Take a Walk on the Wild Side  ※  (怖がらないで冒険しろ)

 

長田典子

 

 

もう3月も終わりに近いのに
1月のような寒さが続いている

Take a walk on the wild side

Hey! Hey! という叫び声で目醒める
今朝も
目醒める直前まで
ここはヨコハマ、ジャパン、だと思い込んでいた
ここはヨコハマではなく ジャパンでもないのに
叫び声は今も怖い

Take a walk on the wild side

「お父さんは、いません」
玄関先で早朝から訪れる借金取りに言うのがわたしの役目だった
父は逃げて行方不明
次々と商売を始めては失敗に次ぐ失敗
恋人の家に隠れているらしかったが
夜中になるとまた借金取りが来て 家のドアを怒声を上げて叩き続けていたっけ

Take a walk on the wild side

隣の部屋のドアを誰かがノックしている
日本人はコツコツとツービートのテンポが普通
アメリカ人はコツコツコツコツとエイトビートのテンポが普通
エイトビートの方がずっと心地いい

Take a walk on the wild side

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

起き上がって窓の外を見る
相変わらずの曇天 冬枯れの景色
100年以上前からそこにある窓は隙間風が遠慮なく入ってくる

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

Take a walk on the wild side

それにしても
この国はなぜ紙類がこんなに高いのだろう…と考えながら着替えをし
トイレットペーパーとキッチンペーパーと猫の餌を買いに
3ブロック先のファーマシーに出かける
ファーマシーにはうさぎや卵が描かれたカードがずらっと並んでいた
たくさんの風船が天井の一角を独占し
頭をくっつけて泳いでいる
復活祭が近づいているらしいと気がつく
わたしは今日も無人機械に品物を通して清算するやり方ができなくて
店員さんに手伝ってもらう

Take a walk on the wild side

父は10年近く家を留守にした後
普通に帰宅し普通に家長の座に返り咲いた

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

Take a walk on the wild side

そんな父を見て
将来はなぁんにもなりたくないと思っていた

Take a walk on the wild side

今年のNHKの朝ドラの出だしはまるで我が家そっくりだったから驚いた
違ったのは我が家では娘が本当に手堅い仕事に就いたことだった

Take a walk on the wild side

Candy came from out on the island,
In the backroom she was everybody’s darling,
But she never once lost her head even she was giving head
(キャンディは田舎町からやってきた
裏部屋で彼女はみんなに可愛がられたけど
キャンディは一度も自分を見失わなかった たとえ口を使ってやっている時でさえ)

Take a walk on the wild side

ファーマシーで スーパーマーケットの前で 交差点で
額に灰を十字に塗り付けた人たちと擦れ違う
灰の水曜日という言葉を思い出す

Take a walk on the wild side

思い出す
手堅い仕事は大変に立派だった
手堅い仕事は満身創痍であった
手堅い仕事は大変に屈辱的であった
手堅い仕事は4冊の自作詩集と建売住宅を与えた
手堅い仕事はそこで終わりにして
わたしは異国で暮らし始めた
永遠に遂げられなかった愛を成就するみたいに

New York City is the place where they say hey babe take a walk on the wild side
(ニューヨークではみんなが言う 怖がらないで冒険しろって)

復活祭前の
灰の水曜日
ひたすら寒くて雪ばかりの冬も もうすぐ終わるのだろう

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

ああ お父さん
あなたは冒険者だったのですね
わたしたちの知らない果実や穀物をたくさん収穫したのでしょうね

Take a walk on the wild side

わたしもここでもう一つの命を始めよう

She never once lost her head
(彼女は一度も自分を見失わなかった)

やがて冬枯れの景色から
花や緑が芽吹くでしょう

Take a walk on the wild side

ファーマシーの
無人の清算機械にもすぐに慣れるでしょう
異国の言葉も少しずつわかるようになるでしょう
そのようにして
わたしの愛を成就させるのだ

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

Take a walk on the wild side

お誕生おめでとう! おめでとう! おめでとう! おめでとう!

Take a walk on the wild side

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

 

※英文はすべてLou Reed 作詞・作曲の “Walk on the Wild Side” より引用。
( )内の和訳は筆者による。