鈴木志郎康
〈プアプア詩〉における詩と詩人 04

〈プアプア〉の人格化と詩形式の崩壊に伴う表象の変化
 

瀧口遼真

明治大学文学部文学科日本文学専攻

 
 

第三章:中期〈プアプア詩〉における詩と詩人の表象―― 詩形式の崩壊と否定的感情

3―1 〈プアプア〉の人格化と詩形式の崩壊
          「売春処女プアプアが家庭的アイウエオを行う」を例に

 
 第三章では、中期〈プアプア詩〉における詩と詩人の表象について考察を行なう。
 中期では、前期で定まった〈プアプア詩〉の形式が作品を追うごとに崩れていく様子を確認することができる。特に、前期では作者の性的欲望を詩語に変換する概念であった〈プアプア〉が人格を持つようになり、概念としての機能を果たさなくなったことが、形式崩壊の大きな要因となっている。「極私的分析的覚え書」を見ると、鈴木自身もこの点を認識していたことがわかる

 
 「凶区十五号に私は五編の詩を発表した。それで私はこれら一連の詩は終りにしてしまいたかった。プアプアは完全に人格化してしまって、私の頭の中の仮空の存在となってしまい、それは私の日常生活の事物と対立して、その関係は停止した、死んだような状況をつくり上げてしまったからだ。私はそこから逃げて別のところに行きたかった。」 xv

 
 鈴木によれば、〈プアプア〉が完全に人格化したのは『凶区』十五号に掲載された「法外に無茶に興奮している処女プアプア」から「美しいポーズとして最後に処女プアプアは死聳え立つ」の五編にかけてということになる。一方、詩篇を確認すると、それ以前の作品から〈プアプア〉の人格化を確認することができる。『凶区』十四号に発表された「売春処女プアプアが家庭的アイウエオを行う」を例にとろう。

 

 ア
 ここにカットされる妻の首
 これがねらいだったのね、結婚のねらいね
 廊下は生えて来た無数の乳房のために足音がしない( 註2)
          (「売春処女プアプアが家庭的アイウエオを行う」)

 

 この作品は「続私小説的プアプア」と同様に、私と妻の関係にプアプアが介入するという構図をとっている。ただし「続私小説的プアプア」における〈プアプア〉は、「私」と「妻」が靴を買っているそばで靴をぬぐという穏やかな行動にとどまっているのに対し、「売春処女プアプアが家庭的アイウエオを行う」における〈プアプア〉は「妻」の首を切断するという過激な行動によって夫婦関係に介入しているという点で大きく異なる。「私」および鈴木志郎康が当時の妻との関係に苦悩していたことは、エッセイや〈プアプア詩〉の中でも書かれているが、少なくとも妻の殺害は性的欲望に基づくものではなく、〈プアプア〉の意志に基づく自律的な行動である。また、本作では「妻」と〈プアプア〉の対立が一場面だけでなく終わりまで一貫しており、詩全体がひとつの物語であるかのような構成となっている。突如「妻」の首をカットした〈プアプア〉は、復讐として「妻」によって女性器を解体される。その後「私」は〈プアプア〉と性行為に及び、頭部のみとなった「妻」は性行為の様子を眺めながら自慰行為に耽る。このような物語的構成は、前期までには見られなかった。
ただし、「売春処女プアプアが家庭的アイウエオを行う」の時点では、まだ〈プアプア詩〉の形式から完全に逸脱しているとは言いきれない。上野昂志も『現代文化の境界線』で述べているが、本作では〈プアプア〉は明確な生死の規準を持たないナンセンスな言葉としての性質を保っており、「妻」に性器を解体された後も「私」と性行為に興じているなど、一人の「人物」にはなっていない xvi 。そして〈プアプア〉に触発されるように「妻」も頭部のみのまま生き続けており、作品全体に無秩序で非現実的な雰囲気が漂っている。また〈プアプア〉自体も、一部本来の機能にはないような行動をとってはいるものの、「私」の性的欲望を作品世界に出現させる役割は果たしている。これらから、〈プアプア詩〉の形式はまだ保たれていると考えられる。
 しかし、その後作品を追うごとに〈プアプア〉はより人格化を強めていき、それに伴って〈プアプア詩〉自体も作者の私性を取り入れたフィクション「私小説」から、完全な虚構の詩世界へと変貌していく。そして語り手の「私」の詩に対する発言や、作中における詩や詩人の表象も悲観的なものとなっていく。

 

 
3―2 「私小説的処女キキの得意なお遊び」における詩と詩人の表象

 中期〈プアプア詩〉の分析に先立って、第二節では「私小説的処女キキの得意なお遊び」における詩と詩人の表象を分析していく。本稿では本作を中期の第一作に位置付けている。「私小説的処女キキの得意なお遊び」は前期に含めた三篇の詩と比較しても従来の詩形式からの逸脱が顕著であり、それに影響されるように作中での詩や詩人の描かれ方が否定的・悲観的なものとなっている。
 まず詩形式に着目しよう。先述の通り、従来の〈プアプア詩〉では、鈴木の実体験を〈プアプア〉という概念を通して詩語に変換するとともに、註釈などを用いて詩語の元となった実体験を併記するという手法を用いていた。詩語の元となる実体験がなければ〈プアプア詩〉は成立し得ないからである。ところが「私小説的処女キキの得意なお遊び」では、実体験と思われる描写が極端に少なくなっている。直接詩の中で登場している現実的描写は、「風呂に行くのも止めよう( 註2) 」、厳島神社と思われる「朱塗りの社殿」と「原生林に踏み迷い( 註5) 」、「駅前」という四つに留まっている。前期で欲望の出所を読者に公開する役割を果たしていた註釈は本作でも七つ置かれているが、このうち三つのみが鈴木の実体験に即したものであり、残りの四つは現実的要素の補完にまでは至っていない。「私小説的処女キキの得意なお遊び」は、詩の根幹にあるべき実体験に基づく描写が希薄になっていることがわかる。
 次に、〈プアプア〉的な概念がいかに機能しているかについても確認する。本作では〈プアプア〉は登場していないが、代わりに〈キキ〉が登場している。この「キキ」という言葉自体は、「プアプア」と同様に意味を持たないナンセンスな響きを持っている。しかし、鈴木は〈キキ〉について「彼女は学校にきちんと通っているところをよく見られた。六月と十月には衣替えをした。彼女の将来ははっきりしており、結婚式があって、家庭があり、性交がある」と註釈で解説している。この設定は作中で基本的に一貫して変わることがない。「私小説的プアプア」では、冒頭に「十五才の少女はプアプア」であると宣言しながらも、細かくキャラクターが指定されることはなかったため、一つの人格を備えた存在にはならずに概念として機能することが可能であった。一方本作の〈キキ〉の場合は、註釈で設定が細かく指定された上、その設定から逸脱することなく作中で動き続けているため、概念ではなく一人の女性であるかのように読めてしまう。
 人格化した〈キキ〉は、最早〈プアプア詩〉のための装置として機能せず、自律した行動を取る。作者の実体験に関係なく、「私」の睾丸をころがし、松本君に連れ去られ、最後には「私」を犯す。中でも「睾丸ころがし」と最後の姦通は、「私」が性的欲望を解消するために〈プアプア〉や〈キキ〉を犯すという本来の構図から離れ、〈キキ〉自身が性的欲望を解消するために「私」を犯すという主客転倒の様相を呈している。最終行で「私」が〈キキ〉の処女膜に犯されることによって、「私」という人称を喪失し「平和を愛する正午の男となって終」る様子は、「私」を根幹に置いて成立していた〈プアプア詩〉が、〈キキ〉の人格化によって逆に侵されていく過程を象徴していると言えるだろう。

 

 いやな感じの鏡の中の正午の私の背後から黄色いキキがやって
 くる
 するともう詩はだめだ、つまらない、なってない
 キキの登場がテーマならもういうことがなかろう( 註1)
 私ははつらつとした処女キキと遊ぶよ
 睾丸ころがしでキキは私を包み込む姿勢を取る膨張する面積のキキのからだが迫ってくる
 (略)
 処女キキが処女なる私の正面から噂されっぱなしの革命を男形として差し込む
 これが睾丸ころがしの実態だ
 手淫の夜重ね
 これが詩だからなってない
          (「私小説的処女キキの得意なお遊び」)

 

 詩形式の破綻は、作中における詩や詩人の表象にも影響を及ぼしている。冒頭の「するともう詩はだめだ、つまらない、なってない」という嘆きは、〈プアプア詩〉が詩形式と成立し得なくなっている状況を端的に表している。直後に「キキの登場がテーマならばもういうことがなかろう」という一文があるが、まさに本作は〈キキ〉の自律的な行動に詩の展開が左右されており、「私」の行動あるいは作者の実生活は副次的な要素に成り下がっている。〈キキ〉は作者や「私」の性的欲望と関係なく「睾丸ころがし」を始めるが、ここでもやはり「これが詩だからなってない」として悲嘆的な発言が見られる。
 〈キキ〉の自立行動や、実体験に基づく描写の減少などから、本作が前期と比べて虚構的性質を強めていることは明らかだが、その傾向を一層強めているのが「松本君」の登場である。「松本君」は「私」の友人で、詩を書く人間すなわち詩人として描かれるが、「註3」で「私には松本君という友人はいない」とあるように、フィクショナルな人物である。「松本君」の登場によって詩はさらに虚構の度合いを強めていくが、彼が口にする言葉は、〈プアプア詩〉の崩壊を目の当たりにしている鈴木の心境とも考えられるものがある。

 

 昨日の日曜日に松本君が来て詩の話をした( 註3)
 彼はもう詩を書きたくないが
 ますます詩に誘われて手淫するばかりだ
 そんなひとりよがりな
 言語を台無しにするよ、と私はいった
 (略)
 註3 私には松本君という友人はいない

 

 彼は、「もう詩を書きたくないが/ますます詩に誘われて手淫するばかりだ」と「私」に悩みを打ち明ける。手淫、すなわちマスターベーションは一人で性欲を発散するという点で、他者とともに行なう性行為とは対称的関係にある行為であるが、この関係は字義通りの性行動としてだけでなく、詩作に対する態度としても読むことが可能である。
 鈴木が〈プアプア詩〉の創作過程を性行為にたとえていることは第一章で既に述べた。処女膜に男性器を挿入するように、鈴木は「にせの充足」を満たすために〈プアプア〉を通じて表出させた詩語に実生活をぶつけ、言葉に込められた性的欲望を読者に公開する。これを踏まえて「手淫」を分析すると、まず共に性行為を行なう他者が存在していない以上、男性器を女性器に挿入するというプロセスが成立しない。鈴木の述べる創作論に置き換えれば、性的欲望自体を詩語にすることはできても、欲望の正体を読者に公開するために実生活をぶつけるという過程がない、ということになる。つまり「自慰」とは、読者を意識しないまま一方的に性的欲望を込めた詩語を表出し続けることを意味している。実際「私小説的キキの得意なお遊び」では詩語と実体験の結びつきが見えにくく、言葉や〈キキ〉の行動の背景にある鈴木自身の生活は隠されたままとなっている。「松本君」の「手淫」は、本作における鈴木志郎康自身の創作態度と共通していると考えられる。
 こうした「松本君」に対して、「私」は「そんなひとりよがりな/言語を台無しにするよ」と忠告する。この忠告は、鈴木の自作に対する自己批判と捉えることができよう。そして「私」は創作意欲を失った「松本君」に対し、〈キキ〉を貸すことで事態の打開を促す。

 

 それなら処女キキを貸しましょう
 とにかくも実体だ
 (略)
 私は処女キキの朱塗りの社殿のいきさつを思って泪していると
 どうしたのか恋情の原生林に踏み迷い( 註5)
 何処へ行ったのキキ
 淋しいよキキ
 情ないよキキ
 あんまりだよキキ
 女は貸すものだよキキ
 新造のキキ
 これは詩だよキキ
          (「私小説的処女キキの得意なお遊び」)

 

 松本君は〈キキ〉を連れて退場し、「私」はひとり残されたまま〈キキ〉不在の悲しみに暮れる。この途中で、唐突に「これは詩だよキキ」というフレーズが出現する。様々な要因から既に〈プアプア詩〉の形式は崩壊しているため「詩」は〈プアプア詩〉ではないことは明確である。「実体」となってしまった〈キキ〉を放棄したことから、〈プアプア〉や〈キキ〉を通さずに直接自身の実体験を詩の中に表出していくことの表明と考えられる一方で、「私小説的」な詩から完全な虚構としての詩を目指していく宣言とも見ることができる。
 ここで鈴木志郎康自身の創作活動に着目すると、〈プアプア詩〉以後、彼は自身の実体験に基づく私小説的な作風を放棄し、架空の人物を登場させるフィクショナルな詩の執筆を行なっている。詳細は第四章で述べるが、このことを踏まえると、〈キキ〉を失った「私」が叫ぶ「詩」は、実体験を〈プアプア〉〈キキ〉を通して虚構化するプロセスを経ない、完全な虚構としての詩を意味していると考えられるのではないだろうか。

 
 

注釈

xv 鈴木志郎康『罐製同棲又は陥穽への逃走』( 季節社、1968年3月) 、130ページ
xvi 上野昂志は『現代文化の境界線』( 冬樹社、一九七九年十二月) の中で以下のように述べている。

 「私小説プアプア」( 原文ママ) から始まって「続私小説的プアプア」を経て「売春処女プアプアが家庭的アイウエオを行う」に至る三作は、「プアプア」の人称化が強められ、それにつれて「私」と「妻」との間に入り込む度合が強くなるが、そしてその意味で「プアプア」が具体化してゆく過程としてあるが、しかし、にもかかわらず、「プアプア」は本来的に無意味なことばに帰着するべく運命づけられているのである。それ故、「プアプア」と「私」と「妻」との三角関係も、厳密にことばに始まり詩空間のなかでのみ終わるように限定されているのだ。それを、「私」や「妻」の側からいうなら、「私」たちは、純粋詩語としての「プアプア」の生きる空間を生きることで、改めてことばそのものとして対象化される、ということなのだ。( 117・118ページ)

 
論文提出年月日:2026年1月14日

 

 

 

鈴木志郎康
〈プアプア詩〉における詩と詩人 03

〈プアプア〉の人格化と詩形式の崩壊に伴う表象の変化
 

瀧口遼真

明治大学文学部文学科日本文学専攻

 
 

第二章:前期〈プアプア詩〉における詩・詩人の表象ーー詩形式の成立と肯定的感情

2―1 〈プアプア詩〉の区分

 
 第二章からは、第一章の内容を踏まえ、〈プアプア詩〉における詩や詩人の表象を他のエッセイや文献と照応させながら分析する。本稿では〈プアプア詩〉を一括して分析せず、全十二作の詩を「前期」「中期」「後期」の三期に区分し、それぞれで詩と詩人の表象を分析する手法をとる。〈プアプア詩〉は作品を追うごとに「極私的分析的覚え書」で提示されている詩形式が崩れていく傾向にあり、それに伴い作中の「私」の発言や、自作に対するエッセイでの鈴木の言及にも変化が生じてくるからである。
 区分けの仕方については、第一章第一節で提示した順序を踏まえた上で、〈プアプア詩〉の形式に則っているかどうかと、作中における語り手の詩に関する言及の内容の二点を考慮し、「前期」「中期」「後期」の三つの時期に区分した。各時期の作風と該当作品については以下の通りである。

前期:〈プアプア詩〉の形式を概ねそのまま用いており、詩に関する言及も比較的肯定的な作品群
 → 「私小説的プアプア」「続私小説的プアプア」「続続私小説的プアプア」

中期:〈プアプア詩〉の形式が崩れ、詩に関しても悲観的な発言をしている作品群
 → 「私小説的処女キキの得意なお遊び」「売春処女プアプアが家庭的アイウエオを行う」「法外に無茶に興奮している処女プアプア」「羞恥旅行で処女プアプアは凍りそして発芽する」「私は悲しみに液化した処女プアプア」「プアプアが私の三十一才の誕生日を優しく」

後期:〈プアプア詩〉が終焉に向かうとともに、新しい創作への意欲が読み取れる作品群
 → 「番外私小説的プキアプキア家庭的大惨事」「美しいポーズとして最後に私小説的プアプアは死聳え立つ」

 尚、本稿では第一章で四番目に位置付けた「私小説的処女キキの新登場」を省略し、加筆後の作品である「私小説的処女キキの得意なお遊び」を分析の対象とする。
 分析の際には、さらにこれらの詩篇から、詩や詩人に関して言及していると思われる箇所を抽出する。具体的にどの表現を分析の対象としているのかは、次ページの表をご覧いただきたい

 

 

2ー2 前期〈プアプア詩〉における詩・詩人の表象

2ー2ー1 「続私小説的プアプア」における詩・詩人の表象

 
 第二節では、前期〈プアプア詩〉において詩がどのように表象されているかを分析する。前期に分類される詩篇は「私小説的プアプア」「続私小説的プアプア」「続続私小説的プアプア」の三篇である。
 先立って、まず「続私小説的プアプア」における詩形式と詩の表象を確認していきたい。「続私小説的プアプア」は〈プアプア詩〉シリーズの二作目にあたり、鈴木志郎康が設定した〈プアプア詩〉の形式をほとんどそのまま踏襲している。

 
 今夜十一時森川商店( 註1) の前を歩いていると
 妻と私とプアプアの関係が今夜のテーマになった
 妻は私ではなく私は妻でありプアプアでありプアプアは妻であり妻はプアプアではない
 妻は靴を買いプアプアは靴をぬぎ妻は大陰唇小陰唇に錠を下してキョトキョトキョトキョトと大気を盗んで
 駈け込むのにプアプアは開かれたノートブックの白いパラパラ
 ( 略)
 註1森川商店は広島市三篠町の私のアパートから十メートル位のところにある照明器具の問屋だが、とても照明器具を売っている店には見えない。まして私が「ゆ」という電光看板のついた風呂屋へ行く二十三時頃は表の戸を閉めて、照明のない看板だけが読める。
                    ( 「続私小説的プアプア」)

 
 「今夜十一時森川商店( 註1) の前を歩いていると」から始まる五行は、まず森川商店の前を妻とともに通過し靴を物色するという実体験に基づく描写があり、その際に鈴木が抱いた性的欲望―― 自分と妻の間に少女が入り込んで靴を脱ぎ、妻が性器に錠を下す―― が、〈プアプア〉を通して虚構化し、詩語として表出されている。この流れは第一章三節二項で述べた〈プアプア詩〉執筆のプロセスと変わりない。その他にも、鈴木がNHKのカメラマンとして広島市幟町中学校を訪れたことや、栄養ドリンクのCM、夫婦関係の模様などが註釈を用いて作中で引用されており、これらの出来事を〈プアプア〉が詩語に変換する流れが成立している。

 「続私小説的プアプア」の〈プアプア〉は、非常に概念的である。それは四行目の「妻は私ではなく私は妻でありプアプアでありプアプアは妻であり妻はプアプアではない」というフレーズで強調されている。すなわちプアプアとは一人の特定の人物ではなく、作者の欲望が働く方向に従って自由に形を変え得るものであり、「妻」にも「私」にもなり得るのである。本作においても、当初「幟町中学校の体育館の落成式に集った三百枚の生きた処女膜だった」と定義されながら、後半では「お前は本当に湯上りの十六才の売春婦なのか」というように変化している。
 詩の表象に着目すると、本作では〈プアプア詩〉に対する鈴木の肯定的感情が表面化している。語り手の「私」が詩人であることは、この時点では明言されていないものの、「茶の間に横臥して詩法をいらだたしくめく」る様子は、創作に伴う思索の様子を描写していると言える。続く「柔軟な詩法を見つけようと男根を握る」「勃起する男根で言葉を筆記する」は、さらに鮮明に〈プアプア詩〉を創作する詩人の姿が表れている。〈プアプア詩〉は鈴木の欲望を直接的に表出することを目的として書かれた詩群だが、男性器を握りしめて詩法を模索する「私」の姿は、〈プアプア詩〉を書き進める詩人のカリカチュアであると言えよう。すると直後の「これが私のプアプアへの愛だ」という言葉もまた別の意味を持って浮上してくる。ここで言う「プアプア」は、性欲の向かう先にあるものとしてだけでなく、〈プアプア〉もしくは〈プアプア詩〉を指していると考えることもできる。まさに「続私小説的プアプア」は、鈴木志郎康自身の〈プアプア詩〉への強い愛情の表れだと言えよう

 

2ー2ー2 その他の前期〈プアプア詩〉における表象

 
 「続私小説的プアプア」以外の詩篇においても、詩や詩人は比較的肯定的なイメージを伴って表象されている。そこには、新しい詩形式を生み出した詩人の感動や充足感も当然含まれているだろう。「私小説的プアプア」の「血をきれいにする詩法なのだ」はそういった感情の表出であると言えるだろう。前後の文脈と関係なく唐突に登場するこのフレーズは、創作活動を血液の浄化に喩え、詩法が創作活動を新鮮なものに生まれ変わらせるものになったことを読者に告げているようである。
 直接的に「詩」という言葉を使っていない場面でも、詩人の新鮮な感情が表れている詩句は随所に見られる。

 
 ガムを噛むプアプアの円い口ももう既に遠い
 音がする
 ベルが鳴る
 目覚めよ、最早東は白い
 白い何も投射されていないスクリーンだ
                    ( 「続私小説的プアプア」)

 日の出前に
 さあ万感をこめて祈ろう
 嫉妬するものは止めよう
 肉体は迷路のように私だ
 呪う念力もなく起き上る
                    ( 「続続私小説的プアプア」)

 「続私小説的プアプア」は「音がする/ベルが鳴る/目覚めよ、最早東は白い」というように、鉄道( または汽船) の出発、日の出のイメージで締めくくられており、新しい詩形式の到来に対する祝祭的な雰囲気で満ちている。「続私小説的プアプア」の「日の出前に/さあ万感をこめて祈ろう/嫉妬するものは止めよう」は、おそらく前作の「目覚めよ、最早東は白い」を踏まえての表現であろうが、同じように新しい創作時期の到来を祝う表現であることは容易に想像できよう。
 前期〈プアプア詩〉に該当する三篇では、〈プアプア〉は鈴木自身の実生活や性的欲望を「私」の行動・欲望として詩語に変換する装置の役割を果たしている。実体験から詩語に至るまでのプロセスも比較的読み取りやすく、鈴木志郎康が目指した一般的意味と個人的意味の両立が見事に達成されている。前期の詩群で〈プアプア〉が適切に機能している背景には、やはり〈プアプア〉が徹底的に概念として書かれていることがあるだろう。この点に関して分析した上野昂志の論考「『日常』を降りる」から引用する。

 
 「たとえば「プアプア」は「十五歳の少女」と関係づけられることで限定される。このことは「十五歳の少女」にとっても同様だが、ただこちらは「プアプア」という無意味なことばと関係することで、逆にその意味を拡散されてしまうのだ。同じように、「妻」あるいは「私」は、「プアプア」と関係することによって日常的な意味の文脈からとき放たれていくのである。その過程は同時に、「プアプア」ということばが人称性を強めていく過程でもあるのだが、しかしもともと純粋にことばでしかないそれは、最後の瞬間には、人称性のワクから身を翻して逃れてしまう。」xiv

 上野が述べている通り、「プアプア」という言葉が持つオノマトペ的な性質によって、〈プアプア〉は人格を持たない単なる言葉、そして概念として存在し続けられている部分は間違いなくあるだろう。だが、「プアプア」という言葉の響きの効果だけでは、〈プアプア詩〉の詩形式を維持することは難しい。作者が〈プアプア〉の人格化を回避するような操作を意識的に行なわなければ、〈プアプア〉はたちまち概念から人物へと変化し、関わる「私」や「妻」の行動は実体験から離れて完全に虚構化する。第三章で詳述する〈プアプア〉の人称化や、〈プアプア詩〉の形式崩壊は、作者による操作が不十分だったために生じた現象なのである。

 
 
注釈

xiv 『現代詩手帖』二十二巻八号( 思潮社、1979年8月) 、123ページ

 
論文提出年月日:2026年1月14日

 

 

 

鈴木志郎康
〈プアプア詩〉における詩と詩人 02

〈プアプア〉の人格化と詩形式の崩壊に伴う表象の変化
 

瀧口遼真

明治大学文学部文学科日本文学専攻

 
 

1―3 〈プアプア詩〉の作品構造と私小説性

 
1―3―1 問題意識―― 「誤解」への嫌悪感と開かれた詩

 
 第三節では、第二章以降の考察の前提として、〈プアプア詩〉の私小説性について分析する。飯島耕一や上野昂志が指摘している通り、鈴木は〈プアプア詩〉で作家自身の私性( 日常生活や欲望) を表出させることに強く執着しており、これが特異な作品構造に繋がっている。
 そもそも鈴木は〈プアプア詩〉という作品構造を確立させるにあたって、どのような問題意識を持っていたのだろうか。『罐製同棲又は陥穽への逃走』に収録されているエッセイ「極私的分析的覚え書」では、大きく二つの問題意識が示されている。一つが「誤解」への嫌悪感、もう一つが開かれた詩への志向である。
 まず、「誤解」への嫌悪感について鈴木の持論を引用したい

 
 「私は詩を書き、詩と私との間にはある距離が生じる。そしてその距離が全く無視されるか、又極めて小さなものと受けとられるのを私はひどく恐しく思う。( 略) 私はこの詩集におさめられたひとつひとつの詩がどのようにでも理解されるということを絶対に拒みたい。私は各人の孤立と生活の寸断の上に安逸をきめ込んだ態度から生れる、あの理解の恣意性を断じて許したくない。言葉が使われたということは必ずそこに何らかの現実が存在する。そして現実が常に固有なものであれば、ほしいままに言葉を理解するということは、この現実の黙殺に外ならない。」 viii

 
 ここで鈴木が述べている「距離」とは、作品内の表現が作家のどのような経緯・意図によって生じたかということである。仮にその表現が内発的・感情的なものであった場合、そこには一般的な意味とは異なる、作家が独自に付与した意味が含まれることとなる。作家と作品の間にある距離感を正しく読み取ることが、すなわち正確に作品を鑑賞するということになるだろう。しかし、実際に読者が正確に作品を理解することはほとんど不可能である。読者は作者と意識を共有しているわけではないため、テクストの内容や事前知識をもとに各自で作品を解釈することとなる。その結果、作家と読者の間にはテクストの意味を巡って断絶が生じ、読者は言葉の表層的な意味のみ理解するか、もしくは各々で勝手に作家と作品との関係を想像し解釈をするしかなくなる。これこそが「各人の孤立と生活の寸断」の結果生じる「理解の恣意性」なのであり、鈴木は恣意的な理解や解釈によって作品内の私性が無視・誤解されることを極端に嫌悪している。こうした嫌悪感を払拭する手段として、まず想像されるのは、作品自体を一切他者に公開せず、作品を完全な形で理解できる人間、すなわち作者自身の中だけで消費するというものであるが、鈴木は敢えてこの方法を取らず、詩を他者に向かって開かれたものとすることに強いこだわりを示している。この「開かれた詩への志向」の根源には、彼が学生時代に詩を通して他者との関係を構築しようとしていたことが影響している。鈴木は「極私的分析的覚え書」で、学生時代に仲間や少女たちに自作の詩を見せることで、人間関係の回復を試みていたことを告白している。彼にとって詩とは私的な創作行為であり、他者に自作の詩が受け入れられることはそのまま鈴木自身も受け入れられることを意味していた。こうした考えは、大学時代に安保闘争の集団から一人脱落し「抹殺されてしまうのではないか」という恐怖感に苛まれた経験を機に一層強まっていき、自己保存的な価値体系から脱出するための開かれた詩および詩形式を鈴木は模索していくことになる。

 
 「私はここ( 引用者注:自己保存的な価値体系や自己否定的な態度) から脱却しなくてはならない。詩はその出口となり得るだろうか。私は詩作する際に、自分の個別性を言葉の中に極度につめ込む仕方を取っていたというのも、この自己保存的な欲求から出ていたものに違いない。そしてその個人的欲求の満足に終ってしまうものであれば、私のより本質的な力である表現、つまり他人との真の交流には至らないであろう。そこではその本質的な力は抑圧されて、私は不安、危惧、更にいえば恐怖をいだいて、孤立した生活を続けなくてはならないだろう。詩はその出口となり得るだろうか。」 ix
 

 他人に対して開かれていながらも、読者の意味解釈によって作家の私性が損なわれることのないような詩形式が、当時の鈴木志郎康の詩作における問題意識であり、課題解決のために鈴木が考案したのが後述する〈プアプア詩〉という特異な詩形式であった。

 
1―3―2 〈プアプア詩〉の構造

 
 〈プアプア詩〉とは、作家の私性を損なわない形で他者に公開する詩である。その詩形式について、「極私的分析的覚え書」で鈴木自身が述べた方法論をもとに確認しておこう。

 
 「私の生活の形態を決定しているのは、賃金を得るために働き、この得た賃金の全部を完全に消費しているということである。しかもこの生活の中で私個人の自発性は働く方に発揮されることは殆んどなく、もっぱら消費する方に発揮される。( 略) 言葉を消費する。これは私たちの文明の大きな特徴かも知れない。といっても、事柄を単純に考えるべきではない。それは何らかの欲望をにせに満たすものではあるが、私はこの「にせの充足」をとらえて、欲望の存在を明らかにしようとする。つまり、私の場合は、自ら言葉に封をすると同時にその封を切ってしまうように消費するのだ。この過程が私の詩作行為だと考えられないだろうか。言葉に封をするということは、言葉に一般的な意味が流入するのを止めてしまうことなのだ。「私小説的プアプア」の第一行目がこれである。プアプアとはつまり、言葉の処女膜なのだ。そして、この一行から始まる一連の詩はこの処女膜を破ろうとする私の挑みかかる行為そのものといえるだろう。私は私自身の生活を形成している実体を言葉にかえて、プアプアに突きさす。その行為が次次に私に言葉を要求して、私は言葉を費して行くことになると同時に、私自身を暴き出すことにもなるのだ。」 x

 
 まず鈴木は、作者である自身の私性を消費行動の中に見出だしている。これは読書や喫茶のような商品・貨幣の消費に留まらず、詩作の際にどのような語彙を詩語とするかといった、言葉の消費も含まれるものとする。モノの消費も言葉の消費も、巨大な母数の中から選択し使用する際に個人の自発性が発揮されるからである。また鈴木は、言葉を消費すること自体が欲望の充足なのではなく、何らかの欲望を「にせに満たすもの」であるとする。つまり言葉を消費する以前に作者は何らかの事柄に欲望を抱いており、その欲望を満たすことが不可能であるために代替行為として言葉を消費するのである。鈴木の場合、その欲望は彼自身の日常生活から生じたものである。
 だが、単に言葉を詩語にして消費するのみでは、読者は作者が何の欲望の代替として詩語を用いているのか知ることができないため、両者の間で言葉の意味解釈に齟齬が生じる。そこで鈴木は、〈封を切る〉というプロセスを創作の中に組み込む。詩語の中に封じ込まれている、本来追求されるべき欲望を、彼は詩語と並列して書き記そうとする。この処理によって、読者は詩語とそこに封じられた作者の欲望や欲望の出所である日常生活も読むことが可能となるため、読者は作者と同じ方向で詩を鑑賞できるようになるのである。その過程は引用部分のように、性行為の際に男性器が処女膜を貫通して女性器に侵入する様子に喩えられている。
 この詩形式やプロセスが実際の〈プアプア詩〉でどのように具現化されているのか、第一作「私小説的プアプア」を例に考察したい。

 
 
 遂にプアプアが私の方に向って来る
 私はオーロラに包まれている
 私は純粋ももいろに射精する
 プアプアちゃん行っちゃいや、ああ私の天使
 それなのに教授は腕をひっつかんで大英博物館へ連れて行ったのだ( 註3)
 ( 略)
 註3 広島テレビ、七月三日午後八時外国製テレビ映画「泥棒貴族」より

             (「私小説的プアプア」)
 
 
 例えば、作中に「プアプアちゃん行っちゃいや、ああ私の天使」というフレーズが登場する。このフレーズ自体はひとつの詩語なのだが、直後に「それなのに教授は腕をひっつかんで大英博物館へ連れて行ったのだ」という詩句も並列して書かれている。これはアメリカ映画『泥棒貴族』のワンシーンで、エッセイ「プアプアに始まる」によれば、鈴木志郎康は一九六五年七月三日午後八時に自宅で同映画を鑑賞していた  xi 。つまり鈴木はこの映画の少女が教授に連れ去られる場面を視聴した際に、自分と親しい少女が連れ去られる場面を空想した。その後詩を書く際にその空想を詩語に変えたのだが、同時に彼の空想的欲望の元となった映画のシーンを並列して記述するとともに、註釈で『泥棒貴族』を視聴したことも付記したのである。要するに鈴木は以下のようなプロセスでこの場面を書いたことになる。

①作者の鈴木志郎康自身の実体験:『泥棒貴族』を鑑賞し、欲望を抱く
②欲望を詩語に変えて「にせの充足」を達成する:「プアプアちゃん行っちゃいや―― 」
③詩語に含まれる欲望や実体験を併記する:「それなのに教授は―― 」および「註3」

 ②で言葉を消費することによって私性を発現させるとともに、③で欲望の内容とその出所①を読者に公開し、解釈のずれを埋めるのが〈プアプア詩〉の形式である。つまりこの詩形式では、言葉を消費する際と実体験を記述する際の二回に渡って私性が発揮されていることになる。鈴木はこの方法論を確立した上で「私小説的プアプア」を始めとする一連の詩群を創作していくことになるのだが、作品を追うごとに本来の形式から脱線していき、最終的には〈プアプア詩〉は崩壊を迎える。詩形式の変遷については、第三章で詳しく述べていく。

 
 

1―3―3 〈プアプア詩〉の私小説性ーープアプアを媒介とする実体験の虚構化

 
 〈プアプア詩〉を分析する前提として、その私小説性について確認をする必要があるだろう。前項で〈プアプア詩〉が作者自身の実体験を踏まえたものであることを述べた。しかし、テクストで描写される語り手の「私」および彼を取り巻く出来事は、鈴木志郎康が自身の実生活を一度破壊し再構成したものであることに留意しなければならない。〈プアプア詩〉とはノンフィクションではなく、事実を元にしたフィクション「私小説」なのである。鈴木自身、後年のエッセイで「『私小説』とは文芸評論などで使われることばで、作者の身のまわりに起ったことを素材にして書かれた小説のことをいうのである。従って、ここではそういう自分の身のまわりに起ったことを『虚構』として書くということをことわっているわけである」と解説している  xii
 〈プアプア詩〉で行われている現実の虚構化は、〈プアプア〉( 一部の作品では〈キキ〉も同様の役割を果たしている) という言葉を媒介として成立している。〈プアプア〉は鈴木や多くの同時代評で指摘されているように、オノマトペ的な言葉として用いられており言葉自体に意味はない。NHKのニュース取材の際に、取材先の中学校の女子生徒が歌っている際の口唇運動が着想元とされている  xiii 。作中では、鈴木が実生活で抱いた性的欲望、そしてその対象者は〈プアプア〉に代替されて表出される。「プアプア」というナンセンスな音韻言語を用いることで、並べて配置される実体験や欲望に基づく描写をユーモラスで無秩序な虚構的空間に内包させようとしているのである。〈プアプア〉とは、鈴木の性的欲望や欲望の対象を詩語に変換すると同時に、鈴木の実体験を詩空間の中に内包させ虚構化させる詩的装置であると言えよう
 ここまで〈プアプア詩〉が虚構的な私小説として成立していることを説明してきたが、その中でも特に作者・鈴木志郎康との距離が近いと推測できる表現がいくつか存在している。それは、作中で語り手の「私」が詩や詩作について言及している箇所である。
 「私」は鈴木志郎康と同じく広島市に住んでいる男性として設定されている。詩作を趣味としている点でも鈴木と共通しており、彼の発言は〈プアプア詩〉の執筆・発表時期に鈴木がエッセイ等で述べている詩論と重なる部分が多い。第二章以降では、この「私」の発言に着目し、同時期の鈴木の著作と対応させながら、作者の詩に対する価値観が〈プアプア詩〉の中でどのように反映されているのかを分析する。

 
 
注釈

viii 鈴木志郎康『罐製同棲又は陥穽への逃走』( 季節社、一九六七年三月) 、94、98ページ
ix 同右、112ページ
x 同右、126、128ページ
xi 鈴木志郎康『極私的現代詩入門』( 思潮社、一九七五年八月) 、136ページ
xii 鈴木志郎康『現代詩の理解』( 三省堂、一九八八年九月) 、220ページ
xiii 鈴木志郎康『『新生都市』から『声の生地』へ極私を開く: 前橋文学館特別企画展・第16回萩原朔太郎賞受
賞者展覧会』( 萩原朔太郎記念水と緑と詩のまち前橋文学館、2009年7月) 、32ページ

 
論文提出年月日:2026年1月14日

 

 

 

鈴木志郎康
〈プアプア詩〉における詩と詩人

〈プアプア〉の人格化と詩形式の崩壊に伴う表象の変化
 

瀧口遼真

明治大学文学部文学科日本文学専攻

 
 

序章

 
 本論文では、詩人・鈴木志郎康が一九六〇年代に手掛けた一連の詩群〈プアプア詩〉を取り扱う。

 〈プアプア詩〉は主に雑誌『凶区』に発表され、一九六七年に刊行された詩集『罐製同棲又は陥穽への逃走』(一九六八年にH氏賞受賞) に収録されたのをきっかけに詩壇の内外に知られるようになった。その後、一九六九年に思潮社から『鈴木志郎康詩集』が発表され、これまで詩集に未収録だった詩篇も含めて〈プアプア詩〉シリーズが初めて体系化された。

 性的な語彙の多様や、私的であることを追求した独自の詩形式から、〈プアプア詩〉はこれまでも多くの言及が為されてきた。詩の性的な表現と六〇年代の社会制度・モラルを照応させたものや、鈴木のエッセイとテクストとを比較しながら私性がどのように表出しているかを分析したものなど切り口は様々だが、それらのほとんどが〈プアプア詩〉の中の一部の代表的な詩篇のみを対象にしており、シリーズ全体を通して分析を行なった批評・研究はごくわずかである。

 そもそも、〈プアプア詩〉は全十二篇を通して詩の構造や意義が大きく変化していくシリーズである。鈴木志郎康自身も「極私的分析的覚え書」などのエッセイでこの点に言及しており、一九六五年に書かれた「私小説的プアプア」と六七年に書かれた「番外私小説的プキアプキア家庭的大惨事」では書かれている内容や〈プアプア〉という言葉の使われ方も大きく異なっている。だが、現時点では〈プアプア詩〉をシリーズとして捉えて検証を行なった研究は確認できていない。

 本稿は〈プアプア詩〉全十二篇を連続した一つの作品群として捉え、その詩形式の変化を分析する。作中における詩や詩人の表象を一つの手掛かりとし、作風の変化とともに表象がどのように変化していくかを確認する。鈴木志郎康は〈プアプア詩〉の中で何度も詩や詩作に関する言葉や詩人を登場させており、時にそれらは鈴木自身による自己批判とも読むことができる。詩や詩人の表象を詩形式の変遷とともに分析することで、鈴木が〈プアプア詩〉や詩作全般に対してどのような問題意識を抱えていたのかを浮かび上がらせるのが目的である。

 分析の際には〈プアプア詩〉シリーズの他に、参考資料として鈴木志郎康の詩論やエッセイ、また同時代評など他作家の〈プアプア詩〉に関する著作を用いる。本文で引用する詩のテクストに関しては原則として思潮社『鈴木志郎康詩集』のものを用い、収録されていない作品に関しては発表先の雑誌や詩集に掲載されているテクストを引用するものとする

 
 

第一章:〈プアプア詩〉の私小説性

1―1 鈴木志郎康と〈プアプア詩〉について

 
 鈴木志郎康は、一九三五年に東京都の亀戸で生まれた。本名は鈴木康之。高校時代には既に詩作を始めており、早稲田大学在学中には高野民雄とともに同人誌『青鰐』を創刊している。また、この時期は六〇年安保闘争を控えた学生運動が展開されており、鈴木も一時的に参加をしたが「脱落」している。卒業後はNHKでTV映画カメラマンとして勤務する傍ら、詩誌『凶区』の同人として詩作を続けた。一九六三年に第一詩集『新生都市』で詩壇に登場、六七年に第二詩集『罐製同棲又は陥穽への逃走』で第十八回H氏賞を受賞し、六〇年代を代表する詩人として位置付けられた。詩作と並行して個人映画製作にも取り組み、東京造形大学や多摩美術大学で教鞭もとった。詩人としては二〇〇二年に『胡桃ポインタ』が高見順賞、二〇〇八年に『声の生地』が萩原朔太郎賞、二〇一四年に『ペチャブル詩人』が丸山豊記念現代詩賞を受賞。二〇二二年に八十七歳で死去。

 本稿で扱う〈プアプア詩〉は、彼の五十年以上に渡る創作活動の中でも、一九六五年から六七年にかけて『凶区』や『現代詩手帖』に発表されたもので、このうち九篇が詩集『罐製同棲又は陥穽への逃走』の第四セクションに収録された。一九六九年に思潮社から発売された『鈴木志郎康詩集』では、この九篇に加え新たに「美しいポーズとして最後に私小説的プアプアは死聳え立つ」が収録されている。〈プアプア詩〉の範囲に関して作者自身の言及はないものの、基本的に「プアプア詩」もしくは「プアプアもの」と総称される詩『罐製同棲又は陥穽への逃走』もしくは『鈴木志郎康詩集』に収録されているものを指す場合が多い。しかし本稿では、シリーズ全体における作風の変遷に着目する都合上、これらの詩集に収録されていない「続続私小説的プアプア」と「私小説的処女キキの新登場」の二篇も含めた計十二篇を〈プアプア詩〉として定義することとする。

 本稿で扱う詩篇とその初出は以下の通りである。本稿では『罐製同棲又は陥穽への逃走』に収録されなかった詩篇も研究対象としているため、基本的な順序は思潮社の『鈴木志郎康詩集』の収録順を踏襲し、ここに収録されていない他の〈プアプア詩〉の順番については個々の作品の性質を考慮して決定することとした。「続続私小説的プアプア」は題名に「続続」とあることから「続私小説的プアプア」の次である三番目に置いた。「私小説的処女キキの新登場」は、修正版の「私小説的処女キキの得意なお遊び」の前に置いた。また、「美しいポーズとして最後に私小説的プアプアは死聳え立つ」は、『罐製同棲又は陥穽への逃走』には収録されておらず、発表時期も「番
外私小説的プキアプキア家庭的大惨事」のほうが後ではあるが、『鈴木志郎康詩集』で最終作に位置付けられていることや、作品の内容が「番外私小説的プキアプキア家庭的大惨事」を踏まえたものであることなどから、本稿では最終作に位置付けた。

 

①「私小説的プアプア」( 『凶区』九号、一九六五年八月) 〇⚫️
②「続私小説的プアプア」( 『凶区』十号、一九六五年十月) 〇⚫️
③「続続私小説的プアプア」( 『凶区』十一号、一九六五年十二月)
④「私小説的処女キキの新登場」( 『凶区』十三号、一九六六年四月)
⑤「私小説的処女キキの得意なお遊び」( ④の加筆版。『罐製同棲又は陥穽への逃走』で初掲載) 〇⚫️
⑥「売春処女プアプアが家庭的アイウエオを行う」( 『凶区』十四号、一九六六年八月) 〇⚫️
⑦「法外に無茶に興奮している処女プアプア」( 『凶区』十五号、一九六六年十月) 〇⚫️
⑧「羞恥旅行で処女プアプアは凍りそして発芽する」( 『凶区』十五号、一九六六年十月) 〇⚫️
⑨「私は悲しみに液化した処女プアプア」( 『凶区』十五号、一九六六年十月)〇⚫️
⑩「プアプアが私の三十一才の誕生日を優しく」( 『凶区』十五号、一九六六年十月) 〇⚫️
⑪「番外私小説的プキアプキア家庭的大惨事」( 『現代詩手帖』一九六七年二月号、一九六七年二月) 〇⚫️
⑫「美しいポーズとして最後に私小説的プアプアは死聳え立つ」( 『凶区』十五号、一九六六年十月) ⚫️

 
 

1―2 先行研究・同時代評の整理

 
 〈プアプア詩〉は長大なテクストや註釈の利用、そして性的モチーフの多用などから、詩集成立以前より多くの文芸誌・詩誌で特異な作品として言及されてきた。しかし作品がどのように受容されてきたかについては、マスコミ・大衆/詩人・評論家で大きな差があった。前者では専ら作中の性的表現を「過激な表現」「ハレンチ」なものとして消費する傾向があり、三木卓は雑誌『週刊ポスト』内の解説「処女の起爆力」で「題名もユニークだが内容はそれ以上に過激で、詩壇の枠を超えて若い世代を中心にした文学・思想に関心ある人たちを直撃、注目と関心を集めた」 i  と述べている他、『読売年鑑昭和44年版』では「戦争を全く知らず、バターとチーズとテレビで育った世代の『ハレンチ』好み」とやや批判的な言及がされている。 ii

 詩人や評論家の間でも〈プアプア詩〉への評価は毀誉褒貶相半ばといった状況だが、内容は大きく「既存の価値観に対する挑戦と見做すもの」「私的表現に関するもの」の二つに大別することが可能である。

 〈プアプア詩〉を既存の価値観に対する挑戦として分析した代表的論者が北川透である。中でも「売春処女プアプアが家庭的アイウエオを行う」を分析した詩論「詩人の内発力について」は、〈プアプア詩〉全体に共通する性質を指摘していると言えるだろう。

 
 「ここで鈴木が破壊しているのは、家庭的な性意識であり、もはやそこでは家庭の幸福や愛への信仰は成り立ちようがない。( 略) それは、現実に鈴木がどのように家庭の幸福のなかに住んでいても、いや住んでいればこそ、そのブルジョア合法主義への否定力は暗いエロティシズムの情念の彼方からやってこざるを得ないのだ。こうした否定力と本質的なかかわりを失って、詩の自由はありえないのであって、いわばそうしたかかわりを通じて、言語の意味空間そのものの甦えりを望むことができるのではなかろうか。」 iii
 

 北川は作中人物「私」と「妻」の関係から家庭的性意識の破壊を読み取ったが、嶋岡晨は詩全体の性的表現は戦後民主主義がもたらした家族制度の崩壊や性的モラルの変貌を受け、「古いしきたり」への抵抗を試みていると分析する iv 。一方笠原伸夫はこうした「破壊」「抵抗」といった評価に対し否定的で、「プアプア詩ていどの言葉の破壊作業は、テレビのマンガ映画でもみればたちどころにおめにかかれる」「どだい言葉はもはや秩序を見喪い、流竄の果てに身をかがめているだけではないのか」と批判的な見解を示している  v 。このように〈プアプア詩〉を六〇年代後半の社会状況や性を巡る議論と対比させる評論は多いが、〈プアプア詩〉に関する鈴木自身の言及を参
照する限り、彼の意識する他者は広大な「社会」に属する他者ではなく、狭隘な「読者」としての他者である。そのため〈プアプア詩〉が制度やモラルを「破壊」「否定」していると判断するのは難しい。

 〈プアプア詩〉の私的表現に言及した詩人としては飯島耕一がいる。飯島はエッセイ『詩について』で、『罐製同棲又は陥穽への逃走』の第一セクションに収録された「激しい恋愛」と〈プアプア詩〉を並べながら、詩集全体を通して、鈴木が註釈などを通して詩の中に「真の現場」を提出しようとしていることを指摘している。

 
 「「私はあくまでも自分の個有な体験に執着した」のであり、彼にとってはことばは「一般化してしまう性質」そのものだと感じられたのだ。鈴木志郎康は、このすばやく一般化する( ぼくの言い方だとインパーソナルになってしまいがちな) ことばでは現場の把握には間に合わないという気持につねに襲われている。ことばと体験=現場のあいだにあるずれが、彼の気にならないではいない。( 略) 鈴木志郎康は、「覚え書」によって、その詩の背景を縷々説明する。さらに彼は一部では知られている「プアプア物」で、詩に「註」をつけ
ている。」 vi

 飯島の他に、上野昂志も評論「『日常』を降りる」の中で〈プアプア詩〉における私性の表出を指摘しており、
鈴木は実体験や日常をそのまま詩の中に提出しているのではなく、「プアプア」という無意味な言葉と関係させる
ことで、日常的な意味の文脈を変換していると述べている vii

 
 
注釈

i 『週刊ポスト』二十四巻三十六号( 小学館、一九九二年九月) 、134ページ
ii 読売新聞社編『読売年鑑昭和44年版別冊』( 読売新聞社、一九六八年十月) 、178ページ
iii 北川透『情況の詩:戦後詩の転換は可能か』( 思潮社、一九六七年十月) 190ページ
iv 嶋岡晨『詩とエロスの冒険』( 社会思想社、一九七一年十月) 、254ページ
v 笠原伸夫『虚構と情念:評論集』( 国文社、一九七二年九月) 、294ページ
vi 飯島耕一『詩について』( 思潮社、一九六八年一月) 、77、78ページ
vii『現代詩手帖』二十二巻八号( 思潮社、一九七九年八月) 、123ページ

 
論文提出年月日:2026年1月14日