夢は第2の人生である 第9回

 

佐々木 眞

 

西暦2103年長月蝶人酔生夢死幾百夜

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新築したばかりの家に行って見ると、大勢の中国人や韓国人がリビングに座り込んでいるので、業者に文句を言ってからしばらくしてまた現地を訪れると、今度は大勢の日本人がリビングに座り込んでいる。9/1

私はどういうわけかさる同僚の女性と共にカラヤンの秘書を務めていたのだが、最近マエストロが彼女に冷たくあたるので気になっていた。意地悪な彼は、重要な情報を私だけに漏らして、私よりも遥かに有能な彼女には伝えないので、いろいろな障碍が生じていた。9/2

美貌のサディストである日本ファシスト党女性党首の甘美な拷問を受けた私は、一夜にして転向してその手下となり。この国の全左翼を血祭りにあげたあとで革命的な「百貫デブ粛清作戦」の先兵となった。9/3

燃え盛る鋼鉄製の箱に乗って宇宙から帰還した私は、予定された着陸地点から大きく逸れたマリアナ海溝の奥深く沈んで行ったにもかかわらず、奇蹟的に脱出することに成功して元の職場に戻ったのだが、周囲の連中の態度は冷たかった。9/5

超短い詩歌の形式を考えようと2晩続きで悪戦苦闘していたので殆んど眠ることができなかった。短歌俳句より短いスタイルなら5語、6語、8語もありだが、いっそ1語、2語、3語、4語という器を考えるべきなのだろう。9/6

業績不振でリストラが相次いでいる会社の中で、「超優秀」という評価でたった一人だけ残留した私の元の上司が、殺到する業務と鳴り響く電話の嵐のただなかで、さながら生ける聖徳太子のように鮮やかに対応しているのだった。9/7

日曜日だけ取っている日経の歌壇を開いたら白紙だった。他の頁はちゃんと見出しも記事も写真も広告も掲載されているのに、そこだけはまっ白けのけでなにも書いてない。もしかして私の短歌が載っていたかもしれないのに。9/8

友人のY君は軽井沢の山荘で隠遁生活を送っているはずだのに、だいぶ前に亡くなってしまったという。しかし最近彼から私のところには小説や詩の原稿が届いたばかりだ。もしかするとこれは霊界からの便りなのだろうか、と私は首を傾げた。9/9

アフリカの2人の王に迎えられ、やむなく仕えた私だったが、最初の王は何者かに殺され、次の王はおのれの権力を有効に使うすべを知らない無能な人物だったので、傷心を抱えながら私は帰国の途についた。9/10

以前仲間と3人で録音した原盤の演奏が下手くそだったので、そいつを取り返して廃棄しようと保管されている蔵の前までやって来たのだが、仲間の1人が「いやあれが良かった。廃棄したくない」と言うので、争っているうちに火事で燃えてしまった。9/11

誰か知らない人が私がfacebookに書いた記事にコメントしてくれたのだが、あまりにも文字が小さく、しかも文字列が下の罫の下に潜り込んでいて読みとれないので、私は必死になってそこにポインターをあてて潜り込もうとした。9/12

電通の杉山恒太郎氏に、「所詮僕はマーチャンダイザーにはなれてもデザイナーにはなれない人間なんだよ」と話してから、建物の外に出て並木道を歩いていると、歩く傍から両側の樹木が黄色い不思議な光を放ってゆくのだった。9/13

鍵を無くしてしまった私は、仕方なく共通の鍵を持っている人たちの傍にくっついているほかなかった。その鍵が無ければ部屋にも入れず、全財産が入った荷物も開けることができないのだ。しかし彼らは芝生に座りこんだまま、いつまで経ってもその場を動こうとはしない。9/14

長らく企業内デザイナーとして活躍してきた人が、私に相談があるというので、岡の麓にある彼の家まで自転車を転がしながら歩いていった。独立する意思を持っているようなのでさぐりを入れたが、なかなか言い出さない。仕方なく「じゃあまたね」と言って別れたが、自転車を忘れたので戻ろうとしたが、彼の家は見つからなかった。9/15

就活用のパンフレットの製作を依頼されたので、撮影の準備をして学校に行ったのだが、約束の時間になっても人事の担当者も、モデルになるはずの学生も一人も現れない。やがて夕陽が学園の校舎を真っ赤に染めると舟木一夫が現れたので驚いた。9/17

上野の黒門のあたりから本郷台を眺めていると、遥か彼方に富士の白嶺が望まれた。私は敵が攻めてくるまでここでゆっくり花見をしてやろう、と決め込んでいた。9/18

東京の中央駅の近くではあるがそこだけは開発から取り残されている旧野分町電停付近はなぜだか世界中からやって来た観光客がたむろしていた。若いバックパッカーたちが数多く見受けられたので、もしかすると彼らはそこで野宿するのかもしれない。9/19

私はアフリカ戦線の女性指揮官が運転するサイドカーに添乗して、猛スピードで走りまわっていた。黒衣のレザーに身を包み細身の鞭を握りしめた彼女は、時々私に戦況報告を求めるのだが、返事を聞いても上の空である。私は、彼女と過ごすであろう夜がだんだん怖くなってきた。9/20

いつものように新宿にある学校へ行こうと家を出たが、その途中、法政大学の近所の商業施設の中で道が分からなくなってしまった。階段を息せき切って登り降りしているうちに時間がどんどん過ぎてゆく。ピザ屋のおやじに時間を聞いたら3時前という。それならもう授業は終わるころだ。9/20

小学館の梅沢さんが児童教育についての素晴らしいペスタロッチ的箴言を吐いておられると知って、私も負けじと自分流の名言を吐こうと唸っているうちに、朝日が差してきたのだった。9/21

さる有名編集者の集いになぜか招かれた私は、家を慌てて出てきたためにズボンをはかず、次男の健君から父の日に贈られた真っ赤なパンツいっちょうで駆けつけた。周囲の射るような視線を浴びて赤面し、立ち往生していると、いつのまにか飛蝶のように現れた健君が私をひょいと横抱きにして裏山に隠してくれた。9/21

沖合からやってきたダフニスとクロエが、波打ち際で足を取られて何度も転んだ。彼らなりに雰囲気づくりに貢献してくれたのに、朝ご飯も出ないとは気の毒だ。誰かにクレームをつけようと思うのだが、私にはその誰かが分からない。9/22

妹は生まれながらにして治療不可能な難病に侵されていたが、この世のものとも思えないほど美しかった。男たちは彼女が若くして死ぬことが運命づけられていると知りつつ、さながら、炎の周囲に集まる蛾のように狂ったように飛び回りながら、激しく身を焦がすのだった。9/24

ともかく雑誌がまるで売れないので、われわれはソホロやカルカ剤の販売で食いつないだ。そのうちにやけくそになった男たちが、大酒をくらって、「くそたれ女でも買いに行こう」と叫んで部屋を飛び出して行ったが、私はカルカ剤の製造に勤しんでいた。9/25

トイレから出て左側に歩いて行くと、いつも夢に出てくるお馴染みの場所に出た。ここは町と丘と駅と人と樹木と民家が混然一体になっている懐かしい場所だが、いきなり神話にも登場する有名な神社の神体が、むきだしで飾ってあったので驚いた。9/26

劇場を出てから外を歩いていると知り合いが、「佐々木という映画評論家が死んだそうだ」という。佐々木って誰だと不審に思って彼の後についていくとトイレに入ったので、並んで小便をしようとしたが、便器のすぐそばが民家になっていて、中で眠っている人の顔が見えたんでおしっこはやめた。9/26

久しぶりに試写会に招待されて銀座の大劇場に行き、1階の空いた席に座っていると、いきなりそのフロア全体が客を乗せたまま猛烈な勢いで高速回転しながら上へ上へと螺旋状に舞い上がる。私は振り落とされないように、懸命に座席にしがみついていた。9/26

朝ポストをみると、頼んだ覚えもないのに「大日本短歌新聞」が入っていた。ニューヨークタイムズの日曜版と同じくらいの分量で恐らく100頁近くあるだろう。どんどん読んで行くと読むはじから文字が消えて行くので、私はもう必死になって読んで読んで読みまくったが、何も覚えていない。後には真っ白な紙だけが残った。9/27

京都の株屋に勤めていたおじいちゃんが、僕を新京極の鰻屋さんに連れて行ってくれました。僕の顔を見ると、おじいちゃんは大喜びして僕の手を両手で握りしめ、「おお、ようきたなあ」とうれしそうに笑いました。そのとき僕は、ああこの人が僕の本当のおじいちゃんなんだ、と分かりました。9/27

久しぶりに乗った満員電車の中で、私のまん前にいたのはブロンドの若い娘だった。どんどん混雑してくる電車の中で、彼女は恐らく意図的に私の身体の中心部に自分の下半身を擦りこむように身を寄せてくるので、私はもうどうにも我慢できずなくなってしまった。9/28

私は5m走の世界チャンピオンだったが、ある大会で100mの世界チャンピオンが私を見ながら嘲笑っているような気がしたので、彼のところまで行って「フライ級でもヘビー級でも、チャンピオンに違いはないよ。なんなら君と5m競争してみようか」と言うと、黙って向こうへ行ってしまった。9/29

デザイナーのオネちゃんが、またぼやいている。「封筒を制作したが規格より大きすぎたうえに、料金別納と印刷しなかったので、失敗だった。どうしたものか、困った困った」とぼやいている。オネちゃん、どうしようもないじゃないか。9/29

詩人の鈴木志郎康さんから、「君の詩はポッドがあるね」と言われたので私は喜んだが、よく考えてみるとポッドの意味が分からない。Podを辞書で引いてみると、「(エンドウなどの)さや」と出ていたので、なるほど俺は突然ポット弾ける「枝豆系」の人間なのだと得心がいった。9/30

 

 

 

bake 焼く

 

このまえ
姉が

ごぼう茶を
いれてくれた

こうばしい
味と

香りがした

居間の日向に
刻んだごぼうを干して

それを
フライパンで炒って

ごぼう茶は
できあがるんだ

秋田の姉が
母のためにつくっている

焼くと
こうばしくなる

こうばしい
嬉しい

 

 

 

medicine 薬

 

日曜日の
午後

昼寝から目覚めて
シュタルケルの

無伴奏チェロ組曲5番を聴いた

シュタルケルは
若い頃に中野の中古レコード屋で

はじめて買って
聴いた

こだまは
いま品川を過ぎた

薬は
毒でもあるんだろうね

シュタルケルはにがい薬だった