いつかの秋

 

ヒヨコブタ

 
 

いつかの秋
わたしは大きな公園で一日を過ごした
まわりが淋しくなる頃
落ち葉を拾って立ち去った

いつかの秋
わたしはまた大きな公園に
いた
賑わいは耳に残っていない
景色だけが
そのときの気持ちだけが残っている

いつかの秋ばかりになる

今年の秋
わたしはその大きな公園に
いない
その公園のわたしを呼び出しては
秋を遊ぶ
落ち葉を拾い集めて
本にはさんで帰るのだろう
ぼんやりと
いつものように走り回る子らを眺めるのだろう

いつかの秋は
いまより豊かにみえて
行かずにいる大きな公園は
賑やかに思える

わたしはここにいるというのに

 

 

 

別れの不穏と悲しみとは

 

ヒヨコブタ

 
 

さようならをする準備を
させてはもらえない
今年はそんな年になった
身近なひとが幾人も旅立てばこころあわだち
荒波が押し寄せる
笑顔多きひとの印象は
悲しみでひとりの背中を想像させてくれもしない
一人一人に問いたい
あなたは
あなたはひとりだったのですか

去年の秋に発表された歌に希望をみた
その頃にはマスクだらけのこの世界はまだなかった
殺伐としたスーパーもなかった
他愛ない会話に満ちていたんだ
その秋にうまれた歌に
過去に救われたんだ
あなたはそうではなかったのですか

ひとの死を美化しているといわれたことがある
わたしは
口をあんぐりとさせてなにも言えなかった
ときに
話を通じさせあうことができればいいのに
できないひとも多いのだと知っている
わたしもひとりになる時間かもしれない

とある死
その人の死からその年齢の倍になったことに気がつく
わたしは未だにわからずにいる
あのときどれほど誰かとその人について語り合いたかったか
語り合い続けたかったか
20年
以上の日々ひとりで考えている
形見分けには多すぎるものはしまってしまった
生きてきた証という苦しみの塊も含まれた段ボール
なぜこんなに手放されたのだろう
わたしのもとで休んでいるといいのだけれど

ただ息をして息をし続けるということは
これほどまでに困難なことなのか
それだけは知っている
つもりだ
なぜなのかは
わからぬままに

生きていられる喜びというものは
脆くて危なっかしい
それが生き続けるために足りないときがある
魔の時間だ
そんなときは休もう
じぶんにも言い聞かせているのだ
そちらとこちらは近いようで
あまりに
遠いから

子どものころから願っているのに
まだ神様とやらはきいてくれない
届いていないのだろうか
もう誰も死なずにすみますように
お願いです
そんな日がありますようにと

今日も願う
もしも誰かに届くなら
このちっぽけなわたしの言葉でも
きいてくれやしませんか
あなたが大切です、どうかいなくならないでと

不穏な秋は
いらない
ともに空を見上げよう
どこかまで繋がっていると信じてみませんか

 

 

 

ピアノとの時間

 

ヒヨコブタ

 
 

指をのせる
呼吸して無心になる
無心にならないとき
ピアノにはわかってしまうのではないかと思う
本気ではないと
向き合っていないということが

なめらかでなくともいつかなめらかにと
またその日を願いながら弾く

いつからかピアノと向き合うことの楽しさが
難しさが
深くなって
適当に弾いていればそれでも音は鳴るというのに
それでは済まなくなった
わたしのなかで

向き合えば音はこたえてくれるのだということ
とても落ち着くのだということ
指が絡まれば音も絡まり続けていく
不思議な時間
ピアノの前を離れたくないと思う不思議な時間
いつまでも続いてほしいとすら思う不思議な時間

 

 

 

幻想の家族

 

ヒヨコブタ

 
 

暖かな家族だったと信じて
生きてきた

いまではその幻想も冷えきってしまった
ほんとうのことを思い出すというのも
それを認めるというのも
とてもおそろしいことだった

置き換えてすり替えてそのひとらを擁護したくても
もうできない

もうしなくていいんだ

子どものじぶんには罪がなかったと言ってほしいと何度も願った
父の前では笑顔になる母に
なにか些細な代表に他のきょうだいではなくわたしが選ばれたことに憤慨する母に
お前が選ばれて嬉しいと
そういってほしかった
ただそれだけだった

一般的ではないということは
共感を得づらいということなのか
家族の話は
幻想としてしか他者には話しづらいのは

老いと病を得たとき
近づいてくるそのひとの
こころにある凶器は変わらないことを
もう認めようか
振りかざされてからでは
遅すぎるのだ

もう戻らない
何度もよみがえると
こころが壊れてしまうから
母の存在を意識のなかでは消してしまわなければと思う
誰の迷惑にもならぬよう

誰かより目立たず誰かより褒められないことが
生き残る術だったなんて誰が信じようか

小さな家の箱のなか
もう二度と足を踏み入れたくない箱のなか
あの箱のなかなにがあったのかを
あのひとがどれほど飾りたてようとも
閉じる

 

 

 

いとおしいのは

 

ヒヨコブタ

 
 

愛憎どちらもいとおしいと
友はいう
素直な気持ちに胸がすく
わたしはそうなることはできないだろう
憎しみとかなしみが寄り添って
いとおしくいる気がしてはっとする

人類史上稀にみようと
今日もわたしは息をして
明日もまた息をしていると思いこんでいるのだ
そうやってつないできた日々は
いつまでも続くはずもないというのに
果てしなく絶望することもないのはなぜか
考える
そしてまた途方にくれる

愛がいつもみちみちていることは
どれだけ大切なことか知っている
つもりだ
溢れてしまえと思う
ひとりひとりに溢れる愛が
どうかありますようにと
しんとした夜に
はりつめる朝がくるまえに

目を瞑り祈る

 

 

 

混沌とした

 

ヒヨコブタ

 
 

混沌としたというには

あまりにあんまりに
ずっと黙っていたくなるただそうやって

ときにひとがおそろしくなるなら
なんのためにひとと生きるのだ
他者と生きるというのはなんのためなのだ

おそろしくてもおそろしくなくていい寄り添えずとも
日傘傾げあうぶんはなれて歩いていていいのなら

そうしたいのだ
他者のなかにうずまく不安をみても
わたしにはそっと閉じることくらいだろう
あまりの不安からそっと

いまは
この混沌以上のなにかが揺れ動くのをやめた世界をみたい
みんなでみたい
ひとり残らずみんなで
こどものころのわたしのような願いだ
お金儲けでもなんでもすればいい
わたしの願いは
その先の明日がみたいだけだ
こんなこどもにとってのあたりまえを
願えば叶えられることがありますように
誰も欠けることなしに
どうかみんなでみたいのだと

 

 

 

増産される、のは

 

ヒヨコブタ

 
 

ひとが
ひとが怖くなるこんなとき怖くなる
ウイルスへのおそれのほうがわかりやすい

ひとは
ひとは鬼になる
大切なものを守るというたてまえで

幼心にそんな母をみたことがある
わたしは怖かったが母は笑った
その笑顔はほんとうじゃない
本物の笑顔だけください神様

誰かを蹴散らし誰かより上に行き
誰かを嘲りわらうためにいきているのではありません
たぶんほとんどのひとが
そうだと信じています
だからお願い

もう叩きあうのはやめにしませんか
そっとほほえみあいたいのです
抱きあいたいのです
泣きじゃくりあいたいのです

傷を誰しもがもっているなら
優しく手をあてていたいのです神様

 

 

 

春の嵐のような

 

ヒヨコブタ

 
 

春の訪れを
喜ぶ地域で育ったとき
いまのこの寒ささえ永遠ではないと知っている確かな喜びがある
ある

一足ひとあしずつ進む
賽子を転がすのではない
人生を誰かやなにかにとらわれるのではなく
とらえて生きていきたいと願う
願う

わたしたちの日々は穏やかであると
信じて生きる
生きる
生き続けている

他者のなにものにもふりまわされぬよう
生きる
生きていたいと願う
願い続ける

静かなばしょに
そのこころのなかの誰にも入ることのできぬばしょにいるとき
こころも凪いでいく
凪いでいく

なにを恐れよう
なにを

迷う
迷いながら
静けさに身をゆだね
こころも軽やかになるまで
わたしはここにいたいと願う

ことばの魔法はいつも
ひとことでも
自由だろうか
自由だと信じている

 

 

 

少女のようなあなたの旅立ちに

 

ヒヨコブタ

 
 

話上手なおとなのなかその人はいつも静かだった

 
話すことで人をひきつける魅力をもつおとなより
とつとつと話すひとのことばを聞き漏らさぬように観察していた
おとなの輪のなかに入らぬおとながいてもいいと知った
悲しいときにそっと静かにしているおとながいてもいいと

彼女らしい旅立ちというのは酷すぎる
いつもどおり好き勝手な話が飛び交いはじめても
彼女はもう傷つかないでいい
わたしをそっと見守り
わたしの話を聞き取ろうとしてくれたそのひとは
たしかに
旅立ってしまった
たくさんの編物をありがとう
こころをこめて偉ぶることもないその贈り物が宝物だった

どんなに会いたくともこうして別れゆくなら
彼女のよく笑った顔をこころに切りとっておこう

さようなら大切な
少女のようなあなたへ

 

 

 

扉を開き、その世界にいること

 

ヒヨコブタ

 
 

静かな世界をもっている

どれほど周囲がけたたましくとも
静かな世界のなかに他者をいれぬこと
そのときだけ
ほんのいっしゅんだけは

いつからかざわついたこころからもはなれて
その世界にいるとき
自由であるのかわからずとも
ひとときの、ほんのひとときの

悪意に満ちている、と誰かがいう世界があるのか
善意だけを信じようと必死なのか

わたしはどちらにもなることはできないだろう
どちらもあり続けてきただろう

現実世界から去っていくことに加担するのは
なぜなのだろう
加担したひとほどそのじじつからは目を背けるのは
誰も去る必要はないのだ
去らせることに加担してはならぬのだと
自らには
自らにだけは

ことばが通じあわぬときの苦しみも
気持ちがかよいあわぬときのかなしみも
溢れすぎるとき
わたしはこの世界からいっしゅん離れる
現実からいっしゅん

痛みがあることを嗤わないで生きていきたい
そんな世界だけではないと
ひたすらここまで

小さな猫たちの
温もりだけではないことの現実と
わたしの現実世界との重なるぶぶん
そうではないぶぶん

もう少しだけ
静かな世界にいる