michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

増産される、のは

 

ヒヨコブタ

 
 

ひとが
ひとが怖くなるこんなとき怖くなる
ウイルスへのおそれのほうがわかりやすい

ひとは
ひとは鬼になる
大切なものを守るというたてまえで

幼心にそんな母をみたことがある
わたしは怖かったが母は笑った
その笑顔はほんとうじゃない
本物の笑顔だけください神様

誰かを蹴散らし誰かより上に行き
誰かを嘲りわらうためにいきているのではありません
たぶんほとんどのひとが
そうだと信じています
だからお願い

もう叩きあうのはやめにしませんか
そっとほほえみあいたいのです
抱きあいたいのです
泣きじゃくりあいたいのです

傷を誰しもがもっているなら
優しく手をあてていたいのです神様

 

 

 

ヒの字

 

辻和人

 
 


ヒ、ヒ
ヒ、ヒ、ヒ
ヒの字
こりゃ
手まっすぐ、足まっすぐ
伸ばしたら

だよ
こりゃ
で、確かに
眠ってるみたいだよ
こりゃ

「あのねえ聞いてよ。レドちゃん、死んじゃったのよ。
夕ご飯の時、いつもみたいに食卓の椅子に上って頂戴頂戴するから、
牛肉を小さく切ってやったらおいしそうに食べて、
もうひと切れ、
それもおいしそうに食べて、
もっともっと、
鼻くんくん言わせるからどうしようかと思ってたら、
いきなり、いきなりなのよ、
ばたんと椅子から転げ落ちて、そう、
ヒの字
みたいな姿で床にべたっとしてるから、
あらあらレドちゃん急におねんねしてどうしたのって触れてみたら、
息してないの。
慌ててお医者さんに電話してみたら車で来てくれて、
そしたら心臓マヒで即死ですって。
ほんと、眠ってるようにしか見えないの。
悲しいより何よりただただびっくりしちゃってねえ」

母からの電話を受けたのが帰宅途中の電車の中
ぼくもただただびっくりしちゃって
言葉出ない
涙出ない
出ない出ない
出ないまま

今日土曜日
庭に埋めるためにやってきた
バスタオルを敷いたダンボール箱に収められた、あれは
レドだあ
手足は畳まれてるけど
前足と後足ピンと伸ばしたら
まさにヒの字
ヒの字のレドだあ
かたぁい
つめたぁい
でも苦しそうな感じはない
眠ってるみたいって
ほんとだったんだ
口からひと筋うすーく血が流れてるけど落ちた時の衝撃だろう

「今年に入って急に痩せてきちゃったんでどうしたんだろうと思っていたんだけど、
食欲もあるし甘えてもくるしで、
元気にしてたんだけどねえ。
やっぱりあのケガが基で臓器全体が弱ってきてたんだろうねえ。
預かったのにすまないねえ」
杖ついた父が申し訳なさそうに話す
レドが懐いていた母は辛いからと「お葬式」には出ずにお店に行ってしまった
どっかの誰かさんが外に出たレドのしっぽの部分を力任せに叩いたおかげで
腰の骨が折れてレドはおしっこが一人ではできなくなってしまった
父が体を押さえてペニスを飛び出させ
母が尿道にカテーテルを通して排尿させる
毎朝毎晩、毎朝毎晩
レドは最初はちょっと抵抗したものの
じきに慣れておとなしくおしっこを取らせるようになった
目を細めて舌をぺろりと出したりとか
父母にかわいがってもらえる時間と思っていたのかもしれない
「いいえ、こんなに手厚くしてくれて本当にありがとうございました。
お父さんとお母さんには感謝しかないです」
「そうかい。そう言ってもらえると心が軽くなるねえ。
とにかくレドはピンピンコロリのお手本みたいだったよ。
自分も死ぬ時はああいきたいもんだね」

焼いた牛肉をふぅふぅ
小さくちぎって
鼻の先に差し出す
黒目真ん丸がくるっと動いて
くんくん
ぱくっ
おいしいおいしい
もう一つもう一つ
母の腕に前足かけて黒目真ん丸きゅっとさせて
くんくん、ぱくっ
おいしいおいしい
またまた黒目真ん丸
鼻ひくひく
前足かけて後足もちょっと伸ばして

ヒの字

かたぁいつめたぁいレドが収められた箱の傍には
ホタテ
マグロ
ササミ
の猫缶と
牛乳
お葬式なんだあ
故人の好きなものが並べられてるんだあ
手を合わせる
そろそろ庭に埋めに行きますか

椿の木の下
フキが植わってるここ
日当たりがいい
ここがいい
スコップで穴を掘る
おやおや、根が張り巡らされていてなかなか進まないぞ
すると父が杖を置いて貸してみなさいって
スコップの先でまず周辺の植物の根を切って
掘る、また切ってまた掘る
なーるほど
いろんなものが植わってる庭で穴を掘るってことは
土を掻き出すってことじゃなくて
まず根を切るってことなんだな
すいませんね
庭仕事あんまりしたことなくて
お父さんさすがだね
でも、コツわかったから代わるよ
がしっ、がしっ
根を切って掘る、を繰り返していると
いつのまにかファミがベランダ近くにやってきた
ガラス越しにぼくの作業を見ている
にゅあにゅあ鳴いてるじゃないか
ファミもここ数日レドの姿が見えないことに不安を覚えてるんだろう
ぼくが庭で何やら妙なことをやってることと
相棒がいなくなったってこと
何か関係あるって勘ずいてる
レドとはすごく仲良しってわけじゃなく時々ケンカもしてたファミ
それでもベランダを行ったり来たり
にゅあにゅあ、だ

がしっ、はい、長方形の穴ができました
レドの体を箱から出しました
眠ってるみたいでした
いつものレドの顔でした
いつものレドちゃん
最後の頬ずり
かたぁいつめたぁい
紙に包みました
穴の中に置いて、がしっ、がしっ、土を被せました
すっかり埋め終わって土をスコップでとんとんしました
ホタテ
マグロ
ササミ
牛乳
土の上に撒きました
父と一緒に手を合わせました
黙祷
にゅあにゅあ
良い天気
「この上にフキを植えてやるかな。レドも賑やかな方がいいだろう。
椿の季節になったら赤い花が落ちてきれいだぞ」

帰って母に感謝の言葉を伝えて
さあお風呂
ちょぽーんとお湯に浸かると
ありゃま
浮かび上がってたぞ
ヒの字
おいしいものをひと切れ、もうひと切れ
おいしいおいしい
くんくん
もっともっと
一番いいトコで
ヒの字
前足が横の棒
頭からズッと線が走ってしっぽで曲がって後足が横の棒
食いしん坊のレドらし過ぎる
2008年、ノラ猫クロがくわえてきて
ご近所さんの目を盗んでご飯あげて遊んでやって
猫路地に放り込まれたのを救ってやって
2009年、祐天寺のアパートから伊勢原の実家へ
あれから10年
自分の分を食べ終わってファミの皿に手を出して一喝されシュンとなったレド
成長してファミが遊ばなくなったというのにいつまでも猫じゃらしに飛びついていたレド
マッサージして欲しくなると食卓に飛び乗って背中をしなしなさせていたレド
レド全開のまま

ヒ、ヒ
ヒ、ヒ、ヒ
ヒの字
あーあー、やっぱりくるよなあ
丸い透明な液体があとからあとから
ホタテ
マグロ
ササミ
牛乳
を連れて
湯気の立つヒの字の周りを
ぽたぽたぽたぽた、旋回
レドちゃんレドちゃん
楽しかったね
また遊ぼう

 

 

 

証明写真の背景に寒色が入っている *

 

朝食は

ちりめん干しと大根おろしだった
鱈の粕漬けも

焼いて
食べた

大根おろしには
牡蠣しょうゆを垂らした

そして冬里の

白い
碗で

お茶を飲んだ

フィンランドの
fbフレンドのTepiのwordsに出会った

I refuse to be unhappy ! 🙂

すこし
気持ちを溶かした

それから
車で

街の犬猫病院に行き
モコのサプリメントをもらってきた

モコは
ソファで待っていた

最近モコと
お風呂にはいっていない

お風呂には

ボタニカルの入浴剤をいれてはいる

明かりは
消してはいる

少女みたいだ

たまに
防水スピーカーでパルティータを聴く

Partita no.4 D major BWV 828 II Allemand

ぼくは
ここにいて

遠くを見ている

西の山のうえの空を見ている

きみはいまどこにいるの?

 
 

* 工藤冬里の詩「春」からの引用

 

 

 

 

工藤冬里

 
 

証明写真の背景に寒色が入っている
ふたつの人格がエネルギーを掛け流しにしている
瞬間に倫理はない、という着古した欲望の流れ
寒暖の差額のように綱から踏み外し続ける
血は樹木のように枝分かれして
入れ替わるかもしれない顔を形作る
姓が食い止めているのは何の氾濫か
蒸せ返るような苦々しさの小石が紅い
ハグする正しさの井戸を塞ぎ
掘り返して命名する緊張を学べ
シルエットは人質の解放を夢見させている
落語家か梟か識別出来るほど日は伸びて今はしんとしている
有名な俳優に翻訳されていく夜
猫の理解と比べてみる夜の目
染めた髪と白髪の同根の緊張
毛根に光を当てて
自分を描け流す
なんで猫が退屈しなければならないのか
最も大事なことをなぞるなら樹木は折れる
ヤギの白が一七℃で
政権など何の考慮にも値しない
赤縁メガネにピンクの雲が絡まる
答える必要がないことに答える奏法が無駄
折れて斜めになっても伸びるミモザ
猫の叛乱
原因が分からないので暴れているのだ
コンパクトな室町様式の肖像画の直線に猫の哭き声が被さる
ブルドーザーはニカニカする
銀は寒暖に降り注ぐ
生きている人は死んでおり
死んだ人は死んでいる
コロナの人はコロナを生きており
コロナじゃない人はコロナを生きている
今日という日のいらだちを
通過させるのはETCしか使えないスマートIC
全て発掘して陳列させられる格言の疫病
アメリカの形がシルエットになっている
やましい発音としてのあーたとわたいたち
背景色は黄色が良い
創造界のデザインに見られるヒョウ柄
ヒットエンドラン×2
抗癌剤でニット帽
無緑感で散らされる
日本人かどうか区別するのは
パンシロン色のニット帽
老齢ローレライ
シンプソンズの瞼
椅子は猫にoccupied
編笠の風化と共に
黒鍵は指に昇られてゆく
病気と
金欠
老齢
あたいたちとあーた
安普請
どのICから入るか
ツバメ国道で吃る
闘え!コロナウィルス!
昔は一度言ったことは取り消せなかったが
今は指が滑ってストーリィさえ消える
写真術の進歩などない
梅は落ちた
柿芽は食べる
テカる人間価格
ちんちちゅじょで柿の芽は膨らむ
薄汚れた毛皮の不興
和紙の道はコウゾ
雀の居なくなったworld
我ハトのごと翼ありなば
声はギンとハウる(シェールの”Do you believe in life after love?”みたいに)
石切りのように消えてゆけ
自由になって命を軽くするより
正しくなくてもいいので重くする
大抵のアナウンサーはそうではないが
きっとズボンも履いているに違いない
顔が物語っている
私の闇
レッツゴー役立たずと唄っていたが死んだ

 

 

 

家族の肖像~親子の対話 その45

 

佐々木 眞

 
 

 

お父さん、後ろの反対は前?
そうだね。

お母さん、役に立つって、なに?
人のお手伝いができるってことよ。

お母さん、息がつまるって、なに?
息ができなくなることよ。コウ君つまったの?
つまりませんよ。

お父さん、高校って3年まででしょう?
そうだね。

ちなみには?
ついでに、だよ。

タケナカさん、いなくなってしまいましたよ。
タケナカさんって誰?
「盤上の向日葵」の。

◯はゼロに似てるね?
そうね。

アオイケさん、南浦和でしょう?
そうだよ。

お母さん、ぼくチャーハン食べてから、セイユー行きますお。
わかりました。

お母さん、ぼくは「転校生」好きですお。
そう。お母さんも。

落語って、なに?
面白いお話をすることよ。

図書館行ってえ、藤沢で定期買ってえ、回数券買ってえ、トウキューでお弁当買ってえ、ケーキ買いますお。
分かりました。

洗濯物、乾いた?
乾きましたよ。

205系は、車両が古くなったんですお。
そうなんだ。

こんど相鉄線、埼京線に乗り入れるよ。
そうなんだ。

出ますか?
出ますよ。

ボク、落花生好きですよ。
そう。
落花生、落花生、落花生。

いとしいって、なに?
かわいいことよ。

ウエダさんが「汚れ取りましたよ」といったお。
そうなんだ。

トダエリカ、大人になってからですよ。
なに?
トダエリカ、大人になってからのお話ですよ。
そうか、「スカーレット」の話ね。

コバヤシカオルとタカハシアツコ、なんで離婚したの?
なんでかなあ? それなんのドラマの話?
「幸せになろうよ」だお。

謝るは感謝の謝だよね?
うん、確かに。

よし、血圧測るぞ!
測ってね。

お父さん、正直にいいますお。
そうだよ、正直にね。

ぼく北海道新幹線、好きだよ。
そうなんだ。

お父さん、メイサ、武子とかでしょ?
それってなんの話?
「八重の桜」ですお。

お母さん、「至金沢八景」ってなに?
この道をずーっと行くと、金沢八景へ行きますよということよ。

お父さん、お巡りさんの英語は?
ポリスだよ。
なに?
ポリス、ポリス、ポリス。

いけねえ、駄目よ、のことでしょ?
そうだね

どこで冠水したの、道路?
千葉だよ。コウ君、冠水なんてよく知ってるね?

「コードブルー」、どんなお仕事する人?
ヘリコプターに乗って、怪我とか病気の人を助けるのよ。

ぼく「ルパン3世」おもしろかったよ。
そうなんだ。

お母さん、知恵って、なに?
よく考えたことよ。

カキモトコウゾウさん、亡くなったの?
そうだよ。

ぼくは、独りで南浦和行きますお。
そう。行ってね。

えーとねえ、カミウラさん、立て替えてくれたんだよ。
そうなの。良かったねえ。

ぼく、ガチャピンですお。
こんにちは、ガチャピンさん。お父さんはムックだよ。
こんにちは、ムックさん。
こんにちはガチャピンさん。

高速、お金払うでしょ?
うん、払うよ。

施は、ほどこしでしょ?
そうだね。

きっと、絶対でしょ?
そうだね。

お母さん、体調悪いって、なに?
身体具合が悪いってことよ。コウ君、体調悪いの?
悪くないですお。

さぞ、って、なに?
きっと、よ。

デザイナーって、なに?
いろんなかたちをつくるひとよ。

商売って、なに?
お店のお仕事よ。

エレベーター、物を運ぶとかでしょう?
そうよ。

お母さん、前進って、なに?
前へ進むことよ。

お父さん、脳腫瘍、おできでしょ?
うん、まあそんなもんだね。

カズエちゃん、お母さん元気?
元気だよ。

南浦和、タクちゃんとリョウちゃん、住んでたよ。
住んでたねえ。

小児療育の看護婦さん、ちょっと怖かったですお。
そうねえ。ちょっと怖かったね。
小児療育の看護婦さん、いなくなりましたお。
そうねえ、新しい人に変わったよね。
変わりましたお。

連佛さん、七瀬だったでしょ?
そうだったね。

びちょびちょって、なに?
水に濡れたときだよ。
びちょびちょ、びちょびちょ、びちょびちょ。

ぼく、バイカモ好きですお。
お母さんもよ。
お父さんも。

転院先て、なに?
移った病院よ。

ぼく、責任持ちますお。
そうなんだ。

お母さん、受け止めるってなあに?
いう通りにしてあげることよ。
連佛さん、受け止めるっていったよ。
そうなんだ。

お母さん、意外にって、なに?
思っていたことと違って、よ。

ぼく、おばあちゃん好きですお。好きなんですよ。
そう。お母さんもよ。

お母さん、ぼく小田急。小田急ゴゴゴ、ゴオー。

お父さん、減るの反対、増えるでしょう?
そうだよ。

お父さん、臨海線、東京にあるでしょ?
うん、あるよ。

もともとって、なに?
最初から、よ。

お父さん、シカにエサやると?
なに?
シカにエサやると、よろこぶよねえ?
うん、よろこぶだろうね。

 

 

 

あきれて物も言えない 10

 

ピコ・大東洋ミランドラ

 


作画 ピコ・大東洋ミランドラ画伯

 

虹をみている

 

3月16日はわたしの母の命日だった。
わたしの母、絹は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という病気と10年ほど闘い、死んでいった。

ALSは手足、喉、舌、呼吸器などの筋肉が痩せて力がなくなり自分では動かせなくなる病気だった。
10万人に一人から二人という難病であり、
だんだんと全身の筋肉が痩せていき、自分で歩けなくなり喋れなくなり寝たきりになり、食べれなくなり呼吸ができなくなった。

それで姉の家の母の部屋は病院の病室のように介護用ベッドがあり、
人工呼吸器機があり吸引機器があり母の足には脈拍と血中酸素濃度を測るセンサーが取り付けられていて、
そのセンサーの音が間断なく鳴っていた。その音が母が生きている証だった。
食事は胃ろうといってお腹に穴を開けて胃に直接、流動栄養食やお茶を流し込んだ。
東日本の震災以後は人工呼吸器の電源確保ということが課題となった。
当時、自宅でALS患者を介護することは珍しかったようで見学にみえる医療・介護関係者の方もいた。

母との会話は当初はメモで行っていたが、手も指も動かなくなり、質問に瞼の開閉で答えるということをしていた。
最後には自分で眼も開けられなくなった。
わたしが帰省した時には母の瞼を指で開いてあげるとそこには母の眼球があり、わたしをみていた。
眼が泣いていた。笑っていた。

自分の身体のどこも動かせなくなった母が人工呼吸器で肺を上下させていた。
わたしの姉は働きながら母のベッドの脇に布団を敷いて夜中に何度も起きて喉から痰の吸引をしていた。
姉は最後まで自宅で母を介護した。
また長年の介護スタッフの皆さんはまるで母の家族のようになっていた。
母はだんだんと痩せて萎んでいったが、ピカピカの綺麗な顔と身体をしていた。

今朝の新聞の一面に、「やまゆり園事件 責任能力認定」という見出しがでていた。
相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で重度障害者19人を殺害し、職員2人を含む26人に重軽傷を負わせた植村聖という30歳の男の判決の記事だった。

死刑だという。

「判決は、被告が園で働く中で、激しい行動をとる障害者と接したことや、同僚が障害者を人間として扱っていないと感じたことから、重度障害者は家族や周囲を不幸にすると考えるようになったと指摘。過激な言動を重ねる海外の政治家を知り、「重度障害者を殺害すれば不幸が減る」「障害者に使われていた金が他に使えるようになり世界平和につながる」と考えたと動機を認定した。」 *

と新聞の一面には書かれている。

また、37面の詳細記事には、
「たしかに法廷では差別意識につながる断片的な事実が明かされた。小学校で「障害者はいらない」と作文に書き、大学では「子どもが障害者なら育てられない」と話した。やまゆり園では「障害者が人として扱われていない」と感じ、やがて「障害者は不幸を作る」と思うようになった。」 *
と、被告の差別意識について書かれている。

新聞には亡くなった19人のエピソードが法廷で読み上げられた供述調書、心情意見陳述から引用されていた。

「美帆さん(19歳、女性)音楽が好きで「いきものがかり」の曲などノリノリで踊った=母」 *

「甲Bさん(40歳、女性)家では大好きなコーヒーを飲むと、お気に入りのソファに座った=母」 *

「甲Cさん(26歳、女性)見聞きしながら、ひと針ひと針一生懸命作った刺繍も上手だった=母」 *

「甲Dさん(70歳、女性)園に着くとニコニコと私の手を取り、「散歩に連れて行って」と伝えた=兄」 *

「甲Eさん(60歳、女性)食パンが大好き。園ではスプーンを自分で使えるようになった=弟」 *

「甲Fさん(65歳、女性)買い物が好きで、お菓子や色鮮やかなレースやフリルのある服が好き=妹」 *

「甲Gさん(46歳、女性)職員にマニュキアを塗ってもらって、うれしそうに爪を差し出して見せた=母」 *

「甲Hさん(65歳、女性)電車やバスに乗る時は、高齢の人に席を譲る、心が純粋で優しい子=母、弟」 *

「甲Iさん(35歳、女性)手を握り話かけたり、散歩に連れて行ったりすると、笑顔で喜んだ=父」 *

「甲Jさん(35歳、女性)水をおいしそうに飲んだ。母が食事をさせるとくしゃくしゃに笑ったりした=弟」 *

「甲Kさん(41歳、男性)洗濯物を干していると、頼んでいないのに物干しざおを準備してくれた=母」 *

「甲Lさん(43歳、男性)相模湖駅前の食堂で一人で食べきれない量を注文し、全部食べて笑っていた=母」 *

「甲Mさん(66歳、男性)ラジオのチューニングが好きで、きれいな音になるとうれしそうにした=兄」 *

「甲Nさん(66歳、男性)面会に行くと、自分で車のドアを開けて乗り込み、笑顔を見せた=姉」 *

「甲Oさん(55歳、男性)家族の誕生日にはカレンダーの日付を指しておめでとうと表現した=妹」 *

「甲Pさん(65歳、男性)動物が大好きで、動物の絵本を持っていくとすごく喜んだ=兄」 *

「甲Qさん(49歳、男性)成人の時、本人の希望通りパンチパーマにスーツで写真を撮り、笑顔を見せた=母」 *

「甲Rさん(67歳、男性)「兄ちゃん帰るから、また来るからな」と言うと、右手をあげ「おう」と挨拶した=兄」 *

「甲Sさん(43歳、男性)車に乗るのが好きで毎年、家族で長野にドライブへ行った=母」 *

ここには亡くなった19人の被害者と家族との個別の経験と想いが述べられている。
施設では彼らはどのように扱われていたのだろうか?
わからない。
植松被告の”想い”は、重度障害者と家族との個別の経験と想いに届かなかったのだったろう。

障害者施設のことをわたしは詳しくは知らないが、
何度か義母を病院に入院させた経験から総合病院のことは少し知っている。
病院の5階のフロアーの全てのベッドに老人たちがいた。
わたしは毎日、義母の病室に見舞ったが、他の老人たちに見舞いにくる家族はとても少なかった。
老人たちも家族に迷惑をかけたくないと思っているのか静かにしていたのだったろう、なかには泣き叫ぶ老人もいて、その声に義母はおびえた。
病院の医師や看護師たちの仕事は過酷にも思えた、医師たちはいつ家に帰っているのだろうと思えた。
看護師たちは少ない人数で効率的に作業をすることを求められているようだった。
そこには決められたことをマニュアルに沿って施すという”作業”が見られた。
おそらく過酷な作業環境の中で患者である老人たちと人間的に接するという機会は制限されるだろう。

義母を病院に入院させておくのが可哀想に思え担当医に余命を聞いて退院させてもらったが、
自宅に老人たちを迎えられない事情を持った家族が大半なのだと思えた。
病院が姥捨山のようだったとは言わない。
なかには子供たちや孫たちを連れて見舞いにくる家族もいたのだ。

 

まど・みちおに「虹」という詩がある。

 

虹 **

 

ーーーー白秋先生を想う

お目を 病まれて
おひとり、
お目を つむって
いなさる。

心の とおくに
虹など、
いちんち 眺めて
いなさる。

虹が 出てます
先生、
障子の むこうで
呼ぶ子に、

見てるのだよ と
おひとり、
やさしく 笑って
いなさる。

 

まど・みちおの詩を読む時、
そこには、まど・みちおと白秋先生の個別の生があり、
個別の生を超えて、まど・みちおの想いが白秋先生の虹に届いているように思える。

そこに詩が生まれている。

 
あきれて物も言えません。
あきれて物も言えません。

 

作画解説 さとう三千魚

 

* 朝日新聞 2020年3月17日朝刊からの引用
** 岩波文庫「まど・みちお詩集」からの引用

 

 

 

マコとマコト

 

佐々木 眞

 
 

一人は男、一人は女
一字違いの名前だが、その他もろもろが随分違う。

男には姓も名もあるが、女にはなぜか姓がない。

男の名前は普段呼び捨てにされ、偶には「さん」が付くが、女には常に「様」とか「さま」が付く。

男はパンと家族のために額に汗して働いてきたが、女には、その必要はまるでなさそうだ。

男の稼ぎの一部(極ごく一部だが)は、女とその一族の暮らしのために提供されているが、
女からの見返りは全くない。

男はひどい猫背で、外に出ると蝶や地面の石ころなんかを見ているのに、女はピンと背筋を伸ばし、所謂「上から目線」で闊歩している。

この広い世の中で、男に頭を下げる人は誰一人いないが、女の前では、誰もが(あの慇懃無礼な独裁者でさえも)丁重に下げる。

これらの違いはずいぶん大きいのだが、何の因果でこのような差がついたのかについて縷々説明してくれる長屋のご隠居はいなくなり、今では学校の先生に訊ねても、ちゃんと答えてくれないようだ。

しかしながら、男と女の共通点もある。

男も女も現生人類=ホモ・サピエンスの対等な一員であり、万世一系か複雑系かはいざ知らず、どんどこ時代をさかのぼれば、先祖は縄文人か弥生人の山頭火のような風来坊に辿り着くはずである。

さて、ここで問題です。
もし男がパッタリ女に道端で出くわしたとしたら、男は女にどういう態度を取るでしょうか?
次の4つから選んでください。

1) シカトして、黙って通り過ぎる。

2) 恭しく低頭して、上目遣いにチラっと顔を見る。

3)「こんにちはマコさん、僕はマコトです。同じ漢字の名前なので、お見知りおきを! どうぞ宜しく!」
と元気よく挨拶して、さっと右手を差し出す。

4)その他。