michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

 

みわ はるか

 

 

青銅色の風鈴がベランダの物干しざおに吊らされていい音色を届けてくれる。
少し重い響きがいい。
ゆらゆらとゆれるかんじがいい。
風がない中じっと暑さに耐えるかのような姿もまたいい。

からんころん、からんころん、からんころ~ん。
いくつもの下駄が楽しそうにアスファルトの道を行き交う。
浴衣姿の女性はやはり美しい。
まっすぐな道に隙間がないくらいにたたずむ屋台。
中身よりも包んでいる袋のキャラクターにつられて買ってしまう綿あめ、食卓によくあるのにチョコレートでコーティングしただけで魅力を感じてしまうチョコバナナ、金魚 すくい、水風船、その日の夜だけ光るアクセサリー・・・・・・・。
フィナーレの打ち上げ花火。
水面に映る反射した花火はよりいい。
見ているだけでもうきうきするそんな夏祭り。

すっと伸びた茎のてっぺんに大きな花弁を何枚もつけて元気よく咲くひまわり。
太陽の光を存分に浴びてのびのびと育った最終産物。
本当に濃い黄色はこのことなんだろうなと思う。
みつばちがとまる。
みつばちが立ち去る。
また他のみつばちが遊びに来る。
みんなから愛されるそんな花。

これでもかというくらいの金切り声で鳴き続ける。
その命は1週間しかないという。
土の中には何年もいるという のに。
なんだか切ない。
生きるということを身をもって教えてくれているような気がする。
蝉。

じりじりと照りつける太陽。
それを遮る麦わら帽子。
ぽたぽたと落ちる汗。
それをふきとる手。
薄着になる季節。
小麦色の肌。

そんな夏はもう目の前だ。

 

 

 

supper 夕食

 

神田で

刺身の
盛り合わせを

頼んだのだったか

それから
ホッケの塩焼きを頼んだのだったか

しょっぱかった
ホッケは

しょっぱかったな

それで曽根さんとのんだ
朝までのんだ

帰りは
銀座線で帰ったのだった

明治神宮前を通ったが
銀座線にはない

 

 

 

such そのような

 

今朝も
広瀬 勉さんの

ブロック塀の写真を見た

ブロックは
守るために積まれたろう

ブロック塀をヒトは

積んだろう

ことばも
積まれることがある

守るために

佇むヒトは
ことばを積まないだろう

佇むヒトは持たないだろう
無いことばを積む