ぎゃろっぷ!

 

長田典子

 

 

いやだいやだいやだいやだ
3回目の書き直しの宿題だ
なんてクソ暑い部屋なんだ
PCに向かって頭をひねるのだ
冷蔵庫の牛乳は腐り始めているのだ

つまんない

「論文は、始めの段落に結論を書くこと」

始めに結論書いちゃうなんてつまんない

いやだ
いやだいやだいやだ
あばれる
からだじゅうの
毛穴という毛穴のなかで何かが
あばれる もがく あばれる あばれる もがく
いやだいやだいやだ
きもちわるいきもちわるいきもちわるい

「文の要約は、文中の大切な語句と同じ言葉を決して使用してはいけません。
同じ意味の違う言葉をつかいなさい」

いやだいやだいやだ
きもちわるいきもちわるいきもちわるい

ニホンでは、
「始めから結論を書いてはいけません」
「要約するときは、文中の大切な語句を漏れなく使用しなさい」って
先生からきつく言われ続けてきたのに
いやだいやだいやだ
きもちわるいきもちわるいきもちわるい

もがく かきむしる もがく かきむしる かきむしる

NYのこの部屋はヒーターが効きすぎだ
外は氷点下の真冬なのに真夏みたいにクソ暑いのだ
近所のGAPで買った半袖のTシャツと半ズボンなのだ
クソ暑くてクソ暑くて クソッ!クソッ!クソッ! なのだ
もがく あばれる もがく あばれる
GAP、ギャップ、ぎゃっぷ、ぎゃろっぷ!

小学校のときの女教師が
背後の岸壁に立ち かそけき声で
おーい、おーい、と呼んでいます
とってもよい先生でした 厳しくて
先生の御指導のおかげで
わたしは作文コンクールに入賞しました
おーい、おーい、が背後から聞こえ続けています

毀れる毀れる毀れていくよ
からだじゅうの毛穴という毛穴から
湯気が出てきます
煮詰まった頭のなかで
あれ?
「頭をひねる」が「頭をよじる」になってしまった
あれ?
「臍で茶を沸かす」が「頭で茶を沸かす」になってしまった
あれ?
「牛乳は足が早い」が「牛乳は足が出る」になってしまった
あれ?
毀れる毀れる毀れていくよ
よじるよじれるよじれていくよ
いやだいやだいやだ
もどりたいもどりたいもどるもどりたいもどる
GAP、ギャップ、ぎゃっぷ、ぎゃろっぷ!

イタリア系の女教師は
とってもよい先生 ねっしんです
PC画面の奥の方
海峡の先の霧にかすんだ街灯のある岸壁で
仁王立ちしています
カモーン!カモーン!と太い腕を振り上げ
手をこまねいています
仁王立ちをしています
あれほど言ったじゃないの、
もう一度やり直してきなさい!

いやだいやだいやだ
もどりたいもどりたいもどりたい
GAP、ギャップ、ぎゃっぷ、ぎゃろっぷ!

Fossil(化石)、stubborn(頑固な)、
という単語が頭を走り抜ける
化石をなまものにもどすことはできますか
頑固な頭を柔らかくすることはできますか

2回もニホン式で書いちゃいました
3回目の書き直しの宿題です
いやだいやだいやだ
真冬なのにこの暑さは
あれ?
かんぜんに
「頭をよじる」
あれ?
かんぜんに
「頭で茶を沸かす」
あれ?
かんぜんに
「牛乳の足が出る」
あれ?

ニホンの場合、起→承→転→結
ここでは、結論→説明→結論

毀れる毀れる毀れていくよ
よじれるよじれるよじれていくよ
クソッ!クソッ!クソッ!
狂い出しそうだよ
あばれ出しそうだよ
クソッ!クソッ!クソッ!

……卵を割るとね
黄身の上にポツンと白いものがあるでしょ
あれが雛の原型
それは
はじめに心臓になり眼になり
黄身を養分にして
すこしずつ すこしずつ
育っていくのよ……

ギャップ、ぎゃろっぷ、ぎゃっぷ、ぎゃろっぷ

「頭がよじれる」あれ?
「頭で茶が沸く」あれ?
「牛乳が足を出す」あれ?

あれ?
お腹のあたりがむずむずします
ぷにゅっ、あれ? ぷにゅっ、

Fossil(化石)、stubborn(頑固な)、
化石はなまもの
頑固な頭は柔らかい
ぎゃろっぷ、ぎゃろっぷ、ぎゃろっぷ、ぎゃろっぷ!

あれ?
ひろがるひろがるひろがっていく
膨らむ膨らむ膨らんでいく
お腹の前に
ひろがる膨らむ
黄色い球形の
大海原

ぎゃろっぷ、ぎゃろっぷ、ぎゃろっぷ、ぎゃろっぷ!

啼いているよ
叫んでいるよ

黄色い球形の
大海原

 

 

 

共喰い

 

爽生ハム

 

均一なお祭りに参加し
青年のように神輿を担ぐ
ひとつずつ性欲を剥がすようにして
これは男だ
これは性としては男よりだと
いざ立ちあがる
作句と風流に
はみだしそうな感想をつめこむ

地団駄踏んでいた
性を超えた存在への
肥やしをひた隠しにしていた
自分の性別
いかに男を存在させるか
いかに女を装うか

厚い化粧のしたに
おはようからおやすみまでの
性欲が縦横無尽に待機している

口を開けば
好きだ嫌いだの判定がくだる
口は半開きで灰色の
どっちつかずを許している

女であるという体を
男であるという体がねじ込む
凸凹に閉じ込めた
人の液と液を交換する行為は
普通に愛でれる

液状から産まれる命が
常識としての赤ン坊でも構わないが
それが人間を殺すという感情でもいいし
人間を褒め称えるという感情でもいい
ともかく
交換によりお互いの未来が描かれつつある
そのダイアグラムに
存在意義を感じる

原型も元通りに戻らなくてもいい
交換を終えて
からのお互いは強気な動物として
交尾に神秘性をのせていたい

この液から人間が産まれるんだ
この液は汚物であり
比較的には正義であると
好きに子供を産んで好きに未来を生きる動物の性に感銘を授けたい

男の子でも女の子でも
嬉しいように
産まれたからには
両性に立ち返る人間を見てみたい

そして死ぬまでの間に
男と女をひとりの人間に詰め込むんだ
結果として
私達は性を行き来していた
その結果が感情の揺れとして
人間を揺さぶっていたんだと