定番デビュー

 

辻 和人

 

 

全く月並みな話ですよ
全く人並みな話ですよ
夏と言えば花火大会ですよ
カップルで並んで眺めるのが定番ですよ
でも
仲間とワイワイ行ったことはあっても
カップルで、というのは人生史上例がない
ない、ない、ないなあ、ないんですよ
それが本日、人生史上の例、作っちゃうんですよ
このままだと
月並み人並み定番の輪に入っちゃうっていうんですよ
どうしよう!?

西国分寺の駅を降りて
スーパー抜けてガード潜ってパチンコ屋さんの前を通る
勝手知ったる道
最近、毎週末足を運んでるからね
この少々殺風景な道路を越えると
緑豊かな地域が広がっていてミヤコさんのマンションがある
夏の熱い風に煽られた白い蝶々に導かれるように歩いていると
頭の中もひらひらしてきて
「勝手知ったる」関係まで来た
ってことに今更ながら驚いちゃうよ
とか何とか言ってるうちに着いちゃった
「いらっしゃい。お待ちしてましたよ。」
へーっ

ナデシコの花がぽぅっと浮かんだ、紺の地の衣
きりりとコントラストを作る、黄色の帯
髪には白菊の飾り

「わぁ、すごく似合ってますよ。きれいな浴衣だなあ。」
「ありがとうございます。自分で着るのは自信がなかったので、
美容院で着つけてもらったんですよ。」
おしょうゆ顔のミヤコさんに和装は似合う
ンだろうなあと予想はしていたけど
ホント良く似合ってる
「自分で買ったんですか?」
「いいえ、昔、着物好きの友だちからもらったものなんですけど、
なかなか着る機会がなくて。
実は、浴衣で花火大会行くの、これが初めてなんですよ。」
えーっ、そうだったのー?
責任重大じゃん
ぼくで良かったんですか?
おいおい、変なこと自問するな
「記念に写真撮らせてください。」
前、横、後、アップに全身
7枚も撮らせてもらった、ヤッホー!
「わぁ、良く撮れてますね。ちょっと恥ずかしいけど嬉しいです。」
ぼくも嬉しい
ミヤコさんの初めての浴衣着用花火大会
成功させねばっ

立川駅を降りると
まだ5時前だっていうのにすごい混雑ぶり
あちゃー、ちょっと遅かったかな
歩道橋を降りるのにもひと苦労
「ミヤコさん、大丈夫ですか? もっと早く来れば良かったですね。」
「みんなが楽しみにしている花火大会なんですから当たり前ですよ。
それより、今から昭和記念公園の中に入るのは大変なので、
花火が見られる適当な場所を探しましょうよ。」
ごもっとも
のろのろ進みキョロキョロ探す
おっ、あの辺り
公園からちょっと離れてる、まあ道端なんだけど
視界は開けてるし座り心地は良さそうだしトイレも近くにあるし
「ミヤコさん、あそこどうですか?」
「いいですね。シート出します。」
首尾よく陣取り終了
さて、ビールとつまみ、買ってくるか

ひと息ついて周りを見渡すと
浴衣を自慢げに着て
「彼氏さん」に笑いかけている色とりどりの「彼女さん」たちがいる
落ち着いた色調の浴衣をしっとり着こなした、大人ぁって感じの女性もいるし
ほら、あのコなんか
いかにも付け帯ーって感じの帯を
マンガみたいなキッチュな柄の浴衣につけてケータイ握りしめてるよ
オシャレに甚平着こなしている男性、増えてきたなんだな(ぼくはジーンズだけど)
同性のカップルもいるし
歳の差カップルもいるぞ

パッパパーンッ
始まった

花火が次々にあがる
「わぁ、すごい。よく見えますね。この場所正解ですよ。」
「バッチリですね。それにしても凝った花火が多いなあ。」
シューッとあがってパンッパンッパンッ
3回くらい開く花火やら
真ん中が密で同心円状に薄く大きく広がっていく花火やら
ほわぅん、笑った顔みたいに見える花火やら
面白いアイディアの新作花火がいっぱい
やるねー

花火もすごいけれど
「ウォーッ」「ワァーッ」
周りの歓声もいい感じだ
隣にいる女のコなんか彼氏さんの甚平を掴んで
びゅんびゅん振り回しながら黄色い声張り上げてるよ
ここにはカップルの定番の姿があるんだなあ
そしてぼくたちも今まさに
その一員として行動しているってわけ
叫んだりはしないけどさ
浴衣の似合うミヤコさんの腰に手を回して
ビール片手に微笑み合ったり
40代にして2人して
定番デビューだ
「このソーセージ食べちゃいません?」
「あ、いただきます。」
ケチャップで汚れてしまった指を見てすかさずティッシュを出してくれる
ミヤコさん、こういうことにすぐ気づく人なんだ

昔はどっちかっていうと花火大会なんかバカにしてたんだよね
夏の一番暑い時に人の集まるところでベタベタしちゃって、なんて
確かに確かに
カップルで集まる場所にはそういうトコ、あるのさ
花火大会とかクリスマスイヴとか
儀式みたいに一律な定番の作法ってのがあるのさ
でもでも
俯瞰してみるとそうかもしれないけど
一人一人は結構個性的だぜ
ぼくたちがまさにそうじゃないか
「うわぁ、あのしだれ柳みたいな花火、好きですねえ。
開いてからあんなに長く空中に残るんですねえ。」
うんうん
ぼくとしてはミヤコさんの横顔も目に焼きつけとかなきゃ、だ
初々しい定番デビューの横顔
ビールでちょっと赤くなってるその頬に
隣ではしゃぐハタチくらいの女のコに負けない初々しい気持ちが
しだれ柳を模した光線のように強く、長々と、しなやかに
刻まれているんだ

フィナーレの派手な打上げの後
これで終わります、のアナウンス
ゴミを袋に収めてシートを畳んで
「楽しかったですね。さ、行きましょうか。」
腰をあげて大量の移動の列に加わる
のろのろしか進まないけど
なあに、急ぐことはない
ぼくとミヤコさんの人生史上初の例、無事終了
月並みな話は
月並みじゃなかった
人並みな話は
人並みじゃなかった
これから中央線に乗って少々殺風景な道路を越えて緑豊かな地域に入って
勝手知ったるミヤコさんの部屋で
今日見た花火のことをゆっくりゆっくり話し合おうか

 

 

 

浸透する目薬が起こす、ほんの数秒の発明

 

爽生ハム

 

 

安い画集は色ではなく影を
美しく見せるはずなんです

私は興奮し酸っぱくなった
唾を飲むなどの発語を
食事として泥を白紙に
描いてきた
私は長年
墨の飛沫を付着させている
雪がくびれをなぞる
原稿を手にとり少し不思議な
路地に迷う
私が志願して先へ進む
泥が部屋に戦車を連れてくる
そこに立つ動物を意識していた

象徴的な場所に辿りつきそう

忘れられた小屋の中
酢のきいた食事をとり
睡眠を選択し消化したい

いつも
一冊の書物に薬が挟まる
いつまでも
二冊目の書物を植物が塞ぐ
ああ
酢のきいた食事をとりたい
雪がくびれをなぞる

 

 

 

Les Petits Riens ~ 三十年は一昔

蝶人五風十雨録「五月三十日」の巻

 

佐々木 眞

 

 

1981年5月30日
花巻で宮澤清六氏に頂いた賢治の「貝の火」を読む。

1982年5月30日
藤沢にて「第9回神奈川県県域自閉症連続講演会」を開催。聴衆約200名。講師は東大の太田昌孝先生。併せて県域親の会総会も開催。

1983年5月30日 快晴
サミット閉幕。次男が燕の巣を壊す。壊された人が怒り狂って妻、但任の先生平謝り。友人に軽々に同調してしまう弱さが問題なり。

1984年5月30日 曇
婦人服アデンダのテレビCM「建設会社編」を、六本木スタジオAbiにて撮影。帰宅して深夜まで「宣伝会議」の生徒の課題添削をする。

1985年5月30日 晴
池袋サンシャインで「チェーンストアフェア85」をみる。この頃、三半規管がおかしい。地軸がずれる。

1986年5月30日 雨
新橋TCC試写室にて「モロン」みる。SFお笑いカルトの怪作。半蔵門ぴあにて「インディアン・キャバレー」をみる。インドの女流監督によるドキュメンタリー映画なり。

1987年5月30日 曇
会社を休んで、次男の授業参観。国語の時間で高見順の「われは草なり」の詩鑑賞。意欲的な教師だが、子供には退屈だろう。

1988年5月30日 晴
ユミリオ・エステベスの「WISHDOM」、エリック・ロメールの「友だちの恋人」をみる。後者はありそうな話をありそうに描き出す才人ロメールの気取りのない佳作なり。

1989年5月30日 にわか雨
3日続けてにわか雨。早くも夏か。デパートは消費税のあおりで売上落ち込む。博報堂の営業担当がはじめて来社。

1990年5月30日
「フンクイの少年」をみる。侯孝賢の初期の自伝的映画なり。夜、池田ノブオ氏に御馳走になる。

1991年5月30日木曜 晴
会社休む。長崎雲仙岳で溶岩流出の大災害。ソクラテス最期の日の言動を「弁明」「クリトーン」などで読む。

1992年5月30日土曜 曇時々雨
会社を休む。長男に付き添い、彼が材木座の散髪屋で髪を切られるのを見守る。

1993年5月30日日曜 降ったり曇ったり
「杜詩」とシューベルトのCD2枚を買う。雨上がりにムクと太刀洗まで散歩。妻の父母来たりて、共に「鎌倉古寺地図」をみる。

1994年5月30日月曜 雨後晴
久しぶりに会社へ行く。部下の女性はみな年収が上がっているのに、俺は去年と同じだ。妻は長男を高尾山の麓の本屋まで連れて行ったそうだ。

1995年5月30日火曜 曇
大阪出張の足を伸ばして奈良国立博物館の「日本仏教美術名宝展」をみる。空海、最澄、聖徳太子の真筆、平家写経など素晴らしき眼福なりき。されど大仏、三月堂には失望す。

1996年5月30日木曜 曇
会社休みて静養す。長男は今日から「ゆりの木ホーム」に短期入所。ムクと太刀洗を散歩する。

1997年5月30日金曜 晴
会社に電話ありて、次男のカメラがマニュアルにできるか問い合わせあり。次男、夜帰宅す。

1998年5月30日土曜 陰
失業率4.1%と過去最高。米国並みなり。パキスタンが再度核実験を行う。夜妹より夫婦間のことで電話あり。

1999年5月30日日曜 快晴
素晴らしき5月の好天なり。妻と長男は炎天下知的障がい者のスポーツ大会「ゆうあいピック」に出席したので、赤く日焼けして帰宅。ムクのダニを50匹ほど取って罎に入れたり。

2000年5月30日 火曜 晴暑し
午前、六本木篠山事務所の隣にあるエース社渡辺氏を訪ねる。webサイトの仕事をしているらし。午後集英社「メンズノンノ」編集長石井さんを訪問。「ロードショー」の田中洋子編集長を紹介してもらった。

2001年5月30日 水曜 雨時々曇
ムクと散歩。ジャコウアゲハ、エノキにテングチョウ見ゆ。昨日飛んでいた4匹のアオスジアゲハはもういない。講談社、小学館、文芸社より連絡あり。

2002年5月30日 木曜 晴
駅前の早見美術学園でメンズモードの講義。妻と海岸近くのレストランで仏蘭西料理を食す。気の早い人がもう海で泳いでいた。

2003年5月30日 金曜 晴
文化学院で講義、第8回。商業施設論の途中まで。新橋森第一ビルに鴨澤さんを訪ねる。「夕映えの道」をみる。

2004年5月30日 日曜 晴暑し
3人で熊野神社へ行く。夏日で蒸し暑い。文芸社リライトやる。

2005年5月30日 月曜 雨
文化学院講義。EU加盟国25なのに23しか列挙しなかったと学生に指摘され、焦る。ルーマニアとブルガリアが抜けていた。元貴乃花の二子山親方死す。55歳なり。

2006年5月30日 火曜 晴れたり曇ったり
夕方工芸大で映像科の女子学生が就活相談で駈けこんできたが、責任者の橋本氏にバトンタッチして帰宅。今村昌平死す。79歳。

2007年5月30日 水曜 雨
南長崎の画廊に次男のグループ展をみにゆく。作品は1枚8万5千円なので、買ってやってもいいのだが。

2008年5月30日 金曜 曇
中野坂上工芸大、若干名。疲れる。

2009年5月30日 土曜 曇時々雨
妻と一緒にNHK共同アンテナの積立金払い戻しについてのチラシを各戸に配り歩く。なんでも1軒あたり3万円還ってくるとか。

2010年5月30日 日曜 曇
民主党連立内閣から社民党が離脱。普天間基地移転問題の署名を拒否した福島大臣を罷免した結果なり。

2011年5月30日 月曜 雨後曇
文化講義、専門学校と女子大で授業2連発。

2012年5月30日 水曜 曇後晴
3年ぶりの箱根。午前中に湿性花園をみて午後4時に帰宅す。

2013年5月30日 木曜 曇時々小雨
妻と大和へ行きニトリで長男のベッド、無印良品で机と椅子を買い、6月9日に彼が入居するホームに納品してもらうことにした。

2014年5月30日 金曜 晴
文芸社リライトの依頼あれど、その料金異常に安し。

2015年5月30日 土曜 快晴
太刀洗にて無数のルリシジミをみる。この蝶は毎年特定の日に大量に発生するのである。例年より早くサラシナショウマの白い花がたくさん咲いていた。小笠原沖でM8.5。 この頃地震多し。遠からず列島マグマ大爆発するらむ。夜、妻と森戸橋に行きてホタルをみる。

 

 

戯れに死者の名で呼ぶ蛍かな 蝶人