michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

hang 吊す

 

今朝も

鳥の鳴くまえに
目覚めた

それで

ベットの上で
ごろごろ

してた

わたしはヒロシマの痛みをしらない
わたしはヒロシマの痛みをしらない

アメリカ大統領が
誰かが書いた原稿を読んだ

ことばは
物語のようだ

吊るされた痛みがある
吊るされている

 

 

 

セサミン

 

もり

 

 

ゴマに含まれる
栄養成分セサミンが
いかにすごいのかを
くり返す
深夜のテレビ通販番組を
生気のない目で見ていた

ご老人が すてきな笑顔で
階段をすたすたと のぼっていく映像と
きらびやかなゴマのズームが エンドレス
「古代エジプト商人は
その健康パワーを信じ
ゴマ一粒と牛一頭を
交換したともいわれる・・・」



・・

・・・やばいだろ。

天国の古代エジプト商人をおもった
彼の目に 今、現代の
ゴマを取り巻く状況は
いったいどのように映るのか
週末 駅前のバーミヤンで
家族連れが デザートに注文する
「ゴマ団子」
ぺちゃくちゃ むしゃむしゃ
皿 および テーブル および 床に
ぼろぼろ ぼろぼろ ぼろぼろ こぼれる
幾粒もの空空空ゴマ
水に流され
布巾で拭かれ
箒で掃かれる
幾粒もの空空空ゴマ
つまりは
空空空空空空空空空空空空空空空空空空0牛、

目を覆いたくなるのではないか
天国でばかにされては
いないだろうか
だって たった一粒のために
牛を売っぱらった 彼は
腹を空かせて 死んだのかもしれない

「セサミンを摂取した人間は必ず死ぬ
間違いない
いつかは必ず死ぬ」

手元に 図書館で借りた
最果タヒさんの
『死んでしまう系のぼくらに』
という詩集がある
この世の生きとし生けるものすべては
「ぼくら」という3文字のなかで
肩を寄せあって暮らすのであるが
もし、
天国にも窓があるのであれば
その窓は
マジックミラーのようなもので
あって
ほしい
と願う