michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

ひと串で

 

爽生ハム

 

 

這いずりあぐね
裸電球は空になっていた。
這えば這うほど
光が背中を刺す。

昼って素材が
現実を借りていた頃です。

普段、僕はそこにいます。
言葉をひっこめて

雲が喘いでいます。
見てますか。
脈の発作がきたら、
蓋をした
家路を探らなければならない。

道すがら
手紙を折って影絵をするのです。
内に、折りこんだ言葉を
道にすてて。

ぐつぐつと妾の中へ
お辞儀をする。
さぁ、参ろう
さぁさ、参ろう
佃煮があるってさ

蓋のない家屋を見かけたら
人のしずくの中を
調べてほしい。

うんと匂うから。

 

 

 

谷崎潤一郎著「細雪」を読んで

 

佐々木 眞

 

 

日本が中国を遮二無二侵していた頃に、
そうして手痛いしっぺ返しを喰らうておった頃に、
大阪と芦屋に四人の美しい姉妹が住んでおりました。

一番下のこいさんは、とびっきりのモダンガール。
おっとりと奥ゆかしいお姉ちゃんを尻目に
駆け落ちはするは、男どもを手玉に取るはの小悪魔ぶり。

こいさんが、あまりにも自己ちうやさかい、
中姉さんは、人知れず泣かはった。
幸子はんは、えんえんえんえん、泣かはった。

もしかすると妙子はんの強心臓には、
谷崎選手なんかをカモにするような、
綺麗で邪悪な血が、流れておったのかもしれへん。

案の定、こいさんは、流産しはった。
こいさんは、バーテンダーのその男と、一緒にならはった。
にあんちゃんの婿はんの貞之助はんが、あんじょうやってくれはったんや。

しゃあけんど、そのあとこいさんは、
二人して幸福にならはったんやろうか?
どうもそうは思えんのや。

こいさんは、またぞろ男をひっかけて、
その男も、こいさん自身も
またぞろ酷い目に遭うんやないやろか。

それからこいさんの上の嬢はんの雪子はん。
悪い噂の所為もあって、何度も何度も縁談に失敗してきた無口な雪子はん。
今度こそハッピーエンドになってほしいんやけど、

そううまく、問屋が卸すやろか。
全三巻の「細雪」を、パタンと閉じてしもうてからも、
どうもそうは思えんのや。

「下痢はとう~その日も止まらず、汽車に乗ってからもまだ續いてゐた」
この文豪、谷崎潤一郎はんの超大作は、
そんなあまりにも尾籠な言葉で、突然幕を閉じてしまいよる。

雪子はんは、下痢してはる。雪子はんは、下痢してはる。
雪子嬢はんの下痢は、止まるやろか。
東京の晴れの結婚式までに、止まるんやろか。

どうもそうは思えんのや。
気の毒なことに、可哀想なことに、
雪姉(きあん)ちゃんは、あれからずっと下痢してた。

1941年4月27日の朝、汽車が東京に着いてからも、
晴れの結婚式が終わってからも、新婚旅行が終ってからも、
何年も、何十年間も下痢をしていた。

雪子はんの悲劇は、日本という国の悲劇と重なって
昭和一六年春にこの物語が終ってからも、まだまだ続き、
七四年後の今日までも、延々と続いとるんや。

ああ、極東の暗くて寒い国ニッポンよ。
雪子はんの下痢が、果てしなく続くように、
お前の前庭には、いつも不吉な断片が降り注いでいる。

黒くて細かな雪は、
あんたらの目には、見えへんやろれど、
ひらひら、はらはら、降り続けとるんや。

いまは真夏の八月やけど、
確かに今も、降り続けとるんや。
ひらひら、はらはら、降り続けとるんや。

 

 

 

秘 密

 

たかはしけいすけ

 

 

神さまはいる
なんて
言わないほうがいいよ

見せてみろ
って 言われるからさ

きみがウルトラマンだっていうことも
黙っていたほうがいい

おかしいやつ
って 思われるから

ぼくも内緒にしてるんだ

自分が詩人だということは