michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

river 川

 

昨日の夜
新幹線で新庄についた

それから車で
西馬音内まできた

雪原がひろがっている

そのうえに
空がひろがっている

ヒトビトは
小さくみえる

子どものころ
増水した川で溺れたことがあった

死ぬんだと
おもった

死は遠くない

そこに川が流れていた

 

 

 

光の疵 十九歳

 

芦田みゆき

 

 

部屋は光に満ちている。
大きな鏡と白いキャンバスを前に、
あたしは絵筆をもって止まっている。
鏡には
何も写っていない。

写真1

十九歳の夏。
あたしは首のない自我像を描いていた。
細く切りひらかれた瞳は、
わずかな光を含むとすぐに閉じてしまうので、
光に満ちているはずの白いアトリエを、
あたしは、暗がりの、深度の浅い、
見渡しの悪い空間と認識した。

トルソーがいい、とあたしは思った。
人を描くなら、トルソーがいい。
鏡はいらない。
そして、頭部は描かない。
あたしの瞳から見えたものだけが物質なのだ、と。

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写真3

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あたしは、自らを見下ろしてみる。
絶壁のように、垂直に、下方へとひろがるカラダ。
床に投げだされた足、
それが、十九歳の〈私〉だった。

写真6

 

 

 

 

 

map 地図

 

午後に
うえはらんど3丁目15番地に

伺った

坂のうえだったはずが
通り過ぎていた

記憶の地図はあやふやで
今と一致しない

坂をのぼり
坂を下りて辿りつく

志郎康さんと麻理さんと
友人たちの

笑顔があった

空に帰して笑って
いた

地図はない