今朝も
めざめ
た
カラスが鳴いた
小鳥も
鳴いている
この朝に
目蓋をひらいた
音はない
小鳥だけが鳴いていた
ことばを捨てて
ことばを
拾う
小鳥は
ついばんだ
公園で
パン屑をついばんでいた
背中に羽のない
ものもめざめた
この朝に
今朝も
めざめ
た
カラスが鳴いた
小鳥も
鳴いている
この朝に
目蓋をひらいた
音はない
小鳥だけが鳴いていた
ことばを捨てて
ことばを
拾う
小鳥は
ついばんだ
公園で
パン屑をついばんでいた
背中に羽のない
ものもめざめた
この朝に
雨だった
今朝は
モコをおいて
海に
いったのさ
西の山が雲に隠れていた
離岸堤が
雨に霞んでいた
きみは
王子を見たことがあるかい
テトラポットや
西の山や
離岸堤や
ぽかんと浮かんだ雲
みんな王子だね
王子みたいになりたいね
隣町の事なのか
見知らぬ看板娘が呼ばれている
私は看板を知りたい
電車からは見渡せない
私は看板と娘を切り離したい
いつも そう 思っていた
娘の美貌を
娘のえぐみを
隣町から聴いていた
美貌やえぐみはベルで知らされる
発車寸前で乗りこみ
間に合った車内で恐怖する
いつもの私の行動だ
私は看板娘の街をとばして
目を瞑り地図を見ていた
看板娘の街は
感染をかわす遠吠えで廻っている
私は
看板娘の街で
遠吠えをおこない感染して帰る
それだけを 想像していた
姉の
庭にも
雨は降って
るんだろうか
ベランダから
姉の庭の花は見えて
風に
揺れていた
母に送ったバラの
花も
揺れていた
もう
あじさいも
咲いたろうか
そのヒトの庭にも
あじさいの花は咲いたろうか
静かに
笑っていたね
母はね
今朝
東急目黒線に
乗った
満員の
電車の中で
シフの
モーツァルトを聴いた
眼を閉じ
目蓋の
裏の景色を見ていた
すべては
過ぎた
とどまるものはなかつた
昨日は
浅草橋大吉で
荒井くんと
ランチを食べた
分厚いトンカツだった
「お母さん、オオヨワリってなに?」
「オオヨワリ?」
「オオヨワリだお」
「大弱りか。とても困ること、だよ」
「オオヨワリ、オオヨワリ、オオヨワリ」
「お父さん、サクラ、サクラ、サクラ好きですお」
「サクラ、お父さんも好きですよ」
「お父さん、桜は木にツに女ですお」
「さわむらさん、莫迦笑いしてたよ」
「サワムラさん?」
「ブラックプレジデントの」
「ああTVドラマの社長役の沢村一樹かあ」
「莫迦笑い、莫迦笑い」
「ヘーツト、ヘーツト」
「誰がヘーツトって言ったの?」
「綾部の精三郎さんですお」
(二人で)「ヘーツト、ヘーツト」
「お母さん、複雑ってなに?」
「物事がいろいろ混ざっていることよ」
「複雑複雑複雑複雑」
「皇太子さんはキシモト先生によく似ていますよ」
「誰に似てるって?」
「横須賀の歯医者のキシモト先生だお」
「お母さん、原因ってなに?」
「それが起きた理由」
「ゲ、ゲ、ゲンイン、ゲンイン」
「お父さん、赤羽線から埼京線に変わったの?」
「どうもそうらしいね」
「京浜東北線の6扉は6号車だけですよ」
「へええ、そうなの」
「お母さん、ぼく南浦和に泊ります」
「分かりました。いつ泊りますか?」
「分かりませんお、分かりませんお」
「♪もう一度、もう一度 なんの歌ですか?」
「うーーん、聞いたことのある歌だなあ」
「♪もう一度、もう一度 なんの歌ですか?」
「分かったぞ、小柳ルミ子の歌だ」
(二人で)「「♪もう一度、もう一度 なんちゃらかんちゃらもう一度」
容器と
いう
ものには
いずれも底というものが
あるだろう
ヒトも
容器だろうか
容器には何を入れれば
よいか
ヒトには
血をいれて
肉をいれて
掻き混ぜて
その底に澱むものは
あるのか
他者なのか
底には山あじさいがひとりいて
叫んでいる
モトカノに
肩を噛まれたことがあり
キスとかするより
かわいかった
にょうぼうの
肩を噛んでみたところ
それからしばらく
キゲンがいい
みんな知っているのかな?
その香りが金木犀だと知ったのは随分あとのことだ。
向かいのお姉さんの家の庭は常にきちんと剪定されていて、いい香りがするその植物はその庭の端にちょこんと植えられていた。
隅のほうにあったけれど存在感は抜群だった。
そんな香りのベールにつつまれてお姉さんは毎日決まった時間に大きな玄関から出勤していた。
黒く長い髪をひとつに束ね、赤い小さめの鞄を肩からさげていた。
洋服は職場で決められているのだろう。
白いブラウスの上にチェックのチョッキのようなものを着ていた。
紺色のスカートはひざ下まであり、それにあわせて黒いヒールを履いていた。
当時部活の練習で日に焼けた肌をしていた中学生のわたしにとって、憧れの存在でとてつもなくまぶしくうつった。
いつかわたしもあんなふうに颯爽と歩くオフィスレディにでもなるのかなと勝手に夢をふくらませていた。
こんなわたしにもニコニコした笑顔をむけ挨拶をしてくれた。
お姉さんに会うときはなぜか少しどきどきして恥ずかしかった。
特別親しく遊んでもらった記憶はないけれど、長女のわたしにとっては本当の姉ができたようで嬉しかった。
そんなお姉さんもいつもいつも明るかったわけではなかった。
少し伏し目がちで大きなため息をついて家から出てくることもあった。
きっと人に言えない辛いことや苦しいことがあったのだろう。
そんな日が続くとものすごく心配になったけれど、またあの笑顔ですれちがえたときは心底ほっとしした。
やっぱりお姉さんの笑っている時の姿が一番好きだった。
それから月日は流れた。
お姉さんはその家から居なくなった。
遠いところにお嫁にいってしまったらしい。
遠いところってどこだろう~、元気にやっているのだろうか~。
想像することしかわたしにはできなかった。
そして、少しずつお姉さんのことを忘れていった。
わたしも大事な高校受験や大学受験を経験し、少しずつ大人の階段をのぼっていた。
前はお肉を好んで食べていたけれど、今は有機野菜や消化にいい食べ物に興味をもつようになった。
夏は紫外線なんか気にせずさんさんとふりそそぐ太陽の下部活のテニスに精をだしていたけれど、今はいかにしみやしわを防ぐ化粧品を見つけられるか
に時間を使うようになった。
キャラクターがプリントされているTシャツよりも、少し品がある無地の洋服を好んで着るようになった。
お菓子はあまり食べなくなった。
マンガや恋愛もののドラマよりニュースを見るようになった。
多少のことではわたわたと怖がることがなくなった。
遠足の前日のようにうきうきやわくわくすることが減った。
いつもいつも明るい明日が来るわけではないということを悟った。
時間的制約がある限り限界というものがあることを知った。
色んなことが自分の知らないうちに確実に変わっていった。
私は少し大人になれたのだろうか。
お姉さんをまた見るようになったのはそんなふうにわたしが大人に近付いているときだった。
金木犀の香りに包まれてあの玄関から出入りする姿があった。
一人ではなかった。
お姉さんの腕で大事そうに抱かれた小さな小さな赤ちゃんも一緒だった。
白いふわふわの生地で包まれたその子は天使のような微笑みをお姉さんにむけていた。
それを見ているお姉さんの顔はそれ以上の笑顔だった。
守るべき存在ができたお姉さんは前よりもたくましく見えた。
日が陰ったころ、ベビーカーにその子を乗せゆっくりとゆっくりと歩いていた。
聞き取ることはできなかったが何か優しく話しかけながら。
その時、一つ間違いなく言えるのは、その瞬間確かにお姉さんは幸せだった。
そしてきっと今も幸福な人生を送っているに違いない。
そうであってほしい。
わたしも結婚を機に地元を離れてしまったが、金木犀を見ると思いだす。
金木犀のお姉さんのことを。
エドワードさん
人の距離は伸びたり縮んだりするのですね
場所や文化に限らず
扇状に広がる
時間や空間のなかで……
あなたの考えをなぞろうとして
語学学校の教室で
予告なしに人が自分の領域に侵入してきたとき
わたしは悲鳴を上げて飛び退いたのでした
それは
文化とか場所とかでなく
わたし自身に由来する距離でした
Edward. T. Hall is a famous anthropologist who thinks that different cultures have different outlooks on time, space, and personal relationships. 有名な人類学者エドワード T.ホールは、文化が異なると、時間、空間、人間関係に関する見解も異なってくると考える。※
NORIKO
子音に注意して
あなたのLはDに聞こえる
あなたのTHはDAに聞こえる
必要のないときにNが入る
ダ (the) words デム(them)selves ………
Edward T. HalDAYS a famous anDODOpoDogist who Dinks
ああ、みんなDになってしまうよ
逃げたい言葉が限りなく頭に浮かぶ
逃げるな追いかけろ
追いかけろ!
DAt diffeDENT cuDUNtures have difeDENDO ouDODUooks
日曜日は一日
発音の練習で終わった
永遠に完成できそうもない課題を
時間ぎりぎりまで練習して
深夜 録音して先生にメールで送った
納得できないまま
エドワードさん
うまく納得できないのです
そんなにも 人は
生まれた土地に縛られなければならないのでしょうか
別の深夜
走った
タクシーを探して
12月の氷点下 寒くて暗い路地は
クレバスのように決裂し
今にも滑落しそうな絶壁の淵で
泣いていた
Hi, NORIKO !
知ッテタ? アナタノ発音
イチバン酷イ クラス デ
ソーホーのタイ・レストランのパーティで
クラスメイトに開口一番にそう言われた
……あなただって、アクセントが強すぎる
わたしにはあなたの言葉がよくわからない……
そう言おうとして吞み込み
アドバイス DAリガトウ
と笑顔で言ってから別のテーブルに移った
いじわる、咄嗟に思った
別会計でメイン・ディッシュを二皿頼み
沈黙したまま一気に胃袋に収めてしまう
エドワードさん
片手をまっすぐ前に伸ばし
中指の先までの距離に他の誰かが入って来ると
わたしは悲鳴を上げてしまうのです
わたしはアジア人ですが
ヨーロッパ人でもありませんが
たとえば
共同で鍋を囲んで
同じスープの中を他人が口をつけたチョップスティックスがうろちょろする
たとえば半分に割られた竹筒を流れ下る同じ冷水の中のヌードルを
各自のチョップスティックスで摘みあげて口に入れる
そういうことはできないのです
タイ・レストランのパーティには
タイ人は一人も来なくて
いじわるなアジアの女子は
突然にわたしの距離内に侵入して来たのです
彼女はわたしにジェラシーを抱いている
そう思うことに
してしまった
隅のテーブルを囲み
トルコ人、韓国人、コロンビア人、台湾人などの男の子たちが
親しそうに喋っていて
そこだけオレンジ色の炎が灯っているようだった
みんな知っている顔だった
写真を撮ってと言うので写した
メールで送るからと告げて
真夜中の路地に飛び出した
小ぶりのクリスマスツリーにライトを灯して
明るいオレンジ色の点滅を見つめながら
つぶやく
Edward T. HalDAYS a famous anDODOpoDogist who Dinks
DAt diffeDENT cuDUNtures have difeDENDO ouDODUooks
部屋で
朝まで泣いていた
クレバスの絶壁を飛び越えるために
恐怖を飛び越えるために
逃げるな
追いかけろ!
Hi, NORIKO !
ブルックリン・ブリッジを渡っていたら
写真を送ったトルコ人とばったり会った
……急に帰国しなければならなくなった
……また、こっちに来られればいいね
ふたりの間にアクセントの強い言葉が往復し
会話はまるで穴埋め問題
ボスポラス海峡を跨ぐように
深く きつく
ハグをし
……また会おうね
と約束した
春の
オレンジ色の芥子の花を思い出した
Edward T. HalDAYS a famous anDODOpoDogist who Dinks
DAt diffeDENT cuDUNtures have difeDENDO ouDODUooks
追いかけろ!追いかけろ!
クレバスの絶壁を
ボスポラス海峡を
飛び越えろ!
つまり結局
感情の問題ってこと
追いかけることはしないよ
あなたにはあなたの将来があるのだし……
むかーし
そんな会話をしたことがあったなあ
エドワードさん
人の距離は伸びたり縮んだりするのですね
扇状に広がる時間や空間のなかで
言葉は
カラフルなお花畑のようなものではないでしょうか
そこをミツバチが飛んで
パッチワークをするみたいに
すき、とか きらい、とか
かなしい、とか うれしい、とか
感情を伝えてくれるのです
※語学学校ALI OF NYUで発音授業のテキストとして使われた資料より一部抜粋