michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

今更ながらパパっていうこと

 

辻 和人

 
 

今更ながら
何なんだ?
2階に引き上げるミヤミヤ、ぼおっと浮かぶ
「かずとん、後はよろしくね」
午前1時のシフト交代
コミヤミヤとこかずとん、ぽおっと浮かぶ
オムツ替えてミルク飲んで
じき寝るかな?
次にぼおっと浮かぶのは
おっと、2カ月半の新米パパ
擦り切れたジャージ着て寝不足の目しょぼしょぼさせてる
パパって何だ?
一生独りでいくぞって決めてたよな
なのにひょんなことからノラ猫かまうことになって
ひねった首で舐め舐めしあう冷蔵庫の上のファミちゃんレドちゃん
ぼおっと浮かぶ
一緒に過ごすニンゲンの仲間もいいかもって
待ち合わせの改札でこっちこっち背伸びして手を振るミヤミヤ
ぼおっと浮かぶ
お腹ぷっくりミヤミヤが
お腹ぺったんこミヤミヤにぼおっと入れ替わって
入れ替わったと思ったら
へその緒ひょろっとコミヤミヤとこかずとん、ぼおっと浮かぶ
上手なジャズ研があるからってぼおっと大学を決め
本が好きだからってぼおっと就職先を決め
詩が書きたいからってぼおっと書いてきた
その先に
深夜1時のぼおっとパパだ
何にもない
今更ながら
ぼおっとパパだ

赤ちゃん見守り用ベッドに横になる前に
お楽しみを一杯
実はウォーターサーバーをレンタルしたんだ
ちょっと贅沢かと思ったけど何の何の
お湯と常温水と冷水が出てミルク作りがめっちゃラク
富士山麓のおいしい水使ってる
赤ちゃん用の水だけど一杯だけ失礼するよ
ビー、コップについで
ごくっ、浸みるぅー、ンうまい

コミヤミヤとこかずとんの呼吸確認するか
両手バンザイポーズで眠ってる
耳近づけて
ぼおっと吸って
ぼおっと吐き出す
ぼおっと規則正しく顔色も良く
浮かんでる
次のミルクは午前4時
コップの残りの水ぼおっと飲みほす
水って味がない
ないからンうまい
今更ながらパパって
何にもない
味もない
午前4時にぼおっと浮かぶ
ぼおっとパパなんだ

 

 

 

万歩計9585

 

南 椌椌

 
 


© kuukuu

 

スマホに 万歩計
小一時間歩くと 6750という数字
歩きなれた 関町から吉祥寺
垣根の白バラは 年々ふくらみ
悩ましい 花の生死が 匂う
万歩計は 6750で
音もなく たちとまる
そして さらに きざまれ
真昼の空の青みを 裂いて
月から落ちてくる 林檎の音
地球の裏の 鯨のため息
ウーヨン ウー ウーヨン ウー
すれ違う 四匹の犬はおとなしく
どこかで 鳳仙花が 破裂
アリランが 空耳で ラプソディ
記憶が ひび割れて
シチリアのモザイク
クロスワードが ギクシャク

あたまのなかの 赤いポスト
スヌーピーの84円切手が笑った
返事を書こう 文字を書こう
藁の紙に ペンを走らせたが
文字は浮かばなかった
鉛筆を走らす 速度を変える
音がかわる 色が変わった
ここは どこだろう
万歩計は9585

そこで一枚の絵を 思い出した
ダウンの子 U君が描いた絵
彼はことばを語らない 歌わない
シセツの 絵画教室で
30分 たっぷりかけて
たった一本の 線を引く
すこし 首かたむけて
軽くかるく 鉛筆をにぎり
30分かけて たった一本
20センチの 線を引く
これまでに 見てきた 無数の絵
U君の一本の線ほど
胸に迫った絵はない 本当です
この微々に ふるえる
たった 一本の線
U君は 天才的におだやかで
天才的に 語らない人
U君が この世界で
感受しているもの そのすべて
一本の線が 語りかける
万歩計は 9585のまま
U君とは 二度と会うことはないだろう
げんきでいればなあ
この星の どこかで

 

 

 

5月の人称

 

工藤冬里

 
 

一人称の多重を理由に
憎まれ攻撃の強まる先の頁は
理由に出来ない疾患のカタカタと
処罰と無力の務所の庭で
名前を肴の宴を張るドキュマン
まず歌うたいを任命し
矢とした
武装を覆す万能感に浸れ
今はまだ空腹ではないのだから
じきに子供を煮ることになる大飢饉の前に
戴冠式のスピーチライターの用意した双頭の犬を仕留めよ
猪はいずれは射的場になる畑に背を擦り付けよ
恐れるのは仕方ないとしても
立たされたまま矢面で歌え
誰からも愛されず一人称は死んだ
子供を連れて向かう刑場
奈良辺りの塔の絵の中に棲んでいる声で
そうすれば動じないでいられます
そうすればeverything’s gonna be all right
苦痛もなくなりますがよいですか
頭が一つしかない犬はゼリーの階段に居る
いや黒胡麻汚しのプリンかもしれない
その三人称には子供だった時とお姉さんになった時の二種類しかなかった
バイトしていた回転寿司が潰れているのを今日見た
お針子の口調で目標と言っても小さなもので大丈夫ですと言い滑り
マスクと眼鏡と眉毛の双頭が退くと
気から来た痛みが腰から昇ってくるのを
歌で呼ぶ救急車に猪を乗せ
腹を割ったら紫水晶だった
波及するシステムの中で困難は売られている
噴火の見える最終階の煙たい備蓄に歌が戦ぐ
黄色なのか金色なのか兎に角装って
噺家の死前喘鳴を続けよう
どこから抽出されているか分かるまで鉛筆で
この体という家にいる限りは本当のことを言ってくれる人から
いくつもの真が放射場に語られる
体現し吸収するこの平たい家に下水はあるか
雲は青白の洗濯機に入る
栄養豊富で添加物もない経路に
雲水の書を流すか
爆破するのは半導体工場ではない
ラーメン屋のカウンターで手放した刃物で
新しい歌をなぞる

 

 

 

#poetry #rock musician

狩 *

 

さとう三千魚

 
 

今朝
風が吹いてる

枇杷の
黄色の実の

初夏の日射しを受けている

モコは
玄関のタイルの上で眠っている

女は
御殿場の

アウトレットで買った茶色の
チェックの

半袖シャツを着て鏡の前に立っていた

ながく
立っていた

それから
クルマで出かけていった

モコを抱いて
女を

見送った

しゃがんで
庭の隅の

カサブランカのまっすぐに佇つ緑の花芽を見ていた

青く
膨らんでいた

紫陽花の白い小さな花たちもひらいていた

女と
モコと

いつか
野の花を狩りにいこう

 
 

* 高橋悠治のCD「サティ・ピアノ曲集 02 諧謔の時代」”スポーツとあそび” より

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

シフト

 

廿楽順治

 
 

ぼくは
おじいさんの沼にはまっていく

羽なしで
ものをはこぶよろこび

(世界はすこしも動かないのに)

箱がいつか
眠る位置を変えていて
ぼくのシフトがひかっている

はこぶ姿で
ぴったりと
暮らすじぶんの骨格をくずさない

(内戦や)
ものの生死を

むずかしい教えのとおりに
見過ごしていく

虫の
ひとつ目

羽なしで
おじいさんの沼に

 

 

 

2023年・オーバーハウゼン旅日記

 

村岡由梨

 
 

ドイツのオーバーハウゼンで4月26日〜5月1日(現地時間)に開催された「第69回オーバーハウゼン国際短編映画祭」のインターナショナル・コンペティション部門に、私の新作映像作品『眼球の人』がノミネートされたので、同作に出演してくれた娘たち(眠(ねむ)と花(はな))と一緒に現地へ行ってきました。

「オーバーハウゼン国際短編映画祭」公式サイト
https://www.kurzfilmtage.de/en/
公式サイト内の「Visit」ページに『眼球の人』のスチール(うつっている二人の少女は娘たち)が使われていたのが嬉しかったです。
https://www.kurzfilmtage.de/en/visit/

日本に帰国して自宅に着いたのが、今(5月17日)からおよそ2週間前の5月4日午前1時頃。帰宅して早々、片付けなければならない事務仕事があったので、絶え間なく押し寄せる睡魔に抗いつつ、仕事を片付けながら洗濯機を回すこと3回(!)、明け方ようやく床につきました。まったく現実は容赦ない(涙)。現実に追われて、オーバーハウゼンで過ごした5日間が幻のように消えてしまう前に、覚えていることをここに書きとめておこうと思います。ドイツ滞在中、履き慣れないサンダルで出来た靴擦れも、とうにカサブタになりました。

 
【4月27日、木曜日】
21時50分発の飛行機で成田空港を出発。ポーランドでの乗り継ぎまで14時間50分、機内食のタイミングが思っていた以上に多く、ほとんど寝ているか食べているかのどちらかだった(笑)が、出国前に手に入れた詩誌「La Vague(ラ・ヴァーグ)」を機内で読んだことにはきちんと触れておきたい。「ラ・ヴァーグ」は12名の女性詩人(内、2名は創刊号のゲスト)によって今春産声をあげたばかりの詩誌で、(差別的な意味ではなく)いかにも女性らしい洗練された手法で、1ページ1ページ丁寧に編みこまれた印象を持った。創刊メンバーの一人である紫衣さんは、詩人としてだけではなく、写真家としての顔も持つ類い稀な才能にあふれた方で、互いの作品を通じて一気に意気投合し、今ではかけがえのない親友のような人だ。「ラ・ヴァーグ」を購入したのも、彼女の新しい作品に触れたかったからだ。日本からポーランド(さらにドイツ)に移動する道中、つまり母国語と外国語の狭間で、紫衣さんの紡ぐ美しい純正の日本語に触れたことは、不思議な浮遊感のある体験だった。日本語から離れることへの不安、という名の浮遊感だったかもしれない。いつもにも増して、言葉が美しく感じられた。ただ、内容としては不穏なもので、決して癒えることのない精神的・身体的な痛み、「あなた」と「わたし」の儚く報われない関係を謳いあげたものだった。私は今、今年4月に千葉県松戸市で女子高生2人がマンションから飛び降り自殺をした事件をテーマとした詩を書くのに四苦八苦しており、あまりにも彼女たちに感情移入し過ぎているのもあって、紫衣さんの作品を読んで涙があふれて仕方がなかった。多忙のため、近頃休みがちだった詩の合評会に来月は参加するつもりなので、もう少しジタバタと足掻いてみようと思う。

 
【4月28日、金曜日】
午前5時40分、ポーランドのワルシャワ・フレデリック・ショパン空港到着。朝早いせいか、人影もまばら。手荷物検査でちょっとしたハプニング(!)があり、(Facebookにも記したけれど)ここにも書いておきます。機内に持ち込んだトートバッグをベルトコンベアーに載せて身体チェックを受けようとしたら、スキンヘッドの強面のおじさんが初っ端から何だか怒っていて、どうやら「靴を脱げ!」と言っていたらしいのだけど、よく聞き取れず、“shoes(=靴)”が“shoot(=撃つ)”に聞こえて「やばい、撃たれる…!!!」とオロオロとしていたら、「お前、英語わかんねえのか!」とおっさんがさらに怒り出して、手を上げろ、後ろへ下がれとワーワー言われて、赤いサイレンみたいなのも回り始めて、もう生きた心地がしませんでした…。ちなみに、帰りのドイツのデュッセルドルフ国際空港での手荷物検査もスキンヘッドのおっかなそうなおじさんだったけれど、ものすごく優しい人でした。眠が、何をトチ狂ったのか日本から『火の鳥』全巻を背負って持ってきたので検査に引っかかってしまったんだけど、「何これ、マンガ?」「グッドバイって日本語でなんて言うの?」「サヨナラ!良い旅を!」と手を振って笑顔で見送ってくれて、感激。思わずカッコつけて「ダンケ!」って言ってしまいました。
話を戻します。そんなこんなで午前7時40分ポーランドの空港を発って、2時間後、ドイツのデュッセルドルフ国際空港に到着。無事に各自のスーツケースも回収。(←旅慣れていない私たちなので、こういう些細なことでいちいち感動!花のスーツケースに付いているタコのぬいぐるみキーホルダーをいち早く発見して大盛り上がり)そこから電車でオーバーハウゼンへ。午前中には現地に到着しました。ゲストハウスに寄って、映画祭が用意してくれたホテルのバウチャーなどを受け取った時、映画祭の雑誌『programm』表紙に娘たちの写真が使われているのを発見して大感激!すかさず「これ、私の作品ですよ!」と受付のお姉さんに自慢しました(笑)。記念に複数枚ゲット。日本で待つ野々歩さんへ、いいおみやげになりました。

(このゲストハウスには滞在中、何度も立ち寄ったので、スタッフの人たちとも仲良くなれました。見た目がパンクな人もいたけれど、みんな本当に優しい人たちばかりで、下北のドンキ(笑)で買った抹茶味のキットカットを「皆さんでどうぞ」と言って渡したら、すごく喜んでくれました。)
ホテルのチェックインまで時間があったので、近くのレストランに入って食事。しかし、ここでも事件が…。(詳細はふせますが)娘たちと私、冗談抜きで生きるか死ぬかまで精神的に追い込まれ、ホテルのチェックインの時間を早めてもらい、ベッドにダウンしました。この日はこれでおしまい。私たち家族が抱える問題の深刻さも思い知り、重い旅の始まりになりました…。

 
【4月29日、土曜日】
15時30分から、満員のGloriaにて山城知佳子さんの特集上映(1回目)を観る。
「映画祭『特集上映』ページ」
https://www.kurzfilmtage.de/en/press/detail/69th-festival-five-profile-programmes/?fbclid=PAAaZpolEWmsqJBAQVUlxCKeEP8YWPJqAxA4d9p7KPXEvjPpi1CBtTlroBapw
上映前、(滞在中通訳などで大変お世話になった)中沢あきさん、山城さん、キュレーションを担当された東京都現代美術館の岡村恵子さんと挨拶を交わす。山城さんの特集上映は4月29日(Gloria)と30日(Lichtburg)の2回に渡ってプログラムが組まれており、その両方を拝見した。2日目の感想も合わせてここに記したい。
山城さんは、沖縄県出身・在住の映像作家・美術家で、一貫して沖縄の抱える社会問題を主題とした映像作品や写真作品、インスタレーションなどを制作されている。1回目の上映では、初期のパフォーマンス・アート的な映像作品からほぼ時系列にプログラムが構成されており、作品の規模(恐らく予算的にも)が大きくなるにつれて凄みが増していった山城作品の軌跡を窺い知ることが出来た。山城さんの作品の特徴として、社会問題をそのままドキュメンタリーの形で提示するのではなく、いったん自分の「体験」として咀嚼して、ある種のスペクタクルとして昇華させて観客に提示している点が挙げられると思う。例えば、『土の人』(2017)では、爆弾が炸裂する音と、人々が息を潜める地下壕とのカットバックがボイスパーカッションにのせてリズミカルに展開する場面があり、スペクタクル的なテンポの良さが強く印象に残った。2日目のQ&Aでご本人が「アメリカのポップ・ミュージックに影響を受けている」とおっしゃっていて、妙に腑に落ちた。ちなみに、私の『眼球の人』を観た山城さんが「テンポが良かった」と言って下さって、ブリティッシュ・ロックやポップスに影響を受けている私としては、僭越ながら共通点を見出したような気がして、とても嬉しかった。そして、山城さんの作品の一番の特徴は、観る者の想像力を常に上回る豊かなイメージの数々だろう。『沈む声、紅い息』(2010)で海に沈む「マイクの花束」、『土の人』で白いユリ畑の間に生えるヒトの手・手・手、『肉屋の女』(2016)で次々に現れる同じ服装をした女たち。「安部公房の影響を受けているのか」と質問した人がいたが、御本人はそれをやんわりと否定していた。「不条理」という一言では簡単に言い表すことの出来ない驚きに、思わず溜息が出てしまった私がいた。
現在、山城さんは香川の丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で個展「ベラウの花」を開催中。6/4(日)まで。
https://www.mimoca.org/ja/exhibitions/2023/03/21/2652/

山城さんの特集上映の後、いったんホテルに戻り、着替えて、20時からの自分の作品の上映に備えた。花が、私の髪にヘアアイロンをあててセットして、アイラインも引いてくれた。時間になり、花と一緒にホテルを出て、メイン会場のLichtburgへ向かった。劇場前にものすごい人だかりが出来ていて、すごい熱気にとにかく圧倒される。通訳の中沢さんと花と、関係者席に座る。大入り満員の会場を目の当たりにして、感無量。監督の紹介と簡単な挨拶の後、『眼球の人』が「インターナショナル・コンペティション プログラム7」の2番目の作品として上映された。上映後の拍手と口笛を聞いて、ドイツに来て本当に良かったと泣きそうになった。やはり、自分の作品に対する観客の反応は、実際に会場にいないとわからない。不思議と緊張はしなかった。ただただ幸せだった。上映が終わり、劇場の斜向かいの小さなギャラリーでQ&Aセッション。通訳の中沢さんと、記録係をしてくれた花に深く感謝。全て終わったのが23時過ぎ。ヘトヘトになった花とホテルへ帰る。長い一日だった。

 
【4月30日、日曜日】
ホテルで朝食をとっている時、街を歩いている時、様々な年代の人たちに「作品良かったよ」「とても美しかった」「感動した」「おめでとう」と声をかけられる。中には、丁寧な感想をくれた人も。生きていて良かったと心から思えた。眠が「ママさん、すごいね」と言ってくれたのも嬉しかった。
17時から山城さんの特集上映2回目。中沢さんに、劇場〜ホテルの最短距離を教わって、自分の空間認識能力の無さを思い知る。歩いて数分で行けるところを十数分かけて行っていた…。つまり、「→↑↑↑←←」のところを「↑↑↑↑→→→↓↓↓」みたいな。(よくわからないかもしれないけど!)
近くのS U B W A Yへ走って娘たちの夕飯を買いに行ってホテルに届け、夜ひとりで、「インターナショナル・コンペティション プログラム9」を観に行く。ウクライナのチェルノブイリ原発や、カザフスタンの強権的なデモ弾圧など、社会的問題を扱った作品が続き、鉛を飲み込んだように胸が重くなった。ウクライナから来た製作チームが来場していて、日本にいるだけでははかり知れない現実の重さを体感した。(ちなみに、今年の最高賞はこのウクライナの作品に授与された。)どの作品も、このタイミングでスクリーンで観ることが出来て本当に良かったと思うと同時に、こういった「社会的問題を扱った作品」の数々を「コンペティション」という形で優劣をつけなければならない難しさも感じた…という話をしながら、岡村さん中沢さん山城さんとホテルに戻った。岡村さんに「村岡さん、半袖で元気ね!」と言われ、確かに半袖で元気だと思った(笑)。暑がりな上に、滞在中は常に走っていたような気がする…

 
【5月1日、月曜日】
娘たちと、片道5km(往復10km!狂ってる!)歩いて水族館へ行きました。とにかく足が痛かったです。ウルトラスーパー方向音痴なので完全に花にナビゲートされました。(異国でスマホを自在に操るZ世代恐るべし。)水族館の近くに観覧車があることがわかり、「どうか花に連れて行かれませんように」と祈った、ウルトラスーパー高所恐怖症の私。(←行かずに済みました。)水族館で、記念にカワウソとペンギン(大)とペンギン(小)のぬいぐるみを買いました。特にカワウソは、後頭部がクルミ(うちの猫)と似てウリウリとしててかわいかったです。帰り道、まずいタピオカを買いました。(キャラメルラテを頼んだのに、なぜか豆の味。そして紫。)一連の様子は写真でお楽しみください。

ホテルに戻って、17時30分からの「Team Favourites 2023」を観に行きました。会場のGloriaは満席でした。国籍も人種も違う私たちだったけれど、ひとたび暗くなって上映が始まれば、皆同じ人間でした。“Heimatfilm”という作品(多分。カタログを見る限り)が映画愛に溢れていて素晴らしかったです。19時30分からはアワード・セレモニーでした。残念ながら『眼球の人』は受賞ならず、でしたが、現地で映画祭に参加できて本当に良かったと思います。自分がどれだけ映画を愛しているかを思い出し、スクリーンを前にして「自分の居場所はここなんだ」と再認識することが出来ました。牛?カバ?のような映画祭のゆるキャラも発見。次に来た時は、必ず2ショットを撮ってもらおうと思います(笑)。

海外の大切な友人たちと対面で会えたのもとても嬉しかったです。
ギリシャの大切な友人Giorgosと。

ミャンマーの映画制作団体3-ACTのMoeさんと↓。(彼女の作品“The Alter”もインターナショナル・コンペティション部門にノミネートされていました。)

 
【5月2日、火曜日】
12時頃ホテルをチェックアウト。デュッセルドルフ国際空港でスーツケースを預け、市内を観光。おみやげのチョコ買う。クッキー買う。プレッツェル買う。「○◯駅を出発し〜」などと説明できればいいのだけど、ここでもZ世代・花に頼り切りのノンビリ系ふたり(私と眠)なので説明できません(苦笑)。(ちなみに帰国後、花の友達にあげる用のクッキーを食べてしまい、めちゃくちゃ怒られ、その後チョコにも手を出してしまったので家族会議になりました…。ごめんなさい)ウルトラスーパー高所恐怖症なのに、ラインタワーにも上りました。なぜお金を払ってまで高いところへ上らなければならなかったのか…ナビゲートした野々歩さんを恨みます。そして、リトルトーキョーで野菜かき揚げラーメンを食べました。(ドイツは私のような中途半端なベジタリアン(お肉を食べないだけ)にも優しいベジ料理が充実していました。写真は花の頼んだ豚骨ラーメン)そして帰りの飛行機内で、リナ・サワヤマ(好きすぎて今年1月の来日公演行きました)とビリーが聴けて大満足。特にビリーの“Happier Than Ever”は楽曲の構成力が素晴らしいアルバムなのでフルで聴けて良かったです。これまた一連の様子は写真でお楽しみください。

帰国してから今日まで、映画を作る夢ばかり見ています。
もっともっと映画を作りたい。
以上、取り留めないですが、2023年・オーバーハウゼン旅日記でした。
勢い余って
ですます調と、である調が混ざってしまい、ごめんなさい。
こんな長いの、誰が読むの。
未来の私が、読み返すの。