このところ
山下徹さんの二人だけの時間と
渡辺洋さんの
最後の恋を持ち歩いている
小さな本だが
重たい
あの世を
どう受けとるのか
この世の女の
写真をfacebookに残す
今朝
海辺で空を見ていた
夕方に目覚めて散歩にいった
モコは
ふるえていた
このところ
山下徹さんの二人だけの時間と
渡辺洋さんの
最後の恋を持ち歩いている
小さな本だが
重たい
あの世を
どう受けとるのか
この世の女の
写真をfacebookに残す
今朝
海辺で空を見ていた
夕方に目覚めて散歩にいった
モコは
ふるえていた
夜も更けて
ちゃぽちゃぽ
風呂に浸かっていて思い出したのは
めずらしくも
祖母のこと
母方の祖母のこと
ひとに話す時には祖母って言いなさい
おばあちゃんなんて言ってはいけません
タカピーだった母にはきつく言われ通しだったが
祖母と呼ぶにはふさわしからぬ
いつまで経っても田舎まるだしの
子どもの目にはでっかくて
塗り壁みたいで逸ノ城みたいなおばあちゃんだった
風呂に浸かっていて思い出したのは
どうしてだろう
おばあちゃんの家に行った時には
いつもいっしょにお風呂に入れられて
ちゃんと何十か数えて温まってから出ることになっていたからか
落ち着かない幼児には
けっこううんざりな
めんどくさい
がまんがまんのあったまりの時間
あれがよみがえったからか
何十か数えるといっても
東京の言い方ではない口調でおばあちゃんが数えるので
「いーちーに
「さーんし
「ごーろく
「しーちーはち
「きゅーじゅ…
とのんびりしたおばあちゃん節
ぼくはよくノボせてしまって
上がるとたいてい気持ち悪くなって
「まあ大変だ
「はやくお醤油を飲みなさい
「ちょっと舐めれば治るから
と母やおばさんたちから
ノボセの特効薬の醤油をちょこっと飲まされて
畳の上にぶっ倒れたり
椅子にだらっとなったり
後からおばあちゃんが出てくると
「まったく弱いンだからねえ
「おばあちゃんなんか
「天皇陛下の名前をぜんぶ言いながら温まったもんだ
「じんむすいぜいあんねいいーとくこうしょうこうあんこうれいこうげんかいかすーじんすいにんけいこうせいむちゅうあいおうじんにんとく…
とかなんとか
ぼくには記号とか暗号でしかない音をしばらく発しながら
「よっこらしょーのしょ
とかけ声かけて
重い鍋を食卓に移したりしはじめる
なにかと弱っちかったぼくは
食べるのも遅いし
すぐ疲れるし
ちょっと外出するとすぐに「タクシー乗ろう」となまいきに言い出すので
ニッポンじゅうが二十四時間働ける大人ばっかりだった時代
男の子の風上にも置けない情けない感じだったらしく
おばあちゃんにも言われっぱなしだったのは
「そんなんじゃ
「兵隊さんに取られたらすぐに死んじまうよ
「さっと食べてパーッと走っていけなきゃだめなんだよ
「乃木さんみたいにコップ一杯で歯磨き洗顔もできなきゃね
などなど
「そんなこと言ったってセンソーはもう昔のことだし
と反論すると
「センソーなんてまたいつ起こるかわからないんだよ
「赤紙が来て兵隊さんに取られっちまったら
「ぐずぐず食べてちゃだめなんだよ
「食べ終わらないうちに鉄砲担いで行かなきゃいけなくなるんだよ
と
またまた言われっぱなし
こんな幼時のことがあるから
おばあちゃんはやっぱり昔のひとで
センソー時代の考えのひとだと思い続け
学生時代が終わっても
おばあちゃんとはソノヘンのことは
話してもしょうがないだろうと思って
あらためて話をむけようともしないできたものの
ショーワテンノーの死んだ後
話がテンノーのことになったら
「まったくひどいセンソーを起こして
「あたしたちはさんざんな目に遭ったのに
「テンノーさんはのうのうと安泰だ
「食べ物もなかったし
「なんにもなかったし
「子どもたちは疎開にやって
「お父さんとあたしとおばあちゃんは
「空襲の火の中を右往左往してなんとか逃げて
「田端の家もぜんぶ燃えちゃって
「セメントのお風呂だけが燃え残って
「そこにお湯を入れて焼け跡の中で浸かったりした
「なにもかも燃えちゃったから
「田端から海の方までぜーんぶ見渡せた
「お父さんなんか馴染みの下町や隅田川のほうまで
「ずーっと歩いて見に行ってきて
「死んだ人が山になってるのをさんざん見てきて
「ひどいひどいひどいと言い続けてたけれど
「テンノーさんはのうのうと安泰だ
「あんなセンソー起こして
「平気で立派なところに居続けて安泰なんだ
と言い続けた
嘆くようにでもなく
吐き捨てるようにでもなく
つぶやくようにでもなく
まるで教科書に書いてある事実のように
ためらいもなく
つよく
はっきり言った
おばあちゃんは昔のひとでセンソー時代のひとだが
そういう昔とセンソー時代の鋭さを
ぼくは見直さないといけなかった
新鮮だった
晩年になるとおばあちゃん
だいぶボケが出てきたが
アタマのはっきりしている時もけっこうあって
ボケVSはっきり
ボケVSはっきり
が交互に点滅
そのせいでか発言も
ボケVSはっきり
ボケVSはっきり
かと思いきや
けっこう
はっきりはっきりはっきり
なりまさり
ちょっと家族が集まって話していて
なにか
世間の話題になっていた性的不祥事の話になった時
「だってしょうがないよ
「ニンゲン
「セックスはしなきゃいけないからねえ
「それは止めようがないからねえ
「抑えられないからねえ
と
はっきりはっきりはっきり
発言
これにはみんな一瞬黙り
このひと一体いつの世代のおひとか?と
一気に追い抜かれていく感覚
ひょっとして
タダモノではなかったかと
おばちゃんの顔をまじまじ見つめ
ぼくも思い直した
そんなこんなで
とうの昔に死んだおばあちゃんを
いまの時代に強引に結びつける気なんかさらさらないが
おばあちゃんは福島のひと
福島は四倉のひと
そこから見合い結婚で東京にひょこっと出てきて
姑相手の苦労も
つき合いのひろい遊び人の夫相手の苦労も
東京大空襲までのセンソーの苦労も
さんざん味わってきたひと
福島がまだフクシマでなかった頃の豊かさとゆとりを肥やしに
昭和の妻として
母として
大きな体で十全に生き切ったひと
「とにかく人間は勉強しないといけない
と言っていて
「大正生まれだのに
「おばあちゃんなんか
「女学校に行くのに毎日片道二時間歩いて通った
「毎日毎日往復四時間歩いて通った
「おばあちゃんなんかの勉強は大したことはないけれど
「それでも人間は勉強しなきゃいけない
「毎日毎日往復四時間歩いてでも
「勉強
「勉強
「女だって勉強しなきゃいけない
「これからの時代は女だって
「と思って
「毎日毎日往復四時間
「雨でも晴れでも暑い日でも
「毎日毎日往復四時間
「毎日毎日往復四時間
おばあちゃんのこんな言葉の記憶から
浮かび上がってくる
若い福島の女の子
女子高生の
歩く歩く歩く姿
「これからの時代は女だって
「これからの時代は女だって
と学校に通う姿
「毎日毎日往復八キロ
「毎日毎日往復八キロ
ぼくの目では
ほんとうは見たこともないこんな姿が
今になって
もっとも鮮烈に見え続ける
おばあちゃんの姿
夜も更けて
ちゃぽちゃぽ
風呂に浸かりながら
見たこともない
そんなおばあちゃんの
娘時代の姿に
ぼくは呼びかけてみる
毎日毎日往復八キロ
あなたが
おばあちゃんでなかった頃
歩いて通った
福島
おばあちゃん
いまのあなたには見えてますか?
おばあちゃん
どう見えてますか?
おばあちゃん
まだ歩きますか?
あなたなら
おばあちゃんでなかった頃なら
まだまだ歩き続けますか?
八キロでも
何キロでも
毎日毎日
毎日毎日
おばあちゃん…
JR参宮線、鳥羽の手前で降りる
回収する人のない切符をポケットにしまい直す
ちいさな駅舎から家並みをぬって
マイクロバスは
二見の傾く日のなか
海辺の道へ
女ふたりで夫婦岩なんてね、と
鼻をかむ
だって
縁結びを祈る女子旅ではなくて
恋のアルバム作成中のふたりでもなくて
父つまり夫を送って三十年の母との旅だ
結婚中退から十年
めおとって響きに
ちょっとひるんだのは私
行ったことがないから行ってもいい
と母のひと声
そうだね、
行ってみればいいよね
日の沈む前にご覧になれますよ
促されて宿を出る
夫婦岩まで四分
いちばん近い宿、だって
お伊勢さんに行くのなら
どこに泊まろう
伊勢市内、それとも二見?
なんて言っていたけれど
二見も伊勢市内なんだね
この波打ついちめんは伊勢湾、なんだ
鳥居をくぐるひとたちに続く
ざっざっと靴うらをうがつおと
大岩の角を曲がると拝殿、そして
注連を張ったひと組の岩、
囲むように小さないくつか
ざっざっと靴おと重ねて波ぎわへ進むひとまたひと
その先のほう
カメラを構えた細身の母だ
いつのまに
仄白くにごった光が絵筆のいっぽんとして
雲を走らせる
夕闇を押しとどめて伊勢湾の空は
つがいの岩をみおろしている
波に洗われ続ける岩の冷たさ
注連を張るだけの隔たり
おもいもしなかった感覚がたちのぼる
深夜、
あの岩、あの海、あの空の写真をみている
(仄白くにごった光の)
そう
旅の翌日
これをみて
母の手に一枚のモノクロ写真
え
父だ、父が写っている
その後ろ
あ
めおといわ
夫婦岩だ
おれも行ったんだぞと言ってるみたい、と母
旅行前にしていた整理の
続きをとアルバムを開いたら
いったいいつの社員旅行だったのか
まっすぐな目を向け
モノクロの父は
紅白を
はなれて
ひとり
高橋悠治さんの
インヴェンションとシンフォニアを聴く
なぜ
シンフォニア11 BWV797を聴くのか
わからない
北の姉をおもう
北の母を憶う
そこは真っ白の雪が降っていて
姉がいて
母がいる
寺は胸をひらいている
今夜は
山側に座った
11E席
小田原を通過した
地獄の扉をひらき
訪れるコトバを待っている
熱海をゆっくりとすべってゆく
扉の向こうのいとしいヒトよ
きみの名はしらない
きみの声はしらない
こだまよ
いとしいヒトよ
伊右衛門という濃いみどりの茶を
飲み干せよ
ゴーと鳴ってすべってゆく
ゴーゴーと鳴ってすべってゆく
浴槽に沈んで
オトテールの
ロンドを
聴いていた
浴槽から
シャワーのノズルを見つめた
霧のむこうに
小鳥たちは群れて旋回していった
ことばも
飛ぶことを夢みた
夕方
渡辺 洋さんに会った
ここに
いた
ここにも鳥はいた
灰色を空とすれば、陸はもっと鈍く暗いのかもしれない
果てそうな先の話にとどこおる、前提としての光
現、エアコンディショナーの送風ごときにリミットなどハズレる訳がない
送風と喉の相性がいいことに… 配給車を襲う、甘んじた難易度の低さ
たてつづけに焼き魚を食べる、鮭から赤魚粕漬へ
延々と耳から赤い血が たまらない、とまらない
膝でこらえる親子の愛が膝にのしかかる親子の失語へ
おおらかに見開いた目、鼻、感情とおぼしき
前例、人の手の形状にそって加工されていく仏壇から石までの灰さ、幼さ、罹災くる
とにかく練習
それを忘れるくらい
他意とホース
遅れて搾りだされる蛇口の水
遅れて巡りあわさる再会の場
背けて愛になる
今頃… 自分が会いたい人に会えているはず
散らばる大根の葉
おろした白い水が焼き魚を濡らす
色は、人が丁寧に配合して、できている
木漏れ日の陰影と空と陸の陰影
写真をもう一度、外気に触れさせて一緒にプールで泳ごう
表情の陰影
今頃になって、破水
スーパーで耳から血を流した、あの頃の
着色がなまなましい
ある種の暴力によって、混ざると分離した、銀色の反射する水、信じようとする自分が映る
進んだ先は何年後か… 同時期に起きている 形が似ている、ただそれだけの回収
そんな時は演じてみる、人の言葉を盗んで人に記憶を盗まれる 託されたと合致したらば記憶を回収する為に、冒険にでるのは必然かもしれない
たいそれた冒険の危うさ、それを無視してでも同時期にでてきたものを繋げる
回収なんてされないのだから
会いたい人と会えた、会えなかった裏側の暴力だとしても
これは、10年後とする…
紫のハンマーを手に入れた 紫の軍手とともに手首からのびる、一貫して律儀なジェスチャー
叩いた壁は白く粉吹く
直立させれば長くそびえ建つ
壊したくても、もう、壊れている
マンションの住人の利用を想定したコンビニへ、買い出し
誰かの家族がバイトしている、君の成長をも気にしよう わりとここは平和だから
出棺する前に、もう一度立ちあがって=( )に、もう一度立ちあがって
ポートレイトを撮らして
横たわっていたら、動物のようだよ
寝たかと思っていたら、声が返ったよ
応答が遅いと時間に負けるよ
44階建ての分だけ、ふるさとがのびている
上の方はホコリがとりにくい
ハウスキーパーが昇る月に涙している
拝むにも習慣が必要、必要に迫られないと習慣はできないのか「習慣にしたくない。」即座に拝み「拝めない。」瞬時に反復にかられ「反復したくない。」拝んだ解氷は苦みをやわらかくする「和らがない。」
苦しみを誤りなく摘みとることは難しい 君の信仰も振り付けされる
挙動が安い値段で取引される
迫害を介護する第三者が寓話に帰ってしまう前に、噛んだ言葉の味を食べやすいように変えられるはず
脈のない動物をハンマーで起こす、壁を壊して、扉をノックして、像を切り出した
こんなにも紫に混ざり合う掌を使って
今朝、コンビニでプリントアウトしたポートレイトを持って、エレベーターに乗った
ほんの数秒で東京が見渡せる ほんの数秒でこの街を抜け出せそうだ ほんの数秒で煙になる ほんの数秒で過去になる ほんの数秒で一個人になった
衆議院選投票体験を詩に書いちゃおうと思ったが、
どうも、そうじゃなく、
最初、書いてやろう、
と書き始めたのが、
やろうがちゃおうになっちゃたんですね。
選挙のことを詩に書くなんて、
そう簡単には手に着かないんもんですね。
ガラス窓が、
真っ白に、
曇った。
十二月初旬の朝のことだ。
あの窓ガラスが、
頭から離れない。
真っ白に曇って、
見慣れた庭が見えない。
今は、
もう月半ばも過ぎて、
衆議院選挙の結果も決まって、
自公与党の三分の二以上の大勝で、
憲法改正の道が開かれちゃった。
総理大臣の安部晋三は選挙運動中、
「景気回復、この道しかない。」
と連呼してたが、大勝と決まった途端に、
憲法改正を口にしたね。
安部晋三の野望、
日本の歴史の流れを変えようという野望、
何よりも国家を優先する国家にするという野望、
それが、
この道しかない道、だったんですよ。
わたしは今の憲法で育った。
個人をそれなりに重んじる国家、
表現の自由が重んじられる国家、
軍隊を持たない戦争をしない国家。
それが覆されるのにわたしは反対なんだ。
十二月十六日の朝日新聞に
衆議院当選者全員の顔写真が載ってる。
小さい写真で、
みんな同じ顔に見える。
その当選者たちの八十四パーセントが
「改憲賛成派」だってさ。
ああ、もうこの國は変わるね。
ところで、
来年は日本人男性の平均寿命に達するわたしは、
それまで生きてるのかいな。
生きていたいね。
十二月十四日の投票日には、
麻理が早く出かけるというので、
投票所が開く七時ちょっと過ぎに、
わたしは麻理と電動車椅子で行って、
わたしらだけしかいない投票所で、
薄緑色の小選挙区の投票用紙に、
ながつま昭と書いて二つに折って投票箱に入れ、
白い比例区の投票用紙には、
民主党と書いてこれも投票箱に入れたんだけど、
実は、これは、
迷った末の結果なんだ。
思い起こすと、
ちょっと怒りが湧いてくる。
ウーン、何とも
怒りが湧いてくる。
小選挙区の候補者の誰にもわたしは会ったことがないんだ。
東京都第七区の四人の候補者にわたしは会いに行くべきだったのか。
それをしないで、新聞に掲載された写真と活字で、
自民党公認は駄目だ。
次世代の党公認も駄目だ。
共産党の候補者の反自民の主張はいいけど、
死票になっちまうから駄目だ。
残るは民主党公認のながつま昭だ。
彼は三度の食事に何を食べているのか、
酒飲みなのか、
兄弟はいるのか、
詩を読むなんてことがあるのか、
怒りっぽいのか、
優しいのか、
なーんにも知らない。
で、他にいないから
このオッサンに決めて、
薄緑色の投票用紙に「ながつま昭」と書いた。
わたしは渋谷区で長妻昭に投票した41893人の一人になったというわけ。
ながつまさん、頼みますよ。
比例区は
反自民の共産党にしようかな、と思ったけど、
昔、「赤旗」が
わたしの「プアプア詩」を貶したのを思い出して、
まあ、結局、主張が空っぽの民主党を白い投票用紙に書いてしまったというわけですね。
渋谷区で民主党と書いた人は18072人だから、
長妻昭と書いて民主党と書かなかった人が結構いたんですね。
こんなことじゃ、
安倍晋三の野望に立ち向かうなんてことはとてもできやしない。
今度の選挙は有権者の半分の投票で「自公大勝」に終わって、
この國は変わって行く。
そんなことどうでもいいや、って思えないから、
困るんです。
ウーッン、グッ、グッ、ケッ。
次の総選挙までオレは生きているのか。
どうだか。
真っ白に曇ったガラス窓が頭から離れない。
真っ白に曇って、
見慣れた庭が見えなかったガラス窓。
(注)投票数は朝日新聞の2014年12月16日の掲載による。
はい、今、西国分寺の駅の改札前に立っています
ミヤコさんを待ってます
夏に入りかけのだるい風が吹いています
けど背中がキーンと冷えてる感じです
初めて
ミヤコさんのマンションに行きます
ミヤコさん、来ました
ぼくと同じく会社帰りのカッコです
軽く手を振ってます
行ってきます
「こんばんは。」
エレベーターに乗り込む時
すれ違った住民の方に曖昧な笑顔であいさつ
ミヤコさんは平然と、にこやかにあいさつしてるけど
ぼくたちってどう認識されてるのかな?
ぼくたちっていう単位が今、問われてる
それはファミやレドがまだノラの子猫だった頃
ぼくが、単なるエサやりさんの一人か
彼らの保護者かを問われてるのと
ちょっと近いかな?
そうそう
近さだよ、近さ
近さにもいろいろある
これからミヤコさんとどんな近さを得られるか
エレベーターに揺られながら待つ
ドキドキだ
カチャ
鍵を回す音をいやにはっきり聞こえる
「どうぞ、お入りください。」
「お邪魔します。」
恐る恐るスリッパに履き替えると
おーっ、きれい
ぼくのオンボロアパートとは大違い
清潔で居心地のいい1DK
「今からご飯作りますから。ちょっと待っててくださいね。」
グリーンのソファーベッドに腰掛ける
ミヤコさんの体温を吸い込んだ場所だ
この材質
ファミとレドを放したら
めちゃくちゃ喜んで引っ掻くだろう
おや、窓の側には、葉っぱを青々と茂らせた
人の背くらいある植物が置いてあるぞ
「この観葉植物、何ですか?」
「パキラっていうんですよ。
10年前、このマンションに住み始めた頃に買ったんですけど
どんどん大きくなって。
時々切ってあげないと茂っちゃって大変なんですよ。」
生命力旺盛なパキラ
10年間ミヤコさんを守っていてくれて
ありがとう
これからはぼくが……おっと、調子に乗るなよ
台所に立つミヤコさんの後姿
エプロンをかけ
懸命に肩を動かして
食べさせようとしているんだな
ぼくという生物に
食べさせる
食べさせる
ぼく、食べさせてもらうんだ
これはただ食事をするってことじゃない
もぐもぐした口の動きを通して
生身の相手の奥の奥につながっていくってことなんだ
ファミもレドも、そしていなくなってしまったソラもシシも
そうやってぼくとつながっていったんだよなあ
それが、いよいよ
いよいよだ
「できましたよ。簡単なものばかりですけど。」
ヤッホー
テーブルに並んでいるのは
かぶのコンソメスープ、トマトとアボカドのサラダ、だし巻き卵に肉じゃが
いただきまーすっ
スープは……いい塩加減
サラダの手作りドレッシングもさっぱりしていて良い感じだ
だし巻き卵はもともと好物だけど
程良い甘みがあって、うん、これはうまい
では肉じゃがを
おいしい、でも、あれ?
「ミヤコさん、ミヤコさんって肉じゃがに玉ねぎ入れないんですか?」
「えっ」
「わぁ、ごめんなさい。
どうしちゃったんだろ。いつも絶対入れるのに。
ちゃんと買ってきてたんですよ。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。
じゃがいも、ほくほくして、とってもおいしいです。」
玉ねぎなしの肉じゃが
全然OKです
肉じゃがなんだからお肉とじゃがいもが入っていればよし
にんじんだって入ってるじゃないですか
うん、うん
玉ねぎが入ってなかったことで
ミヤコさんともっと近くなった気がするぞ
入ってない玉ねぎが
真っ赤な笑顔を呼んで
スパイシーな味を加えてくれた
今日は週の真ん中の日だし
長居は遠慮してこれで失礼しますが
いずれぼくが「食べさせる」方を担当しますよ
玉ねぎの代わりに
何が足りないか
何が余計かは
お楽しみ
食べるんじゃなくって
食べさせる
食べさせてもらう
その先に
どんなスパイシーな近さが現われるか
それが楽しみなんです