michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

「夢は第二の人生である」或いは「夢は五臓六腑の疲れである」第88回

 

佐々木 眞

 
 

 

西暦2020年神無月蝶人酔生夢死幾百夜

 

中央運河のあたりでタハカシ君が子どもと手を繋いで歩いている。するとどこかでぴすとるがパンと鳴ったので、「どうしたのこんな所でうろついていると武装兵がうようよいるから危ないよ」というて、家に連れて帰った。10/1

用事を済ませて、ようやっと夕方駅まで帰って来たのだが、自分の借家がどこだったかいくら探しても分からない。私はまだ認知症ではないと思うのだが。10/2

アヘベのオオキ教会を訪ねる途中で、一行の中の若い女性が行方不明になって大騒ぎになったが、さいわい超能力のおばばのお陰で無事に発見されたので、みな安堵した。10/3

無数の皿の中からひとつを選べ。そのいくつかの皿に盛られた食物には毒が入っているから、よーく見分けよとカシラに言われたので、私は必死で見分けて一皿を取ったが、幸いそれに毒は盛られてはいなかった。10/4

めんたまに飛び込んだハエが、目ん玉の中で飛び回るので、目がぐるぐる回ってしまって困る。10/4

臼歯も奥歯も中歯も前歯も、まして入歯も無いのに、今までいったいどうやってゴハンを食べてこれたのか分からなくなって、仕方なく歯医者で「オブラディ、オブラダ」と歌い続けている私だった。10/5

ムクと散歩に出かけたのだが、いつの間にか居なくなってしまったので、元いた場所まで戻って必死で探しまわるが、どこにもいないので、哀し悔しく途方に暮れている私だった。10/6

パーマン社の会長は、夫人同伴でわが支店の視察にやって来たのだが、神棚にパーマン大明神が安置していないことに気付くと、烈火のごとく怒り狂い、「だからお前たちの売り上げは、いつも予定をクリアできないんだ!」と決め付けた。10/7

私は、これまでさんざんな目に遭わされた宿敵に復讐する、絶好の機会が訪れたので、百倍返しをしてやろうと意気込んだが、どうしてもその気になれない。私はすでに彼奴を許していたのだ。10/8

コロナでパンデミックになったトランプが、突如中国に宣戦布告したので、全世界が死ぬほど驚愕したのだが、我が国のスガだけは「さらに一層日米軍事同盟を強化する」という声明を出しただけで、いつものオリガミで昼寝を決め込んでいた。10/9

青の塔門というところで真っ青な海の青を見た私は、「青青青 青青青青 青青青」という句を詠んで、気持ちよく引き上げたことだった。10/10

妻とタフタ神殿を見物したのだが、地元の誰かがべストカップル賞を呉れたので、「まるで夢のようだな」と思いつつ、有難く頂戴した。10/11

私ら2人は、3分毎に前後を交代しながら、敵の最前線に近づいていった。銃は持たず丸腰で。10/12

愛する町が死んでしまったので、私は全身をどんど焼きしたら、町も私もたちどころに甦ったが、ちょっと油断した為に電車に乗り遅れてしまい、後から来た特急で追いつこうとしたのだが、網棚の上の荷物が心配だ。10/13

私は血が繋がっていない女王の継母を犯し、権力も冨も悉く簒奪して、おのれが王位に就いた。10/14

深い森の中で「み、みずをのませて」とその女は息も絶え絶えに洩らしたので、私は掌に水を掬って呑ませてやると、彼女は息を吹き返したのだが、私が彼女に再会したのは、それから20年後に、私が村長になった時だった。10/15

坂の上に突如出現した敵は、エンジンを止めて辺りを眺めているので、私はダビッドソンを急発進させて急坂を登りつめ、彼奴を一気にぶっとばして駆け下りた。10/16

不動産屋で超安価で超魅力的な中古物件を見つけたのだが、玄関に放置してある洗濯機が妙に気になって手付を打たなかった。それから出版社の打ち合わせで現れた女性がひどく気にいって話しこんでいたら、彼女の恋人と称する男が絡んできたよ。10/17

アンプリペード・ツールなるものに活を入れたが作動せず、「いにしえの維新えふ団」が主催する宇宙展は、大失敗に終わったのよ。10/18

その学校に授業料を納入してもいっこうに反応がないので、学生たちは不安にかられて事務所に押し掛けたが、誰もいない。そのうちすべての授業が中止になった。10/19

7時半になったので「おい、朝だよ」と声を掛けたが、返事は無かった。10/20

極地ビジネスが低迷してきたので、私はEU支局長にテコ入れを命じてところ、ペンギンンや北極熊たちが、競ってPCやスマホを購入するようになったので、万々歳だった。10/21

空一面に広がった巨大なヘリウム風船を、僕たちは、片っ端から針でつついて、爆発させていった。10/22

アジャンター石窟の無数の穴ぐらには、世界中から集まった若きアーテイストが住み着き、その中で思い思いの作品を陳列していた。10/23

「ゴー、ゴー、ゴー!」などと叫びながら、無数の観光客が殺到して来たので、私は機関銃で皆殺しにしてやった。10/24

青空の下に、突如高架の第2青梅線が出現した。なんでも2年後から営業するそうだ。10/25

日本学術会議に殴りこんで「しっかりせんか!」と活を入れたが、彼らの顔をよく見ると全員が死んだサバだった。10/26

開拓団の一員である私は、近傍にハケの地があるのを見てとり、そこから湧入する清水を田畑に導くことに決めた。10/27

「おい、キミはなんでそういう芝居がかった喋り方をするんだい?」と訊ねたら、その女は「だってまだお芝居の時間なんですもの」と答えるのだった。10/28

リュウホウ部長は、我々に八十宇治川行の切符を配りながら、「これからちょっとお参りに行こうよ」とおっしゃった。10/29

父親役の森雅之になった私は、「娘役の野添ひとみがなんとか東京から帰って来てくるようにしてくれないか」と監督に頼んだが、「それは色々な事情で難しいから諦めてくれ」と言われてしまった。10/30

私は、滑り台を滑りに滑って、焼けた尻諸共、深く水中に沈んでいった。10/31

 

 

その2 西暦2020年霜月蝶人酔生夢死幾百夜

 

私が命を救ってやったその少女が、ブランシア党の頭となって、私の生涯最大の危機を救ってくれようとは、誰も思わなかったろう。11/1

大阪城から降下して住民に大阪都構想の賛否を聞いたら、意外なことに多くの人々が否定的だったので、私は安心して引き返した。11/2

お上に逆らうと、後ろ手に縛られて土中の穴深くに埋められるので、私らは戦々恐々としていた。11/3

私は、中国の田舎で、秘かに一生を終えようとしていた。11/4

米国の大統領選挙でトランプに負けそうになったバイデンが、尾羽うち枯らして意気消沈しているので、誰も声を掛けるのを躊躇っている。11/5

その怪しい男が、私の衣服にションベンを引っかけたので、私は彼奴をひっとらえて半殺しの目に遭わせてやった。11/6

「なんでベートーヴェンの協奏曲の3番4番5番を弾かないの?」と聞くと、「だって1番と2番が好きなんですもの」と、アルゲリッチは答えるのだった。11/7

電通が雇ったフリーのコピーライターが筆禍事件を引き起こしたので、急遽雇われたやはりフリーランスの私だったが、なるへそさすが電通、こういう時には、わざと社外のライターを起用するんだな、と舌を巻いた。11/8

映画配給に携わるわが社では、このたび業種を問わず、全社員を対象に、配給する映画を試写することにした。11/9

そのアルプスの山の家には毎日2人の老人、一人はアルピニスト、もう一人は写真家、がやって来て、ロープウエイに乗って南壁に出かけ、夕方まで帰ってこなかった。11/10

オモロイ女が秘密の部屋に閉じこもったので、今日一日は垂木から吊り下げて弄ぶ楽しみがでけたずら。11/11

権堂は、今北を抜擢して、彼岸退治の先兵に就けたのだが、その効果はさっぱりだったので、即罷免されてしまったずら。11/12

五齢の蛹の中の私は、外界に出る時をじっと待ちかまえていたが、その好機はついに訪れそうになかった。11/13

その夜、シュワちゃんになった私が、空前絶後の大破壊活動を終えたのは、ちょうど1843時間後のことだった。11/14

「ジュゲムジュゲム」と念仏を唱えながら、私はいろんな動物の頭を撫ぜた。11/15

ライオン、トラ、シマウマ、キリン、サイ、ブタ、私らはいろんな動物の顔のパンを焼いた。11/16

トビー野てふ原っぱに何が隠されているのか気になって、一晩中捜索していたんだが。11/17

凶暴な雀蜂が、私の右腕に止まって刺そうとしている。今度刺されたら私は死ぬが、幸い彼奴は、止まってから刺すまでにほんの少しだけ時間をかけるので、その間に左腕で叩き潰そう。11/18

ハシモト画伯は、コロナ禍で新作発表を諦めていたが、急にギャラリーからお呼びがかかったので、売れ残りの旧作をすべて出展することにした。11/19

強力瞬間冷凍銃をやっつけるために、私は強力瞬間沸騰銃を発明したが、まだどこからも注文が来ないずら。11/20

3個所をいっぺんに抑えなければ、その怪物は捕まらないので、私は朝から晩までそいつと格闘しているのだ。11/21

その日の午後、私が指揮棒で紡ぎだした青空と緑の野原と森の風景は、げに懐かしくも美しいものだったので、なんとかして永久保存したいと願ったほどだった。11/22

そのフレンチ・レストランでは、イタリア製のコーヒーマシンが故障してしまったので、「本日のランチ」メニューが提供できなくなってしまったよ。11/23

みんなで野球を楽しんでいたが、いつの間にか球が無くなってしまったのでみんな途方に暮れている。11/24

虫の居所が悪かったので、なんも悪いことをしていない子を怒鳴りつけてしまい、謝ろうとしたがとき既に遅く、またしてもおらっちは、人世で一番大切な心の平安を台無しにしてしまった。11/25

「残菊や凡人小事のうれしさよ」という句が誉められたので、「ああ珍しや、ひと様から誉められたのは何年ぶりだろう」と指を折って勘定しようとするのだが、1本も折れないのは一度も誉められたことがないからではないかと思うと、おちおち眠ってはいられない気持ちになったりするのだった。11/26

ロシアのプラハ大使館だか、チェコ大使館だかに出入りしている老人は、乗馬の名人という話だが、誰もその乗馬姿を見た者はいない。11/27

村の衆に悪さばかりしていたので、私は、とうとう検非違使連中にとっつかまって、裁判もなしに処刑されようとしている。11/28

弁護士が我われ共同相続人に説明している間に、彼女は死んでしまったので、その家系の全財産を、私が相続することになったのよ。11/29

私が頼まれた洋服のデザインが出来ないので困っていたら、おばあちゃんが、勝手に作って会社に届けたので、もっと困ってしまったずら。11/30

 

 

 

Let me put it another way.
別の言い方をしてみよう。 *

 

さとう三千魚

 
 

when was it

at the Tokyu Store in Shinmaruko

received a call from Masahiko Kuwahara

beyond the phone
Kuwahara was

it’s light

so
said

me too

yes it’s light
responded

that is
maybe

maybe I could say something else

Let me put it another way *

 
 

いつだったか

新丸子の
東急ストアで

桑原正彦の電話を受けた

電話の向こうに
桑原は

いた

ひかりだね

そう
言った

ぼくも

そうひかりだね
と応えた

それは
もしかしたら

それはもしかしたら別の言い方ができたかもしれない

別の言い方をしてみよう *

 

 

* twitterの「楽しい例文」さんから引用させていただきました.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

練習!パフォーマンス

 

工藤冬里

 
 

生政治の会合の
花やら春風やら
畦の土台に旗は倒れそうだ
髪の毛の房を掴まれて
天と地の間を通り
別の人造肉を見せられる
嫉妬をかき立てる柱
和歌の土台に立つことはできない
意匠は無限にあるのだから走れ真理よ
障子山は内部のエレベーターで降りろ
二人一組で登るか登らないか決めろ
マムシを潰したら見せびらかすな
内部のエレベーターで降りろ

 

 

 

#poetry #rock musician

Spring ephemeral

 

原田淳子

 
 

 

いつも見落としてしまう

矯正した視力で
複雑さの殻を纏っているから

裸眼から漏れだす
春の撹乱

花を咲かせ
実を揺らす
壊れない柔らかな土を探して
揺れつづけていた
単純な肌

不条理さを賢さに重ねて
土の記しを探していた

笑いたかったの、
陽射しのように
 

冬は春を待っていた

夏は秋を
秋は冬を..

春は
十年越しの旅だった

 

 

 

He is a shade better today.
彼は今日は少し元気だ。 *

 

さとう三千魚

 
 

already
is it the day before yesterday

I sent the text “I can’t say anything stunned” to the painter Pico Daitoyo Mirandola.

until now
what i didn’t write

I wrote about returning to the beginning of the word

the beginning
I don’t really know

noticed
I was in this world

today
on the way home from the hospital

I stopped by the Wednesday Library

Mr. Ichihara
was there

I haven’t seen you for a long time

he had coffee brewed for me
it was delicious

He is a shade better today *

 
 

もう
一昨日なのか

ピコ・大東洋ミランドラ画伯に”呆れてものも言えない”のテキストを送った

いままで
書かなかった

言葉のはじまりに帰ることについて書いた

はじまりは
実は知らない

気づいたら
この世に

いた

今日
病院の帰りに

水曜文庫に寄った

市原さん
いた

ずいぶん会ってなかったね

珈琲を淹れてもらった
おいしかった

彼は今日は少し元気だ *

 

 

* twitterの「楽しい例文」さんから引用させていただきました.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

あきれて物も言えない 21

 

ピコ・大東洋ミランドラ

 
 


作画 ピコ・大東洋ミランドラ画伯

 
 

毎日、詩を書いている

 

昨年の4月1日から、毎日、月曜日から金曜日まで、詩をひとつ書いて、「浜風文庫」に公開している。
もうすぐ、一年になる。

わたし一人ではなく、ロック・ミュージシャンの工藤冬里さんも毎日、詩を書いてくれて、浜風文庫に公開してきた。
また、写真家の広瀬 勉さんのブロック塀の写真も毎日、浜風文庫に公開してきた。

詩を書く、詩を毎日、書くということは、どのような行為なのだろうか?

わたしの場合は、毎日の自分の生活の事実に基づいて書いている。
ツイッターの「楽しい例文」さんからタイトルを借用して、本文にも、同じ例文を最終行に引用している。

まず、日本語で詩を書いて、次に英語に翻訳して、英語の詩と日本語の詩を繋げて、ひとつの詩としている。

例えば、今日は、以下の詩を書いた。

 
 

Something is wrong with the engine.

エンジンはどこか故障している。

 
 

今朝も

河口まで
歩いた

川沿いを歩いていった

半島の上に
朝日は

光っていた

風が吹いてた

昼前に
花屋で

義母の仏前に供える白菊を買ってきた

もうすぐ
二年になる

この世では
三回忌というのか

午後には
細野晴臣の”僕は一寸”を聴いてた

繰り返し
聴いていた

風が吹いていた
風のなかを歩いていた

エンジンはどこか故障している *

 

 

this morning too

to the estuary
walked

I walked along the river

on the peninsula
the sun was shining

the wind was blowing

before noon
at the florist

I bought a white chrysanthemum for my mother-in-law’s Buddhist altar

soon
two years

in this world
is it the third anniversary

in the afternoon
I was listening to Haruomi Hosono’s “I’m only a little”

repetition
I was listening

the wind was blowing
I was walking in the wind

Something is wrong with the engine *

 
 

日本語の詩を英語に翻訳するのは、英語にするとどんな言葉のニュアンスになるだろうかという異言語の語感の楽しみがあるのです。

毎回、そうですが、詩を書くときは、自分や他者の既存の詩のことを考えません。

詩は、ゼロになって、ゼロから書きはじめて、生きるものとして書きます。
自分の生活の事実に即して詩を書きはじめます。
それで「詩が成立した」と思える一瞬が、たまにあります。

「詩が成立した」と思えると、嬉しいのです。楽しいのです。
「詩が成立した」とはどういう事なのでしょうか?

わたしの詩の言葉は、言葉のコミュニケーション機能が破壊されて、わたしたちの心の底に沈んでいるわたしたちの言葉の「先祖」に出会う体験なのではないかと思うことがあります。

「先祖」といってもお祖父さん、お祖母さんや、曾祖父さん、曾祖母さんよりも、もっともっと昔の1,000年や10,000年、100,000年前くらい前の「先祖」、原人くらい前の言葉の「先祖」に出会うことじゃないかと思ったりすることがあります。

原人くらい前の「先祖」の言葉とはどのような言葉なのでしょうか?

今日、わたしは、朝、小川の土手を河口に向かって散歩していて菜の花が風に揺れるのを見たのです。
菜の花には朝日が斜めに射していて輝いて揺れていました。
その光景が眼に焼きついています。
眼ではなく脳に焼き付いているのでしょうか?
この眼と眼と脳を結ぶ神経と脳に焼き付いているのでしょう。

菜の花が風に揺れるのを言葉にすることはできるでしょう。
それで春が来ているというような意味のことを言うこともできるでしょう。
しかし、この眼と神経と脳に焼き付いている光景は言葉ではないのです。

その光景はこの世界そのものなのです。
わたしは、その光景に出会い、言葉を失います。
絶句します。
そして絶句の後に、言葉にならない言葉を探しています。

このわたしが感じることができる光景や、言葉にならない言葉の歓びが、
もしも、他者に届くことがあれば、それは、ありがたいことだと思うのです。

詩がなんであるのか、うまく言えません。

しかし、詩を感じることは、できるのです。
詩は、わたしたちの遠い「先祖」であり、いまを生きること、この世界そのものに出会うことの歓びであるように思います。

 

呆れてものが言えません。
ほとんど言葉がありません。

 
 

作画解説 さとう三千魚

 
 

* ツイッター「楽しい例文」さんより引用させていただきました。

 

 

 

以前のものは過ぎ去ったのです

 

工藤冬里

 
 

大雪になるというので早く寝た
夢は見た
何事も上手くいかず
差別されるばかりであった
愛は結合の完全な絆であるとColossiansにあるが
瓦礫拡散が拡げられた愛だと思っている連中の間をすり抜けて奥の部屋を開けると
ここはお前らのようなものの来るところじゃないと怒鳴られるのであった
それでrevelationの悲しみ​も​嘆き​も​苦痛​も​なくなり​ますというところを思い出すようにして
彼らの政経に纏わる苦痛も無くなるようにと願う
そして一晩中猫が哭く田圃をすり抜け
渡れぬ跳ね橋を渡り
以前​の​もの​は​過ぎ去っ​た​の​ですと言ってみる
過ぎ去ってないのにそう言ってみる

 

 

 

#poetry #rock musician