森そして冬の壁

 

有田誠司

 
 

矛盾と後悔 僕の弱さから来る痛みが空を覆う
気が付いた時には秋は終わっていた
漂う雲は形を変え その色さえ違って見える

冬が訪れるまでの暫定的な空白に
秋が好きだと言った 君の事を想い出した

僕等は地図も持たずに森を歩いていた
時の存在が失われた赤い森
其処は世界の終わりに似ていた

灰色の冬雲の翼 高く聳え立つ壁
僕を誘い込む幻影は暖かく
僕の心を静かに解きほぐす 
君の息遣いで満ちた部屋の様に感じた

不完全な僕と不安定な君の狭間
また冬が始まる

 

 

 

天然無窮

 

長谷川哲士

 
 

思索は全て脳の泡もう考えるな
汁の流れに身を任せ
心臓と肋骨の隙間こじ開け
外を恐々覗き見してはほくそ笑み
極北の群青見る事願いながら
震えてそこに在る事だけが
人間に許された唯一の享楽

ぶるぶるぶるぶる震える音楽
泡は弾けて空へ溶けてゆく
もう考える必要も無い
深々と血液の真紅が
黒々と成りゆきて漆黒の夜
踊って睡る泣いて融けて
存在に謝れ

土に頭擦り付けて
土の中にまで潜り込んで
呼吸を忘れてやっと
謝った事にしてもらえるかは不明瞭
分からないから賭けてみる

からりと骰子を振った
後からずっと
静かな静かなここにいる
たまに周りで血の繋がった
他人が来ては泣いている
風は口笛吹いている

 

 

 

疾る剥製

 

長谷川哲士

 
 

黒塗りダンプの運転手初老でそして
リーゼントだせっ執拗に遅い速度で
走行こちらニヤニヤ見てる
馬鹿野郎殺すぞ目脂止まらぬ

夢幻地獄と生活苦と午前五時の薄明
またもや朝がやって来る
身体の中を軽石が漂う毎日
ふわふわと綿菓子肺の中身で浮遊

 
隣の心臓は色仕掛けで全身を誘惑す
躍起になっちゃって艶々の桃色

ブルーモーニングおはよう
今青く重たい雨が降ってる
ふと長い舌で顔を巻き取られ
頭蓋の内と外がひっくり返ってローリング
三度目のチャンス失し更なる三度笠

坊ちゃん三度目の正直なんてねえよ
知らなかったとは言わせねえよ
もう言葉も無く陰毛も抜け落ちてしまい
愚かしく可愛らしく
眼を碧くして号泣しよう
二度とない青春の日々よ
夜に突っ走ればいいさ

 

 

 

深淵

 

有田誠司

 
 

ひとつひとつの言葉に関係性を探した
理解出来ない謎かけ 暗号の様な言葉の欠片

その断片は他を寄せ付けない独立独歩
僕は全てを同意した
理解出来るか出来ないかなんて
たいした問題じゃ無い

詰問される事も
事の迅速さを要求される事も無い
沈思黙考が少ない語彙の間に流れていた

巧妙な罠 言葉巧みに警戒心を取り除き洗脳して行く
僕はその世界の一部を除外しただけの事だ

一面の雲に隠されたままの太陽と
何かをあてもなく待っている僕が居た
君は時計を持たずに
君に適した時間の流れの中に存在し続けている

僕の意識の周辺にある壁の枠組を
まるで何も無かったかの様に君は入り込んで来る

壁の向こう側にある深淵 其処に君は居る
恐れる事は無い 光無き混沌と沈黙と静寂
其処に君は居る もうひとりの僕が居る

 

 

 

墜落無宿

 

長谷川哲士

 
 

お前が少し腰を左側にずらしたばかりに
とんでもない事現金するりと俺の
ポケットから滑り落ちて流れ行くのだ
川に流されどんぶらこどんぶらこ
現金川流れの果ての最果てに
桃太郎と成りて俺ちゃんの
金玉鷲掴みにして引き伸ばし
潰して喰い千切っちゃうのである
悲し過ぎるよ現金泣けるわ
資本主義だよ民主主義だ世
現金川流れ俺ちゃん襤褸アパルトマンに於いて
悶絶
苦い果実のような女のアンダーハーフパートの
センターラインを濡らす為にも
使用してみたかった現金なのだが不幸にしても
まるで他人行儀そして苦しんで寝た振りの図
傍の古臭いブラウン管テレビジョン
点いたままで消しもせず
面倒でね
脳味噌痒くてなし崩しボレロ滞る家賃
巨大化する胃袋ほら経済いかにせん

 

 

 

ファンファーレ

 

長谷川哲士

 
 

ケムリ模様の雨模様
雨ばっか降りやがって
どんどん雨激しくなりやがって
哭く喚く天の声なのかよ
ひゃっひゃっひゃっ

ああキノウの蝶々だなこれ
地に目を遣る
激しい雨に打たれ打ちひしがれて
飛ぶ事諦めさせられ
死んで行った美しい揚羽蝶
その美し過ぎる屍はヌルリ輝く

まるで嬉々として残酷シャワーに晒され
爆音警報鳴り止まぬ中
びしゃびしゃ飛翔しようという
抵抗の姿を見る
それは神々しく狂おしくも無残解体へと変容し
黒いアスファルトに貼り付けられる結局

その燻んだ翅模様、死んだ一昆虫の微々たる光
ぺたりと存在しています、ばらばらばら
ひとごとでも無かろうに、ククク笑いが込み上げる

死への面影だけは身綺麗にしておきたいものだ

 

 

 

透明な風

 

有田誠司

 
 

ラムレーズンの様な星屑が
とりとめもなく散らばる丘を歩いた
ギリシャ神話を語る
中古品の三日月 

恐ろしい程の孤独な夜に
羽根のペンで書いた言葉
それは何の概念も持たない
昇っては沈む太陽の軌道

僕は文脈と行間の中で
静かに息をしていた
欠落した感性が脱落を纏い
理不尽を抱き企みを育てる

僕が間違えたドアを開けたとしても 
誰一人として気が付かないだろう

そもそも間違えなんてものは存在しない
僕は書き上げた小説を封筒に入れ
火を付けて燃やした

それで全ては完結する
動も静もなく 文字に切り取られた
時間だけが 其処に横たわっていた

目には見えない透明な風の様に
通り過ぎてゆく 

石造りの塔の下に流れる水で
喉を潤おす野良犬の目には
あの日の星が映っていた

 

 

 

森の庇(ひさし)

 

室 十四彦

 
 

森は庇に満ちている
雨は漏れ落ち
陽はこぼれ出る
忍び寄る風に遠慮はなく
毛虫は糸をつたい降りてくる
クワガタは枝を踏み誤って落ちてもくる
枯れ枝は樹上の茂みから勝手気ままに投棄される
森の神様は上の方ばかり気にかけているんかい!
エナガからカラスに至るまで庇の隙間を狙い定めて脱糞だ
朝のさえずりの爽快さの真意はそこに在る

森は庇に満ち
嵐ともなれば
吹き飛ばされないテントを張ってくれる
巨木の腕は太く枝葉は厚い
頼もしい限りだが
俺ももう歳だと云わんばかりに
バギッと雄たけびを森中へ轟かせる
庇は柱ごと崩落し
森の屋根にホールを産む
さらに大きな
森のような宇宙が現れる
これから、何が落ちてくるんだろう

 

 

 

偶然という光風

 

藤生 すゆ葉

 
 

一、

予想の域を超えて 鈴の響きとともに
目の前に現れる

 

夜明けに始まる鳥のコーラス 
夕暮れに眠るマーガレット
綺麗な月に寄り添う澄んだ空

今という時を読み返す

 

あの日 印象的な舞台が在った

人と私 人とモノ
右 左 後ろ
自然と身体揺らし
リズム刻む 前へ

人と人と私 オレンジの空間
同じ街 となりの道を歩んできた
はじめましての 人と人

風が吹き 高揚する
光の合図で 笑いあう

虹の粒が弾けだし 拍手とともに色が満ちる

 
幾千もの点 幾千もの辻

これからへつなぐ
今というあたたかさ

創られた、
創り出した舞台

円い愛と

あなたと

 
 

二、

ある日のこと

ユニークな大先輩と
食事に行くことになった

彼の提案してくれたお店は

近くか遠く

選択を彼に委ねた

“遠く”へ行くことになり、タクシーを探した

通るタクシーはすべて乗車

こんな日もあるのかと思うくらい

 
しかし、彼がこちらを向いた瞬間

空車のタクシーが彼の背を通り過ぎた

この世は創られていると感じた

遠く後ろのほうから今を眺めているようだった

近くを選択し お店に入った

常連さんたちでにぎわっていた

歴史を感じる空間には

人の感情がコロコロ落ちていた
色とりどりの葉のようだ

お店の方に席をつくっていただき

常連さんのおとなりの席についた

彼と言葉を交わす
そして常連さんと言葉を交わす

いつの間にか3人の空間になっていた

言葉が交わされるほどに
彼と常連さんがどの時代も同じ空間にいたことが発覚する

半世紀以上たった今

やっと出会う

こんなにも早く、かもしれない

奇跡という偶然

今がこれからに願う
あたたかさ

ふわっと恩光が通り抜けたように感じた

橋が架かった

予期されていないように

今を創り出す

愛だった

 
 

三、

不思議な偶然がよく起こり、なぜそのようなことが起こるのか
辿っていたころだった
“偶然という顔をした必然”を他者を通して
垣間見るときがあった
お店を選ぶ、席につく、会話をする、
(先輩と会う前にも様々な偶然が重なるのだが)
これらの選択から起きた出会いという偶然は
なるべくして起こったようにしか
感じられなかった
次元を超えた働きがその状況をつくりだしているのであれば
なぜつくりだすのだろうか
自らが定めたストーリーなのだろうか

このような事象に遭遇すると少なからず人は
その“今”について立ち止まって考える
…ような気がする

 
あの時の光風は
きっと愛という前提のもとに生まれている
人間の意識内
人間の意識外魂内
偶然は愛の変容形、なのだろう

 

 

 

青痣

 

クイーカ

 
 

耳鳴りに突きつけられた犇めく闇の 青痣
かの燭台にはシナプスの火花が 
絶えることなくくべられている
棒と思えば振りかざせるあれを
食らったつもりで死んじゃえる私の一つの認識で
終わらせた世界のベン図のとりうる有効射程は
眼球の裏側
に過ぎなかったのだ

終わらないグラデーションを揺蕩い
数限りない瓦礫の積み木に一縷のインスピレーションを掴んだ
そんな日々を慰撫する如く
内側に丸まりだした自我
破瓜せよと 喚く赤い理性も背いて
埋めたての瘡蓋を剥がして
新しくすることだけ

ああ 青くなるまで撫でてくれ!
赤く噴き出さないように そっと 
殺さないように殺ぎ続けてくれ ずっと
その 棚に並んだ石鹸のような笑みで

何番煎じの生活だろう
上京
狂騒
ハイドアンドシーク
白線の外を怖がる小学生に
いつの間にか同調していた

ランドセル     
        ≪ が 鳴く≫

干潟 どこ までも
幸せを噛みしめたなら奥歯に埋まったスイッチが押されて
滲みだした水位で簡単に溺れる
そんな予感が僕を
蟻みたいに僕に舟を編ませている

どこへも行かなくていいように
深く深く錨を下ろして
昼寝するだけの舟があったら

青くなるまで撫でてくれ
脆くも崩れ落ちないように そっと 
溺れないように泳がせてくれ ずっと

青くなるまで!
この星が蒼くなるまで
青くなるまで
見えない手の平は転がし続けるだろう

俺たちをだよ

出られない
出られなかったいくつもの雲たちが
涙となり土に消え
目玉を遂に抜けました

そんな寓話に託すべき夢を
視るために瞼を閉じる
瞼を見ている
犇めく闇の 青痣

26時
長針が徐に首を垂れる
祈りが 下りていく

断崖に沿い
吹き抜ける 文字という文字

その向こう
うらら靡く黒いシーツ

誘われるように
洗われるように
救われるように
沈み込んでみたとしたら