光の疵  溶けた町

 

芦田みゆき

 

 

奇妙な体験をした。

 

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あたしはハーフ判カメラ-OLYMPUS-PEN-を持って、電車に乗り、知らない土地に降り立った。
止むかと思っていた雨は、さらに激しくなり、濡れて黒光りした町は湿気に満ちていた。

あたしと
風景と
フィルムに映し出されるはずの光景

すべては取り乱したかのような雨に打ちつけられ、塗りつぶされ、やがて、溶けていった。
しかも溶けた町は魅惑的な姿で、あたしを手招きするのだ。

おいで、ひとつになろうよ。

あたしは駆け寄り、いったい何が映っているのか、いないのか、暗すぎるのか、明るすぎるのか、ぶれているのか、静止しているのか、何もわからないまま、夢中でシャッターを切った。

 

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カメラは、壊れてしまった。

 

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深夜、あたしは眠れない。
目をつむると、写真が次々と降りてくる。
まだ見ぬ無数の写真が、現れては消え、現れては消える。
シャッターのリズムに合わせて重ねられたり、散ったりを繰り返す平板な写真たち。
失われた界面。
波立つ町。
あたしは、溶けた町に溺れていった。

 

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bench ベンチ

 

こだまは
熱海を過ぎた

モーツァルトの
ピアノ・ソナタ へ長調 K.280を

聴いて

こだまに乗ってる

また
叙情かよ

そう荒井くんは言うだろう

四谷三栄町の
公園の

ベンチが好きだ

だれも
拒否しない

そんなベンチになりたいな
ことばも

 

 

 

farm 農場

 

どうかな
どうなんだろ

わからない
わからないな

この道がどこまでつづくのか

あの山が
どこまでひろがるか

わからない

母がいて
姉がいて

祠のまえで
ひざまずいていた

牡丹の紅い花が咲いていた
笑っていた

農場の農道の
奥に

祠はひらいていた

 

 

 

そういうこともある

 

長尾高弘

 

 

道端のドクダミにカメラを向けていたら、
反対側から声をかけられた。

《うわっ、怒られちゃうのかな。
勝手に撮らないでって》

でも、そういうことではなくて、

「珍しいの? 珍しいの?」

こっちもいい加減おじさんだけど、
こちらが子どもだったときに
すでにおばさんだったようなおばさんだ。

「ええ、八重のドクダミは珍しいですよね。
いつも探しているんですけど、
このあたりでは、ここでしか見ないんですよ」

「そうでしょう、珍しいのよ。
一本だけもらってきて植えたんだけどね、
なんだか増えちゃって。
でも珍しいから切らないでいるのよ」

「本当に珍しいですよね。
このあたりでもドクダミはいっぱい咲いてますけど、
一重のやつばっかりで、
八重はここでしか見ないんですよ」

「そうでしょう、珍しいのよ。
一本だけもらってきて植えたんだけどね、
なんだか増えちゃって。
でも珍しいから切らないでいるのよ」

同じことをきっかり二度ずつ言ったところで、

「どうもありがとうございました」

その場を離れた。
初めて会って、
ほかに話すことなんかないもんな。

《そうか、勝手に生えてきたわけじゃないんだ。
だからよそでは見つからないのかな?》

などと考えた。

おばさんも晩ごはんのときにきっとおじさんに言うだろう。

「あんたはいつもそんなもん刈っちまえって言ってるけど、
今日は珍しいですね、っつって、
写真まで撮ってった人がいるのよ」

来年も八重のドクダミを楽しめるはずだ。

 

 

 

湯葉、固ゆでの

 

薦田愛

 

 

生魚と肉を使わないメニューを求める私の日常は
中落ちもしめ鯖も羊肉もトリッパも愛してやまない
イナゴの佃煮やサザエの壺焼きやシャコは苦手だけれど
だからといってあまり困ることはない
刺身やつくね、ハンバーグや焼鳥が苦手なのは母
二〇一五年六月一日現在齢七十九
体脂肪率十八パーセント体重三十八キロの
母は生ものと肉に加えて鰻も好まない
ただし穴子は好む
その差異を咎められても答えられないのが
好き嫌いというものであるから
そういうものだという手本を身近にもつことは悪くない

連れ立って入る店の候補から
鰻や焼鳥、焼き肉の類いはまっ先に外れる
寿司は穴子やかんぴょうという選択肢により
候補に残らないでもないけれど
予算の点で概ね遠い存在にとどまる
(むしろいわゆる中食という形で
デパ地下で太巻や稲荷寿司を選ぶ母
穴子の押し寿司を母にと選ぶ私
目の前に運ばれてくるのではないそれは
寿司といっても生加減の少ない
別様の食べ物だ)

そんな母だからむろん親子丼は食べないし作らない
わが家ではもっぱら玉子丼だったのだけれど
その玉子丼がどんなものかといえば

母は生が苦手つまり半熟も苦手
私は生も大丈夫むしろ大好きで

半熟のうちに私の分を取り分けると母は
残る半分をさらに火にかけ
心おきなく固ゆでにした卵としんなりした玉ねぎとよく馴染んだ薄揚げを
ご飯に乗せて食べるのが流儀で
そこにつゆはかけないのが好みで
半熟の私のほうに鍋のつゆあらかたが注がれ

そんな母の中性脂肪やコレステロール値が
高いという下げなくてはという
薬には頼りたくないけれどと漢方のお医者を訪ね
卵はあまりよくないのだってとため息
魚を焼いたり煮たりするより楽だから
やっぱり卵に傾くよね
でもよくないのなら、それなら、と素人考え
作りもしないくせに私、思いつきだけはね
ほら昔から工作でも完成度はともかく
アイデアはいいねっていわれてたくらい

それなら、それなら
湯葉はどうかな
卵よりだいぶ値は張るけれど
私たちステーキも鰻も食べないし
量だってほんの少しで足りるもの
最近は近所に豆腐屋さんがなくても
京都の湯葉だって手に入りやすくなったしね
そうだねなんて相づちは打たないのもやっぱり
母の流儀

広小路の松坂屋が神戸で作ってる湯葉を置いてたよ
戦利品を見せる母の笑顔
ごめんねアイデアだけで
買ってきて作ってくれる母食べるだけの私
気がついたら亡くなった父のポジションにおさまりかえって
まかせっきりでごめんね

あたたかくふっくり香る豆の乳の
ゆわり広がる表を覆ってゆくさざなみの
いっしゅんをうつす薄様
重なり合う舌ざわりに遅れてやってくる
何ものにも紛れないしたたかな味わい

玉ねぎと薄揚げの仄甘さに湯葉は似合って
卵のように固ゆでにしなくても食べられる
それでもやはり母の丼はつゆが少なく
私の丼ばかりがつゆだくになる

そんな休日
そんな休日

なぁんて思ってたら

鈴木志郎康さんの奥さんの麻理さんが始められた
「うえはらんど3丁目15番地」に伺った週末
辻和人さんと新宿で別れ際までお喋りしていて
「それじゃ、これから買い物ですか」
「そうなんです。小田急ハルクの地下で野菜がいろいろ買えるので」
また、と手を振ってハルクの地下で和歌山の蕪に香川の菜花
沖縄の南瓜まるごと買いながら
「お弁当も買って帰るからね」とメール
ところが

蕪と南瓜で手いっぱい重たいしかさばるし
食べ物を手にするうち急激にお腹が空いてきた
たぶんこのくらいの時間の流れが自然なんだよ
流通ってどれほどくるしいおあずけの連続なんだろう
「お弁当は無理そうなので、湯葉丼お願い」
「了解! すぐ始めるね」
「お願い」
山手線の家族連れ移動中のふたり部活帰りの高校生にまじり
南瓜に蕪に菜花を提げて湯葉丼へといえわが家へと

ところがところが

あと五分の最寄り駅で着信
「たいへん! 湯葉がない!」
「湯葉と思ってたのは豆腐のパックだった」
「申し訳ないけど今から広小路まで買いに行ける?」

南瓜と蕪と菜花を抱えて空腹抱えて
広小路まで
乗り換えて階段上がってダッシュダッシュ
閉店間際の品切れ場面がちらつく頭をふりふり
「春日通り側の入り口から入ってすぐ右の下り階段下りて右へ
壁側にある 豆乳入りを なければ出汁入りでも」
指令は完璧
品切れの場面は再現されず、
豆乳入りも出汁入りも選べる幸せで空腹を紛らせながら
欲ばって三つ買う
ここまで来たら重いしかさばるから二つも三つも同じこと

そんな休日
そんな休日

 

 

 

定番デビュー

 

辻 和人

 

 

全く月並みな話ですよ
全く人並みな話ですよ
夏と言えば花火大会ですよ
カップルで並んで眺めるのが定番ですよ
でも
仲間とワイワイ行ったことはあっても
カップルで、というのは人生史上例がない
ない、ない、ないなあ、ないんですよ
それが本日、人生史上の例、作っちゃうんですよ
このままだと
月並み人並み定番の輪に入っちゃうっていうんですよ
どうしよう!?

西国分寺の駅を降りて
スーパー抜けてガード潜ってパチンコ屋さんの前を通る
勝手知ったる道
最近、毎週末足を運んでるからね
この少々殺風景な道路を越えると
緑豊かな地域が広がっていてミヤコさんのマンションがある
夏の熱い風に煽られた白い蝶々に導かれるように歩いていると
頭の中もひらひらしてきて
「勝手知ったる」関係まで来た
ってことに今更ながら驚いちゃうよ
とか何とか言ってるうちに着いちゃった
「いらっしゃい。お待ちしてましたよ。」
へーっ

ナデシコの花がぽぅっと浮かんだ、紺の地の衣
きりりとコントラストを作る、黄色の帯
髪には白菊の飾り

「わぁ、すごく似合ってますよ。きれいな浴衣だなあ。」
「ありがとうございます。自分で着るのは自信がなかったので、
美容院で着つけてもらったんですよ。」
おしょうゆ顔のミヤコさんに和装は似合う
ンだろうなあと予想はしていたけど
ホント良く似合ってる
「自分で買ったんですか?」
「いいえ、昔、着物好きの友だちからもらったものなんですけど、
なかなか着る機会がなくて。
実は、浴衣で花火大会行くの、これが初めてなんですよ。」
えーっ、そうだったのー?
責任重大じゃん
ぼくで良かったんですか?
おいおい、変なこと自問するな
「記念に写真撮らせてください。」
前、横、後、アップに全身
7枚も撮らせてもらった、ヤッホー!
「わぁ、良く撮れてますね。ちょっと恥ずかしいけど嬉しいです。」
ぼくも嬉しい
ミヤコさんの初めての浴衣着用花火大会
成功させねばっ

立川駅を降りると
まだ5時前だっていうのにすごい混雑ぶり
あちゃー、ちょっと遅かったかな
歩道橋を降りるのにもひと苦労
「ミヤコさん、大丈夫ですか? もっと早く来れば良かったですね。」
「みんなが楽しみにしている花火大会なんですから当たり前ですよ。
それより、今から昭和記念公園の中に入るのは大変なので、
花火が見られる適当な場所を探しましょうよ。」
ごもっとも
のろのろ進みキョロキョロ探す
おっ、あの辺り
公園からちょっと離れてる、まあ道端なんだけど
視界は開けてるし座り心地は良さそうだしトイレも近くにあるし
「ミヤコさん、あそこどうですか?」
「いいですね。シート出します。」
首尾よく陣取り終了
さて、ビールとつまみ、買ってくるか

ひと息ついて周りを見渡すと
浴衣を自慢げに着て
「彼氏さん」に笑いかけている色とりどりの「彼女さん」たちがいる
落ち着いた色調の浴衣をしっとり着こなした、大人ぁって感じの女性もいるし
ほら、あのコなんか
いかにも付け帯ーって感じの帯を
マンガみたいなキッチュな柄の浴衣につけてケータイ握りしめてるよ
オシャレに甚平着こなしている男性、増えてきたなんだな(ぼくはジーンズだけど)
同性のカップルもいるし
歳の差カップルもいるぞ

パッパパーンッ
始まった

花火が次々にあがる
「わぁ、すごい。よく見えますね。この場所正解ですよ。」
「バッチリですね。それにしても凝った花火が多いなあ。」
シューッとあがってパンッパンッパンッ
3回くらい開く花火やら
真ん中が密で同心円状に薄く大きく広がっていく花火やら
ほわぅん、笑った顔みたいに見える花火やら
面白いアイディアの新作花火がいっぱい
やるねー

花火もすごいけれど
「ウォーッ」「ワァーッ」
周りの歓声もいい感じだ
隣にいる女のコなんか彼氏さんの甚平を掴んで
びゅんびゅん振り回しながら黄色い声張り上げてるよ
ここにはカップルの定番の姿があるんだなあ
そしてぼくたちも今まさに
その一員として行動しているってわけ
叫んだりはしないけどさ
浴衣の似合うミヤコさんの腰に手を回して
ビール片手に微笑み合ったり
40代にして2人して
定番デビューだ
「このソーセージ食べちゃいません?」
「あ、いただきます。」
ケチャップで汚れてしまった指を見てすかさずティッシュを出してくれる
ミヤコさん、こういうことにすぐ気づく人なんだ

昔はどっちかっていうと花火大会なんかバカにしてたんだよね
夏の一番暑い時に人の集まるところでベタベタしちゃって、なんて
確かに確かに
カップルで集まる場所にはそういうトコ、あるのさ
花火大会とかクリスマスイヴとか
儀式みたいに一律な定番の作法ってのがあるのさ
でもでも
俯瞰してみるとそうかもしれないけど
一人一人は結構個性的だぜ
ぼくたちがまさにそうじゃないか
「うわぁ、あのしだれ柳みたいな花火、好きですねえ。
開いてからあんなに長く空中に残るんですねえ。」
うんうん
ぼくとしてはミヤコさんの横顔も目に焼きつけとかなきゃ、だ
初々しい定番デビューの横顔
ビールでちょっと赤くなってるその頬に
隣ではしゃぐハタチくらいの女のコに負けない初々しい気持ちが
しだれ柳を模した光線のように強く、長々と、しなやかに
刻まれているんだ

フィナーレの派手な打上げの後
これで終わります、のアナウンス
ゴミを袋に収めてシートを畳んで
「楽しかったですね。さ、行きましょうか。」
腰をあげて大量の移動の列に加わる
のろのろしか進まないけど
なあに、急ぐことはない
ぼくとミヤコさんの人生史上初の例、無事終了
月並みな話は
月並みじゃなかった
人並みな話は
人並みじゃなかった
これから中央線に乗って少々殺風景な道路を越えて緑豊かな地域に入って
勝手知ったるミヤコさんの部屋で
今日見た花火のことをゆっくりゆっくり話し合おうか

 

 

 

浸透する目薬が起こす、ほんの数秒の発明

 

爽生ハム

 

 

安い画集は色ではなく影を
美しく見せるはずなんです

私は興奮し酸っぱくなった
唾を飲むなどの発語を
食事として泥を白紙に
描いてきた
私は長年
墨の飛沫を付着させている
雪がくびれをなぞる
原稿を手にとり少し不思議な
路地に迷う
私が志願して先へ進む
泥が部屋に戦車を連れてくる
そこに立つ動物を意識していた

象徴的な場所に辿りつきそう

忘れられた小屋の中
酢のきいた食事をとり
睡眠を選択し消化したい

いつも
一冊の書物に薬が挟まる
いつまでも
二冊目の書物を植物が塞ぐ
ああ
酢のきいた食事をとりたい
雪がくびれをなぞる

 

 

 

uniform 制服

 

やらなきゃ
やらなきゃね

やらなきゃ
やられちゃうでしょ

号令の
あとにね

ひく
わけでしょ

引鉄を
ひくわけでしょ

バリバリと

おんなも
こどもも

としよりも

敵を

バリバリと
バリバリと

バリバリと
やるわけでしょ

バリバリと殺す

 

 

 

終生休日のわたしの日常ってそんなとこ、そんなとこ。

 

鈴木志郎康

 

 

五月六日の今日。
テレビのニュースが連休、連休と流すから、
あたしって、つまり、
連休って言えば、
年中連休なんだって思ってしまった。
学校にも勤めに行かないってこと。
とすると、
赤ちゃんも年中連休ってことかな。
赤ちゃんもあたしも一人では何処にも行けない。
食べて寝て、
うんこして小便して、
赤ちゃんは泣くけど、あたしは泣かない。
最近は麻理がよく笑うから、
あたしも笑う。
「なんで、そんなことがわからないの、
ほんと、バカ詩人ね、
アハハ、アハハ。」
「アハハ、アハハ、アハハ。」
麻理にバカ詩人ねって言われると、
嬉しくなって、笑ちゃう。
変だね。

五月十五日の今日。
「うえはらんど」に来た
須永紀子さんと懇談していて、
「もう八十歳だから」
と言ったら、
「若い!」と言われてしまった。
須永さんのお父さんは
九十歳で
丈夫で元気に過ごしているという。
須永さんの励ましに応えて、
せめて、
日本人男女合わせての平均寿命の
八十五歳までは生きたい。

五月十七日の今日。
野々歩一家が
ケーキを買って来て、
来合わせた麻理の友人たちと、
ハッピーバースデーの歌を歌って、
2日早く誕生日を祝ってくれた。
歌声の中心にパジャマ姿で座っているわたしに
瞬時、
その声が体に沁みてくるのだった。
この日、
麻理が
自分の難病と向き合うために、
ガレージを改造して、
地域の人の交流の場として、
この三月三日にオープンした
「うえはらんど3丁目15番地」
の来訪者は、
この二ヶ月余りで
219名に
達したのだった。

とうとう、その日の今日、
わたしの誕生日の
五月十九日になった。
iMacの前に座って、
SNSに投稿する、
「遂に80歳になった。シロウヤスさんご感想は如何ですか。ウーン、相変わらずの終生休日の日常が続くわけだから、めちゃくちゃが許されると勝手に思い、はちゃめちゃな詩を書き続けるってことですかね。」
すると
知り合いの人や、
見知らぬWeb友だちから
「お誕生日おめでとうございます」が次々に寄せられて、
わたしは、
「ありがとうございます」を返しまくる。
Web上のメッセージの交換、
ここにわたしの八十歳があるってことだね。
そして、
薦田愛さん井上弥那子さん樋口恵美子さん清水千明さんから
花のアレンジメントが贈られて来た。
左手に杖を、右手で手摺に掴まりながら
階段を降りて
大きなダンボール箱の宅急便を受け取った。
嬉しいやら、
面映ゆいやらの
そんなとこ、そんなとこ。

五月二十日の今日。
朝、朝日新聞を広げると、
一面に
「改憲へ 祖父の背中を追う」(注1)という見出し。
そして、安倍晋三首相は何年か前に、
「昔、おじいちゃんが安保闘争のとき、デモ隊にあんなに囲まれていたのによくやったよなあ。多分いまの支持率だったらゼロ%だろう。やっぱりすごいよな」
と、つぶやいたと印刷されていて、
さらに
「安倍は官房副長官だったとき、かつて岸がいた旧首相官邸の窓から外の景色を眺めながらつぶやいた。秘書官だった井上義行(52)=現参議院議員=の忘れられない光景だ。
岸の悲願は、憲法改正で『真の独立日本』を完成させること。云々」
と印刷されていた。
これを読んで、
そうかあ、
わたしの八十歳台は、
日本が生まれ変わる時代になるのか、
と思った。
ページを返すと、
「『満州国』岸元首相の原点
――産業開発進め 国家統制を主導」(注1)
とあり、
「国務院が完成したのは1936年。同じ年、やりての商工官僚だった39歳の岸は、関東軍の熱烈な要請を受けて満州に赴任した。岸の持論である『国家が産業を管理する』という国家統制論に、関東軍は新国家建設を託したのだ。岸は産業部次長と総務庁次長を兼務し、総務長官に次ぐ、満州国政府の事実上のナンバー2となった」(注1)
と印刷されていた。
1936年といえば
わたしが生まれた翌年だ。
それから戦中戦後を経た二十一年後、
1957年に
岸信介は日本の首相に就任したのだ。
わああ、あわわ、
安倍晋三首相のおじいちゃんって、
そんなすげー人で、
「岸の悲願は、憲法改正で『真の独立日本』を完成させること。」
なんだよな。
あわわ。
安倍晋三首相は
そのおじいちゃんの
憲法改正の悲願の達成に邁進してるってわけだ。
あわわ、あわわ、うんぐっく、
それで日本の歴史が変わっちまう。
日本は軍隊を持つ国家に変わって行くのかいな。
あわわ、あわわ、あわわ、
あわわ、あわわ、
明治の初めには江戸郊外の亀戸村で
農民だった
わたしの
お祖父ちゃんって、
段取り、段取りってのが
口癖で、
皆んなに
段取り爺さんって
言われてたけど、
どんな悲願を持っていたのやら。

わたしの誕生日から二日後の
五月二十一日の今日。
明け方、
目が覚めたら、
稲妻が光って、
雷鳴が轟いた。
雷様は久し振りだった。
早起きして、
花を贈ってくれた人に、
お礼のハガキを書いて、
終生休日の
一日が始まった。
そうしていると、
「蚊取り線香を穴に入れようかしら、
どうお」
と麻理。
「ええっ、どこの穴」
「決まってるじゃないの、
入り口の穴よ。うえはらんどの。」
「ああ、溝のことだろ」
「そうよ、決まってるじゃないの。
想像力がないバカ詩人ね。
アハハ、アハハ」
「アハハ、アハハ、アハハ」
わたしたち夫婦は
そんなとこ、そんなとこ。
歴史は変わるが、
わたしの日常は
そんなとこ、そんなとこ。

 

 

(注1)朝日新聞2015年5月20日朝刊

 「安倍晋三首相のもう一人のおじいちゃんの
   佐藤栄作元首相はノーベル平和賞を受賞してるのになあ。」
 この二行は長尾高弘さんの指摘により適切ではないと考えられるため作者の指示により削除しました。