いきあたる
景色にいきあたる
いきあたる
ものを
みてきた
景色にいきあたる
景色にたちどまる
いきあたる景色を残してきた
いきあたる景色を残してきた
ひかっていた
ひかって消えた
ひかって消えていった
ない景色をいきる
ない景色をいきる
いきあたる
景色にいきあたる
いきあたる
ものを
みてきた
景色にいきあたる
景色にたちどまる
いきあたる景色を残してきた
いきあたる景色を残してきた
ひかっていた
ひかって消えた
ひかって消えていった
ない景色をいきる
ない景色をいきる
湯槽に浸かってから
部屋の障子をあけました
満月の月が光っていました
それから牧陽一さんの
アイ・ウェイウェイ スタイルを読みました
牧さんの覚悟がありました
ひとびとの悲しみがありました
燕たちは昼間
テトラポットの上を旋回していました
今朝
海辺でことし初めての燕をみました
テトラポットのまわりを旋回して
虫を捕っていました
昼には街のアスファルトのうえに
磯ヒヨドリをみました
夕方
二羽のムクドリが窓辺で身繕いしました
導くものは
鳥のカタチをしているのだと
思いました
暖気がはこぶもの
低い音の輪唱で、地から湧く。
朱の洪水は、ななめに染まり
音符のように、点々とそれは、人から出た液なのだと
歌われる。
眼の針が、そのように蕾をひとつずつ
ぷしゅんぷしゅんと潰して
ぷしゅんぷしゅんが、伴奏となって
音楽は、面に張り付いている。
視界の前には、音の羽の川が山から降りてきて
右岸には、おだやかな低体温の宮がひろがり
左岸では、それを怒る、朱の花たちが
ただしい春情を喚いている。
はるにくのやくごとにふるあぶらじる
のようなテーマの混声は、もともとは綺麗なのだ
と、まず、ひとりめの高僧が説きはじめた
しんらん、どうげん、ほうねん、えいさい、にちれん
なんとかてんのう
●
滝をアラームで起こす。
滝は、立ち上がって、洗顔している。
垂直に感応したのか、
瀑布の成分は、したたかなあぶらじる
鹿などは、焼かれ喰われ
木は選別して伐られ、
残った、朱のそれ
それは、椿の
春情ではなく、椿情だった。
●
蒼ざめた艶書の、おもてには
ののしゅの
しゅののの
ゆの、緒と朱がまぎれて
あなたさまのちはななめのおもてにならびおとわのかわはそまります
と書かれている。
●
夜になると、ただ鹿鳴だけが
喘いでいる。
連作「音の羽」のうち
昨日は
飲まずに帰った
部屋に着いたら
電話が鳴った
さいきんどうよ
だいじょうぶかよ
荒井くんはいった
荒井くんは酔っていなかった
浅草にいい店をみつけたといった
今朝
目覚めて
冷蔵庫の牛乳を飲みました
表面が
揺れていました
今朝のスープには
生姜を入れました
生姜を入れたので
鰹だしと塩だけでいいのです
あとで思いだして
干し椎茸も入れました
かつて
助けませんでした
こころを病んだ友人を
助けることができませんでした
今朝も
スープを飲んで
湯槽に浸かりました
今朝
スープをつくりました
大きなモヤシと
にんじんとわかめとウインナと
鰹だしでつくりました
豆板醤をすこし入れました
それから
お風呂に入りました
ひとりのときは
何も言いません
わたし
湯槽に浸かってました
湯槽に浸かっていました
昨日は
モコと海をみていた
海辺を
モコと歩いた
カモメが飛んでいた
カモメは空に浮かんでいた
それから牧陽一さんの
「アイ・ウェイウェイ スタイル」を読んだ
スタイルではなかった
あるのは単独者の思考だった
そこに利休がいた
過ぎるものだ
一週間は
過ぎ去るものだろう
朝には
スープを作った
山芋と
青梗菜と干し椎茸とウインナと
鰹だしで
麦味噌と牛乳と入れた
過ぎ去るものだ
過ぎ去っていった
朝
スープを作った
空の上で
小さなダンスを踊った
きみをみていた
まぶたをつぶって
いた
電車の
なか
あなたは
まぶたをつぶっていた
闇をみていた
闇のなかに模様はあった
ひかりはまぶたの裏側を
流れた
闇のなか
花は散っただろう
波は揺れただろう
ヒトは去った
ヒトは去りひかりは溢れていた