今朝も
スープをつくった
オクラとジャガイモと
豆腐とワカメと
干し椎茸をいれて
鰹だしで
塩をひと摘み
いれた
それから
胡麻油をたらした
灰汁を掬い夢想する
澄んで
ゆく
夢は
そのまま金色の河だ
流れていった
死の岸まで流れていった
今朝も
スープをつくった
オクラとジャガイモと
豆腐とワカメと
干し椎茸をいれて
鰹だしで
塩をひと摘み
いれた
それから
胡麻油をたらした
灰汁を掬い夢想する
澄んで
ゆく
夢は
そのまま金色の河だ
流れていった
死の岸まで流れていった
どう
むかえるのか
そのヒトを
どう迎えたらよいのか
誰も
いない
仏間なのか
にぎやかな客間なのか
そもそも
そのヒトは誰か
血縁は
あるのか
友人の友人なのか
蝉の声を
聴いた
ない
夏を抱いた
団地を過ぎて淋しい盆踊りをみた
と言った
違和を
おぼえる
もともと
民話で
あり
口承の
説話であったろう
メルヘンに違和を覚える
ディズニーに違和を覚える
見てはならない
ものが
隠されている
恐ろしい
ねずみが
二足歩行して笑っている
ニコニコ
ニコニコ
モコはその事を知らない
すでに
あったろう
空はすでに
あっただろう
ヒトや
メダカや
朝顔の生まれるまえに
空はあったろう
空色の
朝顔の花も
午後にはすっかり萎れてしまいます
このところ毎日
夕方に水を撒いています
そういった
そのヒトの生まれるまえにも
砲弾を
撃ち込む男も
死んでゆく
あの子供たちも
ヒトかい
母は泣き叫ぶだろう
父は
死ぬ覚悟で銃をとるだろう
ヒトなのかい
彼らもヒトなのかい
無言の
ない言葉を語れよ
静かな
ない言葉を語れよ
死者たちに語れよ
死者たちに語れよ
ことばのつぶだちについて考えている
炊き立てのお米のようなつぶだち・・・・
炊飯器のふたをあけて覗き込んでみる
米のつぶが 湯気のなかに立っている
よく見るとひとつぶひとつぶ形が違い
それらの接触が「味」を生むのだろう
こころのなかで 砂粒がふぶいている
わたしは紅い砂丘を ただよっている
目が痛い 砂粒が睫毛に絡まってくる
そんなときこそ 目を強くひらくのだ
何が見えるか見えるものが見えるのだ
炊き立てのお米のようなつぶだち・・・・
わたしは それらを網膜に焼きつけて
机上のPCの画面に 記録をしていく
ことばのつぶだちについて考えている
炊き立てのお米のようなつぶだち・・・・
炊飯器のふたをあけて覗き込んでみる
米のつぶが 湯気のなかに立っている
よく見るとひとつぶひとつぶ形が違い
それらの接触が「味」を生むのだろう
それらの接触はわたしの米の研ぎ方だ
そのときにわたしは 左側の腕を使う
炊き立てのお米のようなつぶだち・・・・
わたしは それらを網膜に焼きつけて
机上のPCの画面に 記録をしていく
ことばのつぶだちについて考えている
炊き立てのお米のようなつぶだち・・・・
わたしは砂塵になど吹飛ばされないぞ
充血した目でことばのつぶだちを愛す
今朝も
ブロック塀の写真をみた
広瀬さんの
ブロック塀だ
鈴木志郎康さんは
「ブロック塀」性の発見といった
大衆が積み上げてきた
ものなのだと
いった
興味や
関心だけで
30年
ブロック塀を
撮りつづけられるか
そこにアガペはある
午後には
居間の
床に寝て
ソファーに眠る
モコを見ていました
昨日は
ぼたるさんの墓参りで
墓石に
ビールをかけ
青空の下
乾杯しました
煙草を線香にしました
墓石のむこうの田圃の水面を
つがいのハクセキレイが横切るのをみました
庭のアジサイの青い花が、
夕暮れの闇に見えなくなって行き、
窓のガラスにわたし自身の姿が浮き出てきたので、
「この男は」と思ったとき、
はあ、そういえば、今日の昼間、
いきなりの
富士山だったね、
それも、
北斎版画の富士山の前で
大口を開けた着物の男が
襷がけで、
充電式草刈り幾で草を刈っている。
「ニッポンの草刈り。」
MAKITA
ってテレビのCM。
集団自衛権の行使が承認されたからって、
ニッポンの首狩りはゴメンですよ。
なんてね。思ったね。
昨日の昼間は、わたしは番号が印字された紙を手に、
慶應義塾大学病院の泌尿器科の待合室で診察の順番を待って、
車椅子に座って、
掲示されてる番号の順番を気にして待っている人たちを眺めていた。
一時間余り、平和な時間。
ラフなスタイルは編集者かな、ネクタイは会社部長かな、
あの頭髪は係長かな、眼鏡は教員かな、鞄は営業マンかな、
わたし同様に夫婦連れできている人もいて、
どういう人たちか分からない、年取ってる、結構若い、
勿論、わたしもその待っている数十人の男たちの一人だった。
わたしは飴嘗めたりして、採血の数値の結果を待っていました。
今日は、スーパーMARUSHOに買い物に行ったのね。
わたしは麦わら帽子を被り電動車椅子に乗って麻理は歩いて、
上原中学校の前から井の頭通りに出て、横切るとき、
電動車椅子だと信号の点滅がすっごく気になるんだ。
代々木上原駅の高架下からコンビニの角を曲がって、
麻理の一押しでMARUSHOの店内に乗り入れた。
野菜スープに入れる洗い牛蒡一九八円とかカボチャ二〇三円とか、
温野菜サラダのキャベツ一九八円とかセロリー一五八円とかの野菜や、
カレーに入れる若鶏モモ肉二九六円や、
明治ブラックチョコ六〇六円や、
わたしの好きなカンロキャラメルサレ2袋三五八円などなど30品目、
八二九七円の買い物をして
とても持ち切れないので配達して貰っちゃったのさ。
MARUSHOは三〇〇〇円以上買うと無料で配達してくれるんですね。
スーパーの狭い商品棚の間のつるつる床を、
棚にぶつからずに電動車椅子を操ってすいすいと進む。
電動車椅子の運転がうまくなったもんだね。
麻理は袋入り宮坂吾作割れせんが気に入っている。
そうそう、
カンロキャラメルサレっていう塩入の飴は、
思わぬ人が犯人の刑事ドラマを見るのにぴったりなんだ。
そちらの棚に電動車椅子を進めると、
パンツ女のお尻がちょうど車椅子の目高でね、
左、右、左右プリップリッと目の前を通り過ぎて行く、
やっぱりちょっと目移りしちゃうよね。
スーパーMARUSHOで買って来たものはね。
朝、昼、晩、一週間余りの朝昼晩の食事で食べちゃうんですよ。
今日も、朝食の支度はだいたい六時に起きて、
わたしが足腰のリハビリのためにってやってるんですね。
毎朝、温野菜サラダと決まってる。
キャベツとニンジンとセロリとアスパラとタマネギとリンゴを蒸して、
トマトとバナナと麻理が食べるヨーグルト一匙を二つの皿に盛りつけるのね。
それにキューピーの深煎りごま入りドレッシングをかけての、
温野菜のサラダってことです。
蒸したキャベツもニンジンも甘くて美味しいよ。
それからガスレンジで8枚切りの食パン1枚を焼いて、
バターを塗って薄く切ったハムを乗せて洋辛子をつける。
麻理はパンを食べたり食べなかったり。
飲み物はピュア・ダージリン2バッグにハニイ・ヴァニラ・カモミール1バッグを、
沸騰するポットに入れた紅茶をマグカップに注ぎ、
そこへ成分無調整・とちぎの牛乳と蜂蜜を入れるんです。
これを杖を突かずに両手で持って広間のテーブルまで運ぶのが、
足がふらふらするから、躓いて、取り落としたら大惨事と、
気を遣ってそろそろそろっと歩くんですね。
今日は、朝食の後は、朝日と日経の朝刊を読んでから、
風呂場で素っ裸になって麻理に髪の毛を切って貰ったんですよ。
「後ろの毛、このくらい切ったけど、どうお」
「麻理がいいと思ったらそれでいいよ」
「駄目よ、自分の感じを言ってよ」
と麻理はわたしの頭を優しくぐいっと押すのだ。
わたしはうつむく。
頭がぐいっと押されるからうつむく、
その時の感じ、優しく押されているのだが、
反抗心の極々小さな芽がぴょこんと出てくる。
頭を押されるって、押さえつけられる姿勢でむかっとくる。
押さえつけられる、押さえつけられる、押さえつけられる、やだなあ。
記憶の底の方に仕舞い込まれているんですね。
髪の毛を切って貰った後、シャワーを浴びて、
風呂場の床のタイルが汚れているのに気がついて、
這い蹲ってたわしでゴシゴシゴシ、
シャシッャーと汚れを水で流しました。
ゴシゴシゴシ、シャシッャー。
今朝も
写真をみた
阿佐ヶ谷の
ブロック塀が写っていた
無意味だと言った
模写の対象だと言った
紙幣だと言った
ブロック塀を
抜けて
朝に
帰れば
テーブルには
昨日のコーヒーカップがあった
意味に満ち溢れた電車で
帰ってきた
満ち溢れていた