広瀬 勉
東京・杉並高円寺南?
今朝も
見た
今朝も
きみを
新丸子の駅に向かうとき
いつも
見て
いたんだ
緑のフェンスに
凭れて
きみは
顔を空に向けていた
ランタナ
ピンクの花
まんなかに
黄色と白の花弁を集めて
そこにいた
そこにいない
昨日
最終電車で
帰った
神田で
乗って
銀座と
中目黒で乗り換えた
モーツァルトの
ピアノソナタを聴いてた
まず
母と
姉を座らせたい
それから
荒井くんや
桑原正彦や
他の友だちも座らせたい
そんな
草の香りの
ベンチがあったらいいな
彼岸までは、すぐ近くに見えるのに
それは、永遠でないことが虚しい。
機雲が、美しい夕空に傷をつけていく。
猫の爪、
女の爪、
それらを想像してしまう貧しい性質。
向こうからは、私は見られている。
私の傷などは、地に溶けて何も描いてはいない。
向こうにいるかもしれない
虚空の果てには、砕けた神の欠片がある。
それは、粒状の、音楽の切れ端にすぎないのかな。
そこから鳴り始めて、何年も前に閉じている。
形象のない、食物のような
それも、ちいさな動物が生き延びるために食する
木の実の中のさらにその中の胚の、
その中の虚空なのだろう。
猫も、女も、私も、
精髄の擦過でもう、欠片でもなくなった
微塵の神様に、祈っている。
煙にすぎないのだろう。
白煙ではない、鈍い航跡は、
混淆の証しだと、うなづいて
白い季節にまで生き延びた
蚊を叩く。