戦争三歌

 

佐々木 眞

 
 

1 キラキラ星変奏曲*

おおきなふかい穴の底に、たったひとり横たわったザネリが気がつくと、二十六夜のまっくらな夜でした。

黄金いろの鎌の形のお月さまと、大小さまざまな星が、白い牛乳を流したように、点点と輝いています。

「あ、あの三つ星はオリオン。あの赤いのはベテルギウス。こっちでキラキラ輝いているのはスバルだわ」と、ザネリはひそかに思いました。

どこかで誰かが「ツインクル、ツインクル、リトルスタア」の歌を、遠くのチェロにあわせてうたっているのが聞こえます。

「あれはジョバンニかしら。それとも、川で溺れたわたしを助けてくれたカンパネルラかしら」と、またザネリは思いました。

満天に星が輝く空の下、ばくだんでむざんにえぐられたような巨大な穴のむこうに、なんだか見たことがあるような建物の残骸が見えました。

「あ、あの建物の中に、私はおとうさんやおかあさんと一緒に暮らしていたんだわ」と、ザネリは、今度ははっきりと声に出して呟きました。

そこは、ガザの街でした。ザネリが家族や友達のジョバンニやカンパネルラと一緒に仲良く暮らしていた、なつかしい、けれども今ではむざんに変わり果てたガレキの山でした。

「でも私は、どうしてこんな蟻地獄のような穴の底に、たったひとりなんだろう? おとうさんやおかあさん、ジョバンニやカンパネルラはどこへいってしまったんだろう?」

「おとうさあん! おかあさあん! ジョバンニいー! カンパネルラあー!」

ザネリは、銀河の星星に向かって、何度も何度も叫びましたが、誰一人答えるものはありません。

すると突然どこかから、なつかしい「星めぐりの歌」を伴ないながら、チェロの奥深い響きのような声が、聞こえてきました。

「南無疾翔大力、南無疾翔大力 諸の悪業、挙げて数うるなし。悪業を以ての故に、更に又悪業を作る。継起して遂に竟ることなし。ザネリや、おまえの両親や友達は、悪因悪果の報いで、みんな遠い遠い所へいってしまった。お前は、彼らに代わって、彼らのぶんまで、しっかり生きるんだ!」

ザネリは、もうみんなには二度と会えないのか、と、おんおん泣いていると、アレアレ、からくも全滅を免れた飢餓陣営のパナナン大将が、曹長と一〇名の兵士を引き連れて、らりらりらあん、とやって来ました。 

バナナのような肩章を飾り、お菓子の勲章をいっぱいつけたパナナン大将は、もう何日もなにも食べていないザネリに、おいしいお菓子と、甘い冷たい汁がつまった琥珀の果実を、お腹いっぱい食べさせてくれました。

それからザネリは、パナナン大将と曹長と一〇名の兵士と一緒に瓦礫の中を、一列縦隊で行進しながら、「飢餓陣営の歌」を合唱したのでした。

生きてりゃ誰でも、腹が減る
そらそうよ、そらそうよ
猫も杓子も、腹が減る

腹が減ったら、食べること
たらふく食べて、眠ること
朝まで眠って、夢をみよ

喰うに困れば、どうするか
霞を喰らって、眠るのさ
死ぬまで我慢の、俺たちさ

おーん おーん アレのアレ
生きるは、誰かを、食べること
生きるは、誰かに、喰わること

おーん おーん アレのアレ
生きるも、死ぬも、みな同じ
死ぬも、生きるも、みな同じ

       *岩波文庫版・谷川徹三編『銀河鉄道の夜』の「二十六夜」「飢餓陣営」「銀河鉄道の夜」に拠る。

 

2 返せ

沖縄は、沖縄に返せ。
北海道は、アイヌに返せ。

香港は、香港に返せ。
台湾は、台湾に返せ。

チリは、アジェンデに返せ。
ミャンマーは、スーチーに返せ。

アメリカは、インディアンに返せ。*
メキシコは、アステカに返せ。

お女中良ちゃんは、正月に返せ。
丁稚小僧は、お盆に返せ。

アマテラスは、スサノオに返せ。
ヤマトは、イズモに返せ。

神宮外苑を、野原に返せ。
都庁なんか、青島に返せ。

空母赤城を、エトロフに返せ。
ロゼッタ・ストーンは、エジプトに返せ。

クリミアは、ウクライナに返せ。
イスラエルは、パレスチナに返せ。

この世の中の、不正を糺し、
こぼれた水を、器に返す。

「いやさお富、久し振りだなあ。」
「そういうお前は与三郎。」**

殺しても、殺しても、みなよみがえる
いくら死んでも、みなよみがえる。

       *正しくは「先住民」と表記。
       **三代目瀬川如皐作「与話情浮名横櫛」に拠る。

 

3 美しい10代

第3次世界大戦で、またしても廃墟と化した帝都の焼け野原を、
2つの影法師が歩いていく。

ラララ、2人だけの野道だ。ラララン、2人だけの夜道だ。
知り合ってまだ日も浅いのに、いつの間にかぼくらは手をつないで 
道なき道を、ゆっくりと歩いていく。

掌に汗が滲んできたのが気になって、ぼくは彼女の手を一回だけグッと握りしめると、
彼女も一回だけグッと握り返してきた。

「しめた!」と思って、今度は間をあけて2回連続でグッ、グッと握りしめると、彼女も2回連続でグッ、グッと握り返してきた。

「やったぞ!」と思って、今度は間をあけて3回連続でグッ、グッ、グッと握りしめると、彼女も3回連続でグッ、グッ、グッと握り返してきた。

「超ウレピイな!」と思って、今度は回数を間違えないようにイチ、ニー、サン、シーと頭の中でカウントしながら、10回連続でグッ、グッ、グッ、グッ、グッ、グッ、グッ、グッ、グッ、グッと握りしめると、彼女も10回連続でグッ、グッ、グッ、グッ、グッ、グッ、グッ、グッ、グッ、グッと握り返してきた。

それからぼくたちは、生まれてこの方、これ以上の幸福な瞬間がなかったかのように、すっかりうれしくなって、暗い野なかの一筋の道を、手と手をしっかり取り合って、
どこまでも、どこまでも、歩いていったのでした。

 

 

 

思い出

 

松田朋春

 
 

人間の赤ちゃんからはじまって
いま死んだところ
10歳くらいまでで
だいたいのことはわかった

魚が陸地に憧れて足を生やし
猿が森から出て走った
それは間違いで
人間はほんとうに
たくさんの間違えを
つぎはぎに守って生きる
目を三角にしてね

合間に
素敵なことと
酷いことをして
最初の生を終える

次は動物
進みの早いものは
人間から遠くにいく
鳥として一度空を飛んでおきたい
お魚として海にも
樹形図を遡るように
きれいな命に近づく長い旅だ

家族はあんがい早くなくなる
恋はずいぶんとながく残る
繁殖の起源
そこをぬけてほっとする

ようやく宇宙の一部になる
同時にたくさんの場所に
現れては消える
生きていることが
宇宙の窪みのように感じられたら
終点は間近だ

 

 

 
お母さんが
微笑んでいる

 

 

 

猫といる **

 

さとう三千魚

 
 

今夜も
猫はいた

テーブルの
グラスの

麦茶の

匂いをかいだ
畳の上を横切って

もう
いない

猫を抱いてねむる

いない猫を抱いて
ねむる

 

・・・

 

** この詩は、
2024年7月26日 金曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第7回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。

 

 

 

#poetry #no poetry,no life