んだ。5/21

某有名作曲家の新曲は、私が大昔につくった曲を巧妙に加工した偽物だったが、そんな事情など誰一人知る者も無く、世間の拍手喝采を博していた。5/22

私は箱根で鬼殺しをした。人体に盲腸のごとき余分な物を発見すると、胎内に刃を入れて遠慮なくズバズバ切り取るのである。それから試験管に入れたセミを撮影してから、弁当を買って、1時5分発のバスに乗って東京へ向かった。5/23

駅のロッカーに超極私的なビデオをぶち込んでいたのだが、いつのまにか撤去されたロッカーごと無くなってしまった。5/23

10名くらいを収容するシンポ会場に入ったら、オバマ前大統領が司会役を務めているらしく、「貴兄はスピーツチすることを希望するや}と訊ねたので、「否、傍聴のみを希望す」と答えたら、少しくガッカリしたようだった。5/24

吉右衛門がぶん投げた花束を、アクザワ夫妻が撥ね退け、そいつが危うくおらっちのどたまを直撃しそうになったので、慌てて飛び退いた。5/25

コロナのあおりを受けて、展示会の経費を縮小することになったが、年初のメンズ展の構成をそのまま春夏のレディス展に流用するなんて、できっこないので、企画と営業は薄紫色の悲鳴をあげた。5/26

ガンバル父さんは、ゆるフンふりちんでずれ落ちそうになるパンツを、その都度引っ張り上げながら、「山一100円」、一族同根」と呟きながら、表参道駅前「ブチックごめんね」の倒産セールに参加していた。5/27

倒産寸前の会社の2階のフロアには、役員室と人事と経理課しかなかったが、そこをなんとか少しづつ削って、バーゲン会場をつくろうと、総務課長はぐあんばった。5/27

テレビの音を外部スピーカーから出したら、CMの音がけたたましくて頭に来たので、まずジャパネットたかたの男を画面から呼び出して血祭りにあげ、ついでにミヤネ屋、大タヌキと緑のダヌキ、猪八戒なども消えてもらった。5/28

私は刑事モースになったので、もはや有頂天だったが、テレビのように鮮やかに事件を解決できないので、大いに苛立っている。5/29

最初の江戸城戦争、続く新宿西口戦争と八王子戦争の死命を決したのも、我が大砲に決まっているのに、その功績を認めず、知らん顔して次なる戦いへの動員を通告してきた臨時政府に、私は反旗を翻した。5/30

オグロオフィスを出て家に帰ろうとしたが、生憎の豪雨で電車が止まってしまったので、駅構内で一夜を明かすことにした。5/31

 

 

 

「夢は第二の人生である」或いは「夢は五臓六腑の疲れである」第83回 第84回

西暦2020年弥生蝶人酔生夢死幾百夜

 

佐々木 眞

 
 

 

山頂に辿りつくと、そこはマイカーで登ってきた大勢の60年代の若夫婦で渋滞して、身動きできないほどである。よく見ると、そこには一本の桜の大樹があって、幹にとりついた2匹のセミが、誰かがカメラを向けるとポーズするのである。3/1

私は先輩方の要請に几帳面に応えながら、少しづつ自分の役得を増やしつづけていたが、その地道な積み重ねが、立身出世につながると確信していたようだった。3/2

大学の正門前に大勢の学生が、一団の黒い影となって佇んでいたので、私は、自分の広告作品が掲載されている小冊子を、自転車で通り過ぎながら、バサリバサリと投げ入れた。3/3

脳障害を持つ息子は、マシラのように機関車に飛び乗って、スロットルを握りながら、速度や方向を自在に調整している。これはヤバイと思った私は、笑いながら見物している機関長に頼んで、やめさせてしまったが、障害児の楽しみを奪ったのではないかと、苦に病んだ。3/4

友人たちは、もうとっくの昔に出発してしまったので、焦りまくって電車に飛び乗ったが、切符を家に置き忘れていまったので、行き先が分からない。確か西湖なんとかに宿泊するはずだ、と思いだして、西湖なんとか駅を見逃さないように、必死に目を凝らしている。3/5

そうだ。携帯で家に連絡すればいいのだ、と思いついて、番号をプッシュし始めたら、押された数字が、ボロボロと下に崩れ落ちてしまうので、ものの役に立たないのだ。3/6

「いいかい、何の特徴も無いボリュウム商品を貸し出したって、ブランドイメージは上がるどころか、下がってしまうから、その辺はよーく気を付けようね」と、私はプレスルームのサッチャンに注意を与えた。3/7

アランドロンの遺作のその映画のラストシーンでは、ハイテクを駆使したヘアメイクが登場する。最新技術が生み出したその薬品を、お腹の中に注入すると、毒キノコのような小さな粒粒が誕生して、主人公の顔貌を一変させるのだ。3/8

逗子で横須賀線に乗って、鎌倉に着いたところに、ブルータスのバイトの学生が乗り込んできて、「これ、大至急校正してください」というのだが、なんで私の行動が分かっていたのだろう。3/9

全集にどの作品を入れるか迷いに迷っていると、起きているのか、眠っているのか、夢を見ているのか、醒めているのか、さっぱり分からなくなってくる。3/10

北鎌倉の名刹の住職の話では、パタンナーのワタヌキさんが、商品企画室で悪質ないじめに遭っているというので、「義を見てせざるは勇なきなり」と、勇躍私は救助に赴くことにした。3/11

町内の銭湯を10日間ほど借り切って、身内に秘蔵映像やアート作品を見せたり、うまい料理を食べさせたり、熱いお湯に入れたりしたので、みんな新型コロナウイルスのことなど忘れて、普通の暮らしを楽しんでいた。3/13

私がバカダ大学の国文科の学生だった頃、卒論は西村健次の「ここでともかく手掴み踊」を題材にした「作品はタイトルで決まり」という趣旨の駄文だったが、担当教官の前で「手掴み踊」を披露したら、さすがバカダ大学でなんと「優」だった。3/14

三鷹から中央線に乗ったら、どの車両も「不思議少女アリスの部屋」とか「ピンクハウスの部屋」とか「アンゴラウサギの部屋」などの、様々な意匠を凝らした特別装飾が施されており、私はそれらのどれにも乗るのも躊躇したほどだった。3/15

地球人の外でとくしてのマスオ、エヒランスという音入れてゐた。3/16

フィリピンの大学で、現地人の学生が、日本からの留学生の身代わりを演じているのに、総長も、学長も、教授も、事務長も、それを知りながら、口を噤んで、大学の国際的なアルバイトに協力していた。3/17

彼女が、私の全身にヒシとしがみ付いて、身動き一つしないで、息を凝らしているのは、隣の部屋の様子を窺っているからなのだろうが、私は、そこで雁首を揃えている物凄いメンツのことを、彼女に伝える訳にはいかなかった。3/18

社長の私が身体検査を受けていると、商品AとBではどちらがいいか答えなさいという問題が突然出てきた。誰が発案したかと第Ⅰ秘書に電話すると営業部長だというので私はすぐに首にした。同じ質問を第2秘書にしたら商品部長だというので、また首にし、第3秘書に聞いたら社長ですというので私は私を首にした。3/19

さらさらと流れゆく水の上に、上からポツンと真っ赤な椿の花が落ちたけれど、私は、別に何も悟らなかった。3/20

ともかく、困った時には、遠くの空の上の方に、真っ黒な「第8の十字架」が姿を現して、いつも私を見守ってくれるのだ。3/21

その伊太利人の家主が、どうでもいいことにいちゃもんをつけるので、頭に来た我々は、一同団結して店子組合を作って、家賃不払いストライキに突入した。3/22

宮廷の旧弊を大改革する話を聞いているうちに、酷く疲れてきた私は、またうとうとしてしまった。この節は、意欲的な人が積極的に前向きの話をしていると、その泡立つ口角を見ているだけで急に何もかもが嫌になるのである。3/23

春休みの小学生新聞のトップ記事は、町内随一のラブラブ夫婦の夫の浮気を知った若妻が、その仕返しに、夫の情人を刺殺したという、現場血塗れカラー写真付きの特ダネだった。3/24

私は、村の金持ちのこの娘を、若い衆みんなが狙っていることを知っていたので、この部屋から出してはなるまいと眦を決して、しかし、そのためにはどうすればよいかも分からず、ただ右往左往していたのよ。3/25

私が道楽で始めた連続講演会の開始時間が迫っていたので、私は、例のL字型の抜け道を駆け下りて、会場に向かおうとしたのだが、なんといつもは無人のその道に、無数の黒人が犇めいており、中には角で昼寝している奴までいる。さあて如何したものか。3/26

私は超難病を治す特効薬を発明したのだが、それを他人に知られるとヤバイので、懸命にひた隠しにした。3/28

八難よ起こりうる世の中地震のお前ではないと互いに乗った出なう。3/29

真正ではなくガセウイルスに過ぎなかったのだが、それでも60人中3人が昇天してしまった。3/30

最近成田空港づくりに反対の人が減ってきたので、心配だ。3/31

 

 

「夢は第2の人生である」或いは「夢は五臓六腑の疲れである」第84回

 

西暦2020年卯月蝶人酔生夢死幾百夜

 
 

中国の銀行に一度入金すると帰ってこない懼れがあるので、私は金庫に潜入してそれがどこにあるか確かめることにしている。今回は「永久凍結」と書かれた麻袋に入っていたので一安心した。4/1

ある日、ふと思い立ってバスに乗って駅前の広場に行って、街角で思いの丈を歌ったら、自分の歌声が他人の声だったので、驚いた。4/1

「若い時には苦労をせにゃならん」と誰かが言うておったので、私はインドネシアの孤島のジャングルで独り暮らしをして、ひどい孤独にじっと耐え続けた。4/2

私の口から飛び出した数字は、数珠玉のように連なって、部屋の窓から出て、屋根を超え、空高く、登りに昇って、成層圏を離脱して、250万光年先の、遠く遥かなアンドロメダ星雲まで、続いていた。4/3

進駐軍に雇われた私は、南京虐殺に加担した、或いはさせられた兵隊からの聞き取りを、何冊もの帳面に書きつけたが、その内容は、彼らが家族はもとより神仏にさえ告白しないだろうと思われる、慄然たるものだった。4/4

思いっきり辺鄙な山奥に移住して、およそ10年。毎日「ポツンと一軒屋」の取材が来るのを、今か今かと待ち構えているのだが、いつまで経っても、誰ひとりやって来ない。4/5

私は、ついに百年目に、その悪党と巡り合ったので、そいつを、ギタギタに八つ裂きにして、積年の恨みを晴らしたのよ。4/6

たまたま百人一首を暗記していたので、私は「素人かるた大会」で、全部の札を独り占めしたものだから、大勢の善男善女の、激しい恨みを買うことになってしまった。4/7

「自粛せよ、自粛せよ、なにがなんでも自粛せよ」と、その猪八戒に似た醜い男は、誰も聞いていないのに、ぺらぺらへらへら朝まで喋り続けるのだった。4/8

新幹線に乗っていたら、車内呼び出し放送があったので、受話器を取ると、死んだはずのサカイ君が、「2課の営業がやって来て「クラシックマガジンに2Pで280万円のタイアップ広告を出して欲しい」というてきているが、どうしますか」という。4/9

朝から晩までヘンデルを聞いていたら、頭がヘンデルになった。4/10

大阪の心斎橋そごうの子供服売り場の前で、子供が踊り狂っているので、何事かと思って近寄ってみると、私がつくったCMのビデオが売り場で放映され、ブルーハーツが「リンダリンダ」を歌っているからだった。4/11

コロナ騒動でガラガラの電車に乗ったら、向かい側の席に座っている客の、頭と胸と下半身はじっとしているのに、胴体だけが、左から右に猛烈な勢いで流れているのだが、これは恐らく最近証明された「ABC予想」の動かぬ証拠なのだろう。4/12

久しぶりに42度の高熱が出たので、検診してもらったら、案の定陽性だったが、医師も看護師もみな逃げ去ってしまったので、仕方なく私は帰宅した。4/13

私はコロナで生活に窮したので、自分の原稿には、従来の値段の他に著作権料5%をプラスして請求しようと思った。それはいいのだが、問題は、どこからもさっぱり注文が来ないことだった。4/14

コロナコロナ、自粛自粛で、窮死寸前にまで追い詰められた私は、完全にブチ切れ、全裸で公道に躍り出て、完全感染、他力本願、霊肉一体、酒池肉林の一大イヴェントに参加したのよ。4/15

またしても、突然の地震で、列島全体が完膚なきまでに破壊されてしまったので、コロナ騒動も、無かったことに、なってしまった、とさ。4/16

その小僧が、「おいらは1年間一生懸命福祉職員をやったから、来年は本来の仕事の寿司職人に戻らせてくれよ」と必死の面持ちで訴えるので、私は仕方なくそれを許してやった。4/17

有名な総合電機メーカーに雇われて、その会社が経営する「のんき村」の支配人になったのだが、その村の住人たちから、毎月いくら賃貸料を取ったらいいのか、誰も教えてくれない。4/18

私は勝手に教室のレイアウトを変えて、生徒たちを、好きなところに座らせ、私の指揮で私がつくった最新の曲を演奏させた。4/19

妻が「早く早く」と呼ぶので、急いで玄関先に出てみたら、春先のこんな日には珍しくナミアゲハでもクロアゲハでもなくアオスジアゲハでもない、黒い綺麗なアゲハチョウが花にとまっていたという。恐らく春型のカラスアゲハならん。惜しいことをした。4/19

「夢見る部屋」に入ろうとすると、入口が、「一般人用」と、「婦人用」の2つに分かれていたが、その理由は誰も知らなかった。4/20

匿名の篤志家に雇われた私は、衰えかけた「世界貴族連盟」の人々を救済するために、毎月米1俵に味噌醤油を添えて、地元の郵便局から世界中の貴族たちに送り届けていた。4/21

開拓者たちが、この公民館に到着してから、だいぶ時間が経つが、誰一人身動きもしないので、私が台所に立って、雨水の湯を沸かし始めたところ。4/22

電車が驀進して来たので、仕方なく線路の下にある大鉄傘の上に滑り降りようと、何度も試みているのだが、果たして間に合うだろうか?4/23

「台湾の新幹線や地下鉄はみんな日本製だ」と、なんの根拠も無く言い放ってしまった私は、「ああまた放言しちゃったなあ」と後悔したが、時すでに遅かりし由良之助。4/24

宣伝課の春の社員旅行のバスに乗り遅れた私は、懸命に後を追いかけたが、あともう少しというところで、ギュンとスピードを上げたバスは、たちまち左側の壁に激突し、その場で大爆発を起こして、炎上してしまった。4/25

「だいたいよう、おらっち平民だけが、朝から晩まで汗水たらして働いて、糞高けえ税金を払ってるちゅうに、おめえたち坊主や貴族どもは、たらふく喰らって、1円も税金を払わないなんて、これほどおかしな話は聞いたこともないぜよ」と私がぶちかますと、彼らは逃げ去った。4/26

彼は、誰かに頼まれて「筍」という歌をうたったところ、その場の人たちがいたく感動して、100万円近い投げ銭をしてくれたので、「そんなことはよくあるの?」と聞いたら、「たまにありますよ」と答えた。4/27

「皆さん、この紅い小さなポーチの中に、10億円が入っています。吉原のトルコ嬢が何十年もかかって貯めた汗と涙の結晶です」とその男が言うたが、くだんのトルコ嬢との関係は分からなかった。4/28

その茶室には、いつもさっきまで主人と客人が対坐して喫茶していた気配が残っているのだが、何度訪れても無人であり、いわば「無の定型」とでも称すべき空間を構成しているのだった。4/29

1日2日3日と順番に並んでいる標的を、私は、ただただ機械的に、射撃していた。とてつもなく消耗だった。4/30

 

 

 

家族の肖像~親子の対話 その47

 

佐々木 眞

 
 

 

やっつけられると痛いでしょ?
痛いね。コウ君やっつけられたの?
やっつけられませんお。

オペ、手術でしょう?
そうだよ。
オペ、オペ、オペ。

張り切るって、なに?
頑張ることよ。

強引て、なに?
あらっぽく扱うことよ。

危険て、あぶないことでしょう?
そうだよ。
キケン、キケン、キケン。

ドのダブルシャープ、レでしょう?
え、そうなの。
そうなんですお。

ワタナベさんて、小山で生まれたの?
そうよ。
ぼく、鎌倉駅行って、回収券買ってえ、東急行って、お弁当とパン買ってえ、それから帰りますよ。
分かりましたあ。

わたし、オカジマ先生です。オカジマ先生、好きになったよ。
そうなんだ。

出張って、なに?
会社の仕事で、出かけることよ。
出張の英語は?
ビジネストリップだよ。

お父さん、白血球、息苦しくて吐き気するでしょう?
そうだねえ。

お父さん、かいちって、なに?
なに? かいち? 分かんないな。
―辞書を持ってくるコウ君
かいち、開智、知恵を開くですお。
へええ、開智ねえ。知らなかったなあ。
かいち、かいち、かいち、かいち

ヤマグチヒロコさん、結婚して子供生んだの?
そうなの?
そうだよ。

あい変わらずって、なに?
ずーと同じ、だよ。

マツシマさん、去年「必ずいる」って言って、泣いちゃったんだよ。
そうなんだ。

チエ先生、手え振って「さよなら」言ったよ。
そうなんだ。

そそっかしいって、なに?
あわてんぼうということよ。

お父さん、連佛さんのドラマ、録画してくださいね。
分かりました。バッチリ録画しますよ。
録画してね。ロクガ、ロクガ。

お父さん、こんど連佛さんのドラマ、DVDにしてね。
はい、分かりました。

仁狭ヘルパーの場所は「タイヨウ」でしょう?
介護施設「タイヨウ」だったね。

くらげ、ジェリーみたいでしょ?
そうだね。

お母さん、これ、こぼしていいですか?
いいですよ。

呪うって、なに?
あいつをやっつけよう、と祈ることだよ。コウ君、誰かを呪ってるの?
呪ってませんお。

お母さん、タイミングって、なに?
ちょうど良いときよ。

ねんごろって、なに?
心をこめて、だよ。
連佛さん、警察のお仕事しましたよ。
どこで。
「盤上の向日葵」で。

えーとねえ、サカイ先生、お母さんによろしくね、って言ったよ。
そうなの。

一人ひとりって、なに?
一人ずつってことよ。

お父さん、泣くはサンズイに立つだお。
そうだね。
お父さん、立つの英語は?
スタンダップだよ。
タツ、タツ、タツ、立ってご覧。

お母さんユカリさん、バージンロード歩いた?
歩いたでしょう。

わたしはマサミ先生です。
こんにちはマサミ先生。

お父さん、戦争の英語は?
戦争はウオーだよ。
戦争嫌ですねえ。
嫌だねえ。

お母さん、公平って、なに?
みんなと一緒よ。

お父さん、ぼくお父さんと仲良く暮しますお。
そうですか。仲良く暮そうね。

お母さん、予感て、なに?
感じることよ。

お父さん、オガワ君のお父さん、おうちでお仕事してるの?
そうだと思うよ。

お母さん、花盛りってなに?
お花がいっぱいのことよ。

大量にって、なに?
たくさん、ということよ。

ぼく、連佛さんの声、好きだお。
そうなんだ。

困るって、悩むこと?
まあそうねえ。

最悪って、なに?
とっても悪いことだよ。

経験てなに?
いろいろやったこと。コウ君、いろいろ経験したでしょう?
ないですよ、ないですよ。

お父さん、入るとき、「お邪魔します」でしょ?
そうだね。

当たり前って、当然のことでしょう?
そうだね。

 

 

 

入相の鐘が暮れ六の黄昏に微かに鳴り響く頃

 

佐々木 眞

 
 

西暦2020年6月18日、
霊園の入相の鐘が暮れ六の黄昏に微かに鳴り響く頃、
おらっちはアベノマスクをアベノ事務所に送り返し、
国産種を圧倒して無暗に繁殖する特定外来生物、
すなわち台湾リスと画眉鳥をば、パチンコんでばんばん撃ち殺しながら、
モリ・ガソリンスタンドの跡に盤居しているミニストップまでやって来たあ、
と思いねえ。

すると見よ!
7台の巨大な陸送トラックが、威風堂々と停車しているではないかあ。
そしてそれらのトラックのフロントガラスの上、
バスなら「行き先表示板」にあたる場所に、
よく爆走トラック野郎たちがそおしているよおにィ、
思い思いの書体とデザインで描かれたステッカーが貼られていたぜィ。

 

勝利する人

 
最初に「勝利する人」と描かれたトラックから降りてきたのは、“ジャンケンポン必勝法
の人”だった。

「勝利する人」は、太い右手の拳を上下に振りながら、
「最初はグー、ジャン、ケン、ポン!」と、おらっちに迫って来たので、
思わずチョキを出すと、その男はグーだった。

「あんたはチョキ、おいらはグーで、おいらの勝ち。別に金を取ろうという訳じゃあないから、もう一回やってみないか」
と男が言うので、今度はおらっちが、
「最初はグー、ジャン、ケン、ポン!」と言ってからパーを出すと、相手はチョキだった。これで2連敗だ。

「おいらはこのトラックに乗って、会う人ごとにジャンケンしとる。何千何万という人とジャンパンしたけど、今まで一度も負けたことなし。それは長年の経験から編み出した“ジャンケンポン必勝法”を知っとるからだあよ。

ええか。最初はグー、だから、続けてグーは出さない。出すのはパーとシチョキ。
しゃあけんど、グーからパーよりも、チョキの方が出しやすい。
よっておいらは、いつでもグーを出すんや。

同じ相手と2度やる時は、相手は今度はパーを出すから、おいらはチョキを出す。
あんたにそうしたようにな」

と言うて、「勝利する人」は、首猛夫のようにアッハと笑った。

 

働く人

 
「働く人」と描かれた2台目のトラックから降りてきたのは、幼馴染のノブイッチャンやった。

ノブイッチャンは、おらっちと同じ西本町に住んどった小学生時代の友達で、信夫山の彼は、栃錦のおらっちを、よくサバ折りで負かしたもんやった。

半世紀以上も前の旧友との再会に、2人ともギャッと驚いたが、その驚きと喜びは明後日の方角にさて措いて、ノブイッチャンは、なんで自分のトラックを「働く人」と名付けたのか、その理由を語ってくれたんよ。

「わいらあ、長いこと倉敷の石油コンビナートで働いとったんやけど、おんなじ土方やったら、郷里で働いちゃろ思うて、帰省したんや。
ほんでなあ、東本町の道路工事でアスファルトで簡易舗装したとき、町長はんに約束したんや。

ほんまはこんなちょろいアスファルトやのおて、頑丈なコンクリにせにゃならん。
今回はしょうがないけど、次回は最新型の戦車が通っても大丈夫な、アメ公と、も一回戦争しても勝てる頑丈な道路をつくってみせまっせ、と。

ほんでもって、それ以来、とりあえず、おらっちは、生コン運送専門の運転手になったんや……」

 

遊ぶ人

 
「遊ぶ人」と描かれた3台目のトラックから降りてきたのは、大学の先輩のタダさんだった。

千歳烏山に住んでいたタダさんを訪ねると、いつもシェークスピアを原書で読んでいたが、すぐに彼の兄貴や“怒りのチビ太”を誘って“徹マン”に突入し、それに飽きるとボロボロの“ケンとメリーのスカイライン”の助手席におらっちを乗せて、深夜の246を時速150キロで突っ走った。怖かったゼイ。

「やあ、ササキィ、元気かい。ここらへんの里山では、ゼフィルスが採れそうだな」
「去年の今頃、あそこらへんでミドリシジミを目撃しましたぜ」

挨拶もそこそこに、タダさんはトラックの後部から、蝶採集専用の大きな絹素材のネットを取り出し、ミニストップの駐車場で、2度、3度と軽やかに振りまわした。

タダさんときたら、真冬の深山幽谷に出かけて、越冬ちうのルリタテハやアカタテハを叩き起こして捉まえる“怒涛のおめざ蝶フリーク”として、コレクター仲間では鳴り響いているのよ。

しかし、まさか陸送トラックの後部を、世界中の蝶たちが自由自在ににはばたく空中楽園として改造し、全国を移動しながら、子供たちに解放していたとは、おらっち不覚にも知らんかったぜィ。

 

戦う人

 
「戦う人」と描かれた4台目のトラックから降りてきたのは、高校の同級生でただ一人天下のオックスフォード大学に入った秀才のオオツキ君だった。

「どうして“戦う人”なの?」と尋ねると、オオツキ君はドアから身を乗り出して、
「あんなあマコッチャン、長いこと生きてきて、ボクようやっと分かったわ。人世はどこまで行っても、戦いなんやね」と、阿呆くさい総括をしながら、次のように語った。

「ある朝、外で奇妙な大騒ぎがする。
窓の外を見ると、道路の上に数多くの翼が波立っていた。

こんなに大勢の鳥たちが睨みあい、お互いの威嚇するように喚き散らす姿を見たのは
生まれて初めてのことだった。

漆黒の濡れ羽色で武装したハシブトカラスの大軍が、四囲をぐるりと取り囲んで俘虜にしているのは、一頭の大きな鳶やった。

孤高の王者鳶は、黒衣の集団との長時間に亘る熾烈な空中戦を熾烈に戦うたが、多勢に無勢、薄茶色に包まれた大きな肢体のどこかを負傷した模様……。

猛禽を思わせるその鋭い嘴と爪をアスファルトの上に休めていたが、やがて凶悪なカラスどもに最後の戦いを挑もうと、ゆっくりと黄金の双翼を広げたあ……」云々

 

愛する人

 
「愛する人」と描かれた5台目のトラックから降りてきたのは、郷里の西本町のヨイヤマカメラ店の跡取り息子の、ユウヘイ君やった。

「マコちゃん、増村保造監督の映画「赤い天使」をみてみなよ。

弾丸雨あられの戦場で、芦田外科医を愛した看護婦の若尾文子はんは、一晩かかって中尉の中毒とインポテンツを、文字通り“身を呈して”、ケンシンテキに治してやる。

ほんでもって、男として人世に復活した芦田中尉は、最後まで最前線で敵と戦って、見事に死んでいくんや。ホンマ、泣けるでえ。

おらっちは、若尾文子はんのような赤い天使に愛されたい。愛したい。
あんたかて、そう思うやろ?」

と言いながら、また運転席に戻っていったんや。

 

さすらう人

 
「さすらう人」と描かれた6台目のトラックから降りてきたのは、高校時代の友人のキタハラ君やった。

キタハラ君は学業も優秀だったが、独学で始めたピアノの達人で、音楽教室の片隅に置いてあったヤマハのアップライトピアノで、モザールやバッハの鍵盤音音楽をたくさん聴かせてくれた。

ので、当時「谷間に3つの鐘が鳴る」命、だった我々全員が、熱烈なクラシックファンになりました。

東京教育大学の英文科に進学したキタハラ君やったが、当時上映されていた「5つのたやすい曲」という映画をみて、ミンセイに飽き足らんかったか、賀来丸に嫌気がさしたか、よお知らんけど、せっかくの英文科をいきなり中退し、その後、アルバイトで貯めたお金と親の遺産でこの立派なトラックを買うたそうや。

ほいでもってその後部に、ハンブルグ製のスタインウェイの最新型のピアノを乗せて、放浪と演奏の世界漫遊の旅に出たそうです。

「キタハラ君、久しぶりにバッハを聴かせてくれよ」と頼むと、
キタハラ君は素早くトラックに攀じ登って、バッハの“フランス組曲の第5番”を、グレン・グールドよりも早く、ギーゼキングより少し遅いテンポで、おらっちのために演奏してくれました。

 

沈黙する人

 
最後の7台目の車には「沈黙する人」と書いてあった。
どうして「沈黙する、なの?」と尋ねたが、ドアの中の運転手は、なにも言わずにトラックの後部に消えた。

それで仕方なく、うんと背伸びをしてシートの中を覗き込むと、彼は10円玉と100円玉をいっぱい集めて、それを一枚一枚ポリプロピレン・ボックスの細かな枠に丁寧に並べている。
どうやら大量のコインを、鋳造年度別に整理整頓しているようだ。

年度別に積み重ねられたコインは、みるみる、どんどん、どんどん積み上げられ、天井すれすれの高さに聳え立っている。

すると彼は、突如せっかく積み上げた鋭く尖ったお城を、全部バアーンと叩き壊してしまったが、辺り一面に散らばった10円玉と100円玉をかき集め、またしても鋳造年度別に、高く高く積み上げていくのだった。一声も発することなく……

 

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やがてミニストップの駐車場を出た7台の陸送トラックは、
ハイランドの急坂を喘ぎ、喘ぎ、登りつめ
音色の異なる7種類の警笛を
「なんだ坂、こんな坂、赤尾薬局、遠坂薬局」
と思い思いに吹き鳴らして、おらっちに別れを告げ、
ホトトギス鳴く葉桜並木の向こうへと消えていったのよ。