Claudio Parentela

先住猫が死んだ時、寂しさのあまりすぐ新しい猫を迎えたかった。
でもマリアンネはまた野良猫からこのうちを選んでもらう方がいいと
1年余り猫のいない生活が続いた
果たしてある時、黒いソファの上に知らない猫が座っていた
しばらく様子を見て飼い主がいないと確認し、その猫はうちの飼い猫となった
近所の家の庭にいた金魚を全て掬い取り全滅させ、
ネズミや鳥をよくとってくる狩の名人だった
その猫は日本へ帰国するとき私のそばにいた
飛行機に乗り列車に乗り自動車に乗って埼玉に永住する
一緒に散歩せよと誘いにくると、私たちは必ず彼女の後ろを歩かなければならなかった
猫の歩みがのろくて少しでも前に出ようものならフーッ!と怒った
頭も良く、よくいたずらをして私たちを笑わせてくれる猫だった
今は生まれ変わってどこかでまた誰かを笑わせていたらいいな、と思う
人間は時々憎たらしいが、どうして動物はいつも愛らしいのだろう

何億年前の夢を見る
自分は魚だった頃の夢
海がたったひとつ世界で
身体をくねらせて泳ぐ
泳ぐ
遺伝子の中を探ったら
自分たちの目的もわかるのだろうか
朝、起きてみたら、
来ていた。
泉のように水が流れでて止まらない。
くしゃみが、
立て続けにでた。
この2年は、
来なかった。
コロナ禍で家の外ではマスクをしていたからなのだろう。
ティッシュを、
箱ごと抱きしめて鼻のまわりを赤くするあの日々がはじまったのか?
昼前に近所の病院に行ってみた。
受け付けは昼で終了です午後3時に来てくださいと女の事務員は言った。
それで、近くの農家の無人販売所で蜜柑とデカポンを買ってそれからホームセンターに寄り小鳥の餌の剝き実を買った。
本の部屋の窓辺に蜜柑と剥き実を置き小鳥が来るのを待った。
雀が、
来た。
つがいで来た。
いつもこのつがいが来る。
元気な方が餌を啄ばみおとなしい方がおずおずと真似る。
今度はヒヨドリのつがいが来た。
ヒヨドリは雀を追い払い餌を食べ尽くすのだ。
そんな景色を見ていると時間になっていた。
病院に向かう。
病院の受付では風邪気味なのかコロナなのか花粉なのか、問われた。
コロナの可能性がある場合は外のプレハブの診察室で診察するようだ。
花粉か風邪かコロナかわからないから来てみたのだが患者がコロナかどうか問われる。可笑しい。
熱もないし、たぶん、花粉だと思います。
受け付けの女性は安心したのか一般の診察用待合室に通してくれた。
そこには老人たちがいた。
車椅子に乗せられて俯いている老人もいる。
歳を取ると自然とみんな持病を持っているのだ。
持病を持っているから年寄りはコロナで死んで行くのだ。
診察室に呼ばれた。
男性の医師だった。
マスクを外すように言われた。
鼻の奥と喉をペンライトを点けて覗かれた。
鼻の奥の粘膜が腫れているそうだ。
花粉だろうという。
わたしも同意する。
やっと来てくれた。
コロナやデルタやオミクロンを通さないようにしてきたマスクのはずだ。
そのマスクを通して、
花粉はわたしのところにやって来てくれた。
懐かしいバッドボーイにあったように思えた。
やっと来たのか、きみは。
すこしながい2年間だったよ。
鼻水がだらだらと流れ眼玉しょぼしょぼとしてクシャミ連発のあの憂鬱な花粉がこれほどに懐かしいと感じられるのは、
コロナ様のお陰なのだ。
コロナでこの日本では416万1,730人の人が感染し2万989人の人たちが亡くなったのだ。 *
世界では4億1,550万8,449人の人たちが感染し583万8,049人もの人たちが亡くなったのだ。 *
自宅に帰って駐車場で空を見上げた。
西の山のこちら側に雲が盛り上がっていた。
夏の入道雲のような大きさだが雲は灰色に盛り上がり冬の雲だった。
この巨大な雲は冷たい雪の結晶で出来ているのだろう。
灰色の雲の縁から太陽の光が斜めに射して来ていた。
その光の中にわたしたちがいる。
老人たちがいる。
車椅子に乗せられて無言で俯いている者たちがいる。
雀のつがいがいる。
ヒヨドリのつがいがいる。
それはこのひろい宇宙のなかのひとつのいのちということなのだろう。
いのちのひとつひとつが個々に光を灯しているのだろう。
この世界には呆れてものも言えないことがあることをわたしたちは知ってる。
呆れてものも言えないですが胸のなかに沈んでいる思いもあり言わないわけにはいかないことも確かにあるのだと思えてきました。
作画解説 さとう三千魚
* 朝日新聞 2022年2月18日 一面 新型コロナ感染者数詳細 記事より引用