詩2 Dental Man(白い花)

2023©Cloudberry corporation
 

今井義行

 
 

僕の口腔内に踏み込もうとするのは
誰?── それは、Dental Manだ。
ゴムの手袋をして、顔はマスクで覆われ、手には金属の器具を持っている。
「クリーニングは久しぶりですか?」「はい。入退院を繰り返していたので、多分、2年振りくらいです。」
「ブラッシングの習慣は、できていますか?」
「僕は、重い鬱病を患っていて、着替えたり、入浴したり……、はみがきをしたりすることが、うまく、できません。」
「……、そうですか。それでは、お口の中をよく調べて、少しずつクリーニングをして、いきましょう。」
空間の中には、しばしば白い花が咲いている。
Dental Manの年齢は、僕よりもふた周りくらいは歳下、30歳代後半に差し掛かっている、という感じかな。ちょうど働き盛りという感じかな。
この歯科医院はとても広くて、Dental Manは、複数働いている。それぞれのDental Manの周りには、美しい制服を身に着けた若い女性── 歯科衛生士たちが居り、明るく動き回っている。
伝え聞いている……、キャバクラのような場所ではないのか、此処は?あ、いかんいかん。僕のいつもの妄想癖だ。
空間の中には、しばしば白い花が咲いている。
そう、僕は……、歯の治療に訪れたのである。
「はい。口を、大きく、開けて。」
僕は、Dental Manの言う通りに、子どものように口を、大きく、開けた。
「そうそう、そうですよ。ざっと見た感じ、長い間、放置していた割りには、口腔内は、綺麗に保たれています。ポラロイド写真を取りますから個別に確かめていきましょう。はい、ポラ!」
Dental Manは、すぐ傍に待機していた
キャバ嬢……、いや歯科衛生士のお姉さんに言った。
「はい、先生!」
キャバ嬢……、いや、歯科衛生士のお姉さんは、Dental Manに大きなポラロイドカメラを渡した。
Dental Manは、僕の大きく開けた口腔内を、さまざまな角度から歯科医用カメラで撮っていった。そして、出来上がったポラロイド写真数枚を僕に見せてくれた。
「ほら、過去に治療した銀歯のほかには、新しい虫歯はできていませんよ。良かったですね。来週からは、先ず歯垢除去をして、患者さんの口腔内を清潔に保つことから、始めていきましょう。」
「はい、先生。」
Dental Manの見せてくれた、数枚のポラロイド写真。そこには、確かに大きな損傷はなく、歯は、白く、僕の口腔内には、ぬらぬらしたピンク色の粘膜が、広がっているばかりだった。それは、艶めかしく蠕動運動をくり返している、海の生物のようでもあった……。
「先生……。」
「……、どうか、しましたか?」
僕は、その時、(口の中って、随分と、官能的な空間なのですね……。)という言葉を飲み込んだのだった。
「では、来週の予約をお取りしましょうね。」
キャバ嬢……、いや、歯科衛生士のお姉さんが、そう僕に、語りかけた。

 

(2024/03/10 グループホームにて。)

 

 

 

詩1 だれの、をんな、?(One Man, One Woman,)

2023©Cloudberry corporation
 

今井義行

 
 

巴里、辺りで愛されていそうな
をんな、シンディーは。
脚の先まで、綺羅びやか。
24歳。日本人、だって。
振り向いていると、随分と切れ上がった眼(まなこ)をしている。
フロアーで、踊る、踊るよ、
シンディーと、僕が。
あたたかな、腰だ…。きみは、きみは、詩が好きなんだと僕に、言った。
あのね、僕は…、あなたが居ないと、
文章にならないのだ、覚えておいて。
あのね、僕たち、精神疾患者同士だろ?
世の中を確かめながら歩いているだろ?
あのね、智慧を出し合って生きていきましょう、か?
遮られる前に 前のめりになっていきましょう、か?
ふたり、ささえあって、暮らしていきましょう、か?
…………、でも、
でも、だれの、をんな、?
あなた、は。

 

(2024/03/09 グループホームにて。)

 

 

 

また旅だより 67

 

尾仲浩二

 
 

連日暗室で韓国の旅のプリントを作っている。
その間、外は暖かかったり、寒かったり。
大風だろうと、土砂降りだろうと暗室にいるとまったくわからない。
でも来週には桜が咲くらしい。
暗室のラジオがそう言っている。
だったら翌週には桜の下で昼酒だ。
よし今日も暗室に入ろう。

2024年3月14日 東京中野の暗室にて

 

 

 

 

かだん

 

道 ケージ

 
 

かずかずの呵々大笑
かんかん照りのかめかめは
かぴかぴの湖面
かなかなの声
鎌とぐ鍛冶屋わきの
カンナ華麗で

キリン草
きちきちの岩壺
ぎすぎすの二人
きつきつのテント
キズなめキスぎみ
ぎりぎりの稜線

くりくりのぐりぐら
くちなしの花で
くよう、くもなく
ぐだぐだのくやみ
くすくす、くにゃくにゃ
虞美人草もくよくよ

けしの花
けへけへケロケロ
けっしてそんな
ケタケタ、ケラケラ
ゲジゲジが見える
げばげば、ケケケケ

こわごわ恋人占い
コスモスに託す
ことことこんにゃくを煮る人
こでまりの小道
これで終わり?
「こりごり、コストコの胡蝶蘭、送るわ」

 

 

 

とがりんぼう、ウフフっちゃ。

 

南 椌椌

 
 


© kuukuu

 

先週、吉祥寺のはずれ
「ギャラリー ナベサン」で
詩書出版の「書肆山田の本」という
展示会が開かれていた
編集・装幀で素晴らしい本作りをされていた
「書肆山田」の社主・鈴木一民さんの奥様
大泉史世さんが昨年お亡くなりになって以来
新しい詩集の出版をされていなかった

遺された詩集のなかから
一民さんが、どのくらいあったろうか
多くの美本・稀覯本を搬入されて
美しく陳列、即売されていたのだった

僕は一民さんと、飲みながら
詩集だしたいね
という話をなんどかして
けっきょく、できずじまいだった
なんか愚図愚図してしまったのだ

1980年、池袋の詩書店で買った
吉岡実『ポール・クレイの食卓』
小さな赤い函に入ったフランス装の詩集
表紙には片山健さんの鉛筆画が添えられている
大好きなおふたりによる
『ポール・クレイの食卓』
それ以前から、吉岡実さんの詩集は
何冊も愛読してきたが
この一冊はとりわけ大事な本だ

吉岡さんとは渋谷の百軒店の喫茶店で
お会いしたこともあった
詩の話はしたかなあ
舞踏のはなしを沢山したのだった

10日日曜日、展示最終日になって
一民さんが持ってこられた
鈴木志郎康さんの
『とがりんぼう、ウフフっちゃ。』が
書肆山田の本を買う、ラストになった
『とがりんぼう、ウフフっちゃ。』
なんともなんとも 愛らしい
こんなにすばらしくて いいのか!
80歳を過ぎて志郎康さんが
ピカピカの一年生のような
やさしくておちゃめで 
深い詩集を遺された

「浜風文庫」のさとう三千魚さんのことも
なんども出てきます

帰り道の自転車が
ウフフっちゃ、にこにこしてた

 

 

 

Stand By Me

 

有田誠司

 
 

其処にある月が全てを綺麗に照らしていた
満月に近い巨大な月が夜空に浮かび
僕は夜の音に耳を澄ませた

真夜中の深い静寂の中 
不自然な程明瞭な月明かりが
僕に語りかける 

僕は始めて
自然に呼吸する事の出来る場所を見つけた
Stand By Me … Stand By Me

君の記憶をひとつひとつ
呼び起こし断片を繋いだ 
世界が夜に属しても月は輝き 
君は僕の傍に居る 何も怖くない

 

 

 

深夜の練習

 

辻 和人

 
 

むっくり起き出した
夜の一番ふかーいこの時間
マットが微かに震え
震えがだんだん大きくなり
見守り用ベッドで寝てたぼくを睡眠から追い出す
バタッパ、パタババッ
こかずとんが体を反らせて
こかずとんが肩をくねらせて
こかずとんがお尻を突き出して
パタッバッバッバッ
やってるやってる
コミヤミヤが遂に体得した寝返りの術
一度コツを覚えれば後は何てことない
コミヤミヤはころっころっ気持ち良さそうに回転している
焦るよねえ
すぐ横であれやられちゃあ
それからこかずとんは来る日も来る日も
練習練習
でもコミヤミヤより重いこかずとんの体は
ころっとは転がってくれない
バタッパ、パタババッ
思い切り勢いをつけてるけど
肩が十分内側に向いていない
バタッパ、バタッパ
せっかくの力が上に向いちゃって回転に使われないんだな
ウィ、ウィ、ウィエーン
ああ、泣き出しちゃったよ
そんなに悔しいか
このところコミヤミヤもこかずとんも夜まとめて寝るようになっていた
真夜中に目が覚めるなんて余程のことだ
このまま遅れを取ってちゃいけない
ずっと寝返りできなかったらどうしよう
練習しなきゃ、練習しなきゃ
こんなに一生懸命なのに報われない
でもね、こかずとん
これ、大人の世界ではしょっちゅうなんだよ
頑張ったからその分成果が出るかと言えばそんなことはない
残業して作った資料がデータの取り方間違ってるってわかって全部やり直し
こかずとん、君はそういう人生の真実を
ちょっと早い時期から経験してるってわけだね
バタッパッパ、ウィエーン
試練は続く、が
おっと、今のなかなかいいぞ
右肩がちゃんと内側に入ってる、右足も使ってるな
これでもう少しでお尻を浮かすと回れるか
ウィ、ウィ、ウィエーン、ウィ
涙流しながら静かになっていくこかずとん
さすがに疲れたか
寝よう、寝よう
明日もあるし近いうちに絶対成功するよ
こかずとんは眠り
かずとんパパももうすぐ眠り
寝返りころっころっコミヤミヤはぐーぐー熟睡中