炭をつぐ

 

駿河昌樹

 
 

佐藤佐太郎の
第一歌集『軽風』に

炭つげば木の葉けぶりてゐたりけりうら寒くして今日も暮れつる *

とある

「うら寒くして今日も暮れつる」
から
なんと近代は
逃げ遠ざかろうと
して
きたことか

逃げたところで
「うら寒くして今日も暮れつる」

どこまでも追ってくる
どこにでも現われる

佐藤佐太郎の主張した
純粋短歌
とは
なんだったか?

「うら寒くして今日も暮れつる」
から
逃げないことか

思われる

この世の
ひたすらな
うら寒さ
すべてのものの
暮れゆくさま

そのなかにい続けて
ただ
炭をつぐ

炭をつぐ

 

 

* 大正15年作

 

 

 

a prayer

 

工藤冬里

 
 

すべての願望は聞き入れられない
それは良いことだ
何一つ聞き入れられない
それは良いことだ
だから聞き入れられてはいけない
そう思うのは良いことだ
すべては聞かれてしまうから
そう思うのは良いことだ
聞かれないほうがいい
そう思うのは良いことだ
国を覆うバリヤーについて
地中の金本位制について
中国やイスラエルの武器の無力化について
偶像とデブリの分子化とU字塔について
淡水化について
シリカから生成する直方体の建造物について
記憶と奴隷化について
更地の果樹について
鍛冶屋と左官の移設について
石油由来の破棄について
麻糸製品について
銃口の内向きについて
告発と可視化される歴史サイトについて
学童の種取りとジャノヒゲの根の採取について
そしてすべての介入について
聞き入れられないのは
なんと善いことなのだろう

 

 

 

#poetry #rock musician

ふとん

 

塔島ひろみ

 
 

太陽がある
バス通りに沿って 5階建ての2号棟のベランダがある
数十個の 狭いベランダと 窓がある
竿があり 洗濯ばさみがあり ハンガーがある
洗濯物があり 布団がある
風に踊る
北風が強くベランダは北東に向いている
それでも 洗濯物があり 布団がある
ベランダごと 
マットとか シャツとか 布巾とか パンツとか 靴下とか 何だかわからないものとかがある
たった1本の 油じみのついたズボンだけが干されている ベランダもある
太陽があるから
太陽があるから 干されている
太陽があるから 干さなくてはいけない
洗ったものを 湿ったものを 陽に当てないといけない
太陽に誘われて披瀝された いろんなサイズ いろんな形 いろんな用途の
吊るし方もさまざまの 布製品
みんなその家の 暮らしのもの 使われたもの また使おうとされてるもの
私は 陽に干された洗濯物を見るのが好き
太陽に向かう 干された布団を見るのが好き
団地の駐輪場には自転車がぎっしり並んでいる
駅から歩いて20分 近くに自慢できる何もなく 大きな会社もなく 店もほぼなく
町工場と しょぼい畑と ありきたりの一軒家と木造アパートと 汚い空家と
年季が入った2号棟が建つそんな場所を わざわざ訪れる人はない 
このバス通りを 駅前のマンションに住む人が歩くことはない
世界中のほとんどの人が だから知らない
これら太陽に向かって光る 2号棟の洗濯物たちの眩しさを
敷地内に夏みかんの木があり 実っている
もがれないまま 鳥につつかれないまま 実っている
ベランダと塀の間のわずかなすき間に
鮮やかな黄色に たわわに 実っている
太陽があるから みかんもあった
1階の角部屋の窓が開いた
女の人が狭い狭いベランダに出 そこに干された自分より大きな布団に乗りかかるようにして 叩いている
大きな布団を 叩いている 大事だから 叩いている
太陽があるから 叩いている

 
 

(1月某日、奥戸2丁目、2号棟前で)

 

 

 

如月の歌

 

佐々木 眞

 
 

西暦2023年を総括する「現代詩手帖」の12月号を、ざっくり読んではみたけれど、どの作品のどの1行にもさしたる感銘を受けず、
それならむしろ谷川俊太郎翁が、今年の1月24日付朝日新聞の「どこからか言葉が」で書いている

  意見は言わずに 詩を書きたい私です
  書き続けるうちに意味に頼らない言葉が雪のように舞い降りてくる

の、「意味に頼らない言葉」の一語のほうが、よっぽどインパクトがあるんじゃないかなあ、と思った。

が、待てよ。
これまでおらっちの腹にガツンと来た、「意見や意味に頼る言葉」だってたくさんあったはず。
急遽そいつらを呼び出して、今宵の座興にしてみようじゃんか、と思いついた次第。
あえて出典は示さないので、お暇なときに探してみてくださいな。

*西暦2024年如月に贈る言葉10選

「われ、山に向かいて目を挙ぐ」

「舗道の下は浜辺」

「すべての武器が楽器になればいい」

「あヽ中央線よ 空を飛んで あの娘の胸に 突き刺され!」

「砦の上に我らが世界 築き固めよ勇ましく」 

「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」

「中国に兵なりし日の五ケ年をしみじみと思ふ戦争は悪だ」

「人世に意味を! 詩に無意味を!」

「かれは、人を喜ばせることが、なによりも好きであった」

「いかのぼりきのふの空のあり処」

 

 

 

覚醒

 

たいい りょう

 
 

削っても 削っても
皮の下から 流れ出るのは
赤い血でしかない

蛆虫どもの蔓延る
この闇夜で
わたしは 目を閉じて
魔性の声に 耳を澄ましていた

赤い血は とめどなく 流れ続けた
まるで マグマが吹き出すように

わたしの意識は 朦朧とし 混濁し始めた

浮かんでは沈む 言葉の海のなかに
溺れていた

そして 痛みとともに すべての記憶が
覚醒した