季節は菊の祭壇

 

爽生ハム

 

 

線路は続きがち。
昔はあんなことも、
つい最近の昔もこんなこと。

野鳩を捕まえようとするフォルムを子供がよくする。
それはしあわせだった
何度も足を運び、
律義なしあわせだった
のは知っている。
追いかけ回す羽の生えた点滅でした。

中身はヌイグルミ
洗濯の難しいサイコ
不安はたやすくたまる。

何もでてこない。
最近、なんか逃避行かな。
あきらめて、
最初から口紅燃やして、
チャリティで愛ふるまう砂糖料理のよう
たまに不味いぐらいだったのが、
今じゃいつも不味い。

いい子になっちゃったのかな。
口元を汚すことなく
聞き手にまわる言葉じゃ

反転した言葉のほうが、まだ信じられる。
線路も折れるといいな
こんなに続くはずがない、
どこかの終わりが折れて戻ってきたんだろう。

ここの女王、それ私。

チョコレート浸る茶色い鏡ごし
嗚呼、行いが悪い

 

 

 

タウン

 

長田典子

 

 

みずえのぐ、が
にじんで
おもわぬ
ほうこうに
はみでてしまうように
わたしは
はみだしてしまう
はみだしてしまうのだ

片道切符で
飛行機に乗った
はみだしていった
窓の景色は
うすずみいろ、から
にじんだ
まーまれーど、
にかわり
アメリカ大陸に
すいよせられていく

はみだしていった

夜中
タクシーを降りると
マンハッタンのはずれのアルファベットタウンの一角は
だれもいなくて
こわかった
火事で焼け落ちたままの
びる、のはしら
ゆき、におおわれた
みしらぬ
よる、のけはい

こわかった

飛行機は悪天候のため6時間遅延し
おおゆき、に見舞われた
マンハッタンに
タクシーで向かった

こわかった
けど

案内人の後をついて
仮住まいの
アパートの階段を昇る
重いスーツケースの角が
黒い鉄の階段にぶつかるたびに
ガツン!ガツン!
と悲鳴を上げた

4階のつきあたりの左側
ドアノブをガチャガチャやっていると
向かいの部屋の若い男がドアから顔だけ出してちらっとこっちを見た
男の背後の部屋の中は暗赤色だった
赤いライトが灯っていた

こわかった
けど
はみだしてしまう
はみだしていった

赤い部屋の男は
いつも、一日中部屋にいて
仮住まいの部屋は
壁が薄くて隣の声が筒抜け
ときどき女や男が来ては
ひそひそ話しこんでいる

薄い壁を挟んで
わたしたちは
どこからも隔たり
はみだしていた
窓の外は壁ばかりで
何も見えない部屋で

はみだしていた

あさ
外出しようとして
ドアに鍵をかけようとしたら
鍵穴がくるくる回ってしまい
かからない
なんど
やりなおしても
かからない
くるくる回しているうちに
ふいに
カチャッ、と落ち着く場所がある
鍵を抜いて
ドアノブを回す
ドアを引いたり押したりして
ようやく
鍵がかかったとわかる

ふしぎな
鍵穴
はみだした
鍵穴

外に出ると
ゆき、はさらに
ふかく、つもっていて
とうけつ
していない
ゆき、の
ぬかるみを
えらんで
歩く

パキスタン人の店に入り
さんざん迷って
パンとミルクとジャムとフルーツジュースを買う

ふしぎな
パキスタン人の店
見たことのない文字と見たことのある文字が入り混じっていた

ここでは
タウンでは
はみだしたものばかりが
身を
かたちを
よせあっているよう

茶色くて粗末な紙袋を抱えて
アパートに向かうと
すでに、さっきの道はぜんめん
とうけつ
ゆき、の
ぬかるみを見つけながら
そろそろと歩く

かたあしずつ
つっこみながら
ふしぎな
鍵穴
について考える

ゆき、の
ぬかるみ

タウン

わたしに
せいあい、の
かんけいを
えらばせる
ゆき、の
ぬかるみ

くるくる回る鍵穴は
鍵を
タウンの
ゆびさきを
えらばせる
ゆき、の
ぬかるみ

なまなましい
せいえき

せんたくのり
のようで
せんたくのりがかわいたら
わたしと
タウンは
もうはなれない

もう
はなれない

はみだして
はなれない

アルファベットタウンと……
アルファベットタウンで……

ぬかるむ……
ぬかるめば……
ぬかるむとき……
ぬかるむであろう………

タウン。

 

 

 

put 置く

 

雨戸を

閉めて
ブラームスの

6つのピアノ曲の
第6曲を

繰り返し
聴く

そこに

おとこがいて

おんなと
おとこがいて

きみは

甘い
液体なのかい

世界の終わりをみてる

雨戸を
少し開けてみる

底のない世界できみの美はどれほどの強度をもつの

 

 

 

@150812音の羽  詩の余白に 7 

 

萩原健次郎

 

 

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壁にそって歩く。少しは、盲の手さぐりで、視ることを失わずして、ぽかん場までふいに出る。わたしは、いつかは踊り手だったのだろうか。手の視線があり、狭隘な道と道が交わる丁字の接点に立っていた。
光のとおり導かれているとも言えるし、翳に吸い寄せられるように、薄い黒点を求めているとも言える。
気配の翻り、反転、天地のひっくり返りや、一瞬に無彩にしてしまう所作に酩酊気味に自嘲しながら、ときおりの盲の心持をふところに隠している。
高い塀のあるところまでたどり着いた。その前には石が敷き詰められている。鳩だろうか、カラスだろうか、それは小鳥のような細かなざわつきではなく、鳥の体躯のすみずみに満ちた気の隙間を震わせて、私の足許に迫ってくる。

――なぜ、逃げないのだろうか。
私は、足をばたばたと、地を叩く。

――円陣に、縛られているのかなあ。
ピーピーという、甲高い声が鳴る。

眼の行為を失うために、眼の行為を摩耗するまでに繰り返して、それを鳥たちに覚られているのなら、もう諦めるだろう。

――私のたじろぎは、もう鳥たちの眼の行為で鋭利に抉られている。

あとは、熱度への執着だろうか。私は、どんな人間よりも熱を帯びている。手も足も耳も腹もさわれば熱いぐらいだ。その気を放てば、鳥も虫も寄ってはこないだろう。盲といっても、凍えてはいない。

――そうか、熱線で、鳥たちのか細い脚を、ジュジュッと焼き切ってやろうか。

あと数分で、この川面が夕焼けに染まる。川面だけではない。一帯が闇の中に沈んでしまうその手前の瞬時、一帯が滅ぶ朱の粉末が降ってくる。

盲の私の、眼の象形までもが鳥の嘴に殺られる。

 

 

 

生きるよろこび

 

佐々木 眞

 

 

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日曜日
イタドリの葉っぱの上で、ゴマダラカミキリが交尾している。こっちでももう一組が夢中で交尾している。するとそこへもう一匹がブーンと飛んできた。「僕も混ぜてくれよ」

月曜日
朝夷奈峠を登っていたら、まだ学習中の鶯が「ホー、ホケキョウ、ケキョウ」と鳴くので「ホー、ホケキョ」と口笛で教えたが、また「ホー、ホケキョウ、ケキョウ」と鳴いた。

火曜日
大水が轟々と流れる光触寺橋のほとりにじっとたたずむ青鷺のザミュエルを、1年ぶりにみつけた。「おいザミュエル、元気だったかい」と呼びかけても知らん顔で水面を見ている。

水曜日
亡き母の家の庭に亭亭と茂る無患子の花冠が、風にそよいでいる。
藝大の庭で拾った一粒の実から、十五年を経てとうとう花開いた無患子の黄緑色の花。

木曜日
太刀洗に散歩に行ったら、今朝生まれたばかりの無数の瑠璃蜆に取り囲まれた。
瑠璃蜆また瑠璃蜆てふてふてふダンスだダンスだ瑠璃色ダンス。

金曜日
滑川をまた蛇が泳いでいないかと覗きこんでいたら、川向うの野原を茶色いものが跳ぶ。
40年目にして初めて見る野兎だ。「おーい、ラビット太郎」と呼びかけたが、森に消えた。

土曜日
夜、次男と一緒に三郎の瀧まで散歩したら、蛍が舞っていた。
高く高く飛んでもはや星と見分けがつかなくなった蛍を、二人でいつまでも眺めていた。

日曜日
長男の大好きなカレーライスを、家族揃ってお昼に食べる。
世の中にこんなおいしいものがあるだろうか。

月曜日
次男がアパートの外でずぶぬれになってミャアミュア鳴いていた子猫を拾って、医者に連れて行ったら元気になったそうだ。いい人に貰ってほしいな、青い瞳の子猫チャン。

 

 

 

ほとほと自分に愛想をつかす失敗は たいてい六月におこしていた と 気づいて わかったこと

 

たかはしけいすけ

 
 

人間は水でできているから
大気の水が不安定なときは
からだのなかの水も影響を受けて
バランスがくずれてしまうのさ

ぼくがわるいんじゃない

天気のせいだ

 

 

 

drive 運転する

 

こだまは
新富士を過ぎた

昨日は
高円寺の

バー鳥渡で飲んだのだったか

朝まで
飲んだのだったか

広瀬さんが
歌うのを

聴いたの
かな

午後に目覚めて
水風呂に

はいり
新幹線に乗った

のだったか

こだまは
新富士を過ぎたのだったか

 

 

 

Les Petits Riens ~三十五年はひと昔

蝶人五風十雨録第3回「七月三十日」の巻

 

佐々木 眞

 

 

1981年7月30日 木曜
はじめて油蝉鳴くを聞く。今年は珍しく遅し。されどニイニイは盛況。ミンミンは既に鳴いている。

1982年7月30日 金曜
スポーツ物にworkoutの JaneFonda を起用する件で絶望的な努力を払う。
神奈川県県域自閉症児者親の会の夏の合宿の準備をする。

1983年7月30日 土曜  快晴
機械計算課にてコンピューターの勉強。

1984年7月30日 月曜 晴れ
CMランドにてUCLA編集ラッシュ。

1985年7月30日 火曜 晴れ 暑し
「おごれる者は久しからず」と妻君より叱責を受く。正しき批判なり。
ゴダール演出のTVCMのナレーションをヴァレリー&掘辰雄訳の「いざ生きめやも」に決める。

1986年7月30日 水曜 猛暑
富士見乙骨滞在2日目。生まれてはじめてゴルフをする。インもアウトも81。初めてにしてはうまいと褒められたり。

1987年7月30日 木曜
ワーナーにて「勝利への旅立ち」。ジーン・ハックマン、バーバラ・ルーシー、デニス・ホッパーのアメリカン・バスケット・ロマン。泣かせる映画だ。
ギャラリー・フェイスにてハリー・ランバートの「Spiritual Art展」パーティ。

1988年7月30日 土曜 晴れ 寒
耕君ノド悪し。会社を休みて部下に電話で指示。
東海地方ようやく梅雨明けしたが気温低く避暑地の如し。ニイニイ、カナカナ鳴けどもアブラを見ず。

1989年7月30日 日曜 小雨
熱海より車で10分。全日空伊豆山研修所にて研修3日目。海底火山の下田沖を見晴らす山中なり。朝8時から夜は9時まで。余は長谷川君と同室なりき。

1990年7月30日 月曜 晴れ
毎日暑い。鼻の中のキノコ、少し小さくなる。
高橋は不貞腐れて全然仕事をしない。

1991年7月30日 火曜 晴れ
IN・EXPRESSのショー打ち合わせ。ブルーハーツのスケジュール出しを待っている。

1992年7月30日 火曜 晴れ
横須賀線の新橋で降りたときに、最愛の薄手の濃緑のジャケットを車内に忘れたり。10年以上前に新宿丸井のバーゲンで求めし伊ポリーニ社製の極めて着心地よき最高の一着なりしが、遂に戻らずなりぬ。嗚呼!

1993年7月30日 金曜 曇りのち雨
試写会で2本。「デーブ」はよくできた娯楽作。「オルランド」はヴァージニア・ウルフ原作の時の旅の物語なり。
河野洋平、自民党総裁となる。

1994年7月30日 土曜 小雨のち晴れ
愛犬ムク、太刀洗いに大いなるイボガエルを襲うが、蛙もさるもの必死に水溜まりに潜りて、九死に一生を得たり。

1995年7月30日 日曜 晴れ
「通帳に2億円の預金がある」と嘯く商人の隣で、冷やし中華を食したり。

1996年7月30日 火曜 晴れ
午後6時より九品仏浄真寺にて金谷善文氏通夜。八高会の弔辞物凄し。列席者全員で南無阿弥陀仏を唱えて終わる。

1997年7月30日 水曜 雨
嫌いな上司休みたればわれらリラックスして仕事に励む。
雨戸が閉まらないので、長男を叱る。結局妻が直したが、後味悪し。

1998年7月30日 木曜 曇り一時雷雨
次男が山で雷雨に遭わねばいいがと心配する。
本日小渕内閣誕生。

1999年7月30日 金曜 晴れ
本日をもって部長職を解任さる。8月を戦う決意を固め、メールを送る。

2000年7月30日 日曜 晴れ
終日授業の講義録を作る。

2001年年7月30日 月曜 晴れ
終日仕事をする。 参院自民64、改選過半数の61を単独で突破。公明と併せた与党は78で非改選併せて139と参院過半数の124を上回った。小泉人気の賜なるか。

2002年7月30日 火曜 晴れ 猛暑
東映にて大映映画「桃源郷の人々」、松竹で北野武の「Dolls」をみる。後者は素晴らしい映画であった。

2003年年7月30日 降ったり止んだり
先日ボブ・ホープ100歳で死す。義母と3人で魚屋さんで昼食す。義母、美味しいという。

2004年7月30日 金曜 晴れたり曇ったり
台風10号太平洋岸に居座って土用波高し。
妻はふきのとう舎の掃除に大和迄行く。

2005年7月30日 土曜 曇り
今年初めて長男と由比ヶ浜にて海水浴。たった2回だけで「もう帰ります」という。7時10分に出かけて帰宅10時半なりき。
ミンミン、アブラ、ニイニイ鳴く。シャープの電子辞書を発注す。

2006年7月30日 日曜 晴れ 梅雨明け
文化の学生を伴って新宿、表参道の店舗デザインを見物す。
長男と朝夷奈峠を登って熊野神社へ。蝉が鳴き、藪茗荷花盛りなり。

2007年6月30日 月曜 大雨 、雷のち曇り
昼前に雷雨あり。小田実、癌で死す。昨夜民主60で参院第一党となる。自民は37.

2008年7月30日 水曜 晴れ *
2匹のアブラゼミが路上にひっくり返っていたのを木につかまらせたり。工芸大勤務の最終日。阿久津氏に蕎麦屋でごちそうになる。
イチロー3000安打。

2009年7月30日 木曜 晴れ 暑し暑し
文化女子大試験。4名欠席。

2010年7月30日 金曜 曇り*
午前、美人で苦労人のホーミングの高橋さん、来訪。
夕方横須賀パナソニック修理人の小川さん来訪。3台目のブルーレイレコーダーに交換してもらう。

2011年7月30日 土曜 雨 のち曇り
元ロッテ、NYヤンキースの伊良部投手がロスで自殺、42歳。いかなる次第ありしか。

2012年7月30日 月曜  晴れ 暑し*
朝、次男千葉に帰る。余は文芸社の仕事をする。

2013年7月30日 火曜 晴れ
本日はなぜか長男からの電話攻勢なし。

2014年7月30日 水曜 晴れ
義姉、妻の容態を案じて南浦和より来る。

2015年7月30日 木曜 晴れ 猛暑
鎌倉に住んで40年ほどになるが、かくも暑き夏は生涯にわたって経験したことなし。私の家は真夏でも風通しがよく、エアコンをつけることもなかったが、今年は別。地球は確実に温暖化し、日本列島は亜熱帯化している。
夕方滑川でオオウナギのウナジロウの姿を探したが、どこにも見当たらなかった。

 

 

暗闇にウナジロウの名を呼ぶ暑さかな 蝶人