ペッペポアゾ

 

南 椌椌

 
 


© kuukuu

 

ペッペポアゾのことを語ろう
ほら はるかの岬の突端 
崖の上にゆれてるような 
ブリキで覆われた季節の番小屋だ 
ピンクのペンキが剥がれてる
そこをねぐらの ペッペポアゾ
むかし漁師だったのか
夏には 古稀を迎えるそうだ

ペッペポアゾとはだれか
ペッペポアゾ ペッペポアゾ
繰り返えすと うわごとのようだね
愛と忘却に満ちたうわごと
月の明るい夜には
ブリキ小屋の前で歌ってる 
ぴーるにるにり 口笛吹きながら ✶1
歌うのは半島のわらべ唄

空0月よ 月よ 明るい月よ
空0李太白の 遊んだ月よ
空0桂が植えてあるそうな
空0玉の手斧で 伐り出して
空0金の手斧で 仕上げをし
空0草葺三間 家建てて
空0父さん 母さん 呼び迎え
空0千万年も 暮らしたや
空0千万年も 暮らしたや。 ✶2

ペッペポアゾ ペッペポアゾ
絵に描いたような小舟で 海へ
口笛吹いて 積んできたもの
ワカメや雑魚があふれている
ヒトがよくて いつも笑っている 
友として申し分のない 哀憐の人だ
それだけのこと 本人だって知っている
その本人か 別の本人か

さて 大漁の春ともなれば
ペッペポアゾは 心して 
ご近所に気前よく配る
火を焚いて 飲んで歌って踊る
鍋にはワカメや芽かぶや青葱
蒟蒻なんてあふれるほどだ

岬の上に建てられた掘っ立て小屋
ピンクに塗られて風次第
ゆらゆらバランスをとって
巧みな柔構造の棲家で 
踊る人語が爆ぜる 呵呵呵呵
ペッペポアゾと哀憐の友は 笑う
取りそこねた蒟蒻がころころころころ

空白空白空白空✶ ✶ ✶

ペッペポアゾ ペッペポアゾ
あの泥人形の ペッペポアゾ
泥土のなかでむっくり起き上がり
まさぐるようにボックの手を掴み ✶3 
はやくはやく 練って伸ばして叩いて
ボックという神の手の中で 
早く生命を吹き込め 形代だ
こんなんじゃなくて 肌理こまかい
どこかのダビデみたいな
済んだまなざしがほしいんだ
ペッペポアゾは叫ぶ
難しいのだこの世のボック
あの世の土塊の泥人形の
ペッペポアゾ ペッペポアゾ

実は今日の今日さ
太陽輪(コロナ)の浜で 土偶の欠片が見つかった
そう思ったら おまえの泥人形じゃないか
身長5糎くらいの仏さんが 悲しげに二三体
ペッペポアゾの係累に違いない
ほぼ三頭身の安定した体躯
さりげなく胸で手を合わせ
祈ってるのか 胸が痛いのか
ボックという神が
あの日のことを思い出している

インド北部埃たつスノゥリから
陸路で明媚ネパールに入る
国境の税関は 素朴な交易役場
髭面しかつめ パスポートにドンと印を押す
ネパール人やチベットの僧侶は素通り
そばで裸足のガキらが笑っている
ここからルンビニは近い
ルンビニは釈迦が生まれた村
ゆかりの地だけど 聖地然とはしてない
ローカルな観光地のような
ゆるい早春の空気がいい
乾いた井戸のかたわらに 
乾いた天竺菩提樹
手を出してなにかねだる子どもたち
とりあえずねだるふりして どこふく風

釈迦がなんの花か 天竺薫る花の下
母親の右脇の下から 生まれたという
乾いた大地の乾いたルンビニ
お釈迦さまが産湯を浸かった池
日干し煉瓦の段々めぐらした
沐浴名勝になっている
そのなかにコトワリなく足を浸して
地球の歩き方をパラ見していた
軽率に過ぎないか ペッペポアゾ
あるいはボック

ルンビニは懐かしいなと タラさんと話す
タラさんはルンビニ生まれで
我が家からぶらり七分のところ
ネパール料理の店を開いている
穏やかで愛らしい目
タラさんとはエニシヤっていう
馴染みのカウンターで
ルンビニやポカラの話 
この国で 子どもを育てること
希望よりも 不安のまさるまなざし
タラさん 寡黙な人だけど
スピリッツ三杯呑めば すこし饒舌になる
笑顔がいいぞ 一杯おごりましょ
遠くのなにかが 見えてるような タラさん 

白状すれば なるほど タラさんも
ペッペポアゾも ボックという神も 
どこのだれだか 不在童子
ぴーるにるにり ぴーるにるにり 
ゴータマ風靡の 出自をもって
麦笛吹いて 踊りましょ

 

✶1「ぴーるにるにり」韓国の詩人・韓何雲の詩「麦笛」のなかに出てくる笛の音。
✶2 『朝鮮童謡選』金素雲訳─岩波文庫所収の朝鮮全土で謡われたというわらべ唄。
✶3空0ボックは「不在童子」地方の方言で「僕」のこと。

 

 

 

きょうのなぞめき

 

南 椌椌

 
 


© kuukuu

 

なぞめいたぞ
日がな夜がななぞめいた
嵐が吹いて木々がたおれて
隣家の伯父さんがなぞめいた声を発して
白い車ではこばれていった
ぼんやりとほっとしたような伯母さんの
なぞめきがわらっていたが
かなしみのエプロンで手を拭いて
庭のおちばをあつめていた
伯母さんさんざんくろうしたな
しんせんで古風ななぞめきのけしき

いつも来ていたなぞめいたサビの猫が
とんと来ないのはなぞではないかもしれない
むこうの街区で恋してるらしい
けさがたほほを紅潮させたようなサビ氏が
閉口したようでもあったが
なぞめいたあちらになぞめいたかたむきで
すぱいらる走っていったのを見た
うーんなぞめいているなこの界隈
なぞめくのはなぜかなぜか気持ちがはやる
サビ氏にはサビ氏の事情があるだろう

なぞめいたぞ
みじかいいちぎょうのことばがつらなる
なつかしい本のかたちのものが
ポストにつつまれてある
ホラホラこれは法螺でしょうか
なんなのかなんでしょなぞめきの詩でしょうか
むかいのせのたかいハルモニに見せると
かのじょはもじがよめないので
わからないわからないモラモラとわらうだけ
さらになぞめいてふるえるばかりのいちぎょう
それはなぞめいたかきおきだろう
これもしんせんで古風な恋の

きょうもサビ氏はこないかわりに
法螺のような貝のふえホラホラ
だれがふいているんだホラホラ
なぞめくにもほどがあるぞ
わすれるにもほどがあるぞ
クロチョロさんがまるいきんいろの瞳で
なぞめいたうったえごとをつたえにきた

たべたいというのは
本能なのでなぞめいてはいないが
あれほどたべたかったのにたべないのは
クロチョロさんクロチョロさん
まえのひたべすぎた後悔のなせることか
しんそこなぞめいているとおもった

そうそう隣家の伯父さんが
こざっぱりとかみもととのえ
にこやかななぞめきをふりまいて
あじあのみなみのいでたちでかえってきました
なますてぐっともるにんぐ〜
のんぷろぶれむ〜よかったですね

きょうのぼくのなぞめきは
なぞめきとしておさないですよね
きゅうだいてんにちかかったでしょうか
ことしなぞめいて古稀になります
またおあいしましょう!

 

 

 

不在童子 Ⅰ

 

南 椌椌

 
 


© kuukuu

 

立春だ おまえらしく 
笑える詩を書いたらいいじゃないか
天国のKが ささやく
ふ〜ん 「笑門来福」かね
幼少期の曲がり角で
笑いながら 服を着替えて
一瞬 襟を正して 
すぐさま それはさておき
僕に来る 音楽の夢をみている
オーボエとかバソンとか
木管がいいな
去年は老いたホリガーの 
恥じらう笑顔に触れた  *
でも 笑える詩は むずかしいよ

散乱ということばは 美しい
積み上げられ 崩れおちて
悲鳴をあげているような
本と本のあいだには
記憶喪失の思い出が
栞のようにはさまっている
失われて 失われていないような 
ナウマン象の牙に 擦り込まれた
恩寵なのだろう 眠ったように生きている
僕に来る 未来のことを

小庭に梅の古木がある
二月になれば白梅がほころび
満開のころともなれば うっすらと
香りたなびき ここにも ゆめうつつ
また来ては去る メジロやキセキレイ
花のあいだに 不在童子が座っている
毎年この季節になると 梅の木に
ちょこなんと座っている
どこにもいないくせに  

あいつは誰だ

 

* ハインツ・ホリガー(1939〜 オーボエ奏者・作曲家) 椌椌偏愛の音楽家です。

 

 

 

トポ氏散策詩篇 Ⅷ 〜 Ⅹ

 

南 椌椌

 
 


© k.minami + m.shoei

 

トポ氏がゆるい寝返りのなかで
ふふふと目覚めたのは
午後の3時を回るころだった
ゆめうつつ この言葉好きだね
ことばが 矢も盾もたまらない
意味もなく 相互を干渉するでもなく

たとえば こんな風に
惑星おののく夜の音楽の そしら
手のひらにかざす悔恨の いろは
たとえばこんな風に
文化湯の番台 新聞紙に穴あけて
同級生のリューイチ ミヨコを見てる
そんな境遇にあこがれて みふぁそ
手のひらを陽にかざす ちりぬる

トポ氏は雑木の庭に出て
革トランクの底から   ✶
草臥れた古い詩帖を取り出して
まどいなく火を焚いた
思い出すだけで ほほが火照る
いくつかの ゆめと うつつが
在ることがさびしいと 燃える

空0あの水脈(みお)をわたる少年たち
空0踝のくるりが 羽ばたくための骨だという
空0腓骨 脛骨 舟状骨
空0そとくるぶし うちくるぶし
空0脛骨を静かに遡行すると
空0鼠径部 妖しい子の子(ネノコ)の通り道

やがて打ち震える古代半島
peninsula とpenis は同義ではない?
父が生まれた 父がひざを抱えた
光に包まれた村があらわれる
絵に描いたような ハナタレの歓声が
逆反りに腰のまがった ハルモニに
調子っぱずれの 肩おどり(オッケチュム)を
ひょこ譚 ひょこ譚 踊らせる

きしむ古代半島から放たれる
いびつに美しい球形 桃や李や梨や柿

荒井真一が編集発行人だった
傍若無人不埒可憐な雑誌『仁王立ち倶楽部』   ✶✶
そもそも1986年〜89年の『仁王立ち倶楽部』には
トポ氏散策詩篇と題する 脳天気な
いくつかの断章が載っている
そういえば そうだった
35年なんて 「あっ」

空白空白空マメゾウを出ると
空白空白空カナシミが私を襲って来た
空白空白空ナグル、ケル、ハグ、カム
空白空白空徒らな悪戯はもうよせと私がいうと
空白空白空カナシミ氏はこういうのだ
空白空白空笑わせてはいけない
空白空白空カナシミはいつもおまえの友だちさ

空白空白空七月になると
空白空白空ムクゲを抱えて一斉に
空白空白空死んでしまう祖母たちの
空白空白空死生観はとても恐いものだ
空白空白空淡いムラサキの花弁を地に帰し
空白空白空静かな晩年を迎えたいと思うばかりだ
空白空白空白(仁王立ち倶楽部1986年12月号より)

さとう 三千魚さんも 寄稿者だった
三千魚さんは「わたしの育児」というエッセイに
尾形亀之助のこと書いてた
「昼の部屋」の明るさ
その視線の低さについて
隣りあわせの 生と死
亀之助の詩と松本竣介の画による
選詩集 『美しい街』 を買ったのは昨年のこと

空0太陽には魚のようにまぶたがない
空白空白空白空白空白空白0(尾形亀之助 昼)

あらしんは不思議な男だよね   ✶✶✶
太陽でも 魚でもないだろうに
まぶたがあったのかどうか 覚えていない
三千魚さんの親友なのが不思議なんです

空0狂ったように踊り続ける
空0仮装の父のほかは
空0もうだれもいないのだった
空0楽隊の淋しい野原のために
空0半島の南北戦争で死んだ
空0父の弟の言葉を摘んでは撒いた

手紙を燃やしたことのあるキミなら
知っているだろう 灰になろうとする一瞬
陽炎のように刻印される文字
炙りだされるのは
泣きたくなるような 声と声と声

空0冬の夜にひかる記憶の汀
空0半島の南の尖りにぶらさがった村
空0泥土がそのまま涙の丘になった
空0死んでゆくための手習いのように
空0痩せた牛がもんもん泣いていた
空0弧を描いて沈む村にひびく
空0どこにもいない 遠くから
空0ハナタレたちの 翳りのない歌声
空0葉脈の小径を辿る 孵ったばかりの
空0玉虫が かなしいじゃないか

トポ氏は残りの詩帖はまとめて
よしよし頷き 火にくべた
ほんの数分で さっぱりと燃えた
ありがとう半世紀
そこでトポ氏は夕闇のなか
窓の外にむけて 歌った

どこそこ かしこにいますか いませんね
ぼくのけいるい ぼくのともだち いませんね
ねえご主人 飲みに行きませんか
この近くにあった マダムシルクっていう店   ✶✶✶✶
まだあったよね
あそこで カウンターにひとり
テキーラを飲むのが好きだった

 
 

✶ 宮澤賢治に「革トランク」という愛すべき作品がある。
✶✶ 美学校の今泉省彦さんが 『仁王立ち倶楽部』 を教えてくれた。
✶✶✶ あらしんは荒井真一の通名、まぶたはたぶん まだある。
✶✶✶✶ マダムシルクは1969年開店の現存する西池袋の店、50年間通い続けている。『仁王立ち倶楽部』に広告が載っている。

 

 

 

トポ氏散策詩篇 Ⅳ〜Ⅶ

 

南 椌椌

 
 


©k.minami+k.soeda

 


トポ氏がやって来た
15年ぶりくらいの来訪だが
そんな素振りは些かもなく
窓からひょいと入ってきては
少し休ませてくれと
いきなり ごろりと横になった
そう 手土産だといって
焼津の桜えびを ほいと置いた
軽いいびきを立てて
秋のふかまるにまかせ
三日ほど眠っていただろう

トポ氏は夢をみていた 
夢をみていた 哀しいような 
いやそうでないような
トポ氏の仮装の父さんが 
踊りながら帰ってくる
酔っているのか 傾いたまま 踊ってる
西からの放射状の光が 
踊る父さんを射る 射る
you go home alone と歌いかけて
さざめいている 父さんすすり泣き 
トポ氏が眠る部屋で 夢が交換され 
あふれていた 


さて トポ氏も父さんも 
キリバスには行ったことがない
南太平洋の小さな島 共和国
広大無限な水域に
33の環礁が散らばっている
平均標高2メートル 椰子の木がそよぐ
想像力は360度 水平線の向こうからやって来る
人口は11万人を少し超えるくらい
椰子の実から採るコプラ油が 外貨を稼ぐ
2004年からオリンピックに参加しているが
選手団はいつも数人 もちろんメダルはないが
重量挙げのカトアタウ選手は記録よりも
競技後のダンスで知られている

2007年 キリバスのアノテ・トン大統領は
遠くない将来 温暖化現象の海水面上昇で
キリバスは海の中に消滅すると 危機を訴えた 
そして5年後のことだが
フィジー共和国のエペリ・ナイラティカウ大統領が
そんな事態になったら
キリバスの国民すべての移住を受け入れる
と声明を出した すごいことだ
人口80万人のフィジーが
11万人のキリバス人全員を
どうやって受け入れるのか
アノテ・トン大統領とエペリ・ナイラティカウ大統領は
1000人乗れるような貨客船を
遠い異国の 造船所に発注したかどうか
それなら100往復くらいで済むだろう
島の港から貨客船まで 艀で2000往復
時間は まだ少しある 少し


キリバスの先住民の血をひく人々の
踊りを見たことがあった
女たちは腰を振り まわしゆらし 
手や顔の表情は多くを語らない 
笑みを浮かべ おおらかで愛らしい
男たちも腰を振り 屈伸し跳び跳ねる
ユーモラスな仕草で笑いをとる
そもそも 笑うしかない
歌も太鼓も 腰を振って笑っている
いかにも南太平洋の音楽だ
カトアタウ選手は
16位というそこそこの成績をおさめたが
そんなことより 笑いのうちに
母国の水没の危機を訴え
キリバスダンスを踊るのだ

トポ氏はもう一度 寝返りを打ちながら 
口角筋を少しあげて(笑)
夢の日録に こう記した
この世紀の只中に ノアの方舟が 
南太平洋の奇跡を 綾取りしながら 
繰り返し 果てしなく 船出した


ところでトポ氏が見ていた夢は
キリバスとフィジーから
やがて霧バスの風景にかわる
キリバスと霧バス 安直な駄洒落だろうと
思ってくださって結構
だって そうだから

霧バスは霧で出来ている
霧の森を 音もなく走っている
鹿や リスや 野うさぎや 蛇いちご
咲きほこる 花たちの花粉も 霧の霧
運転手も あまねく 霧でかたどられ
紺の帽子と 白い手袋も 霧
トポ氏は 夢見ながら
なんて幻想的なんだ 
こうなったら 思い出も 霧だ
預言者の寝言も 霧だ
係累も 罪も死も 霧だ
反芻しながら また寝返りをうった

霧バスには ひとりだけの客
前から3番目あたりの席にちょこんと
小さくて軽そうな おばあさん
やっぱり 霧で出来ている おばあさん
フェリーニの 道の 
ジェルソミーナのようだけど
ミニヨンのママ フカサワさんだ
誰にでも さっぱりと 飾らない口調
素朴な花をいけて 店を飾り 
2000枚以上のLP盤のなかで
モーツァルトのピアノソナタ
誰の演奏が一番好きだったの
リリー・クラウス? ギーゼキング? ヘブラー? 
聞いたような気がするけど 忘れた
グールド? 近頃だれもが グールドっていうね
あたしゃ 好きじゃないよ
音楽も 霧でできている
グールドも 霧のようだけどね

霧バスのジェルソミーナ 
どこへ行くのだろう 
ヤマナシのふるさとか 
秋のおわり 深い霧 陰翳の森
ジェルソミーナ・フカサワをのせた
霧バスが 帰ることのない 道をゆく

 
 

空空空空空浜風文庫 次回に「トポ氏散策詩篇 Ⅷ Ⅸ Ⅹ 」を掲載予定。

 

 

 

ソノヒトカヘラズ Ⅲ

 

南 椌椌

 
 


©k.minami+k.soeda

 

ホラホラ ホラ
コレハ ぼくの骨じゃない
たぶんその年の秋深く
この公園の池に墜ちた
ゴイサギのギー君の脛骨だ
泥に白くまみれて 干からびて
やぶにからまれ 転がっている

とぼとぼ歩くな 足うらをしっかと踏み込め
緑藻で濁った池のほとり
いつかギー君が飛び立ち際に
ぶっきらぼうに こうつぶやいた
踏み込むんだ!足うらだ!

夜の公園で 空ぶらんこが揺れている
ナンテン センリョウ サネカズラ 赤い実
ヒメモモとキンモクセイ
季節外れのメキシコセージの青い花
まだ生きているカイツブリ

空0夢現・ゆめうつつにある時間が
空0僕の自然という気がする
空0ゴイサギが飛び立つ日の
空0春の門 ひと眠り夏 また秋の門

ギー君はどうして墜ちたのだろう
そっぽを向いて ぼくを諌めていた
百年の孤独の長のようだった
いつからか ざんばらの羽がこわばり
朽ちた杭の上でまんじりともせず
生きることに 永いこと飽いている
気には留めていたのだが それだけ

銀杏の実が匂う その夜
ギー君の脛骨を ひだりてのひらに
新月の尻尾に ギー君の係累を見て
公園の池のめぐりを ひとまわりした
そしてふと ギー君とどこか似ている
ソノヒトのことを思った

ソノヒトは いつも黒づくめ
そっけなく かなしみを たしなみ
カメラにぶら下がって 踊り子を
四十年撮り続けていたが
とんと稼ぎには無縁だった
寡黙の人の範疇に入るのだろう
小さな劇場の左隅に そっと席をとり
数少ないシャッター音で
無数以上の写真を遺した
闇と光のあわいを 往還して
現像液からゆらゆら立ち上がる
踊り子のかたち ソノヒトの指先
そう! それっ!

311からほどなく 津波の浜に行った
ソノヒト 子どもの頃 貝をひろいに走り
夏という夏 泳いでいたという浜
ピースライト燻らして ずっと
棒のように立って 何を見ていたのか
なぜか近寄れなかった ギー君のようだった
放縦な生き方をした というわけでもなかったが
酔うと 誰彼なしに アイラブユーだぜ!
女の家で 男の家で アイラブユーだぜ!

舞踏 風景 舞踏 風景
長身痩躯の寂寥が汗をかいている
そして そのまま風呂でゆらゆら 死んだ
風呂でとっぷり 夢みて死ぬなんて
時代の幸福を 絵に描いたよう
かも知れない さもさも ありなん
たましひなんて その時はけむりです
そう! それっ!

なつかしいギー君と
ソノヒトのことを思った