なにゆえに

 

 

佐々木 眞

 

 

なにゆえに

黄色いひよっこ

ピヨピヨピヨ

生きてるだけで

たのしいからさ

 

なにゆえに

めんどりおばさん

コケコッコ

生きてるだけで

仕合わせだからさ

 

なにゆえに

うちのムクちゃん

ワンワンワン

生きてるだけで

うれしいからさ

 

なにゆえに

隣のタマちゃん

ミャウミャウミャウ

鳴いてるだけで

恋しいからさ

 

なにゆえに

うちの耕君

ニコニコニコ

生きてるだけで

面白いからさ

 

なにゆえに

うちの奥さん

オホホノホ

思い出しても

可笑しいからさ

 

なにゆえに

うちの父さん

グウグウグウ

とにかく人世

疲れるからさ

 

 

 

夢は第2の人生である 第9回

 

佐々木 眞

 

西暦2103年長月蝶人酔生夢死幾百夜

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新築したばかりの家に行って見ると、大勢の中国人や韓国人がリビングに座り込んでいるので、業者に文句を言ってからしばらくしてまた現地を訪れると、今度は大勢の日本人がリビングに座り込んでいる。9/1

私はどういうわけかさる同僚の女性と共にカラヤンの秘書を務めていたのだが、最近マエストロが彼女に冷たくあたるので気になっていた。意地悪な彼は、重要な情報を私だけに漏らして、私よりも遥かに有能な彼女には伝えないので、いろいろな障碍が生じていた。9/2

美貌のサディストである日本ファシスト党女性党首の甘美な拷問を受けた私は、一夜にして転向してその手下となり。この国の全左翼を血祭りにあげたあとで革命的な「百貫デブ粛清作戦」の先兵となった。9/3

燃え盛る鋼鉄製の箱に乗って宇宙から帰還した私は、予定された着陸地点から大きく逸れたマリアナ海溝の奥深く沈んで行ったにもかかわらず、奇蹟的に脱出することに成功して元の職場に戻ったのだが、周囲の連中の態度は冷たかった。9/5

超短い詩歌の形式を考えようと2晩続きで悪戦苦闘していたので殆んど眠ることができなかった。短歌俳句より短いスタイルなら5語、6語、8語もありだが、いっそ1語、2語、3語、4語という器を考えるべきなのだろう。9/6

業績不振でリストラが相次いでいる会社の中で、「超優秀」という評価でたった一人だけ残留した私の元の上司が、殺到する業務と鳴り響く電話の嵐のただなかで、さながら生ける聖徳太子のように鮮やかに対応しているのだった。9/7

日曜日だけ取っている日経の歌壇を開いたら白紙だった。他の頁はちゃんと見出しも記事も写真も広告も掲載されているのに、そこだけはまっ白けのけでなにも書いてない。もしかして私の短歌が載っていたかもしれないのに。9/8

友人のY君は軽井沢の山荘で隠遁生活を送っているはずだのに、だいぶ前に亡くなってしまったという。しかし最近彼から私のところには小説や詩の原稿が届いたばかりだ。もしかするとこれは霊界からの便りなのだろうか、と私は首を傾げた。9/9

アフリカの2人の王に迎えられ、やむなく仕えた私だったが、最初の王は何者かに殺され、次の王はおのれの権力を有効に使うすべを知らない無能な人物だったので、傷心を抱えながら私は帰国の途についた。9/10

以前仲間と3人で録音した原盤の演奏が下手くそだったので、そいつを取り返して廃棄しようと保管されている蔵の前までやって来たのだが、仲間の1人が「いやあれが良かった。廃棄したくない」と言うので、争っているうちに火事で燃えてしまった。9/11

誰か知らない人が私がfacebookに書いた記事にコメントしてくれたのだが、あまりにも文字が小さく、しかも文字列が下の罫の下に潜り込んでいて読みとれないので、私は必死になってそこにポインターをあてて潜り込もうとした。9/12

電通の杉山恒太郎氏に、「所詮僕はマーチャンダイザーにはなれてもデザイナーにはなれない人間なんだよ」と話してから、建物の外に出て並木道を歩いていると、歩く傍から両側の樹木が黄色い不思議な光を放ってゆくのだった。9/13

鍵を無くしてしまった私は、仕方なく共通の鍵を持っている人たちの傍にくっついているほかなかった。その鍵が無ければ部屋にも入れず、全財産が入った荷物も開けることができないのだ。しかし彼らは芝生に座りこんだまま、いつまで経ってもその場を動こうとはしない。9/14

長らく企業内デザイナーとして活躍してきた人が、私に相談があるというので、岡の麓にある彼の家まで自転車を転がしながら歩いていった。独立する意思を持っているようなのでさぐりを入れたが、なかなか言い出さない。仕方なく「じゃあまたね」と言って別れたが、自転車を忘れたので戻ろうとしたが、彼の家は見つからなかった。9/15

就活用のパンフレットの製作を依頼されたので、撮影の準備をして学校に行ったのだが、約束の時間になっても人事の担当者も、モデルになるはずの学生も一人も現れない。やがて夕陽が学園の校舎を真っ赤に染めると舟木一夫が現れたので驚いた。9/17

上野の黒門のあたりから本郷台を眺めていると、遥か彼方に富士の白嶺が望まれた。私は敵が攻めてくるまでここでゆっくり花見をしてやろう、と決め込んでいた。9/18

東京の中央駅の近くではあるがそこだけは開発から取り残されている旧野分町電停付近はなぜだか世界中からやって来た観光客がたむろしていた。若いバックパッカーたちが数多く見受けられたので、もしかすると彼らはそこで野宿するのかもしれない。9/19

私はアフリカ戦線の女性指揮官が運転するサイドカーに添乗して、猛スピードで走りまわっていた。黒衣のレザーに身を包み細身の鞭を握りしめた彼女は、時々私に戦況報告を求めるのだが、返事を聞いても上の空である。私は、彼女と過ごすであろう夜がだんだん怖くなってきた。9/20

いつものように新宿にある学校へ行こうと家を出たが、その途中、法政大学の近所の商業施設の中で道が分からなくなってしまった。階段を息せき切って登り降りしているうちに時間がどんどん過ぎてゆく。ピザ屋のおやじに時間を聞いたら3時前という。それならもう授業は終わるころだ。9/20

小学館の梅沢さんが児童教育についての素晴らしいペスタロッチ的箴言を吐いておられると知って、私も負けじと自分流の名言を吐こうと唸っているうちに、朝日が差してきたのだった。9/21

さる有名編集者の集いになぜか招かれた私は、家を慌てて出てきたためにズボンをはかず、次男の健君から父の日に贈られた真っ赤なパンツいっちょうで駆けつけた。周囲の射るような視線を浴びて赤面し、立ち往生していると、いつのまにか飛蝶のように現れた健君が私をひょいと横抱きにして裏山に隠してくれた。9/21

沖合からやってきたダフニスとクロエが、波打ち際で足を取られて何度も転んだ。彼らなりに雰囲気づくりに貢献してくれたのに、朝ご飯も出ないとは気の毒だ。誰かにクレームをつけようと思うのだが、私にはその誰かが分からない。9/22

妹は生まれながらにして治療不可能な難病に侵されていたが、この世のものとも思えないほど美しかった。男たちは彼女が若くして死ぬことが運命づけられていると知りつつ、さながら、炎の周囲に集まる蛾のように狂ったように飛び回りながら、激しく身を焦がすのだった。9/24

ともかく雑誌がまるで売れないので、われわれはソホロやカルカ剤の販売で食いつないだ。そのうちにやけくそになった男たちが、大酒をくらって、「くそたれ女でも買いに行こう」と叫んで部屋を飛び出して行ったが、私はカルカ剤の製造に勤しんでいた。9/25

トイレから出て左側に歩いて行くと、いつも夢に出てくるお馴染みの場所に出た。ここは町と丘と駅と人と樹木と民家が混然一体になっている懐かしい場所だが、いきなり神話にも登場する有名な神社の神体が、むきだしで飾ってあったので驚いた。9/26

劇場を出てから外を歩いていると知り合いが、「佐々木という映画評論家が死んだそうだ」という。佐々木って誰だと不審に思って彼の後についていくとトイレに入ったので、並んで小便をしようとしたが、便器のすぐそばが民家になっていて、中で眠っている人の顔が見えたんでおしっこはやめた。9/26

久しぶりに試写会に招待されて銀座の大劇場に行き、1階の空いた席に座っていると、いきなりそのフロア全体が客を乗せたまま猛烈な勢いで高速回転しながら上へ上へと螺旋状に舞い上がる。私は振り落とされないように、懸命に座席にしがみついていた。9/26

朝ポストをみると、頼んだ覚えもないのに「大日本短歌新聞」が入っていた。ニューヨークタイムズの日曜版と同じくらいの分量で恐らく100頁近くあるだろう。どんどん読んで行くと読むはじから文字が消えて行くので、私はもう必死になって読んで読んで読みまくったが、何も覚えていない。後には真っ白な紙だけが残った。9/27

京都の株屋に勤めていたおじいちゃんが、僕を新京極の鰻屋さんに連れて行ってくれました。僕の顔を見ると、おじいちゃんは大喜びして僕の手を両手で握りしめ、「おお、ようきたなあ」とうれしそうに笑いました。そのとき僕は、ああこの人が僕の本当のおじいちゃんなんだ、と分かりました。9/27

久しぶりに乗った満員電車の中で、私のまん前にいたのはブロンドの若い娘だった。どんどん混雑してくる電車の中で、彼女は恐らく意図的に私の身体の中心部に自分の下半身を擦りこむように身を寄せてくるので、私はもうどうにも我慢できずなくなってしまった。9/28

私は5m走の世界チャンピオンだったが、ある大会で100mの世界チャンピオンが私を見ながら嘲笑っているような気がしたので、彼のところまで行って「フライ級でもヘビー級でも、チャンピオンに違いはないよ。なんなら君と5m競争してみようか」と言うと、黙って向こうへ行ってしまった。9/29

デザイナーのオネちゃんが、またぼやいている。「封筒を制作したが規格より大きすぎたうえに、料金別納と印刷しなかったので、失敗だった。どうしたものか、困った困った」とぼやいている。オネちゃん、どうしようもないじゃないか。9/29

詩人の鈴木志郎康さんから、「君の詩はポッドがあるね」と言われたので私は喜んだが、よく考えてみるとポッドの意味が分からない。Podを辞書で引いてみると、「(エンドウなどの)さや」と出ていたので、なるほど俺は突然ポット弾ける「枝豆系」の人間なのだと得心がいった。9/30

 

 

 

てふてふが海峡を飛んで行った

 

佐々木 眞

 

 

   て

     ふ

           て

            ふ

 

                  て

                    ふ

 

 

波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波波

 

 

 

ニッポンチャチャチャ

 

佐々木 眞

 

 

          ン チ

       ポ       ャ

      ッ           チ

     ニ              ャ

    ッ                  チ

   ポ                    ャ

  ン                      ニ

   チ                      ッ

    ャ                     ポ

     チ                   ン

      ャ                 チ

       チ              ャ

        ャ            チ

         ニ         ャ

          ッ      チ

           ポ   ャ

            ン

 

 

 

 

佐々木 眞

 

 

             へ

            び

           な

              が

             す

           ぎ

         る

            な

          が

        す

      ぎ

     る

 

 

 

友達の友達は友達

佐々木 眞

 

 

 

友達の友達は友達なので鈴木志郎康はわが偏愛の極私的詩人友達の友達は友達

達                                 な

の                                 の

友                                 で

達                                 井

は                                 上

友                                 八

達                                 千

な                                 代

の                                 は

で                                 踊

横                                 り

山                                 の

リ                                 名

エ                                 人

は                                 友

新                                 達

宿                                 の

泥                                 友

棒                                 達

日                                 は

記                                 友

友                                 達

達                                 な

の                                 の

友                                 で

達                                 羽

は                                 仁

友                                 未

達                                 央

な                                 は

の                                 霊

で                                 界

崎                                 の

野                                 友

隆一郎は永遠のガキ大将友達の友達は友達なので近藤等則は戦うトランペット

 

 

 

 

父と子

 

佐々木 眞

 

 

           お

           父

           さ

           ん

           僕

           を

           怒

           っ

           た

お父さんは耕君を怒ったり注意したりしないよ

           注

           意

           し

           た

           り

           し

           な

           い

           で

           ね

 

 

 

夢は第2の人生である 第8回

 

佐々木 眞

 

西暦2103年葉月蝶人酔生夢死幾百夜

 

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その日の芝居を終えてから、私は今日で役者をやめようと決意した。ホテルを出てから不思議な場所をあちこちさまよった。ホテルに戻ると見知らぬ男が私を待っていて、きいたことのない名前の大学に来てほしい、といった。8/2

私は熱心な実業家ではないが、赤字を出し続けている会社をどうしても立て直してくれと銀行から頼まれたので、その会社の女性の社長に、あの手この手で迫ったのだが、彼女がどうしても言うことを聞かないので、とうとう奥の手を使ってしまった。8/3

イケダノブオが現れたので、「お元気ですか」、「どこでどんな仕事をしているのですか」、と矢継ぎ早に質問をしたのだが、彼はそれが夢の中であるから、私にまともに返事しても詰まらない、と思ったのか、一言も言わないので、なにかあったのかしら、と私はあやしんだ。8/4

ぼつぼつとSMっぽい小説を書いていたところへ、京都からやってきた美少女のような美少年に誘惑されて、本物のSM体験をしてしまったので、それを小説にして完成したところ、そいつは暫くして耐えがたい腐臭を放ち、さながら「ちりとてちん」のようになってしまったので、とうとう滑川に投げ捨てたのだった。8/7

ノーベル賞をもらった生物学教授の原作による映画「サクルデサイス」の邦題は、「牡牛」と「蛆」という2つの意味があるという。そこで1本は「牡牛」、もう1本は「蛆」、そして最後は「牡牛と蛆」を主人公にした同タイトルの映画を世界同時公開しているそうだが、いずれも大ヒットだそうだ。8/7

寝ている間じゅう、パソコンの住宅リフォーム案内の画面が、ずっと目の前で展開されていて、アイテム別に診断や価格の情報が出てくるのだが、その画面全体の交通整理ができていないので、けっきょく朝までかかってもさしたる情報を得ることができなかった。8/8

深い深い海の奥の奥の、そのまた奥に沈んでいた私は、明け方になってようやく水面に浮かび上がってきた。しかし、まだ意識は戻らない。8/9

戦争が近づいてきたので、各部族から逃げ出してきた牛や馬が、私の広大な牧場に集まりはじめた。誰かがこれは早速国王に報告しなければとつぶやいたので、私は「その必要はない。もはや国家も国王も蕩けはじめているのだから」と制した。8/10

私の一族は、夏になると都内の一流ホテルに長期滞在する。それぞれの家族が思い思いの部屋を借りて、お互いに自由に行き来しながら楽しく過ごすのだが、私の唯一の楽しみは、ホテルから嫌われながら洗濯物を1階の駐車場の隅に干すことだった。

こんな歳になっているのに、北方領土と尖閣・竹島を奪還する愛国正義のたたかいに徴兵された私は、感染防菌のための8千本の衛生注射をされるのを断固として拒んだので、祖父と同様に牢屋にぶち込まれた。8/11

あたしは自分がいいと思うデザインしかできないから、とんがった作品をコレクションに出したんだけど、いつもと同じようにやっぱり誰からも認められなかった。だけどあたしには他のデザインなんてできないから、死ぬまでこのまま突っ走るわ。8/12

S君は結局末期のがんに冒されていたのだが、そんな気配は微塵もみせず、まわりに対して自然かつ平然と振舞っていたが、それは彼が深い諦めと達観の境地に達していたからだった。8/16

吉田秀和の「音楽のたのしみ」で、ディズニー映画音楽の特集をやっていた。珍しいことだと思いながら聴いていると、ミッキーマウスの音楽を、名前を聞いたこともない歌手がノリノリでスウィングしている。8/17

関西の放送局のアナウンサーに対するPR活動を実施せよ、という上司の命令で大阪に派遣された私は、各局を順番に挨拶廻りしていたのだが、B局のお局と称されている鈴鹿ひろ美似のおばさんに妙に気に入られ、用が済んだというのに何回も呼びつけられて、閉口しているのだった。8/19

編集長が呼んでいるので部屋に行くと、彼女は私を裸にして三つ折りに縛りあげてから全身をくまなく舐めはじめた。8/21

私たちは買い物をしながら次の店へ移動した。私と違って井出君はオシャレに目がないので、やたらたくさんの衣類を買い込む。買い物がどんどん増えて運びきれなくなると、彼はそのまま店の前に置いて、また次の店へと急ぐのだった。8/22

この近所の女子高校生殺人事件の犯人のものと思われるオートバイの撮影に成功したが、さてこれをどうしたものか。警察に届けると面倒くさいことになりはしないかと、悶々としているわたし。8/23

半島の南端に突き出した夏のレストランのテラスで、私は食事をしていた。鎌倉野菜は文句なしだったが、次に肉にするのか魚にするのかピザにするのか、それともパスタにするのか、私は真夏の海を見ながら思考停止状態に陥っていた。8/24

久しぶりに銀座のマガジンハウスを訪れ、ロビーに入ろうとしたら、真っ黒なガスがもくもくと吹き出している。あわてて逃げだそうとしたら杉原さんが「あんなの大丈夫、大丈夫、すぐに収まってもうじき赤十字の総会が始まりますよ」と教えてくれた。8/27

杉原さんは「久しぶり、お元気ですか? 私は「どんどん歩こうかい」という組織を作って大儲けしています」と自慢する。仲間のAさんは「ゴルフ大好きかい」、Bさんは旅行大好きかい」でやはり大儲けしているそうだ。8/27

なにやらアパレル・デザイン・コンテストなるものが1カ月に亘って開催されている。私たちが紳士婦人子供の外着中着内着の見本を昼夜兼行で制作すると、その優秀作がその都度表彰され、それらの総合得点で順位が決まるのだった。8/28

身体検査だといわれても、特に裸になるとかレントゲンを撮るとか診察があるということはなにもなくて、ただいつかどこかで撮られた写真や記録やらが目の前の画面に投影されるだけのこと。ここで私という人間が生きているのか死んでいるのか、もはや誰にも分からなかった。8/30

独裁者となりあがった私が、忠実な部下に敵の暗殺を命じると、彼は「殺人の仕事の場合は特別手当として1名千円を頂戴します」というので、私は暫く考え込んだ。殺人は月給の範囲を超える特殊な業務だというのである。8/31