佐々木 眞
夕空晴れて
木下龍也著「つむじ風、ここにあります」という短歌の本を読みました。
木下さんは山口市在住のことし29歳、すでに2冊の歌集を出し、2012年には全国短歌大会大会賞を受賞したという、文字通り新進気鋭の歌人です。
どんな短歌を作っている人かというと、これはなかなかいわく言い難い。じつにさまざまな歌を詠んでいる人なので、ページを開いたところにある歌を、行き当たりばったりに紹介しましょうか。
あたらしいかおがほしいとトーマスが泣き叫びつつ通過しました
機関車トーマスに託された現代人の痛切な孤独と嘆きが伝わってこないでしょうか。
じっと耳を澄ますと、「ああ、いちど貼られたレッテルは二度と変更できず、一度定められた行き先も変更できず、同じ道行きを死ぬまで繰り返すのみである」というような叫びが聞こえてくる。
ユーモラスな外見に秘められた人生の惨劇は、私たちのまわりにいくらでも転がっているようです。
数千のおにぎりの死を伝えないローソンで読む朝日新聞
その前に「鮭の死を米でくるんでまたさらに海苔で包んだあれが食べたい」という歌があり、次にこれが来ます。
コンビニに並べられている商品はことごとく死んでいることの発見の歌。私たちの日常を静かに囲繞する「乾いた死の歌」といえるでしょう。
後ろから刺された僕のお腹からちょと刃先が見えているなう
悲劇を達観し諦観する軽妙なニヒルこそ、われらの時代の唯一の処世術なのでしょう。おのおのがた、なう。
つむじ風、ここにあります 菓子パンの袋がそっと教えてくれる
これは本書のタイトルにもなった短歌ですが、私はすぐに「誰が風を見たでしょう?」という昔の歌を思い出しました。
英国ヴィクトリア朝時代の女流詩人、クリスティナ・ロセッティの作詞を、西条八十が訳し、草川信が作曲した唱歌です。
けれども、ここでつむじ風が通り過ぎることを教えてくれるのは、もはや木の葉や木立ではなく、無機的な菓子パンの袋に変わっている。
いっそセレナードならぬ、「都市ルンペンプロレタリアートの哀しき叙情」といってもよいかも知れませんね。
今宵はこの懐かしい歌を聴きながら、皆様とお別れしたいと存じます。
ライギョと呼ばれる魚には、驚いたことには、なんと2種類があるそうです。
台湾からやってきて大阪、京都、兵庫などの湖沼で大繁殖したタイワンドジョウ、それからアジア大陸の東部が原産地で、北は黒竜江から朝鮮を経て、南は揚子江付近まで分布し、日本には朝鮮半島から到来、現在では北海道を除くほぼ全土に繁殖して平野部の浅い池沼に棲むカムルチーの2種がごっちゃにされているようですが、彼らがやたら大食いで、食洋魚を食害する点では共通しているのです。
ライギョ(雷魚)という魚が、小魚はもちろんエビ、カエル、フナ、コイ、ウナギ、さらにはイヌ、ネコ、ヘビ、鳥類など、自分と同じかあるいはそれ以上の大きさの動物すらぱっくりと食べてしまう、ものすごく獰猛な魚であることは、ケンちゃんも理科で勉強しました。
でもケンちゃんは、今まで由良川では、ライギョなど見たこともありません。
―――待てよ、あれはもしかしたらライギョじゃなくてソウギョじゃないかしら?
と、ケンちゃんは泳ぎながら考えました。
あれが中国原産のソウギョなら、由良川にいる可能性はある。だけどソウギョは名前の通り、アシとかマコモとかの葉や茎を食う雑食魚だし、ソウギョと混同されるアオウオにしても、川底の小動物を食べることはあっても、牛の肉までは食べないだろう。
でも、今そこで泳いでいるあの姿、あのかたちは、絶対にソウギョじゃない……
―――しかしライギョがなんで由良川にいるんだろう?
ケンちゃんの疑いは、深まるばかりです。
その間も、ライギョたちの悪魔の狂宴は、えんえんと続いています。
彼らがやることは、まるでピラニアです。でもピラニアはちっぽけな魚です。ピラニアの何百倍も大きなライギョたちが、飢えた食人ザメのように水中でガツガツと音を出して、牛の肉を、筋を、臓物を貪り喰っているのです。
その、この世のものとも思えない残酷な光景を見せつけられたケンちゃんが、もうそれ以上正視できずに、そろそろ引き返そうと身を翻そうとしたとき、ケンちゃんのスニーカーの右足が牛の白骨化した横隔膜にゴツンと当たりました。
すると百匹以上のライギョの大群が、一斉にホルスタインの死骸から湧きだすように飛び出して、ケンちゃんめがけて襲いかかってきたのです。
―――どひゃーあ、こりゃマイッタ。許してくれえ!
と叫びながら、ケンちゃんは、鎌倉スイミングスクール小学生の部グランプリに輝く素晴らしいピッチ泳法をフルに駆使して、全速ダッシュ!現場からの緊急離脱を試みましたが、牛の血潮に狂ったライギョたちは、「次の獲物はアイツだあ!」とばかりにケンちゃんめがけて殺到。
この前の日曜日にお母さんがヨーカ堂のバーゲンで買ってくれたばかりの白いスニーカーは、哀れライギョの鋭いひとかみでザックリと食いちぎられてしまいました。
ケンちゃんは大慌てでクロール泳法からドルフィンキックに切り替えながら、もう片っぽうのスニーカーをできるだけ遠くのほうへ投げつけると、ライギョたちは一瞬勘違いして、みんなそちらのほうへ気を取られる。
その間一髪のあいでにケンちゃんは必死のドルフィンキックを連発して、ようやく由良川の浅瀬にたどりつくことができたのでした。
ほうそのていで命からがら由良川の汀まで疲れきったからだを引っ張り上げることのできたケンちゃん。
真昼の太陽に背中をじりじりと焼かせながら、ケンちゃんはじっと考え込みました。
―――どうやったら奴らを倒せるだろう。どうしたらあの獰猛な敵をやっつけることができるだろう?
その間にも太陽は、ますます赤く、真っ赤に燃えたぎりました。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。
太陽は、さらにさらに燃え上がり、灼熱の炎、紅蓮の炎をコロナのように、赤い渦巻きのように空高く巻き上げ、強力無比な太陽風を嵐のように銀河系全体に叩きつけましたが、惑星間の事象を背後から強力に支配するダークマター(暗黒物質)の妨害にあって、怒りのあまり暴発しそうになりました。
がしかし、われらのケンちゃんは、1時間経っても2時間経っても、太陽が真っ赤な顔をして怒り狂ってもいっさい関係なく、じっとじっと考えにふけっています。
太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。
太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。
太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。
太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。
太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。
太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。
太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。
太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。
太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。
太陽は、ますます赤く赤く、真っ赤に燃えたぎります。
ケンちゃんは、なおも深く深く深く考え込んでいます。
つづく