じっとする力

 

辻 和人

 
 

じっとじっと
じっとしている
頭を伏せた姿のレドだ
大怪我で排尿障害になり病院で尿を取ってもらっていたレド
なんと
母から電話があって
数日前から自宅でカテーテルでの排尿ができるようになったという
今まで何度も失敗していたが
「拡大鏡のメガネをかけてみたら、すごいのよ、するっと入るようになったのよ」
すごい、すごいよ
ぼくもやってみたい
土曜日に実家にすっ飛んで
でもって今からやる
おかあさん、ご指導お願いします
テーブルの上を片付けてレドを座らせる
おとなしくうずくまるレド
目を半分くらい細くしてじっと真正面を見つめている
自分が何をされるか
悟りきった表情だ
排尿は2人がかり
まず念入りに両手を消毒
父が左手で首を押さえ右手でペニスの位置を探す
小さな小さな包皮をゆっくり剥いていくと
ちゅいっ
小さな小さなペニスが飛び出る
うわぁー、うまいなぁ
熟練工みたいだよ
87歳にして覚えた手技
「はい、それじゃ拡大鏡かけて、穴見えるでしょ?」
ほんとだ
きれいなピンク色だ
潤滑ゼリーを塗ったカテーテルを近づける
「怖がらないでそのまま落ち着いてきゅっと入れちゃって」
きゅっ
入った
一発で入ったよ
すごい、すごいよ
動物病院で何度やってもうまくいかなかったのに
レドはびくっと体をひねるような仕草をしたけどすぐに前を向き直る
じっと
じっとしている
「はい、入った。今度はゆっくりカテーテル押し込むの。
尿道はまっすぐじゃないから入らなくなったら一旦止めて、
少し引いてまた押し込んでいけば大丈夫。あせらないあせらない」
って言われてもねえ
2センチくらい押し込むとすぐ止まっちゃう
あせるよ
あせる、あせる
「少し引いてゼリー足して。まあ、だいたい15分くらいはかかるから気長にね」
お母さん
その気長ってのが難しいんだけど
レドが白い足を軽くバタバタ
すかさず父が白地に黒い斑の入った頭撫で撫で
レド
じっとなった
じっと
すごい、すごいよ
すごい力だ
じっとする力
レドはわかってる
何をされてるかわかってる
自分に必要なことだってわかってる
動きたくなるのにその動きを自ら止める
じっとじっと
動きに対する
更に大きい「反・動き」だ
レドが「反・動き」の力を必死で出してくれてるから
のろのろとではあるが作業が進む
じっとじっと
あ、入ったぞ
するするする
3.5センチくらい一気に入った
「はい、線のところまで入ったからもう大丈夫。
今度はゆっくり尿を抜いていくよ。結構力いるからね、ゆっくりね」
カテーテルに注射器を取り付けてゆっくりピストンを引いていく
黄色い液体がカテーテルをつたって流れ始めた
レドはもう微動だにしない
ピストンを引いてから尿が流れるまで少し時間がかかる
それまで引いたままの状態を維持しなければならない
ほんとだ、力がいる
じっとする力だ
レドもぼくも
じっとする力で頑張る
注射器がいっぱいになったら盥の中に流してもう1回
じっとする
じっとじっと、じっとじっと
腕が痺れてきた頃
あ、最後の一滴か
もうピストンを引いても尿は流れない
「はい、お疲れ様。39CC。
ちょっと少ないけど朝は45CC取れたから今日1日としては十分ね。
こういうの、朝晩毎日やってるのよ。
大変だけど少し慣れてきたかな」
ありがとう、ありがとう
お母さんの助言がなかったらお手上げだったところですよ
お父さんのペニスを飛び出させる手際も見事だった
高齢の父母がここまでやれるとは
ほんと、頭が下がります
でも
一番頑張ったのはやっぱりレド
じっとじっと
じっとして
「反・動き」を全開させてくれた
すごい、すごいよ
父から撫で撫でされた後
解放されたレドは自力でひょいとテーブルから降りて
ピョタッ、ピョコタ
ソファーに這い上がると何事もなかったかのように悠々毛づくろい
尿を取ってもらってスッキリしたろう
ファミも冷蔵庫の上から降りてきて
「大丈夫か」とでも言うかのようにレドに近づいて耳の匂いを嗅ぐ
じっとじっと
じっとする力
まじまじ見せてもらったよ
すごい、すごい力だよ

 

 

 

諏訪大社上社本宮境内

 

狩野雅之

 
 

写真は演繹すべき物ではない。写真は過去の一点で立ち止まっている。写真は未来を志向しないし過去を振り返らない。写真は写されたものの存在証明であり、存在の現れの記録である。同時に写真は表現を志向することによって芸術へと向かう。しかしそこにおいても芸術となるのはそこに写されたものであって「写真」そのものが芸術として現れることはない。写真はメディアではないし存在を入れる(あるいは保存する)容器ではない。
 
個人的にはそんなふうに考えています。

なにも考えずに浸っていただければこれに勝る喜びはありません。

 


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ズビズバー パパパヤー

音楽の慰め 第32回

 

佐々木 眞

 
 

 

カツオ「ねえねえ、NHKってまた偽ニュース流したんだって?」

のび太「へええ、ほんとかなあ。誰が言ってるの?」

しずかちゃん「トランプさんよ」

くまモン「でもあのひと、偽大統領なんだよ。知らなかった?」

シャイアン「へえー、そうなんだ」

トト子ちゃん「安倍さんも偽総理大臣なのよ」

おそ松「へえー、そうなんだ。知らなかったなあ」

ワカメ「ISって、偽イスラム国のことでしょ?」

サザエさん「そうよ。満洲国も偽満洲国なのよ」

イクラ「バブー」

イヤミ「ところで、あんた、誰?」

チコちゃん「あらま、わたしのことを知らないの。ボーっと生きてんじゃないよ」

ガチャピン&ムック「こいつ、偽チコちゃんさ」

チコちゃん「平成が終わったら、あんたらは死ぬといい。あんたらの死は近いぞ」

伴淳「アジャパー!」

アチャコ「滅茶苦茶でごじゃりまするがな」

黒柳徹子「チコちゃん、あーた、そんなひどいこと言うと、死んでも『徹子の部屋』で追悼してあげないわよ」

左ト伝「ズビズバー、パパパヤー、やめてケーレ、ゲバゲバ」*

 

 

*『老人と子供のポルカ』

作詞作曲/早川博二 歌/左ト伝とひまわりキティーズ

 

 

 

離ればなれに

 

原田淳子

 
 

 

Bande à part

青が煽るたそがれ
ふつふつ胸騒ぐ

クロワッサンの横顔
レジスタンスのカフェ・オ・レ
革命のブラックコーヒー

わたしの手足は闇いろの棘
冬の木枯らしにきれぎれに
剥きだされた苦い肌

わたしの海は銀の砦
飛沫をあげて
哭いているのは人魚ではなくて

Bande à part

ここはつめたくて
カフェオレも醒めてしまう

一千一秒の朝
幾億の夜
ミルクは溢れて

離ればなれでいることで
その惑星が光るなら
きっとそれがいいのだと
わたしに囁く銀の糸

降らすは銀の雨

青、煽る

哭いているのは

哭いているのは

 

 

 

空中に浮かぶ傘

 

神坏弥生

 
 

家を出ると外は雨だった
僕は傘を差し歩いた
駅へ行き
発車間際の列車に乗り
座席はいっぱいで
つかまって、立っていた
しばらくして車窓を見ると
雨が上がっていた
「見て!虹よ!」
車窓の向こうに大きく東から西へと
路線に向かって虹がかかっている
列車を下りると
また雨が、降りだしている
傘を差し、街へと向かう
UMBRELLA
とドイツ語訛りの男の声が聞こえた時
一斉に虹の向こうへ、街中の傘という傘が全部、飛ばされたことに気が付いた
気付けば街中を
行合い
向き合い
行き交う人々の
全ての色んな色や模様や絵柄の傘が
空中に浮かんでいる
その下で、人々がパイプをふかしたり、お茶を飲んだり、ダンスを踊ったりしてくつろいでいるのだ
雨のない夏を思わせる
たくさんの傘が、雨を遮断し滴ですら落とさず支えているのだ
雨音だけがしばらく聞こえていた
雨が上がってゆくとすべての傘は、空高く吹き上がっていった
街にあふれていた人々はもう誰もいない
僕だけが街の中に居る
空から僕の傘が降って来た
あおむけに開いたまま転がっていた
雨上がりの空
もう虹は見えない
夕日のない曇り空が暗くなってゆく夕刻
また、予感している
雨が、降ってくるのを

 

 

 

ラーメン店にふらっと来る

 

神坏弥生

 
 

仲間と飲んで、歌って最後の盛り場を出た後
深夜1時半からしか開店しないラーメン屋がある
ラーメン店に来たのは夜中、一時半だったな
店主はカウンターの暖簾に隠れて顔は見えないが
白い制服と二の腕と手が見える
「閉店は何時だ?」
と、尋ねるとぶっきらぼうに太く低い声で
「3時」と答える
赤い暖簾が目印で白くラーメン店としか書かれていない
「おまちどぉ。」
カウンターからぬぅーとだした腕先の手につかまれたラーメン鉢には、なるとやチャーシュー、シナチク、ネギが等がのっており
湯気は有るんだが、
酔いのせいか記憶がない
憶えてんのは、あのラーメン店の店主が
さっとラーメン鉢を下げて店の奥に引っ込んじまった
で、辺りを見ると三畳一間の下宿に居るが、布団は無い
こんな時間だが、知り合いの親しくあの界隈に詳しい奴に
「あそこにラーメン屋ないか?」
と尋ねても、「そんな処に、ラーメン店は無い。それどころかそこで昔、人が死んだんだよ。おまえさぁ、終電ぐらいまでに帰れよ。こんな話なんだけどな、夜見のものを食ったら帰れんて知ってるか?」
恐ろしくて、黙って電話を切った
窓から夜鳴きそばのラッパ吹きの音がする
窓を開けても姿形もない
「俺は、どこに居るんだ?!」
今晩当たり、あの夜鳴きそばのラーメン屋のラッパが聴こえてきたら、潮時だ
夜見のもん食っちゃねぇ。
帰ろう帰ろう、あーさぶいっ。
終電のドアは閉まった
終電の終わった時間に、