asylum peace

 

原田淳子

 
 

 

深夜、見切り品を買い物籠に膨らませ
翌日の弁当の惣菜をつくる

なにかの罪ほろぼしのように
なにかの祈りのように

油で揚げれば古くなってもたいてい美味しいのよ
あしたの糧をつくるのよ

腐りかけたそら豆の鞘を剥くと
育ちきれなかった杯がこびりついた
純白の平安があった

やわらかな水の弾力が光る
真綿の繭

このなかに生まれ変わりたい
と、呟いたところで
冷蔵庫のうえに置かれた
砂抜きのアサリが
花柄ボールのなかで
ぷくっと息をした

ぷくっと、息をした

ちぃさな

あぁ きみの息のおおきさと
わたしの呟きはおなじね

生きようと息吹き返したものを
わたしは食べるのだ
砂を被りながら

生きても
生きても
辿りつかない
平安の鞘

わたしは
そこにゆきたいだけなのに

深夜、しがみつく世界

鞘を剥き、
アサリの砂を被る

忘却にはまだ時が足りない

 

 

 

sweet here after

 

原田淳子

 
 

 

まだ知らない
遠い窓をあける

報いを求める哀しみから焦点をずらす
ぼやけた未来を波に浮かべる

嘘ではない
複数の真実が芽吹く

枝分かれの時間

あの空に響く真実だけを選ぶ

ミモザの漣

哀しみだけが陽に反射する

死を風に溶かすと光がみえた
あなたをとうりすぎる風になり、笑う

光の速さで
分裂しながら生まれくる

貝は溶けるという
わたしの骨とおなじように

描かれた花だけが残る
花のうえをあなたの風がとおりすぎてゆく

去りなさいと風がいう

苦さの極みのあとに
sweet here after

土はあたたかく
無はやわらかい

窓は開け放たれたまま

 

 

 

冬河夜船

 

原田淳子

 
 

 

冬のうえのオーロラ
冬のしたに眠る春

吹く風は、銀色
冬は水の高さで横たわる
春が眠るあいだ
船は渡る

堕ちてきた氷はやがて
木々の芽に宿る露となる

降りしきる極小の光を潜り抜けて
髪は種子の白、
骨は灰と燃え、
船は最果ての地へむかう

眩しいほどに
冬は白に至る

 

 

 

陽はまた昇る

 

原田淳子

 
 

 

骨をも腐らす、ながい雨の時代だった

緑の陰で溺れ、背には甲羅が生えた
もう、三百年生きた
望みという友もいない

亀は海に還るまえに光をみにいくことにした

闇の眼ではなにもみえず、光の匂いを辿った
這いながら泥を舐めた
それは微かにまだ記憶に残る
三百年前の水の味がした

峠を這い、
頂きの朝、
甲羅に全方位に亀裂が走った

未来という頂きに鳥が舞う

眼から落ちた鱗は光の粒
真珠の首飾り

“すべてが美しく、
 傷つけるものはなにもなかった”

ヴォネガットの墓に刻まれたその言葉を甲羅に刻んだ

亀は海に還ることにした

石に導かれて、浜を漂い
青く寄せる波に甲羅は溶けた

声の方角に風が吹いた

幻の石がひとつ、浜に遺された
峠の光のいろ

大菩薩峠にきょうもまた陽が昇る