雪原を
みていました
雪原の
むこうに山々が光るのをみました
青空はひろがっていました
そのとき
理解しました
ヒトはこの地上にへばりついて永く
生きてきたのです
雲は止めどなく青空に湧き出していたのです
祠のなかに
たくさんの男根を祀りました
雪原を
みていました
雪原の
むこうに山々が光るのをみました
青空はひろがっていました
そのとき
理解しました
ヒトはこの地上にへばりついて永く
生きてきたのです
雲は止めどなく青空に湧き出していたのです
祠のなかに
たくさんの男根を祀りました
昨日
深夜バスで秋田に着きました
秋田は故郷で
母と姉のいる場所です
祖母が亡くたったとき
旅回りの八代から帰れなかった
祖母の葬式に
帰れなかったな
経験は棘です
無数の棘です
無数の棘が刺さっています
無数の経験が刺さっているのです
悩みと言えば悩みなんだ。
傲った悩みだ。
捨てちゃえば片が付くものを
捨てられないで悩んっじゃうんじゃ。
困っちゃうね、
困っちゃうね、
どんどん溜まっちゃう。
どんどん溜まっちゃう。
なんとそれが新刊の詩集なんですよ。
わたしんちに宅配便と郵便で
どんどん、秋口から冬にかけて
三日と空けず、詩集が、
新刊の詩集が
見知らぬ詩人さんたちから送られてくる。
見知らぬ人の詩なんて読む気がないのにね。
視力も弱っちゃてるしさ。
今日は詩集は来なかったけど、
同人誌が来た。
積み上げられた詩集は、
今、卓上に三十三冊。
居間の床に積み上げられた
詩集の山が今十五の山を超えていく。
困っちゃうね、
階段の踊り場、積み上げれた布団のわき、本棚の前などなどと、
仕事場には足の踏み場もないほどの本の山。
邪魔なんですが、
捨てるのも
売るのも
気持ちが引っ掛かちゃう。
捨てられない、
困っちゃうね。
まあ何とか読もうと、
来た順にテーブルの上に積み上げているのね。
折角送ってくれたのだから、
ちょっとは読んでみようと思っている。
そのうちに、
そのまま、
そのまま、
時は止まらず、
テーブル上の詩集のわきで三度三度のご飯を食べているうちに、
溜まって行くってことなんすよ。
あーあ、あーあ、
あーあ、あーあ。
困っちゃうね、
どんどん溜まっちゃう。
このあたしの悩みってのは、
詩の一つのプロブレムproblem
詩を書くのは楽しいが、
見知らぬ他人の詩を読んでも楽しめない。
困っちゃうね。
自分の詩は出来るだけ沢山の人に読んで貰いたいけど、
出来るだけ沢山の人の詩なんて読みたくもないのよ。
書いている人の姿が見えない。
困っちゃうね。
プロブレム
プロブレム
何で、詩集を見知らぬあたしに押しつけるの。
いや、いや、
ただ、ひたすら、
読んで欲しいって気持ちなのさ、
あんた高名な鈴木志郎康さんなんだろ。
おれって高名詩人なんだね。
いや、いや
送って置けば、
眼にとまって、
なんか評価されるかも、って。
評価って、何だよ。
詩人として認められるってことですよ。
たしかに、あたしも、四十七年前の若い時に、
『罐製同棲又は陥穽への逃走』を出したとき、
名の知れた詩人さんたちに送って、
眼に止めていただいて、
話題にされて、
H氏賞を貰えた。
その構図ですよ。
だから、いろんな賞の選考が始まる前になると、
送られてくる詩集が急に多くなるんだ。
賞を取らなければ読まれないってんでね。
いや、褒められたいとかさ、
一番になりたいとかさ。
でもまあ、とにかく、詩集が多くの人に読まれれば、
無理に他人に送り付ける必要がなくなるんじゃないのかね。
自分の詩集を多くの人に読んで貰いたい、
だが、そのために開かれた
交流の広場がないってことか。
詩集を広める広場がないってこと、
遂に行き着いた。
プロブレム!
困っちゃうね。
いやいや、詩集の広場ならあるじゃない。
「現代詩手帖」その他の詩の雑誌の
「詩集時評」とかさ、
各新聞の「詩の月評」とかさ、
詩集を取り上げるメディアはあるじゃん。
でもさ、
刊行された詩集を全部取り上げるってことはないじゃん。
それにさ、新聞でも雑誌でも選ばれた詩人さんが、
その人の主観で選んだ詩集だけしか取り上げない。
取り上げられなかった詩集は忘れ去られちゃう。
せっかく書いたのに、
忘れ去られちょうなんてやりきれない。
困っちゃうな。
じゃあ、どうすればいいのよ。
先ずは、
まあ、全国民に詩を読む習慣を身につけて貰うのよ。
詩人たちは詩人たちで誰もが書いている人の姿が見えて、
面白がって読む詩を書くってことよ。
それで、
発行された詩集が全部揃っている書棚が欲しいね。
そこに行けば、誰の詩でも、書かれた詩は、
自由に手に取って読めるってこと。
そういう詩の広場があって
詩をもって人の交わりが生まれるってことになれば、
いいじゃん、えっ、いいのかなあ。
書かれる詩も変わってくる。
そんなことあり得ない。
困っちゃうな。
と思っているところに、
同人誌の「山形詩人」Vol.84が送られてきた。
発行人は木村迪夫さん、
編集人は高橋英司さん。
その「後記84」に
「昨年末、農作業小屋の二階に小さな書庫を作った。段ボール
箱に詰め込んで重ねておいた、過去四十年間に集まった詩集を
並べてみた。約二千冊。壮観なものである。しかし、百冊ほど
を除くと、タイトルすらほとんど記憶になく、初めて目にする
ような印象なのである。自分にとつて、そのような詩集はおそ
らくゴミ本なのだろう。人によっては、自分に必要なものだけ
を残し、その他はすべて廃棄すると聞く。それはそうだろう。
都市のアパートやマンション暮らしでは置き場所に困る。生活
空間が圧迫される。」
と書いてあった。
「その点、筆者は田舎暮らしゆえ、空間的には困らない。大工
仕事の手間暇、費用はかかったが、
所蔵するに不都合はなかった。」
と書いてあった。
二千冊を納める書棚!
いいなあ。
うらやましい。
「しかし、筆者が本を捨てられないのは、空間に余裕があるか
らではない。一冊一冊の詩集に込められた作者の熱い思いが、
捨てないで、と呼びかけてくるからである。その声は自分の声
でもある。」
そうなんだ。
だから捨てられない。
「いかに評価の低い、つまらない詩集でも、作者にとっては
かけがえのない一冊だと思う。だから、書庫が満杯になっても、
筆者は詩集を捨てない。書架を増設するだけである。とはいえ、
筆者が死んだら、息子や孫たちは、丸ごと全部処分し、書庫を
空っぽにするだろう。それは知ったことではない。」
だってさ。
そうかあ、
あたしが死ねばあたしんところでも問題はそく解決なんですね。
農作業小屋に書庫を作るこういう人がいるなんて、
救われる。
なんちゃって、
実は、詩集を読みこなす力が
自分に無いのを棚に上げて、
プロブレムとか
何とか騒いだ末に、
送られて来た同人誌の
コピペ
コピペ
で、さよならですか。
詩人さん、
詩集が来なくなったら寂しいよ。
困っちゃうね。
あなたに
至るために別の坂を通った
あなたに至るために
ホームに佇った
先端までいくと細い階段があり
駅員たちは足音さえ消した
あなたはヒトなのだろう
遠い日の光だけが
あなたのカタチとなった
ヒトなのだろう
人ではない
光のフチを通っていった
もう
話せなくなった
食べれなくなった
自分で息もできなくなった
あなたを
見ていた
見ていた
なにもいえなかった
なにもコトバがでなかった
生きている
あなたの目蓋を指でひらいて見ていた
ただ見つめていた
ただ見つめていた
雪はとけて
田んぼにはすみれの花の咲いて
山々は白く
風はわたっていった
雲雀が鳴いていたな
空高く鳴いていたな
母はながく臥せていた
姉はふとってしまった
ないものに与えよ
ただひとつの不在をあたえよ
ないものたちにひとつの不在をあたえよ
昨日は
突堤をみていた
風が強く吹いていた
休日には
いつも突堤をみている
突堤の向こうに
海と空が水平にひろがっている
変わらないものの
あちらとこちらに物語を探している
無い物語を探している
物語は始まっていた
物語は終わっていた
(一)
このあいだサントリーホールでマリア・ジョアン・ピリスのピアノを聴いた。(3月7日)
この日のプログラムは、シューベルトの「4つの即興曲」D.899、ドビュッシーの「ピアノのために」休憩をはさんで、シューベルト最後のピアノ・ソナタ第21番変ロ長調D.960、アンコールは、シューマンの「予言の鳥」(森の情景から)というもの。
ピリスは、1991年にドイツ・グラモフォンから出たモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集で注目を集めた。それまでにもモーツァルト弾きとしてそれなりの評価はあったようだけれど、わたしはこのディスクではじめて聴いた。モーツァルトのヴァイオリン・ソナタというと、昔からグリュミオーとハスキルの盤が有名で、わたしもレコードの頃からそれを聴いていた。だが、ピリスがオーギュスタン・デュメイと組んで録音した新しいディスクは、清新なうえに気品を備えた演奏で世界的に大変好評だった。以後、この二人はヴァイオリン・ソナタの名曲を次々に録音する。ブラームスはこのデュオの代表盤の一つとなったし、グリーグは演奏のイメージを一新した。ベートーヴェンの全集も出た。チェロのジャン・ワンを加えてトリオの演奏も発表した。相前後して、ショパンの夜想曲全集やシューベルトの即興曲などソロの録音も出たが、いずれも記憶に残る演奏だった。
その後、ここ何年かはいっときほど積極的にピリスを聴かなかったように思う。ピリスに限らず、常に新譜に目を凝らすような関心の持ち方をしなくなってきた。ピリスの演奏で比較的最近買ったのは5年ほど前に出た2枚組のショパンアルバムくらい。おそらく彼女の新譜のリリースも一時ほどではないのだろう。
たまたま新聞で、シューベルトのピアノ・ソナタ第21番を中心としたピアノ・リサイタルの広告を見て、急に聴きたくなった。この曲、ピリスはかなり前にエラートに録音していたが、わたしにはそれほど印象に残るものではなかった。しかし、今回は再録音してのコンサート、しかも新しいディスクは聴いていないので、楽しみにして会場に向かった。
結果は、期待を裏切らないものだった。ドビュッシーは苦手なので何とも言えないけれど、シューベルトは即興曲もソナタも曲のよさを充分に引き出した気持ちの良い演奏だった。演奏家には、曲の趣向や持ち味を生かして最良の演奏をしようという人と、曲趣よりも自分の音楽観や演奏スタイルを優先する人とがあるように思うが、ピリスはどちらかというと前者のタイプ。そのピリスが、即興曲のCDを明らかに後者のタイプと思われるリヒテルに献呈している。
ピリスの『即興曲集』は1998年2枚組で発売された。シューベルトのこの曲は、それぞれ4曲のD899、D935が1枚にカップリングされることが多いが、ピリスはD915「アレグレット」とD946「3つのピアノ曲」(遺作)を加えて2枚にして発表した。(D946はあまり演奏されないけれどなかなか聴き応えのある曲) そうした曲の選択、構成だけでなく、タイトルの付け方やブックレットの内容までピリスの意向が強く反映していると思われる。
このCDには「Le Voyage Magnifique」(素晴らしい旅)というタイトルがあり、表紙を開くとリヒテルへの献辞がある。ピリスはこのディスクを、死んで間もないスヴャトスラフ・リヒテルに捧げているのだ。そして右のページには「私は旅人である」というリヒテル自身の言葉が添えられている。さらにページを繰ると、フランスの作家イヴ・シモンの小説「すばらしい旅人」の引用が断章のように綴られている。
意図的につくられているとは思うが、どれほどの明確な意図があったかはわからない。人生は旅であり、音楽を生きる人も旅人なのだ。あのリヒテルも自分を旅人と言っているし、自分が奏でる音楽も、演奏する自分やそれを聴く聴衆を旅へと誘う力を持っている……。リヒテルとピリスの「旅」は微妙に違う。リヒテルは自分の音楽活動を含めた精神のありようを、さすらう旅人のようだと言っているのだろう。対してピリスは、そのリヒテルや自分にはできない「旅」への憧憬を表そうとしているように思える。
リヒテルはWandererという言葉を使っている。するとやはり、シューベルトのD760「さすらい人幻想曲」(Wandererfantasie)を思い出さざるを得ないし、他ならぬリヒテルの演奏が耳にひびいてくる。ただし、ピリスがそういうことを意識していたかどうかはわからない。
当然ながら、ピリスの弾く「ピアノ・ソナタ第21番」はリヒテルの演奏とはまったく違う。リヒテルの、第一楽章のゆったりしたテンポには、胸の底に降りていくような陰鬱さがつきまとう。それがこの音楽にある凄みを与えている。ピリスにはそうした凄みはない。そのかわり、もっと情感に満ちた日常の充足がある。ここで日常と言ったのは、暗い面も明るい面も(あるいは悲しみも喜びも)人の営みの範囲のなかにあるという意味。自分が依然よりもそうした演奏を好むようになっていると思うし、ピリスのこの日の演奏にはそれゆえの強さも備わってきたという実感があった。
(二)
音楽というのは、他のものに代え難い喜びをもたらすものだと思うけれど、反面人間の精神を支配し、変節させる大きな力を持っている。先日車のラジオからベートーヴェンの第5交響曲ハ短調作品67が流れてきた。ちょうど始まったばかりで、第一楽章の誰もが知っている主題が聞こえた。
いまさら書くことでもないけれど、ベートーヴェンの音楽は聴く者をぐいぐいと引きずり込むような構成になっていて、われわれを否応なく音楽のなかに連れて行く。それに抗うことは難しい。旋律もリズムも揺るぎない力で心身を捕え、最初は違和感を覚えていた者も、やがては音楽に浸る法悦のなかに落ち込んでいくようだ。
途中で車を止めたので、このときの指揮者やオーケストラが誰だったかはわからない。しかし、わたしは1947年5月25日、ティタニアパラストで行われたフルトヴェングラー復帰公演を思い出した。曲はエグモント序曲、交響曲第6番、第5番というオールベートーヴェンプログラム。ナチス協力の嫌疑で演奏活動を禁じられたフルトヴェングラーが、ようやく許されて公演ができるようになった最初のコンサートだった。
聴衆は熱狂的な拍手でこの指揮者を迎えた。拍手、拍手。手が痛くなるほどの拍手を続けるその日の聴衆のなかには、必ずやヒトラーの演説に拍手した人間がいたに違いない。彼らは、いまやナチスを憎む民衆の一人として、音楽を愛する一人としてここに来ている。自分に対する疑いもなく今日の音楽の感動に打ち震えている。熱狂とは何と恐ろしいものかと心底思ってしまう。しかしそれは他ならぬ自分自身かもしれないのだ。
わたしもこの日のライブ録音を何度も聴いた。感動的な素晴らしい演奏だと繰り返し思った。だが感動、エモーションとはいったい何なのだろう。「わたし」を変えてしまうほどの感動、わたしの精神を揺すぶり、わたしの言葉を奪ってしまう感動。
感動に身を任せることの陶酔感はえも言われぬものだ。そしてそれがときには人を前進させる原動力になることもよくわかる。しかしわたしは恐ろしい。この恐怖はどこから来るのだろう。
第5交響曲(いみじくもそれは後世の人のつけた『運命』の名で呼ばれる)の持っている力が恐ろしいのではなく、それを聴いて我を忘れるかもしれない自分を恐れているように思えてならない。人間には多かれ少なかれみなそういう要素があると思うから怖ろしい。
(三)
ちょうどいま(3月16日午後10時15分)、テレビで水戸室内管弦楽団のコンサートの録画を放送している。ベートーヴェンの第4交響曲変ロ長調作品60。指揮をする小澤征爾は歳をとったため、一つの楽章が終わるたびに椅子に腰かけてほんの少しだが休憩をとる。音がなっている間は溌剌とした音楽とそれを指揮する小澤征爾があるのだが、腰をおろす彼の姿が映し出されると一人の抜け殻のような老人の姿となる。演奏は決して悪くない。もう80歳近いのだろうけど、音楽の呼吸は若々しいし彼特有のはなやぎがある。
この公演は、今年1月の水戸室内楽団の定期のはずで、その前の曲(メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」)は中年の女性が指揮をした。ナタリー・シュトウッツマンである。メゾ・ソプラノの歌手として一時さかんにコンサートを行ない、オペラにも出演し、たくさんのCDを出していたが、現在は指揮もするらしい。彼女も、シューマンの歌曲集を出していたころは、素晴らしくチャーミングで美しい女性だったが、指揮をする横顔は頬が窪み皺が刻まれている。ベートーヴェンが終わって、今は彼女の昨年のコンサートの模様が映されていて、シューマンの「詩人の恋」が流れている。歌は素敵だし、中年とはいえ歌詞に寄り添う表情は魅力的だ。しかし、15年前のジャケットの写真を知っていると、時の残酷さを思わずにいられない。
クラシックのレコードやCDはたいてい演奏家の顔写真が使われる。音楽ファンは気に入った演奏家の録音を長い期間にわたって聴くことが多いので、演奏家の老いてゆく姿を見続けることになる。白髪を刈り込んだ皺だらけのポリーニの顔なんか見たくなかったのに、こればかりは仕方がないことだ。
今回のピリスのコンサートのポスターを見たときも同じことを感じた。DENONでモーツァルトのソナタの最初の録音を出していたころの、ボーイッシュな少女のような彼女から、あまりにも遠くにきてしまったようだ。もちろん音楽家に、年齢とともに変わる容姿のことをあげつらうのは馬鹿げたこと。老いを云々するなら、まずわたし自身が鏡の前に立つべきだった。
今年も春がやってきた。昔は秋が好きだったのに、歳をとるに連れて春がいいと思うようになった。まわりにもそういう人が多い。じきに桜も咲く。そして、また芭蕉の句を口にする。
さまざまの事おもひ出す桜かな
今朝
新幹線の窓から光る海原を見た
帰ったら
庭の白木蓮の花がひらいていた
沈丁花の小さな花も咲いて
匂っていた
晴れた空のしたに
海は青くひろがり風は渡っていった
カモメたちは
ならんでゆったりと空に浮かんでいた
確かなことは風のようだ
休日は
海にいくんです
わたし休日には海にいくんです
なにもかも失った
わけじゃないんです
なにもかも失くしたわけではないんです
今朝
スープをつくりました
鰹だしで
お味噌と牛乳をいれてみました
おいしかったな
君と食べたいな