中目黒で
東横線から
日比谷線に乗り換えた
ゆらゆら帝国を
聴いてた
荒井くんや
桑原正彦は
友達だろうか
なくてはならぬ
唯一のものか
また
わたしも
彼らの友達だろうか
母は泪をひとつ流して
逝った
母も
わたしの友達になった
中目黒で
東横線から
日比谷線に乗り換えた
ゆらゆら帝国を
聴いてた
荒井くんや
桑原正彦は
友達だろうか
なくてはならぬ
唯一のものか
また
わたしも
彼らの友達だろうか
母は泪をひとつ流して
逝った
母も
わたしの友達になった
チャカチャカ、
チャカチャカ、
チャっ。
テレビCMで
わんさか
出て来て、
歌ったり踊ったりしてる
あの女の子どもは、
なんじゃい。
流し目なんか送りやがっって。
チャカチャカ、
チャッ。
突然ですが、
俺っちは、
生きながらに、
詩人の化石になっちまってるのかね。
なんとかせにゃ。
チャカチャッ。
そういえば、
あの詩人は生きながらにして、
もう化石になっちまったね。
いや、
あの詩人も、
まだ若いのに、化石化してるぜ。
いや、
いや、
あの高名な詩人も
まだ生きてるけど、
既に化石詩人になっちまったよ。
俺っち、
バカ詩人やって、
なんとか、かんとか、
生きてるってわけさ。
チャカチャカ、
チャカチャカ、
チャっ。
晩春の日が暮れて行く。
雨に打たれて、
山吹の黄色い花びらが散って、
ヒョロヒョロメッチャン、
ウンチャッチャア。
俺っちが死んだら、
家人は
先ずは、
誰に電話するかって、
思っちゃって、
眠っちゃって、
ヒョロヒョロメッチャン、
ウンチャッチャア。
晩春の一日、
今日も暮れたっす。
ウンチャッチャア。
ウンチャッチャア。
今朝
目覚めて
窓の外に
雨が
降るのを
見てた
駅では
新幹線が飛沫をあげて
通り過ぎるのを
見た
ひかりの中で
ブレンデルのロンド
イ短調 K511を
聴いた
小鳥たちは
今朝
鳴かなかった
小さなものたち
小鳥たちは
「お母さん、イビキってなに?」
「眠っているときにグウグウいう音よ」
「イビキ、イビキ、イビキ」
「お父さん、座ってくださいの英語は?」
「シッダン、プリーズだよ」
「プリーズ、プリーズ、プリーズ」
「お母さん、まつりごとってなに?」
「まつりごとねえ。まつりごと、まつりごと」
「お父さん、お金ください」
「エッ、お金? 何に使うの」
「お母さん、なつかしいってなに?」
「そうねえ、昔は良かったなと思うことよ」
「なつかしい、なつかしい」
「耕君、どうしてそんなに喚くの? 頼むからいいこにしておくれ」
「僕、キンニクマンのアシュラ好きですお」
「♪ラアラアラア」
「耕君、それなんの歌?」
「巣立ちの歌だお」
「お母さん、自閉症ってなあに?」
「………そうねえ、ちょっと不思議な人。耕君、誰かに自閉症ていわれた?」
「いわれないお」
「お父さん。行方不明の英語は?」
「Disappearanceかな。ディサペアランス」
「行方不明、行方不明」
「しょうがないの英語は?」
「しょうがないかあ。そんな急に言われてもなあ。しょうがないは、仕方がないことだよ」
「しょうがない。しょうがない」
今朝
電車で
シフの
モーツァルトの
ピアノ曲を
聴いた
楽興の時だったか
なぜ
モーツァルトは
風が旋回するピアノ曲を作り
ヒトは
聴くのか
満員の通勤電車で
揺られて
聴いた
車窓の向こうに
景色は流れた
悲しい
わけではなかった
春は
過ぎる
春には
過ぎるもの
たちが
いる
風は過ぎた
花も
友も過ぎた
母たちも過ぎていった
たとえば
世界は
過ぎ去るものと
包むものでできている
ひとつ
泪を流して逝った
ことばは無かった
花々の中の蝋の
母の
白い手に触れた
ドブチャク、
ドブチャク、
トップチャックならまだしも、
ドブチャクはいけません。
でも、
ドブチャク、
ドブチャクが続いてるんですね。
困ったもんだ。
ほら、
また、
ドブチャク、
ドブチャク。
三日ほど
寝てた
風邪を
ひいて
熱が
さがらなかった
悪夢はみなかった
寝てる間
聴きたい音楽を考えた
淋しい音が
聴きたかった
アイヌの歌謡と
竹山の
尺八を聴いた
それから
泣く大人の物語を読んだ
胸に
掌をあててみた