風鈴が
ゆれて
いる
蝉たちは遠く鳴いている
日射しを浴びて緑の葉の揺れて
いる
そのヒトは
道端の草を食べたと言っていた
売られていく牛をみて泣いたと
言っていた
あれから三十年も生きたのか
捨てられて光っていた
屑たち
光っていた
※7月24日、たこ八郎さんが亡くなって30年が過ぎた.
風鈴が
ゆれて
いる
蝉たちは遠く鳴いている
日射しを浴びて緑の葉の揺れて
いる
そのヒトは
道端の草を食べたと言っていた
売られていく牛をみて泣いたと
言っていた
あれから三十年も生きたのか
捨てられて光っていた
屑たち
光っていた
昨日も
曽根さんと
飲んだ
神田で
三日続けて飲んでいる
雑巾がけ技法と
プラチナプリントの話をしたのか
雨が降っていた
新丸子も
雨だった
いつも
裏道を帰る
いつも
闇のなか
自販機は佇っている
白く光っている
なにも言わない
声はない
目覚めたとき
今朝
雨の音が
した
雨なのかな
もう
エアコンの音で聴こえない
これから
深夜スーパーで買った
鳥のもも肉を
入れて
スープを作って
シャワー浴びて
出かけていくんだろ
もう聴こえない
エアコンの送風音の向こうに
雨は降っている
大風は
過ぎて軒下に
風鈴を
吊るした
突堤は伸びて空が青かった
犬と
夕方に歩いた
今日も屋根の下に生きていた
屋根の
下に
なにもかも忘れたと
ペンも
インクもいらないと
いい
死んでいく時に残すモノがない
コトバも無い
そう
いい
清澄白河で
きのう
サエグサくんに
会った
やせてたな
眼が
ひかっていた
それで
笑っていた
サエグサくんのギターはキィーンと鳴った
引き裂いてくれ
此の世を引き裂いてくれ
帰りは
門前仲町で
荒井くんと飲んだ
夜中に
ラ・モンテ・ヤングを聴いた
きのう
やわらかい場所という
詩を
読んだ
ひゅーん、と
飛んで行きたい
そう
書かれていた
今朝
電車で多摩川を渡るとき
モーツァルトのピアノソナタを聴いた
川は流れていた
よきものたちよ
よきものたちよ
流れよ
やわらかいものを抱いていた
休日の海はうねっていた
休日の
終わりの
まだ
朝になる
まえの
きみの
背中に
小石を置こう
濡れた小石を置こう
大風は
遠く
海はうねっていた
沖合のテトラは一列の波しぶきだった
濡れた一列の死者たちだった
濡れた死者たちだった
なかもりいっぺい君とななこさんの結婚を祝って
なにも
かも
もう忘れたけど
リンドウを
いくつか
つんで君に捧げる
ペンも
インクも
ないけど
なにも持たない者の心を
ここに持っている
神田で
刺身の
盛り合わせを
頼んだのだったか
それから
ホッケの塩焼きを頼んだのだったか
しょっぱかった
ホッケは
しょっぱかったな
それで曽根さんとのんだ
朝までのんだ
帰りは
銀座線で帰ったのだった
明治神宮前を通ったが
銀座線にはない
今朝も
広瀬 勉さんの
ブロック塀の写真を見た
ブロックは
守るために積まれたろう
ブロック塀をヒトは
積んだろう
ことばも
積まれることがある
守るために
佇むヒトは
ことばを積まないだろう
佇むヒトは持たないだろう
無いことばを積む