michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

向こうの条

 

萩原健次郎

 

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彼岸までは、すぐ近くに見えるのに
それは、永遠でないことが虚しい。
機雲が、美しい夕空に傷をつけていく。
猫の爪、
女の爪、
それらを想像してしまう貧しい性質。

向こうからは、私は見られている。
私の傷などは、地に溶けて何も描いてはいない。

向こうにいるかもしれない
虚空の果てには、砕けた神の欠片がある。
それは、粒状の、音楽の切れ端にすぎないのかな。
そこから鳴り始めて、何年も前に閉じている。

形象のない、食物のような
それも、ちいさな動物が生き延びるために食する
木の実の中のさらにその中の胚の、
その中の虚空なのだろう。
猫も、女も、私も、
精髄の擦過でもう、欠片でもなくなった
微塵の神様に、祈っている。

煙にすぎないのだろう。
白煙ではない、鈍い航跡は、
混淆の証しだと、うなづいて

白い季節にまで生き延びた
蚊を叩く。