芦田みゆき
部屋は光に満ちている。
大きな鏡と白いキャンバスを前に、
あたしは絵筆をもって止まっている。
鏡には
何も写っていない。
十九歳の夏。
あたしは首のない自我像を描いていた。
細く切りひらかれた瞳は、
わずかな光を含むとすぐに閉じてしまうので、
光に満ちているはずの白いアトリエを、
あたしは、暗がりの、深度の浅い、
見渡しの悪い空間と認識した。
トルソーがいい、とあたしは思った。
人を描くなら、トルソーがいい。
鏡はいらない。
そして、頭部は描かない。
あたしの瞳から見えたものだけが物質なのだ、と。
あたしは、自らを見下ろしてみる。
絶壁のように、垂直に、下方へとひろがるカラダ。
床に投げだされた足、
それが、十九歳の〈私〉だった。