夜中に
ブラームスを聴く
間奏曲変ホ長調 作品117-1
グールドが
弾いてる
繰り返し
聴く
ここには何もないのに
もどってくる
朝から
風が吹いていた
小手毬の白い花が激しく
揺れていた
雨にならなかった
ここには
何度ももどってくる
夜中に
ブラームスを聴く
間奏曲変ホ長調 作品117-1
グールドが
弾いてる
繰り返し
聴く
ここには何もないのに
もどってくる
朝から
風が吹いていた
小手毬の白い花が激しく
揺れていた
雨にならなかった
ここには
何度ももどってくる
女を殺した
好きすぎて殺した
ほっぺたに花弁を並べて
女の夏の涙と
生きてることへの興味を
不快にうばった
チョコレートを食べたら
帰ろう
異を唱える
女は漬物をつけていた
茄子だったと思う
女も仕事へ行った
女とは、よく車ででかけた
地図をピンクのマーカーでなぞり
来た道は消すようにした
空について
雲について
語り、景色を交換した
女は骨がなかった
病気らしい
女の身体はやわらかく
人差し指でつくと、腫れ物のように女の身体の裏側へ、女の裏側の肉が膨らんだ
乳首が増えていくようで
必死に母乳をのんだ
甘い塗装で車の盗難は
すぐ暴露た
盗難車でよく自殺をした
朝焼けが綺麗な日は
女を連れてよく自殺をした
女は綺麗だった
余計に申し訳なかった
女はプレハブのようだった
簡易的な匂いで
吐き気を誘う。女の前で吐くと
よく殺された
本当に美しい鈍器だった
水のような音がした
よく女とコンクリートになった
飛行機が上空を飛んでゆく
女は裸で手をふった
それを見て笑っていた
ずっと
今朝
めざめた
今朝も
目覚めた
眼が開いていた
カーテンが
仄かに
明るかった
小鳥が
鳴いていた
まだ小鳥たちは鳴いていた
夢のようだ
この世は
ヒヨドリたちだろうか
哀れだな
愛しい
昨日の夜
ドゥルッティ・コラムを聴いて眠った
もう3月も終わりに近いのに
1月のような寒さが続いている
Take a walk on the wild side
Hey! Hey! という叫び声で目醒める
今朝も
目醒める直前まで
ここはヨコハマ、ジャパン、だと思い込んでいた
ここはヨコハマではなく ジャパンでもないのに
叫び声は今も怖い
Take a walk on the wild side
「お父さんは、いません」
玄関先で早朝から訪れる借金取りに言うのがわたしの役目だった
父は逃げて行方不明
次々と商売を始めては失敗に次ぐ失敗
恋人の家に隠れているらしかったが
夜中になるとまた借金取りが来て 家のドアを怒声を上げて叩き続けていたっけ
Take a walk on the wild side
隣の部屋のドアを誰かがノックしている
日本人はコツコツとツービートのテンポが普通
アメリカ人はコツコツコツコツとエイトビートのテンポが普通
エイトビートの方がずっと心地いい
Take a walk on the wild side
Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)
起き上がって窓の外を見る
相変わらずの曇天 冬枯れの景色
100年以上前からそこにある窓は隙間風が遠慮なく入ってくる
Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)
Take a walk on the wild side
それにしても
この国はなぜ紙類がこんなに高いのだろう…と考えながら着替えをし
トイレットペーパーとキッチンペーパーと猫の餌を買いに
3ブロック先のファーマシーに出かける
ファーマシーにはうさぎや卵が描かれたカードがずらっと並んでいた
たくさんの風船が天井の一角を独占し
頭をくっつけて泳いでいる
復活祭が近づいているらしいと気がつく
わたしは今日も無人機械に品物を通して清算するやり方ができなくて
店員さんに手伝ってもらう
Take a walk on the wild side
父は10年近く家を留守にした後
普通に帰宅し普通に家長の座に返り咲いた
Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)
Take a walk on the wild side
そんな父を見て
将来はなぁんにもなりたくないと思っていた
Take a walk on the wild side
今年のNHKの朝ドラの出だしはまるで我が家そっくりだったから驚いた
違ったのは我が家では娘が本当に手堅い仕事に就いたことだった
Take a walk on the wild side
Candy came from out on the island,
In the backroom she was everybody’s darling,
But she never once lost her head even she was giving head
(キャンディは田舎町からやってきた
裏部屋で彼女はみんなに可愛がられたけど
キャンディは一度も自分を見失わなかった たとえ口を使ってやっている時でさえ)
Take a walk on the wild side
ファーマシーで スーパーマーケットの前で 交差点で
額に灰を十字に塗り付けた人たちと擦れ違う
灰の水曜日という言葉を思い出す
Take a walk on the wild side
思い出す
手堅い仕事は大変に立派だった
手堅い仕事は満身創痍であった
手堅い仕事は大変に屈辱的であった
手堅い仕事は4冊の自作詩集と建売住宅を与えた
手堅い仕事はそこで終わりにして
わたしは異国で暮らし始めた
永遠に遂げられなかった愛を成就するみたいに
New York City is the place where they say hey babe take a walk on the wild side
(ニューヨークではみんなが言う 怖がらないで冒険しろって)
復活祭前の
灰の水曜日
ひたすら寒くて雪ばかりの冬も もうすぐ終わるのだろう
Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)
ああ お父さん
あなたは冒険者だったのですね
わたしたちの知らない果実や穀物をたくさん収穫したのでしょうね
Take a walk on the wild side
わたしもここでもう一つの命を始めよう
She never once lost her head
(彼女は一度も自分を見失わなかった)
やがて冬枯れの景色から
花や緑が芽吹くでしょう
Take a walk on the wild side
ファーマシーの
無人の清算機械にもすぐに慣れるでしょう
異国の言葉も少しずつわかるようになるでしょう
そのようにして
わたしの愛を成就させるのだ
Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)
Take a walk on the wild side
お誕生おめでとう! おめでとう! おめでとう! おめでとう!
Take a walk on the wild side
Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)
Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)
※英文はすべてLou Reed 作詞・作曲の “Walk on the Wild Side” より引用。
( )内の和訳は筆者による。
浅草で
荒井くんと
飲んだ
ベトナム料理屋で
飲みはじめて
屋台により
それから
ファミレスで飲んで
タクシーで
駒形の荒井くんの部屋に
帰った
のかな
薬師丸ひろ子と
ドゥルッティ・コラムを
聴いたのかな
世界はまわっていた
音はない
今朝
新丸子の駅で
電車に
乗ったら
わたしがいた
その男は
着古したジージャンを着て
佇っていた
たぶん
そこにずっと
佇って
たんだろう
さむそうに
わたしを睨んでいた
さよなら
わたし
ジージャンは着ない
昨日
電車で
映画を観にでかけた
カウボーイが
国のために
アルカイダと戦う
戦争の
映画だった
カウボーイは家族を作り
何度も戦線に
向かった
ヒトを狙撃し
手柄を立てた
野蛮なクソ野郎と罵って殺した
イラクの家族たちは
誰も
描かれなかった
腹痛だ
記憶の雨にうたれて
また腹痛だ
凍るバイクにえぐられた
それに近い全滅なのか
雨が入ってくる
にゅうこ 気づく にゅうこ にゅうこ触りで
のけぞる 見えたままの記憶
君の時間が見える
暮らしが灯る
腹痛の底になにかいる
優しく愛でた私の露悪が
汚い言葉ではない
いつものお茶のように
煎れて出して
君が作った飲みものだ
君が作った人がいる
私のような私がいる
暮れて産科を学びだす
凍るバイクにまたがった君が去ってゆく じとじとと投げだされた
ミルクと実技
きっと放心した被害の立像で降ろされる
呂律が怪しいならピン留めして
その言葉だけを喋ればいい
言葉が必要なら本物の言葉を返せばいい
ここまでにしとくか
キツく締まった娯楽に殺されそう
白梅が塵のように架かっている木のそばを通り過ぎました。いつだったか、父に手を引かれてこの道を歩いたことを思い出していました。きょうと、同じ季節。白い塵が、老木のぐにゃぐにゃした枝ぶりの輪郭を隠して、遠くから見ると木の全体に靄がからまっているみたいでした。
父が死んだのが、十年前だったか、五年前だったかはっきりとわからなくなるときがある。何年か前の春先の、できごと。
すこし日がたつと、ここからすぐ近くの椿の群生地が燃えたように炎に染まる。
私は、父の娘と思う。
白梅と真紅の椿と、引かれた手の温もりと。
ふたいろに、塵———-色彩の魔が吹かれる時間、
曼殊院から、まっすぐに伸びている道は、住宅地を貫いている。この道は、叡山から流れ落ちてくる雨水の束だろうと思う。きのうは、紅葉で、きょうは、白梅、あしたは、桜花が舞い、すぐにまた蝉しぐれにつつまれるみたいに、私の時間の感覚は、どうかしていると、記憶が頭の中で混在して、まるで眼前の塵と同じなんだと、感じている。
感じていながら、この光景に抱かれたり、あるいは、時にこの光景に裸体の私の身体のすみずみが見られているように錯覚している。
ああ、あの雪が横殴りに顏面を、ひゃひゃと叩いた日のことを思い出した。
それから、凍てついた池に落ちていく夢。鯉が全身を舐めていく。くすぐったい感じが濃くなってくると息苦しくなって、その苦しさに溺れる気がして、目が覚める。
助かったと覚醒したときには、同時に鳥の鳴き声が聞こえてくる。抱かれ、見つめられているこの光景も、命の犇めき合う、隙間のない器のようで、私はそうか、そこに密閉されているにすぎない。
ほんとうは、色彩や音楽に窒息しそうになっている時間が、生きていることで、音羽の川は、ただ喩えとして山から、宅地にまで貫いている。
私は、梅の木の下にいました。
死んだ父の手のぬくもりが、光景に線を描いて、天からの穴がここまで差してきて、ストローの管を伝わり私の口へ息を送ってくれる。胎盤で通じているなどと思うのが、可笑しい考えだとすぐにはわかるけど。
雑音とは、ほんとは、混じりっ気のない純音で、真空で、
その音を嫌な感じで聴いている。
渋谷ヒカリエで「I’m sorry please talk more slowly」展をみて
寒い寒い冬の夜
目の前に雑巾を置いて、
そいつをじっくり眺めてみよう。
すると突然雑巾が、なにか、ぶつぶつ言い始める。
「I’m sorry please talk more slowly」
すると雑巾は、おのれについて、ゆるやかに語り始めるだろう。
「ホラホラ、これが俺の骨だ。これが俺の肉だ。
これが俺のはらわた。俺の脳髄。これが俺の肌の色。
これこそが俺の実在なんだ」
頭巾の奴は、次第に雑巾野郎としての本質を露わにしてくる。
雑巾は、雑巾としてのレエゾン・デートルを、
静かに、しかし、力強く主張しはじめる。
雑巾をじっと見つめると、それは美しい。
雑巾をじっと見つめると、それは侵しがたい。
雑巾をじっと見つめていると、それはひとつの宇宙だ。
雑巾は、もう誰にも「たかが雑巾」などとはいわせない。
なぜならそれは、吹けば呼ぶよな家政婦よりも、したたかに存在しているから。
いまや雑巾は、長らく人間どもに浸食された主権を、奪還しつつある。
寒い寒い冬の夜
キャンバスの前で画家に描かれている雑巾は、だんだん雑巾ではなくなってくる。
雑巾が、雑巾ではない何か、雑巾以上の何者か、になってくる。
画家は、それをありのままに、油絵で描いた。
すると雑巾は画家に感謝して、「健君ありがとう」と言ったので
画家は「どういたしまして」と答えてから、筆を置いた。