あきれて物も言えない 17

 

ピコ・大東洋ミランドラ

 
 


作画 ピコ・大東洋ミランドラ画伯

 
 

Philip Glassの “Dead Things” というピアノ曲を聴いている。

 

もうすぐ朝になるのだろう。
Philip Glassの”Dead Things”というピアノ曲を聴いている。

なんども聴いている。

死んだ物たち、
という曲。

死んだ物たちを思うのは、生きているヒトだろう。
生きているヒトは死んだ物たちを思い、語りかけるだろう。

そこに”橋”がある。

昨日の昼には、
静岡市に開店したHiBARI BOOKS & COFFEEという新刊書店に行き、
おいしいコーヒーを飲んだ。

それからお店の奥で開催されている多々良栄里さんの写真展「文と詩」を見た。

多々良栄里さんの写真にはヒトがいた。
そこにはヒトがいた。

懐かしいヒトたちだった。
懐かしいヒトたちの前で言葉は慎まなければならない。
懐かしいヒトたちは、わたしたちの中にいるヒトたちだろう。
わたしたちの肉体の、血となり、肉となり骨となったヒトたちだろう。

多々良栄里さんの写真には懐かしいヒトたちがいた。
その懐かしいヒトたちはこちらを無言で見つめていた。

 

昨日の朝日新聞の朝刊一面に「処理水 海洋放出へ調整」と見出しがあった。 *
副題に「関係閣僚会議で月内にも決定」とあった。

福島第一原発で溶け落ちた核燃料を冷やした汚染水を多核種除去装置(ALPS)で処理した処理済み汚染水が福島第一原発の敷地内のタンクにすでに120万トン溜まっていて2022年には満杯になるのだという。
その汚染水をもう一度、多核種除去装置(ALPS)で処理し、トリチウム以外の放射性物質の濃度を法令の基準値以下まで下げ、トリチウムは海水で薄めて海洋に放出するのだという。

安倍総理の政策を継承すると宣言した菅新総理は政策をスピーディに決定するのだというが、
新総理の「福島第一原発 汚染水処理」政策のスピーディを世界は認めないだろう。

わたしたちは経済優先で進められた世界の近代化の行き止まりにきているいるように思える。

この秋にわたしは新幹線で福島を通り故郷に帰省してきた。
わたしたちの肉体の、血となり、肉となり、骨となったヒトたちや物たちが、叫び声をあげているのが聴こえる。
わたしたちの世界は人間だけのものではなく、たくさんの動物や植物、微生物の生きる世界なのだったはずだ。
たくさんの動物や植物、微生物や死んだ物たち死んだヒトたちでわたしたちの身体は日々に生成されているはずだ。

核廃棄物の問題もコロナの問題も温暖化の問題も、人間を原因とした問題なのだ。
経済優先でスピーディに決定される新政策は人間だけでなく世界の動物や植物、微生物にも影響を与えるだろう。
それらがやがて全て、われわれ自身の生存に帰結するのだろう。

“Dead Things”というピアノ曲を聴いている。
懐かしいヒトたちの声を、いま、もう一度、耳を澄まして聴く時間を持ちたい。

この世界にとって取り返しのつかない事がこの日本から起こりつつあるように思える。呆れてものも言えないが、言わないわけにはいかない。

 

* 2020年10月17日 朝日新聞 朝刊

 

作画解説 さとう三千魚

 

 

 

また旅だより 26 番外編

 

尾仲浩二

 
 

あいかわらずどこへもいけない。
家で昔の日記を編集して本にしているので、そこから2004年の10月分を。

 

10月3日 雨
山の上ホテルに親族を集め結婚披露の食事会。そういえば森山さんの還暦祝いのパーティーを数年前のこの時期にここでやったのだ。

10月4日 雨
カラー暗室の途中で丹野さんより電話。カメラ付き携帯電話が欲しいとのことでヨドバシへ。僕と同機種を買ってもらい使い方の説明を三越デパート地下四階のファミリーレストラン「ランドマーク 」 で。迷路のような店内を抜け、隠し階段を降りると新宿のど真中に現れる別世界。

10月6日
こどじで森山さんと遭遇し、かえるで朝までカラオケ 。

10月8日 台風
朝までカラオケの所為か昨日より咽痛く、ついに発熱。台風のなか病院へ 。

10月10日 曇り
昨日の予定だった幼稚園の運動会の撮影が台風で今日に順延。まだ風邪具合はよくないので終わって早々に帰宅してすぐに蒲団へ。

10月13日 曇り
アサヒカメラの暗室紹介ページの取材で鳥原学さん来宅。これまで紹介されたのはどれも立派な暗室ばかりで、僕の極狭手作り暗室がどう紹介されるのか楽しみ。機材も自慢できるようなものはなにもないし、小道具も主婦のアイデア的なものばかり。あまりに狭くてカメラマンは撮影アングルに苦労していたようだ。

10月15日 晴れ
PGで吉永聡子展。風邪も治ったようなので調子を試しにゴールデン街。 もう大丈夫。

10月16日 曇り
昼からこどじを撮影。

10月17日 快晴
写真学校の撮影授業で早稲田から都電に乗り三ノ輪まで。鬼子母神の御会式には花園神社とは違う見せ物小屋が出ていた。庚申塚でファイト餃子。夕方に三ノ輪橋集合。荒木さんの生家跡を見てもんじゃ焼き。

10月21日 晴れ
デイズフォトギャラリーでモノクロプリントのワークショップ。新宿通りで広瀬くんと遭遇し、最近お気に入りの三越地下食堂でカツカレー。プレイスMでトリヤ展 。

10月22日 晴れ
ペンタックスのサービスセンターでMZ・Mを点検してもらう。このカメラは東京、上海、ラトビアとかなりの本数を撮っていても一度も故障していない。今度のスペインにも同行予定。ヨドバシでモノクロ印画紙80枚。

10月23日
モノクロ暗室。こどじ展示用。

10月25日 晴れ
三越地下食堂でラトビアの写真を担当の楠本さんに見せる。最近はここに人を連れて行くのが楽しみになっている。

10月27日
モノクロ暗室。橋本くん宅へ仔猫を譲り受けに。由布子さんがぐみと命名。母猫はロシアンブルーだけど、ぐみは黒いまだら模様。ちいさいけど元気はすこぶるいい。連れ帰ってすぐにきちんとトイレをしてくれたのでひと安心。

10月31日
図書館の帰りに猫ジャラシを買う。おとなしいと思っていたぐみは、とんでもないおてんばだった。噛むわ引っ掻くわ飛び回るわで、カーテンはボロボロ。 そして叱ってもケロッとしている。

 

 

 

「空っぽ」をどんどん読んじゃえ

鈴木志郎康詩集『どんどん詩を書いちゃえで詩を書いた』について

 

辻 和人

 
 

 

2013年に4年ぶりに『ペチャブル詩人』を出した後、2015年に『どんどん詩を書いちゃえで詩を書いた』、2017年に『化石詩人は御免だぜ、でも言葉は。』、2019年に『とがりんぼう、ウフフっちゃ。』(以上、書肆山田刊行)と矢継ぎ早に詩集を発表する。長編の詩が多く、驚くべきバイタリティだ。『ペチャブル詩人』で「空っぽの持続」という時間についての概念を押し出し、生産性に潰されない言葉の在り方を探求した志郎康さんだが、この詩集ではその「空っぽ」を詩の言葉で「どんどん」綴っている。言わば「空っぽ」そのものを言葉で実現させている。「空っぽ」は空疎ということではなく、詩人の脳髄が動いたその時間その時間に応じた多様な意味の生成そのものだ。言葉がある意味を結晶させた途端に、もう脳髄は次の動きに向かい、意味は形を変えてそのままの姿ではいられなくなる。だから言葉はいつでも「空っぽ」なのだ。「空っぽ」は、脳髄を動かして生きている状態そのものであり、「空っぽ」に於ける意識の律動をそのまま言葉に置き換えるような書き方なのだ。
この詩集で話題として取り上げられるのは、作者の身辺で起こった様々な出来事である。それを散文と見紛うばかりの即物性を以て、精確に描き出している。「空っぽ」が、その概念についての考察でなく、日常実践として、詩の言葉によって行為されている。言葉遣いはこんなふうにラフそのものだ。
 

空0遠くなった。
空0遠くなっちゃったんですね。
空0道で人がこちらに向かって、
空0歩いて来て擦れちがったというのに、
空0その人が遠くにいるっていう、
空0一枚のガラスに隔てられているっていう、
空0水族館の水槽の中を見ているように、
空0遠くなっちゃったんですね。
空0「遠くなった、道を行く人たちが遠くなった、あっ、はあー」より
 

足が悪くなって電動車椅子で移動するしかなくなった時の感慨を書いた詩である。擦れちがう人が距離的には近いのに遠く感じられる。
 

空0視座が低くなって、
空0大人の腰の辺りの、
空0幼い子供の目線で、
空0電動車椅子を運転してると、
空0立って歩いているときなら、
空0目につかない人たちの姿が見えてしまう。
空0けれどもそれが遠いんだなあ。
 

何とも切ない想い。道をスタスタ歩ける人と車椅子を移動の手段として使わざるを得ない人の立場の違いが、「近いけど遠い」という感覚として打ち出される。この後、歯科医院に行くために商店街を通る行為が詳細に描写されるが、見慣れた街がよそよそしく感じられる瞬間瞬間が生々しく言葉に残されていて思わず息を飲む。しかし、それと引き換えに「近く」なった存在もある。
 

空0ところが、
空0だけどもだ、
空0ねえ、
空0一緒に暮らしてる麻理
空0という存在は、
空0ぐーんと近くなった。
空0今日も、
空0あん饅と肉饅が一つずつ入った
空0二つの皿を、
空0はい、こっちがあなたのぶんよ、
空0とみかんが光るテーブルに置いた
空0麻理はぐーんと近くなった。
 

奥さんである麻理さんとの「近さ」を示す、あん饅と肉饅が入った皿。商店街の「遠さ」と見事な対比をなし、人の温かさにほろっとさせられる。

「『ペチャブル詩人』が「丸山豊記念現代詩賞」を受賞しちゃってね。」はタイトル通り、詩集『ペチャブル詩人』が第23回丸山豊記念現代詩賞を受賞した際の詩。何と26ページにも及ぶ長詩である。事務局の人から連絡を受け喜んだが、さて、丸山豊の詩を読んだことがない。以下に延々と展開されるのは、amazonから取り寄せた丸山豊の詩集の感想である。もちろん、ただ感想が淡々と綴られるのではない。その時々の思考のアクションが表情豊かに表現されていくのだ。
 

空白空白空白空白0海の花火の散ったあと
空白空白空白空白0若いオレルアンの妹は口笛を吹いて 僕の睡りをさまします
空白空白空白空白0夜明けを畏れる僕とでも思ふのかね

空0モダンな格好いい言葉だ。
空0年譜を見ると、
空0処女詩集を出す一年前に、
空0文学を志す早稲田の高等学院の学生だった丸山少年は、
空0東京から九州に戻って、
空0医師の父親の跡を継ぐべく九州医学専門学校に入学している。
空0ここに丸山豊の詩人にして医者の人生が始まったのだ。
空0軍国主義にまっしぐらって時代だ。
 

志郎康さんは丸山豊の詩や文章を引用し、年譜を読みながら、丸山豊の人となりに想いを馳せる。エッセイのようなストレートな散文調だが、思考が動く一刻一刻が、句点や読点によって脳髄の呼吸として表されているように見える。丸山豊が軍医としてビルマに赴き、戦争の悲惨さをまざまざと体験したことが綴られ、

五十歳の詩集『愛についてのデッサン』の二編、
 

空白空白空白空白0  *
空白空白空白空白0ビルマの
空白空白空白空白0青いサソリがいる
空白空白空白空白0この塩からい胸を
空白空白空白空白0久留米市諏訪野町二二八〇番地の
空白空白空白空白0物干竿でかわかす
空白空白空白空白0日曜大工
空白空白空白空白0雲のジャンク
空白空白空白空白0突然にくしゃみがおそうとき
空白空白空白空白0シュロの木をたたく

空白空白空白空白0  *
空白空白空白空白0雪に
空白空白空白空白0捨てられたスリッパは
空白空白空白空白0狼ではない
空白空白空白空白0はるかな愛の行商
空白空白空白空白0あの旅行者ののどをねらわない
空白空白空白空白0じぶんの重さで雪に立ち
空白空白空白空白0とにかくスリッパは忍耐する
空白空白空白空白0とにかくスリッパは叫ばない
空白空白空白空白0羽根のある小さな結晶
空白空白空白空白0無数の白い死はふりつみ

空0ここに書かれた「久留米市諏訪野町二二八〇」を
空0Googleで検索する。
空0と、画面の地図の上を近寄って近寄ると、
空0「医療法人社団豊泉会」が出てきた。
空0更に、それを検索する。
空0「医療法人社団豊泉会丸山病院」のHPにヒットした。
空0「人間大切 私たちの理念です」とあって、
空0「『人間大切』は初代理事長丸山豊が残した言葉です。」とあった。
空0そして更に「詩人丸山豊」のページに移動すると
「丸山 豊『校歌会歌等作詞集』」のページに行き着いた。
空0地元の幼稚園から小学校中学校高校の校歌、そして大学の校歌、
空0それから病院や久留米医師会の歌などを合わせて六十九の歌詞を
空0丸山豊は作っているのだ。
空0驚いた。すごいな。
空0丸山豊は戦後、医者として、詩を書く人間として、
空0地元に生きた人だ。
空0生半可じゃないねえ。
 

この詩の長さの理由はこの大胆な引用の仕方とディティールの描出にある。ネットで検索し該当のWEBサイトに辿り着いたなどということまで詳細に記述されている。普通の詩人であれば省いてしまうところだ。詩の中に他の作品を取り込み、抒情からかけ離れた、詩では普通書かないような些末な事実まで記述する。丸山豊という詩人の人間像に迫る行程をできるだけ省かないで書く、言わば「ハイブリッド詩」なのである。そうすることで、丸山豊に近づいていく作者本人の姿が鮮明になっていく。「生半可じゃないねえ」といった呟きの挿入も効果的だ。
 

空0さあて、いよいよ第三十五回丸山豊記念現代詩賞の
空0贈呈式だ。
空0市長の挨拶があるのは、
空0副賞の百万円は市民税から出ていると言うから当然だ。
空0選考委員の高橋順子さんと清水哲男さんに
空0さんざん褒められて、嬉しくなったところで、
空0丸山豊記念現代詩賞実行委員会会長の久留米大学教授遠山潤氏から、
空0電動車椅子に座ったまま賞状と副賞の目録を贈呈された。
空0そのあと予算審議した市議会副議長の祝辞があって、
空0「ドキドキヒヤヒヤで詩を書き映画を作ってきた。」
空0っていう70年代風のタイトルでわたしは講演したのだった。
空0丸山豊とは違って自己中に生きていたわたしは
空0他人にはいつもドキドキヒヤヒヤだったってことですね。
 

丸山豊記念現代詩賞の授賞式に参加したことも詳細に書き、副賞の百万円が税金から出ていることなども落とさず書く。その上で、地域とともに生きた丸山豊と「自己中」に生きてきた自分を対比させ、それによって詩の発話者としての「わたし」の姿を明確に浮かび上がらせる。この詩は丸山豊についての詩ではなく、「丸山豊とわたしとその周辺」を包括的に描いた詩なのである。

不自由になっていく身体と折り合いをつけながら堅実に暮らしてきた志郎康さんだが、ここにきて人生を揺るがす程の大きな事件が起こる。妻の麻理さんが突如難病に冒されてしまったのだ。「大転機に、ササッサー、っと飛躍する麻理は素敵で可愛い。」はその大事件をテーマにした詩である。
 

空0ササッサー、っと風が吹く。
空0時折、庭が翳って朝顔の蔓が風に揺れる。
空0雲が動いているんですね。
空0陽射しも弱まって来たように感じます。
空0麻理は難病の進行を畏れて、この九月、
空0勤めていた二つの大学の非常勤講師の職を辞めたんですね。
空0四月の新学期には想像すらしなかった進行する難病の発症。
空0わたしと一緒に暮らしてきた麻理の人生の大転換ですよ。
 

深刻な事態をテーマにしているにも関わらず、書き出しは「ササッサー」とごく軽い。世間話のように季節や天候を話題にしている。これが志郎康さんの詩の「空っぽ」の力であり、詩の言葉を特定の意味に束縛させず、自由に浮遊させるための工夫である。深刻な事件が起こったとしても、私たちは日常生活を営まないわけにはいかないし、自然も独自の原理で動いている。テーマが深刻だからこそ、まずはそうした世界の多様な在りようをしっかり印象づけておくわけである。そしてこの「ササッサー」を足掛かりに麻理との出会いから現在までを軽やかに描いていく。
 

空040年前、わたしを年寄りの美術評論家と間違えて尋ねて来た麻理は可愛かった。
空0少女の油絵を描く麻理は可愛かった。
空0団地の窓枠の外で逆立ちする麻理は可愛かった。
空0黙ってソファで寄り添って過ごした麻理は可愛かった。
空0その麻理が草多を育てながら日本語教師の資格を取って飛躍した。
空0そして日本語教師になって韓国人や中国人に気持ちを入れ込む麻理は可愛かった。
空0だが、大学を出てない者の扱いに対して、野々歩を育てながら、
空0ササッサー、っと青山学院大学の夜間部に飛躍した麻理。
空0そして更に語学教育は言葉の遊びに原点があるとして知って、
空0ササッサー、っと遊びについての修士論文を書いてしまった飛躍。
 

その麻理さんが坂道で転び、病院へ行くことになる。
 

空0二日で退院した麻理は、ササッサー、っと筋肉が弱って来たと判断。
空0素速く体操クラブに入会してリハビリに励む。
空0ところが身体のバランスが取れない。
空0整形外科医の示唆もあって、
空0大学病院に入院しての一週間の検査を受けたら、
空0それが進行する難病、オリーブ橋小脳萎縮症のせいだったんですね。
空0そうと分かって、麻理はまたもやササッサー、っと飛躍する。
空0側で見ていて、その勢いが素晴らしい。
空0大学の授業が続けられるか、
空0授業の場面を想像して迷いを経巡った後に決断。
空0ササッサー、っと二つの大学に辞表を出して、
空0「今迄、学生にかけていたエネルギーを『まるで未知の世界』や、
空0『最後まで地域で皆で一緒に楽しく暮らす会』の活動にかけることにします」って、
空0FaceBook上に宣言したってわけ。
空0今の麻理の、その行く先を「まるで未知の世界」と捉えて、
空0共同して楽しく暮らそうというのが、
空0「最後まで地域で皆で一緒に楽しく暮らす会」なんですね。
 

オリーブ橋小脳萎縮症は原因不明で、身体が徐々に動かなくなっていって寝たきりの状態になってしまう、治療法が見つかっていない難病なのだ。だからここに書かれている事態は深刻極まりないものなのだ。しかし、合いの手のように入る「ササッサー」のおかげで、発病後にも前向きな麻理さんの力強さ、明るさ、そして可愛らしさが深く印象づけられる。麻理さんは決断が早く、「広間に溜まった学生の資料やら何やらを、/思い出に引っ掛かりながらもどんどん捨ててる。/ササッサー、っと捨ててる麻理。」という感じで、それを見た志郎康さんは「わたしも堆積した詩集をどうにかせにゃならんことなりました」と降参気味に呟く始末。光り輝くパワフルな姿を眩しく見つめる作者の心持ちが、刻々と伝わってくる。ひとしきり事情を説明した後に、新聞で接した、世界最大級の恐竜化石の発見のニュースのことに触れて「地球の1億年の時間はササッサー、っと経ってしまたんでしょうね」と感想を漏らし、次のように締める。
 

空0麻理さん、一億年じゃなくても、
空0わたしより長生きしてね。
空0麻理に習って、
空0わたしも部屋の片付けをササッサー、っとやっちまおう。
空0麻理がちょっと出かけて家を空けただけで寂しくなるのに、
空0本当にいなくなってまったら、
空0わたしはその寂しさを耐えられるだろうか。
空0ところで、現在の個人の今を詩にするってどういうこと?
空0「ああ、そうですか」ってことなんでしょうね。
 

最愛の麻理さんがいなくなるというたまらなく辛い想像をした後、突如こうしたことを「詩にする」ことへの問いにつなげる。それに対する答えは「『ああ、そうですか』ってことなんでしょうね」という身も蓋もないもの。ドラマで言えば盛り上がったところを突然落とすわけで、これは一体どういうことであろう? 私は、ここで志郎康さん独特の「空っぽ」の原理が働いていると考える。愛妻の発病というテーマを、俗流のやり方でいけば悲劇の線で重く歌いあげるところ(つまり特定の意味合いに塗り固めてしまうところ)を、そうはさせず「ササッサー」という掛け声でもって軽やかさと明るさを感じさせる展開をさせ、更に天気について述べた冒頭と同じく、ドラマとは直接には無関係な、詩作という作者の現実に触れる。愛妻の難病発病という重い事態に対し、作者の内面告白という形を取らず、その事態を巡る現実の総体を「ササッサー」と見せようとしているのだ。天気・妻の発病・新聞の報道・自分の詩作という、通常では連関の薄い事象を、作者が関わったという一点で包含し、言葉の世界を作り上げている。

「この衆議院選挙投票体験のことを詩に書いちゃおっと、ケッ」は、こうしたハイブリッド方式の書き方を全面的に打ち出した詩である。何しろ書き出しがこうである。
 

空0衆議院選投票体験を詩に書いちゃおうと思ったが、
空0どうも、そうじゃなく、
空0空0最初、書いてやろう、
空0と書き始めたのが、
空0やろうがちゃおうになっちゃたんですね。
空0選挙のことを詩に書くなんて、
空0そう簡単には手に着かないんもんですね。
 

「書いてやろう」という気分だったのが「書いちゃおう」とより砕けた気分になった、ということから話が始まる。政治が意識に上る時、人は誰でも公正とは何か、正義とは何かを考える。それは当たり前のことだが、選挙ともなると、票の行方が当選に影響することから、勝ち負けということが意識されてくる。つまり、仮に票を入れた候補者が敗れたとしても、自分が政治的見解に「すぐれた」正義派でいるつもりになるし、ヒロイックな気分にもなる。
「書いちゃおう」は、そうした俗流のヒロイズムを相対化する宣言と言える。
この詩に書かれている選挙は、2014年のいわゆるアベノミクス解散後の選挙のことで、安倍晋三率いる自民党が圧勝した。
 

空0今は、
空0もう月半ばも過ぎて、
空0衆議院選挙の結果も決まって、
空0自公与党の三分の二以上の大勝で、
空0憲法改正の道が開かれちゃった。
空0総理大臣の安部晋三は選挙運動中、
空0「景気回復、この道しかない。」
空0と連呼してたが、大勝と決まった途端に、
空0憲法改正を口にしたね。
空0安部晋三の野望、
空0日本の歴史の流れを変えようという野望、
空0何よりも国家を優先する国家にするという野望、
空0それが、
空0この道しかない道、だったんですよ。
 

憲法改正に反対の考を持つ志郎康さんは憤る。が、その憤りをヒロイックに歌い上げることはせず、投票の際の逡巡を細かく具体性を以て綴っていく。
 

空0ウーン、何とも
空0怒りが湧いてくる。
空0小選挙区の候補者の誰にもわたしは会ったことがないんだ。
空0東京都第七区の四人の候補者にわたしは会いに行くべきだったのか。
空0それをしないで、新聞に掲載された写真と活字で、
空0自民党公認は駄目だ。
空0次世代の党公認も駄目だ。
空0共産党の候補者の反自民の主張はいいけど、
空0死票になっちまうから駄目だ。
空0残るは民主党公認のながつま昭だ。
空0彼は三度の食事に何を食べているのか、
空0酒飲みなのか、
空0兄弟はいるのか、
空0詩を読むなんてことがあるのか、
空0怒りっぽいのか、
空0優しいのか、
空0なーんにも知らない。
空0で、他にいないから
空0このオッサンに決めて、
空0薄緑色の投票用紙に「ながつま昭」と書いた。
空0わたしは渋谷区で長妻昭に投票した41893人の一人になったというわけ。
空0ながつまさん、頼みますよ。
空0比例区は
空0反自民の共産党にしようかな、と思ったけど、
空0昔、「赤旗」が
空0わたしの「プアプア詩」を貶したのを思い出して、
空0まあ、結局、主張が空っぽの民主党を白い投票用紙に書いてしまったというわけですね。
 

政治をテーマにした詩で、ここまでディティールに拘った作品は見たことがない。このディティールこそがこの詩の生命線なのだと言える。政治家も一人の人間であり、人間性がその活動に反映されることは多々あるだろう。しかし、選挙においては有権者は人間性について詳しく知らされないまま投票せざるを得ない。目にするのは選挙用のプロフィールと投票者向けの作り笑顔だけだ。与党も野党も変わりはない。志郎康さんはそうした選挙のシステムに対抗するために、自分の投票のプロセスを具体性を以て書く。何と、共産党と書こうと思ったけが昔新聞で詩を貶されたことがあるからやめた、といった個人的な恨みまで書いてしまう。
この詩は「真っ白に曇ったガラス窓が頭から離れない。/真っ白に曇って、/見慣れた庭が見えなかったガラス窓。」の3行で終わるが、この「窓ガラス」は2連目に出てきた「窓ガラス」を反芻したものである。遡って、2連目を引用してみよう。
 

空0ガラス窓が、
空0真っ白に、
空0曇った。
空0十二月初旬の朝のことだ。
空0あの窓ガラスが、
空0頭から離れない。
空0真っ白に曇って、
空0見慣れた庭が見えない。
 

整理しておくと、この詩の現時点は、選挙が終わって「衆議院当選者全員の顔写真」が新聞に載った「十二月十六日」後のことである。志郎康さんが真っ白に曇ったガラス窓を見たのは選挙直前の朝のことだ。「見慣れた庭」がガラスの曇りで見えない、というのは、戦後それなりに維持されてきた日本の民主主義が自明でなくなるかもしれないという想いの暗喩的表現であろう。このやるせない想いがタイトルの「書いちゃおっと、ケッ」にも反映されている。ヒロイズムを廃し、政治的敗者の側にいる庶民としての苛立ちを素直に表明したのだ。

かくもぎっしり言葉が詰め込まれた詩がなぜ「空っぽ」なのかと言えば、詩の空間が言葉を特定の意味に束縛することをしないからだ。詩の空間に入ってくる言葉は、入ってきた瞬間にその場に即した意味を放ち、放ったかと思うとたちまち出て行ってしまって、次の言葉と入れ替わる。次の言葉は前の言葉が放った意味を受けるが、その拡充に固執せずに、思い思いの方角を向いて独自の意味を放ち、また出ていく。絶えず多様な意味が生成し、立ち止まることがない。作者が関わった現実の総体が、ヴィヴィッドな動きの描写とともに読者に「どんどん」受け渡されることとなる。結果として、詩は、言葉が通行する一種の「空き箱」のような状態になっている。この通行ぶりを味わうことが、この詩集を読む醍醐味なのではないだろうか。私はここに、意味の独裁制に対抗する、言葉の民主主義のようなものが実現されているように思えるのである。

 

 

 

夢素描 06

 

西島一洋

 

飛ぶ(飛ぶ方法)

 
 

トントントンと走って、トトントンのト、で、すうーっと垂直に天空に。簡単だ。でもこのタイミングが微妙に難しい。

いったん、この状態になれば、あとは結構自在だ。フワフワとして若干降下し始めた時は、地上の細い細かい尖端を見つけて、そこをツンと軽く蹴れば、さらにグーンと高くにいくことができる。

時に、崖っぷちのようなところに降り立って、悩んでいても、それそこに、とんがった尖端が、あるではないか。そうそう、そこを蹴れば良いのだよ。またまた、ツーンと高くに、すぐに行っちゃう。ピョーン、ピョーン、ピョーン、というよりも、トンスーッ、トンスーッ、トンスーッ、という感じ。

景色はかなり悲惨だ。街は全て崩れている。人の声も聞こえるが叫び声でも、呻き声でもない。ひそひそと話している。その、ひそひその声は、倍音の二乗の繰り返しで豪倍音になっている。その割には、静謐感もある。

その辺りを、ヒョイ、ヒョイ、とすり抜けて、やっぱり天空へ。ああ、天空は良いな。何も無くって。だが、漂うことはできない。あるところまでくると、急に失速し、というより落下し始める。落下する時間感覚は、ここまで上昇してきた時間感覚よりはるかに早い。ビューとさらに加速度的に落下し始めるのだ。

でも、安心、どっかに突起物があるだろう。そこに、ツンとやればまたピューンだ。

まだ他にも色々な飛び方がある。たくさんたくさんあるので迷ってしまうが、今回はもう一つだけ書いておこう。

屋根、何故か黒瓦。二階の物干し台からポンと降りればこの黒瓦屋根、だから、一階の屋根なのだ。面積は身体感覚からいえば若干広い。頂点つまりうだつのところまで上がり、滑り台では無いけれど、道路、ここが結構具体的なのだが、飯田街道に向けてスルスルというか、ヒヨヒヨというか、つまり、若干瓦より数ミリ程度浮いた状態で街道に向けて滑り落ちるのだ。

瓦屋根の先端の縁からヒュイと街道に落ちるのだが、ダメかというすれすれで、ビュイと宙空に身体が放り出されるのだ。これが飛ぶ瞬間だ。この時は結構長く飛べる。というか、いったん飛び始めるとあとは自在だ。

でも、そんなにそこから遠くへ行くことは無い。周辺をヒョロヒョロと飛び回っているだけだ。でもそれが逆にリアリティが生じてしまうのだ。薄暗いが、妙に輪郭がくっきりしているのだ。石っころも、うどん屋のコールタールの塗ってあるトタン壁も、曙町子供会開催のお知らせのための自転車の後ろに乗っている少女の呼び鈴も、銭湯の壁で鳴いている蝉も、理科室のアルコールランプの匂いも、川名神社の石垣にいた小さな草亀も、広路小学校の近くでアイロンで火災になって避難した山崎川のほとりとか、
 ‥とここまで書いて中断した。そして数日がたった。文頭から読み直し、若干推敲したが、読めば読むほど、元のが良いかと思われて悩んでしまう。

で、一応なる推敲作業を終えて続きを書こう。

なんといっても、やっぱり草むらだ。草むらの中ではなく、風景としての草むらだ。牛蛙が鳴いている。草むらの奥は川だ。ただここに突起物はないので、バサバサというかフワッというかボテチョというか、草むらのさらに草むらの凝集している若干固いところに着地するというか、まあ若干包まれるという感じか。でもそこでは寝れない。不安定ということもあるが、風が強い。この風に乗ればきっと飛べる。待とう。良い風が吹くまで。

草むらの風景はなぜだか暗い。蔓がある。牛蛙のこえ。自転車。遠くに光が見える。あそこはきっとエレベーターだ。あそこのに行けば、違う階に行ける。もう飛ばなくとも良い。あのエレベーターに乗ろう。

さて、今回は、意図的に中断する。次にいつ書くか不明だが、今月23日が締め切りなので、それまでには追筆すると思う。今日は、2020年9月4日。‥。

追記、エレベーターは、次回か次々回回しとしよう。

追筆、まずは、先端つっかけビューンの飛び方の方法の伝授をしよう。

飛び方はとても簡単だ。まず落ちる。飛ぼうと思ってはいけない。初心者は高いところからではなく、上記のように、一階建ての屋根ぐらいが丁度良い。飛ぶのに失敗しても、一階の屋根から飛び降りても若者だったら平気だ。(僕は夢では無く実際に子供の頃は一階の屋根から飛び降りていた。もちろん僕だけで無く、他の子供もビョンビョンとびおりていた。2メートル強3メートル弱くらいはあったと思う。)臆することはない。地面すれすれでビユイーンというかフワッと宙にうかび、そのままスイーッと飛ぶことができるのだ。

もうひとつ勇気のいる方法がある。高いところ、ビルの屋上とか高い崖の上とか、そこから飛び降りるには極めて勇気がいる。飛べるとは思っていても、不安はある。飛び降りてそのまま落下ということも否めない。やはりこの時は自分を信じる力だ。きっと飛べるというより、飛べないわけがないという感じかな。でも、心理的に恐怖はあるのだ。それなのに、ふっと宙空に。あら飛べた。やっぱり飛べた。飛ぶのはとても簡単なのだが、そこまでの心の揺らぎがあることは事実だ。

さらなる飛び方、色々あるが、きりがないのでとりあえず今回は筆を折る。

そう言えば、ここ最近、というか、長らく、おそらく20年ほど、飛んでないなあ。

 

 

 

あきれて物も言えない 16

 

ピコ・大東洋ミランドラ

 
 


作画 ピコ・大東洋ミランドラ画伯

 
 

工藤冬里の ” L’Autre Cap ” を聴いている

 

もう朝なのかな。
西の山が青緑に空に浮かんでいる。

夜中に目覚めて、工藤冬里(Maher Shalal Hash Baz)の”L’Autre Cap”というCDを聴いていた。

“L’Autre Cap”

“その他の岬”ということなのかな。

このCDには工藤冬里がマヘル・シャラル・ハシュ・バズとしてアメリカのオリンピアのキャルヴィン・ジョンソン主宰のKレコーズのスタジオで2007年に録音した27曲が入っている。

“Suspended Season” “Portland Town” “Kamakura” “How Long Will You Forget Me?” “Misaki” “Eve, Mary, And Juliett” ” Moving Without Ark “などなど、
生々しく滴る生命の音がある。

その”Misaki”からは、中原中也の北の海が見えるのだろう。
北の海には灰色の浪ばかりが見えるだろう。

“Suspended Season”は”吊り下げられ延期された季節”とでもいうのだろうか?
2,000年以降の現在まで続く新自由主義グローバリズムが浸透しきった世界に生きるわたしたちの生に反響する叫びをこの曲は持っているだろう。

吊り下げられて人々は生きている。
そう、思える現在です。
そう思える現在が20年も続いていると思えます。

10月からは「GO TO トラベル」の東京発着が許可されるということです。
それは希望となるでしょうか?
われわれはわれわれの地獄に薄皮を掛けて見えないようにすることを希望と認めるでしょうか?
かつて「保育園落ちた、日本死ね!」という主婦の言葉がありました。
その言葉をブログに書き込んだ主婦もまたこの薄皮に覆われた世界を生きていることでしょう。

2020年9月16日に、菅内閣が発足しました。
秋田県南部出身の誠実な方だそうです。
安倍政権の政策を「継承」される方だそうです。
菅内閣発足直後の支持率が65%だそうです。

「行政改革」も「デジタル」もおそらくは日本を覆うための薄皮でありましょう。

 

もう朝になりました。
西の山が青緑に青空に浮かんでいます。
西の山は幻影のように青空に大きく浮かんでいます。

いまは、工藤冬里の “How Long Will You Forget Me?” という曲を聴いています。
あなたはどれくらいまでわたしを忘れているの?
工藤冬里の歌う声は痛切です。
それは幻影でしょうか?

あきれて物も言えません。

 

作画解説 さとう三千魚

 

Maher Shalal Hash Baz / L’autre Cap (2CD)
https://www.reconquista.biz/SHOP/EPCD0034.html

 

 

 

また旅だより 25

 

尾仲浩二

 
 

大阪での打ち合わせが終わって京都へ行った。
観光客がまばらな四条河原町。
普段は泊まれないちょっといいホテルも投げ売りしている。
なので連泊してパソコンで仕事をすることにした。
日中に散歩してみたけど暑すぎて危険。
食事は隣のスーパーの惣菜。
ほとんどホテルにて京都にいる感はほとんどない。
四泊した最後の夜にひとり鴨川の河原で飲んだ。
いい風が吹いていた。この夏の思い出。

2020年8月27日 京都にて

 

 

 

 

長田典子さんの『ニューヨーク・ディグ・ダグ』(思潮社)を読んだ

 

サトミ セキ

 

 

空0「ディグ・ダグ」とは、掘り起こす、研究する、ガリ勉する、皮肉・・の意味のディグとその過去形ダグ、なんだそうだ。
空0しかし、意味の前にこの語感! この詩集全編に満ち溢れるリズムを、タイトルが身にまとっている。
空0口語やオノマトペ、笑い声が詩篇のあちこちから立ち上る。50歳を過ぎてからの2年間のニューヨーク語学留学生活の、日本の閉塞的な状況を弾けて飛び出る生命感。
空0読みながらこちらに鋭く突き刺さってくる特別な感覚を抱くのは、たぶんベルリンと日本を往復した十年間の私の記憶と通底するもの、全く違う部分が、重ね合わせて生々しく蘇るからだろう。

 

●マッチョNYのやわらかな可塑性

空0日本と異なる海外滞在生活だから、心が解放されたと考える読者がいるかもしれない。だが、歴史が堆積したヨーロッパでなく、因習的な人間関係を重視するアジアでもなく、伝統と因習から解放されたニューヨーク生活だからこそ、この詩集は生まれた。
空0「わたし」の行き先は、地球上で、ニューヨークしかありえなかったと思う(例えば、私が長年行き来したベルリンは、価値観の多様性と同時に歴史と人間の闇に触れざるを得ない街で、ベルリンで知り合ったアート関係の日本女性の四人全員が婦人科系のガンを患った。これは偶然ではない。街の個性は心身の隅々まで浸透する)。
空0危ない方の道を歩け/ マッチョな人生だ/ 獰猛な獣になる
空0この詩集の中では、詩編のあちこちに強く激しい言葉が散りばめられている。日本で安定した道を選び、他人の目に監視された狭いムラ社会で受動的に生きてきた過去を粉砕するような、新しく生まれつつある自分を鼓舞するような。
空0ニューヨークはどんな価値観でもなんでもありの街、連続殺人犯が同じ地下鉄に乗って逃亡中で皆が銃を携帯している街だが、「やわらかい場所」なのだ。可能性というより、どんな人間にも変わることができる可塑性の街。
空0横幅があって強そうな(←笑ってしまった)自由の女神を見た後、地下鉄の中で「わたし」は地下鉄の中で、ぼんやりとやわらかくなったペニスを思い出す(「柔らかい場所」)。「思い出す」のだが、実はこれは過去の情事ではないらしいのだ。未知の出来事と既に体験したこと、過去の時間と未来の時間が詩の世界の中で融解して一緒くたになっている。
空0マッチョに飛び立つのだ/マッチョに
と連呼した後
空0生まれたばかりの赤ん坊のような/やわらかい時間が脈うっている
空0これは面白い。マッチョであることが、やわらかいものを招くのだ。いや、やわらかい場所であるからこそマッチョになれるのか。
出国したのは/受け身ではなく/慈しもうと思ったから/能動的に/この場所にいる
空0能動的でありながら、相手を自分自身を慈しむ。それは、まだ知らないエロティックな世界だ。
空0差し出された手の甲に 口づけをし/指先のいっぽんいっぽんを/順番に舐めていく そんな/まだ知らない/れんあいかんけい、のような/わたしの/場所がある(「柔らかい場所」)
空0これから開いていく自分の新しい生き方は、生命に基づいたやわらかな世界であり、エロスに直結したものなのだと「わたし」は直感している。

 

●人と街の距離について

空0この詩集では、人や異文化との葛藤が大きな主題の一つになっている。
空0例えばクラスの中で一番発音がひどい、と開口一番パーティーでクラスメイトに言われて、「わたし」は飛び出して部屋で明け方まで泣く(「言葉はボスポラス海峡を越えて」)。しかしロンドンの夏目漱石とは真逆で、予告なしに他人が自分の領域に侵入してきても、「わたし」は神経衰弱などにはならない。
空0飛び越えろ!/絶望のクレバスを
空0と自分を鼓舞し、
空0人の距離は伸びたり縮んだりするのですね/扇状に広がる時間や空間の狭間で/言葉は/カラフルなお花畑のようなものではないでしょうか

空0「わたし」は異文化の人々との距離感の取り方を、痛みと同時に唯一無二の個人的な実感とともに学んでいく。

空0自分の部屋、それもバスタブの中を外出中、顔も知らない工事の男が一週間も歩き回る。自分がもっとも清潔に保ちたいと思っている場所に、文字通り土足で毎日続けて踏み込まれ、油まみれの黒い足跡で蹂躙される。衛生観念や価値観の違いを言葉で説明したものの、価値観が全く通じ合わないことへショックを覚える(「クライスラー・バスタブ・クライスラー」)。
空0黒い靴跡は/オレンジ色に燃えるあしうらになって/わたしのからだの中を這い上がりました/ぼんぼりでした/ぼんぼりの灯でした(中略)
空0あなたは 正しいです/わたしは 正しいです

空0一角獣の角のように先端が空を突きさすクライスラービルを朝の窓から見る。アメリカの人たちは押しが強くて獰猛なのだ。あなたもわたしも等しく正しい。「わたし」は一角獣のような「獰猛な獣」になろうと決意し、黒い靴跡を無視して踏みつけて過ごし始める。ここでも、「獰猛な獣」になろうと決意する前に、これから出会う男とこのバスタブに浸かっておさなごのように触れ合う姿を想う。柔らかい時間、柔らかい場所が、カルチャーギャップを越えていくエネルギーを呼ぶのだ。

空0異国で親しくなった韓国女性ソヒョンとの齟齬と別れを描く「花狂い 花鎮め」では、言葉で感情を伝えて怒る、泣く。いつも「わたし」は全力だ。全力で語りかけるのに分かり合えないが、決してへこたれない。苦い記憶を噛み締めながら、「わたし」は人は幾つになっても変われるのではないかしら、と過去を振り返りながら、ソヒョンに語りかける。
空0他者との距離の一つ一つの痛みを伴う体験が、詩の言葉を介して読むこちら側に飛び込んでくる。まるで自分自身に起こった出来事のように。

 

●3.11を地球の裏側でオンタイムで見ていること

空0この詩集の中で最も印象的な一篇は、「ズーム・アウト、ズーム・イン、そしてチェリー味のコカ・コーラ」だろう。
空0ぐうたら(繰り返される「ぐうたら」の語感と、画面の中で進行している悲劇とのギャップ! )している日々の中、オンタイムでテレビやPCの中に突然日本の大災害の光景が現れる。
空0異国の画面で見るニホンのリアルタイムの3.11(私は2001年9月11日にベルリンにいた。海の外だからこそ、日本では報道されていないことを知り、日本では見えないことが見えることはある)。
空0画面でオンタイムで見る刻々と惨劇が画面の中で進んでいくトーホク。まるで映画のCGのようで、「リアリティってなんだ! 」と画面の外で「わたし」は繰り返し叫ぶ。
空0画像に釘付けになって一晩中涙を流し、目覚めて街を歩けば値下げされた服が目に入って買ってしまい友達に自慢し、いつもと変わらぬ生活を続けると思えば、語学学校では授業中に一時間原子力事故について語り続けてしまう。嘘くさい、そらぞらしい、と一方で自嘲する。
空0トーホク・日本と心理的に遠い距離・近い距離ごちゃ混ぜのまま刻々と変化し蠢く内面が、語学学校で書いた英文を交え、25ページのボリュームで綴られる。読者は3.11を自分がどんな風に体験したかも振り返りつつ、混沌を包み隠さず活写する全てを晒す率直さ、言葉の力に圧倒されるだろう。

 

●「愛」ってなんだ?

空0ところでこの詩集を一読した時に、疑問形で残ったのが、所々に散りばめられている「愛」とはなんなのだろう、ということだった。

空0手堅い仕事はそこで終わりにして/わたしは異国で暮らし始めた/永遠に遂げられなかった愛を成就させるために(「Take a Walk on the Wild Side」)
空0青空の奥底/彼方から/ア・イ・シ・テ・イ・ル/という声が/ かすかに 聞こえた(中略)/あなたを/わたしを/アイシテイル(「ア・イ・シ・テ・イ・ル」)

空0海外生活の中で新しい視点を得て振りかえってしまうのは、見ないように蓋をしてきた過去の記憶だったりもする。連続殺人犯が逃走中のニューヨークの地下鉄で、「わたし」は父親の暴力を思い出し、ダムの水底に沈んだ自分の生家、父親から受けた暴力の数々が蘇る。(「闇が傷になって眼を開く」)
空0しかし、ストレートに描写しているのに、悲惨さや悲しみや怒りよりも、すべてをオープンに白日の元に晒した清々しさはなんだろう。
空0ケンカしてから、仲直りすることなくそのまま韓国に戻ってしまったソヒョン、老人施設でぼんやりと時を過ごしている父親に対しても、過去や相手を許すのではない、ありのままを認めている。
空0「愛」とはきっと、存在価値がないと思っていた自分、家族に暴力を振るっていた父親、土足でこちらを蹂躙してくる他人…自分と他者の存在を全部肯定することなのだろうと読み終わって思う。
空0世界と他者の存在を肯定できたら、何も怖くはない。だから、最後の詩「Elephant in the room-象くんと一緒に」では、(脳に髄膜腫があり何がいつ起こるかわかりませんから)一人にはならないでください」と医師に言われても、「わたし」は全然動じない。
空0とうとう詩の時間は死後の未来の時間まで伸びていく。自分の脳に知らぬ間にできたゴルフボールより大きい髄膜腫を、英単語がなかなか覚えられない現在の語学学校生活を交えてコミカルに伝えつつ、幽霊になった未来の「わたし」がフラメンコ・ポーズを決め、この詩集は締めくくられる。

空0ほらほら、これが、あのゴルフボールです/イェイ、イェィ、イェイ、ヘイ!/
(幽霊になったわたしは片手を挙げてフラメンコダンサーの決めポーズ!)/
オーレ! (Elephant in the room-象くんと一緒に)

空0壮絶な父親の暴力を描いても、命に関わる病について語っても、言葉は暗い闇の底には沈まない。「わたし」はとどまるところを知らずに、新たに「愛」を得たやわらかい生命力でぶった切ってゆく。
空0私が惹かれるのは詩全篇から溢れる生命力だ。苦いカルチャーギャップも、画像の中にオンタイムで映し出される遠くて近いトーホクの映像も、自分の過去も現在も未来も、飲み込み噛み砕いて踊ってしまうのだ。

空0『ニューヨーク・ディグ・ダグ』は忘れがたい一冊となった。

 

 

 

夢素描 05

 

西島一洋

 

飛び転死

 
 

今回は飛ぶ夢について書こうと思っていた。最近は飛ぶ夢をあまり見ない。もしくは見ていても思い出せない。とはいえ、昔たくさん見たので、それらをのんびり思い出しながら書こうと思っていた。もちろん、書けないことはない。

しかし昨日見た夢が、特に鮮明だとか強烈だとかではないけれど、妙に心の奥底に引っかかっていて、やっぱり吐露した方がよいかとおもう。

これは夢ではないのだが、一回りほど年下の友人が、ある時ある集まりの中である出来事を述懐した。というより告白か。十人くらい居合わせたと思う。

子供の頃の体験談である。しかし、この日まで人に言ったことはなく、ずっと苦しんでいた。話したことで癒されるわけでもないが、この話は、もちろん本人にとっては切羽詰まった現実そのものなので、奇異とか面白いという類のことではない。

ただ僕は面白かった。何が面白いかというと、僕にはその情景がくっきりとイメージできたからだった。おそらくは、現実のイメージとは違うのだろうが、そんなことはどうでもよい。

薄暗い。水が流れている。勢いよく。溜まりもある。濁ってはいないが透き通ってはいない。流れてきた。少女だ。小さい少女だ。3歳ぐらいだろうか。最初はゆっくりと、そして、目の前に来た時は異様に早い。手は出せた。だが、怖くて動けない。少女はそのまま流されて、そして、死んだ。

さて、昨日見た夢だが、ここまで書き進んでいるうちに、なんだか、書く必要もないのかなあとも思えてきた。

ただ、どうしても気になるので、書いておこう。おそらく今書かなければ、きっと忘れてしまう。いや、書くことによって忘れてしまうということもあるので、記憶を留めるためには文字化しない方が良いのかなあ。

労働と死という夢であった。

この国では、死も労働として認められており、貨幣経済も認知されている。したがって、死ぬことによって労働の対価が支払われる。死ぬことに宗教とか哲学とか思想とかもちろん芸術とか一切の共同幻想は介在しない。死ぬことの大義名分も無い。

ただ、死ぬのである。なぜか、淀んだ水の中に飛び込んでそれでおしまいなのだ。死への労働志願者は途切れることなくどんどんやってくる。気になるのはその労働への対価は誰に支払われるのだろう。

夢だから情景は、くっきりというかもやもやというか、ただ、あっさりと死んでいく人たち、僕はまだこちら側にいたが、ああそういうもんだなあ、と、特に悲しくもなく、苦しくもなく、罪の意識も無く、ああ、いずれ、こんな感じで死んでいくのかなあという感じか。

でも夢のリアリティから離れてみれば、やっぱり死にたくは無いなあ。

 

 

 

あきれて物も言えない 15

 

ピコ・大東洋ミランドラ

 
 


作画 ピコ・大東洋ミランドラ画伯

 
 

ナガサキアゲハと会った

 

ここのところ猛暑が続いている。

7月の終わりまで長雨が続いていたことが嘘のようだ。
今日の浜松は気温が40°Cを超えたということだ。
日本の最高気温を記録したとTVのニュースで言っていた。

40°Cというのはヒトの体温よりも暑い。
外にでて日射しの下に長くいたら熱中症で死んでしまうだろう。
猛暑というのか酷暑というのか。
こんな夏を灼熱の地獄といったらもっと酷い場所に居られる方々からお叱りを受けるだろうか?
しかし2020年のこの夏のことは、たぶん忘れられないだろうとわたしには思える。

コロナウイルスが蔓延しているにも関わらず世界の指導者たちは経済を優先した政策を取っている。
日本も同様に感染者数が増加しているなかで「Go To トラベル」事業という政策に舵を切った。
アメリカもロシアもブラジルもインドも指導者の政策により灼熱の地獄に向かっている。
日本も政治の無策が続いている。

中国は香港国家安全維持法により地獄への道を選んだ。
中国は国内においても、チベット、香港においても、国家の安全を維持するためというよりも、
共産党独裁体制を維持するための法案を作り人々の生と生活の自由を取り締まろうとするだろう。

ここまでくると国家というものを動かしている指導者たちの動向が日々の中に見えてくる。
国家の政治というものがいかに偏ったものであるかが見えてくる。
その偏りに巣食っている者たちがいるのだろう。

国家という枠組みを考えなおす時ではないだろうか?
国家は本当に人々に利益をもたらしているのか?
むしろ国家はわざわざ世界の人々を分断させていないだろうか?
国家は暴走することをわたしたちは知っている。
国家の指導者たちの暴走をわたしたちは監視する必要があるだろう。

また国家を超えて人々が繋がるようなシステムをわたしたちは構想するべきではないか?

朝、ナガサキアゲハと会った。

女が出掛けるのを犬のモコと見送り、
モコを抱いて、
木蓮と南天と金木犀、あじさいに水をやり、
ヤブタビラコに水をやる。

ふと見上げると金木犀の枝に蔓を這わせて咲いたノウゼンカズラの花に赤い斑点がある黒揚羽が舞い降りてきたのだった。

ナガサキアゲハだった。

ナガサキアゲハが、
ふわふわと舞い降りてきてノウゼンカズラのオレンジ色の花にとまったのだった。
この灼熱の日にナガサキアゲハはノウゼンカズラのオレンジの花にふわふわと舞い降りてきたのだった。

その無垢に眩暈がした。

この灼熱の世界を見て、
この灼熱を引き受けて、
原初がもういちど世界を形成するのを見るようだった。

 

ナガサキアゲハと会った。
ほとんど言葉がありません。

 

作画解説 さとう三千魚

 

 

 

また旅だより 24

 

尾仲浩二

 
 

あいかわらずどこにも行けないでいる。
新宿の街にも人が少ない。
そんな新宿の駅前一等地に新しいカメラ屋ができた。
高級感が漂う中古カメラ売場はきっと彼の地の客を想定して作られたのだろう。
10年ほど前に中古で買ったコンパクトカメラが5倍の値段になっている。
ちょっと嬉しいような気もするが、バブルの時代を思い出してしまう。
カメラ屋の一階には新宿の街の大きなジオラマがあった。
写真をもとに作られたジオラマには撮影した時差があって、例えば新宿駅はまだMY CITYだったりする。
そこには僕がバブル前に新宿で暮らした三畳一間のアパートもあった。
もうずいぶん前に取り壊されたアパートだ。
この店が続いてくれて、時々そのアパートを見にいけるといい。

2020年7月19日 新宿にて