幸せな人

 

有田誠司

 
 

猫を抱いて朝を待つ
眠れないんだ
猫を撫でて朝を待つ
餌を欲しがり鳴いている

言いようのない憂鬱が
僕を包む
夜が続くのを願った

幸せな人ってどんな人なんだろう
何を手にしたら幸せになれるんだろう

静かに猫に話しかける

猫はあくびをして目を閉じる

 

 

 

恋の病

 

小池紀子

 
 

好きで好きで
胸が締め付けられる想い

まるで熱病のように
恋焦がれる

はやる気持ちが止められなくて
君への想い 溢れ出す

今すぐ君の元へ駆けつけたい

僕だけの君でいて欲しい

いつか雑誌で読んだ
大人の恋なんて
僕には出来ない

 

 

 

手を洗う

 

須賀章雅

 
 

陽が沈み黄昏て
黄色く汚れた街に月が出る頃
男たちは手を洗う

むかし場末の名画座でみた映画で
男が手を洗っていた
敵との闘いから生還した警部補が
洗面台に向かって延々と手を洗い続ける
疲れと血を洗い流すようにいつ果てるともなく
それがラストシーンだった

若い志賀直哉も日に何度も手を洗った
さきほど洗ったばかりの手を
また執拗に洗わなければ気が済まなかった
その若い清潔な手にケガレがみえていたのだろう

あの映画をみた頃の
若いわたしも頻繁に手を洗っていた
潔癖でもないのに手を洗った
自分の手にケガレがみえていたのだろう
「神経たかり」とも云われていた
「ケッペキにいさん 手を洗う」
と吉田美奈子が歌うレコードが出た時
自分の生活が視られているようだった

女たちだって手を洗う
それは知っているつもりだよ
マクベス夫人も執拗に手を洗っていたもの
彼女にだけはみえる血糊を流そうとして

あの映画の俳優もすでに遠く死んでしまったが
あの映画の中で警部補はいまだに手を洗っている
呼び物だったカーチェイスの場面より
洗面台の鏡の前で手を洗う男を思い出す
疲れ果てた寂しい背中をみせて手を洗っていた男と
蛇口から流れ続ける水の音

黄色く汚れた街に月が出た
ところでわたしはまだ手を洗い続けている
あれからずっと
擦り切れて血の滲むまで
夢の中でも手を洗い続けている

 

 

 

*2020年1月10日作
これを書いた頃はその後、至る所でみんなが熱心に手を洗うようになろうとは思ってもみなかったのだったが……。

 

 

 

たまご

 

鈴木 花

 
 

なんか みんなとの間に 何枚もの すりガラスがあるんです。
それって ぼんやり 奥が見えるんだけど
みんなを ちがうように うつしちゃうんです。
びんかんな私は
その ぼんやりを はっきりだと思っちゃって。
こわくなって
もっと ぶあつくして 不安になって
チラっと外をみれば また こわくなって。
負の連鎖。
逃げ出したいんですけど 逃げ場所は家なんです。
わたしには そこしかないんです。
1人なんです。
さみしいです。
つらいです。
ぼんやりは うそだと
どうしたら私は私に いいきかせられるんでしょうか。

 

 

 

ことのは

 

サフジカサク

 
 

黒と白という言葉が消えました
フランソワは詩を書けなくなりました

男と女という言葉が消えました
アーネストは物語を書けなくなりました

大人と子供という言葉が消えました
カートは歌を書けなくなりました

人間の意識は高まっていきました
言葉は刈られていきました

やがて進歩した意識を持つ人間たちは言葉を持たない動物になりました

 

 

 

戦争と平和

 

サフジカサク

 
 

こんな僕でも(こんな僕というものを知る人はほとんどいないのでしょうが)戦争や平和について考えることがあります。
8月だからでしょうか。

当然、戦争の経験などありません。
国と国の戦争ですね。
人が死ぬのは良くない。戦争に限らずですが。僕は人々の自分の命に対して望まない死を望んでいない。(望む死は好き好きです)

国と国の戦争を縮小解釈していくと、人と人の関係になると思います。
「あいつがきらい」
「その考え方は違う」
「こうしろ、ああしろ」
「そこをどけ」
「それをよこせ」
突き詰めるとそういうことですよね。戦争はいけないと分かっているけれど、日常の中でこういう考えを消すのは難しいものです。

76億人の頭からそれが消えれば戦争はなくなるのでしょう。(他にもいろいろなくなりそうですが)

平和というのは良く戦争の対としてかたられますが、戦争がないから平和というものでもないでしょう。誰かの平和は誰かの非平和。実に難しいものです。

まぁくだくだ書きましたが、戦争は無くなればいいです。
「武器よさらば」と言える日が来るといいですね。

僕はお先に言わせてもらいます。「武器よさらば。」

 

 

 

新しい土地

 

吉田一縷

 
 

町に出たらそこはお祭りで
千のお店が兆の物を売っていた
サンダルの音なんか聞こえないで
言葉が飛び交い 人が流れる

ボートを漕ぎ速さを競う
歓声が私の心をくすぐり始め
祭りの空気を纏い
軒先で夕飯を囲む家族はハローと微笑み
私は宴席の人
ニープン ラオビア ボーペンニャン

暑い夜はゆっくりと
言葉にならない幸福で包み込み
ほんのり涙が流れ出た
コンハックラオ ライライ

生ぬるい風が頬を拭って
「よくきたね」