michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

line 線 電話線

桑原が
絵はがきを描いて送ってくれた

絵にはしろい雲が描いてある
端っこに青空もある

空を電線が横切っている

電線をいれなくてもとは思わない
空の分断は必要だ

桑原正彦は孤絶した場所にたっている

かつて
桑原のみにくい女の絵を買ったことがある

 

 

sleep 眠る 睡眠

今朝
水平に移動して朝焼けをみたのです

そのときコトバは無一物のわたしの栖だと思ったのです

ぼたるさんと
来栖さんと加藤さんが

笑ってこちらを見ていました

ラ・モンテ・ヤングの光の音を聴いたのです

眠っていました
眠りのちかくに栖はありました

 

 

much たくさんの

中目黒の川沿いの
古本屋で写真集を買いました

ブレッソンでした

コルドバのおばさんの写真に惹かれたのです

ふくよかな手を胸に置いて
眩しそうにこちらをみていました

たくさんの

消え去るもの
二度と出逢わないものを

彼は相手としたのでしょう

 

 

wonder 不思議

今朝
電車のなかで

毛糸の帽子の女の子をみた

肌色のまるい帽子に
毛糸の細い毛がけばだっていた

光っていた

肌色のタンポポだった

それで
それだけで

しあわせだった

不思議を
きみはたくさんもっているね

たくさんの不思議をもっているね

 

 

今夜、車のラジオでデュファイのミサ曲を聴いた。

加藤 閑

 

蓮根

 

今夜、車のラジオでデュファイのミサ曲を聴いた。

わたしは仕事の関係上、週の大半を茨城の土浦で暮らしている。土浦は日本一のれんこんの産地だ。この絵のれんこんは、数年前武井農園の奥さんからいただいた。わたしが絵を描いていることを知って、絵になりやすいように葉っぱを一枚つけて掘り出してくれたのだ。その夜のうちに絵を描いた。あの頃の方が今よりよほど早く描けた。まだ少しは若かったのと、あれこれ迷ったりせずに集中できた。

ミサは「キリエ」から「アニュス・デイ」に移っている。

わたしは毎日れんこん畑の中の道を走る。この道はわたしが土浦に来るようになる直前に開通した道だ。最初の年(もう十五年以上も前のことになる)はとても雨が多かった。4月から通勤がはじまったのだが、なんだか来てすぐに梅雨になったような感じだった。この道路もできたばかりで、車の通行も今よりずっと少なかった。毎日のように雨が降っていたので、両側のれんこん畑と道路がほとんど境がないように水浸しになった。そこで不思議なものを見た。

道のあちこちに小ぶりの魚のようなものが横たわっている。白い腹の方を上にして、中にはなまなましく血の赤い色が見えることもある。魚が道路に打ち上げられるほど雨が降ったのだろうか。

雨に煙ってひろがる関東平野に、白い生き物の死骸が点々とある中をわたしは走った。雨が風景からあたう限り色彩を洗い流してしまって、視界はほとんど無彩色と言ってよい。その中に血の色のまじる白い物体の鮮烈さ。

デュファイのミサは、もともと彼が若いときに書いた祝婚歌「目を覚ましなさい」を基にしているらしい。だからこのミサも「目を覚ましなさい」と呼ばれるとのこと。それを聴いていて、なぜか十数年前の水に覆われた陰鬱な光景を思い出していた。

何日かして、あの白い腹を見せて横たわっているのは、実はヒキガエルだということがわかった。道路ができたことなど、蛙の預り知らぬこと。以前は行ったり来たりしていた道路の反対側にちょっと出かけてみるかとばかり道の上に出たところを車にはねられ、あえなき最期を遂げたのだった。

しかし、今夜古風な合奏を伴なうミサを聴いて思い出したあの白い死骸が、どうしても魚に思えてならない。そんなことがあるはずはないことは分っている。分っていながらここは雨の日には魚が道路に打ち上げられる夢の中の町のようで、わたしはいつまでも目的地にたどり着けずにさまよっているのだった。

 

 

 

play 遊ぶ 演じる

甘ったるい詩を書いてんじゃないよ

深夜
荒井くんが電話でいった

荒井くんには甘かったのだろう
叙情に過ぎるということか

情が残っていたのか
自我の匂いが残っていたのか

今日
浜辺をつよい風がふいていた

荒れた波の下にテトラポットが青くみえた