暗譜の谷

 

萩原健次郎

 
 

kusa

 

わたしに、実を産む力はない。
鳥も草花も、実を産む。

水が涸れる。

すこしは、水位はある。
もう、石粒が敷き詰められた平坦な川底に
見えて
納めているように
ゆがんで (かがんで
見ている。

鳥も草花も、
ぺらぺらと饒舌に、ひそかな声を並べて
均された石粒も、並び

景の棺
親しく

みおさめ、見納め
み、身の収容も、
み、

中空の、中の音 (ね、
ミ、ミ、ミ、
ミ、ミ、ミ、
ミ、
ミー。

わたしはいつかわたしとすれちがう
生滅の、身代わりを
そっくりわたしに譲る。

手渡されるのも
焦げた、み、で。

たがいに
ひとりは、坂の下へ
ひとりは、坂の上へ
駆けて行った。

川、ちょろちょろ
鳥と草、ざわざわ

実の詰まった棺、ころんころん

馬鹿にした、音楽だ。

 

空白空白空白空白空白空白空白空白空白空白空白(連作のうち)

 

 

 

家族の肖像~「親子の対話」その11

 

佐々木 眞

 
 

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お父さん、大洋がベイスターズになったの?
そうだよ。
耕君、ベイスターズ好きなの?
好きですお。

お父さん、「どんど晴れ」の夏美のなつは、夏のなつですお。
そうだよ。夏のなつだよ。

お母さん、レイプってなに?
嫌な言葉よ。どこで聞いたの?
知りませんよ。

お母さん、責任てなに?
しなくちゃいけないことよ。
お母さん、ぼく責任持ちますお。
そう、持ってくださいね。
無責任はいけないことですお。ぼく責任持ちますお。

ぼく「国鉄最終章」の本、好きですお。
そうなんだ。
ぼく、「国鉄最終章」の本、買いましたお。
そうですか。

耕君、無駄遣いしないでね。
はい、ぼく無駄遣いしませんお。
無駄使いするとお金がなくなるからね。お金がなくなったらどうなるの?
どろぼう?
お米やお肉や野菜が買えなくなるでしょう?
はい、ぼく無駄遣いしません。

お父さん、賜物ってなに?
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お父さん、さいならって、さよならのことでしょ?
そうだよ。
さいなら、さいなら、さいなら。

あしたおばあちゃんチに行って、図書館へ行って、西友へ行きますお。
分かりました。

お父さん、ベロだしちゃだめでしょ?
だめだよ。

お母さん、つべこべってなに?
つべこべいうことよ。

「横浜線では混雑緩和が試みられることになった」
お母さん、ぼく読みましたよ。横浜線好きになったんですよ。
そう、良かったね。

お父さん、横浜市は金沢区とかでしょう?
そうだよ。

お母さん、ミニストップ行ってきますよ。
なにしに行くの?
アイスクリーム買ってきますよ。
気をつけてね。
はい、行ってきます。

神様ってなに?
耕君がちゃんとやってるか上の方で見ているひと。
そうなの?
そうなのよ。

お母さんさん、歴史ってなに?
これまでいろいろあったことよ。平成の前は昭和でしょう、その前はなんだった?
大正。
そうそう、そういうふうに。

お母さん、せせらぎってなに?
川がゆっくり流れていることよ。
せせらぎ、せせらぎ。

お母さん、まぼろしってなに?
人には見えないものよ
まぼろし、まぼろし。

お母さん、めんどくさいって、なあに?
めんどうなことよ。

お母さん、おだやかってなに?
グワーと怒らないことよ。
ぼく、おだやかにしていますお。

お父さん、埼京線は浦和南高校に行く時でしょ?
そうだよ。

お父さん、コスモスは秋と桜でしょ?
え? ああ、そうだね。

お父さん、三角の英語は?
トライアングルだよ。

お父さん、ファは小さいアでしょ?
そうだよ。

お父さん、小田急は青い線でしょ?
そうだよ。
無人改札って駅員さんがいないんでしょ?
そうだよ。

ありふれたってなに?
よくあること、よ。

お母さん、早くお風呂に入ってね。
はいはい。

ぼく、蓮佛さんの声好きですお。
蓮佛さんの声真似してみて。
「ご迷惑をおかけしてどうもすみません」「かいとくん、早く良くなってね」
上手だね。

蓮佛さん、なんで泣いていたの?
生まれて初めて作ってもらったお弁当が美味しかったからよ。

調べるのは検診でしょ?
そう。
歯のゴミは歯石でしょ?
そうだよ。

お母さん、責任取るってどういうこと。
最後までちゃんとやることよ。
ぼく、責任持ちますので。

お母さん、ぼく、雨と雪両方好きだよ。
そうなの。

ジュース1本にしましたお。
ホントかなあ、いっぱい飲んだんだろ?
今度1本にしますお。

お母さん、なほちゃんに会った?
会いましたよ。
なほちゃん、笑ってた?
笑ってたよ。
なんで笑ってたの?
楽しかったからよ。

お母さん、ぼく鎌倉郵便局好きですよ。
そう、じゃあ今から行こうか?
嫌ですお。

お母さん、アドバイザーってなあに?
いろいろ教えてあげるひとよ。

お母さん、あざやかってなに?
きれいで輝いていることよ。

お母さん、黒木メイサがジュースを飲んでるとこになって。
「ああ、おいしい、おいしい」
ぼく黒木メイサが笑ってるの、好きだお。

お父さん、京浜東北線変っちゃったねえ、
青い電車もうとおってないでしょう?
もうアルミ車ばかりでしょ?
へー、そうなんだ。

「来い」って「来てね」のことでしょう?
そうだよ。

ぼく、オダカズマサ好きだお。
そうか、耕君は小田和正好きなんだ。

車椅子そっと押すのよ。
そうね、そっと押さなきゃね。
ぼく、車椅子そっと押しますお。

お母さん、ジョウトってなに?
譲り渡すことよ。
JR203系、インドネシアに譲渡されたよ。
へえー、じゃあ今インドネシアで走ってるの?
そうだお。

お母さん、じょじょにって、どういうこと?
だんだん、ということよ。
じょじょに、じょじょに。

お父さん、ぼく旅行でおみやげ買ってきますよ。
ありがとう。
お母さん、ぼく旅行でおみやげ買ってきますよ。
ありがとう。

ぼく群馬旅行好きですよ。
そうなの。
ぼく「ホテルきむら」好きになりましたお。
群馬旅行、また行きますか?
また行きたいですよ。

大宮高校どこにあるの?
埼玉県だよ。
お父さん、ぼく埼玉県好きだよ。

 

 

 

ムックムックは上下する

 

辻 和人

 

 

ムックムック
ムクムク
クククッ
骨の奥から目覚めて
ゆっくり、けれど力強く
湧き上がってくるものがあったんでしょう
いや、ぼくじゃないですよ
ミヤミヤですよ
ムック、ムック、ククク・・・・・・

ベッドに入って手握って
「おやすみなさい」を言おうとしたその瞬間さ
「ねえ、かずとん。
そろそろ家を買おうと思うんだけどどう?
結婚前にも話したでしょ?
いつか自分の家が欲しいって。」
そう言やぁ
江ノ島デートの時にだいぶ熱を入れて喋ってたな
「うーん、まだちょっと早いんじゃないの。
ヘンなのつかまされちゃいやだし。
じっくり情報収集してからにしようよ。」
ミヤミヤ、ガバッと半身起こす
「かずとん、約束違うじゃない。
結婚するなら家は欲しいって言ったでしょ? 
もおぅー、来週は不動産屋さんに行くからね!」
買う気ないとは言ってないのに
言ってないのに
ミヤミヤ、怒りで鋭い三角形に変形
ムクムク
ムックムック
ムキキッ!
はい、わかりました
来週ね

はい、来週の土曜日になりました
不動産屋さんの車に乗ってます
「マンションっていうのはピンキリなんですよ。
今日お見せするところは中古ですが作りはしっかりしていますよ。」
経験豊富そうなその人は通りがかったマンションをあれこれ批評
これはまあ、ピン
残念、これはキリ
ミヤミヤ、ムックムックと頷く
はい、着きました
緑豊かな庭つきのおしゃれなマンション
にこやかに迎えられて早速拝見
3LDKの清潔なお部屋
白い囲いがあってこれは今お散歩中のワンちゃんのお部屋だとか
予算的にも丁度いいし、駅からも近いよな
おや?
ミヤミヤ
ゥムークゥ、ゥムークゥ
風船が空気抜けるみたいにしぼみ中

「良いマンションだったけど私が欲しいのこれじゃないってわかっちゃった。
次は中古住宅見に行きましょう。」

だそうで
はい、翌々週になりました
一橋学園のお宅へ
敷地は狭いけれど明るい陽射しが差し込む
2人の小さなお子さんがいるらしく
カーテンの柄といい置物といいかわいいインテリア
連れてきてくれた元気印の女性の不動産屋さんは
「造りがしっかりしている割に格安な物件ですよ。
建ててから急に転勤が決まられたということでまだ新築同然です。」
床に、天井に、階段に、目をキョロキョロさせるミヤミヤ
悪くはない
悪くはないんだが
振り返ると
ミヤミヤ、突然ムシューッ、細くなる
カチン、固まってしまったぞ
「ありがとうございました。検討させていただきます。」

「やっぱり他人が建てた家っていうのは
趣味がいいものでも私のものじゃないって気がする。
私が良く利用するお店に住宅部門があって
今度見学会やるので足を運んでみましょう。」

はい、その翌々週になりました。
荻窪駅から歩いて15分、あ、あの白い家?
1階がアトリエと寝室、2階がリビングとキッチン
すすすーっと伸びるスケルトン階段には
きれいな絵が何枚も飾ってあって
いかにもイラストレーターさんのお家らしい
仕切りが少なくて柱もなくて
部屋の奥までパーッと見渡せる
面積以上に
ひろびろーっ
そして
床、がっしり
壁、がっしり
何でも高度な構造計算による工法を採用していて
耐震性に優れているそうだ
断熱性も高くてエアコンに頼らなくても快適に過ごせるそうだ
さて、ミヤミヤのご様子は?
部屋を子細に見渡す視線は厳しい、けどけど
ムックムック
ムックムック
目の奥が踊っているじゃあありませんか
おや、足にすりっとした感触
まあまあ
ピンクの首輪をつけた茶色の猫ちゃんだ
随分とかわいがられてるんだな
よしよし
がっしりしたお家に守られていると
安心しきって人懐こくなっちゃうのかな
あ、そろそろ見学会終了

はい、帰りの中央線です
結構混んでます
ミヤミヤの様子、ちらりと見ると
電車が揺れても
窓の外を眺める横顔は微動だにしません
そうかあ
ミヤミヤは気に入った
ミヤミヤは決めた
この顔になったらもう覆らない
一見クールだけど中は
ムック、ムック、ムック

わぁー、このままじゃ
一軒家建っちゃうよ
冗談じゃないよ
このぼくが家建てるって?
祐天寺のアパートの光景が浮かんでくる
本の山の間に敷いたセンベイ布団の上で
目をカーッと開けたまま
独りで死ぬんじゃなかったのかよ

でも
ミヤミヤがあんなに
ムックムック
なんて、何だか
楽しいな
横でぽーっと突っ立って
ムックムックを一歩下がって見守るって、何だか
楽しいな
一歩下がるには
下がるという動作をするための意志と力が必要なんだよ
ぼく、かずとんは
ムックムックと
一歩下がってついていく
ムックムックしたい人に道を譲ると
一歩遅れてちゃーんとムックムックがやってくる
そのことを
ぼく、かずとん
知らず知らずのうちにちゃーんと学んでたってわけさ
ムックムックは
ミヤミヤとかずとんの間の回りもの
生身と生身の間の回りもの
さて、かずとん
改めてあなたに問います
家、建っちゃってもいいですか?
うん・・・・・・いいよ
決まりですね!

はい、その翌々週
若い男性の不動産屋さんに連れられて小平市に土地を見に来ました
草ボウボウの33坪
バス亭とスーパーマーケットが歩いて3分
おしゃれな店なんか何にもないけど静かで緑は豊か
ぼくが育った神奈川県伊勢原市の雰囲気に似ているな
土地の前の道路の一部がまだ私道で
そのため若干割安になっているという
悪くない
っていうか、いいんじゃない?
不動産屋さんにお礼を言いマンションまで送ってもらう

はい、それでさ
マンションに辿り着いた途端だよ
「私、さっきの土地もう一回見に行くから。
駅からの時間も計っておくね。
かずとんは掃除機かけててくれないかな。じゃね。」
すたすた自転車置き場に歩いて
よいっしょ
ムッック、ムッック
腰を浮かせて自転車を漕ぎ出し始めた
ムキィーク、ムキィーク、ムキィーク
7月の午後
うっすら汗を浮かべて
自転車を漕ぐミヤミヤの後姿が
ムックムック
ムックムック
上下する
力強くて美しい
上下する背中が
ムックムック
一歩遅れて
見送るぼく、かずとんの視線も
ムックムック
美しい
美しい