佐々木 眞
濁世末代
パリー・キュー兄弟
ここ酷寒のユージンスフリンスク
泳いで渡る
浮き島、凍る
青白い氷塊をよけるのは厄介だ
ひとたまりもない寒さ
お願いだ、服を頼む
手をかけた途端
ちょいと吐く
下痢は即、海水で凍り
雲母のように煌めく
兄はいつ泳ぎ渡ったのだ
何やら余裕の笑みで
手を差し伸ばしてくれる
サハリンまであとわずか
王子の技師連中は頼りない
凍ったうなぎで乾杯
氷原を遠く、剣歯虎
ウィルタの女の哄笑
その縮こまったものを
隠せと手振り
火は火は火は
ガチ 歯を鳴らす
祖国のコタツでは
課税を恨む
暴政なのか善政なのか
さっぱりわからない
白蠟病の奴を思い出す
嬲り殺された北スナック
誰とも話さず
ズブロッカ ラッパで
その未亡人のタエコさん
女GPSやて、と母の夢見
母に、そりゃCEOやなかと
ああそげんやったかね
でもタエコさんは三年前に亡くなっている
ウラジーミル・ルイセンコ、万歳!
木下龍也著「つむじ風、ここにあります」という短歌の本を読みました。
木下さんは山口市在住のことし29歳、すでに2冊の歌集を出し、2012年には全国短歌大会大会賞を受賞したという、文字通り新進気鋭の歌人です。
どんな短歌を作っている人かというと、これはなかなかいわく言い難い。じつにさまざまな歌を詠んでいる人なので、ページを開いたところにある歌を、行き当たりばったりに紹介しましょうか。
あたらしいかおがほしいとトーマスが泣き叫びつつ通過しました
機関車トーマスに託された現代人の痛切な孤独と嘆きが伝わってこないでしょうか。
じっと耳を澄ますと、「ああ、いちど貼られたレッテルは二度と変更できず、一度定められた行き先も変更できず、同じ道行きを死ぬまで繰り返すのみである」というような叫びが聞こえてくる。
ユーモラスな外見に秘められた人生の惨劇は、私たちのまわりにいくらでも転がっているようです。
数千のおにぎりの死を伝えないローソンで読む朝日新聞
その前に「鮭の死を米でくるんでまたさらに海苔で包んだあれが食べたい」という歌があり、次にこれが来ます。
コンビニに並べられている商品はことごとく死んでいることの発見の歌。私たちの日常を静かに囲繞する「乾いた死の歌」といえるでしょう。
後ろから刺された僕のお腹からちょと刃先が見えているなう
悲劇を達観し諦観する軽妙なニヒルこそ、われらの時代の唯一の処世術なのでしょう。おのおのがた、なう。
つむじ風、ここにあります 菓子パンの袋がそっと教えてくれる
これは本書のタイトルにもなった短歌ですが、私はすぐに「誰が風を見たでしょう?」という昔の歌を思い出しました。
英国ヴィクトリア朝時代の女流詩人、クリスティナ・ロセッティの作詞を、西条八十が訳し、草川信が作曲した唱歌です。
けれども、ここでつむじ風が通り過ぎることを教えてくれるのは、もはや木の葉や木立ではなく、無機的な菓子パンの袋に変わっている。
いっそセレナードならぬ、「都市ルンペンプロレタリアートの哀しき叙情」といってもよいかも知れませんね。
今宵はこの懐かしい歌を聴きながら、皆様とお別れしたいと存じます。
ふと、みあげた空
光からこぼれる
黄金のきらめき
きらめきの底に
まだ青い身体
今、まさに
変わろうとしている
必死な姿
混ざれそうで
混じれない
内に憧れを秘めて
燃えている
今を繋げ未来を感じ
私を熟成させる
私を信じて
大変ご無沙汰しています。
長い間取り組んでいたものにめどがついたのでまたぽつぽつと書いていこうと思います。
通販の便利さと早さに感動してからは、専ら化粧品は好きな化粧品会社のネットショッピングを利用している。
リビングにいても、外にいても、はたまたトイレにいても指の操作だけで色んな商品が見られ購入でき、ポイントも貯まるしで嬉しいことばかりだ。
さらに今はSNSという便利なものがある。
そこの化粧品会社の公式ページをフォローしておけば、最新のアイテムやポイントの有効期限を定期的に知らせてくれる。
購入履歴もきちんと自 分のアカウントに残しておけるので「あー、前買ったあの商品何て名前だっだかな!?」
と、思い悩むこともない。
シーズンごとに特別にプレゼントされるクーポンも利用者を飽きさせない秘策なのかもしれない。
こんなにもいいことばかりのオンラインショッピングにも残念ながらいくつかデメリットがある。
その中でやはり断トツ上位に来るのが化粧品なら色、服や靴ならサイズ・・・であろう。
これはどうしても2Dの画面上では限界がある。
あとは想像するしかないのだ。
想像していたもの通りであったときには感動は大きいが、そうでなかったときの落胆は結構深い。
そんなこともあって、わたしは久しぶりに自分の好き な化粧品が置いてあるショッピングモールの中の店舗を数年ぶりに訪ねた。
どうしてもファンデーションの種類を変えたくて色の調整をしたかったからだ。
顔全体にぬるものであるからその人を決める大切な色であると言っても言い過ぎではないような気がする。
やっぱり一人一人にあった色のほうがいい。
数年ぶりに訪れたそこは以前行ったときのままだった。
スキンケア商品、ベースメーク、ポイントメーク、クリーム、美容液・・・。
きれいにきちんと陳列してあり、わぁぁぁぁと心の中で声をあげながらみとれてしまう。
女性に生まれてきてよかったなと思える瞬間だ。
当然のことではあるのだろうけど、そこにみえるスタッフの人たちはみな さん一様にきれいだ。
細部まで気をぬかずに整えてある化粧技術に驚く。
そんな人たちに恐縮しつつ恐る恐る声をかける。
「あのー、いつもネットで買ってて・・・、今後もネット買う予定なんですけど・・・肌の色を見てほしくて・・・。」
ドキドキしながらお姉さんの顔色を窺うと、それはもうはちきれんばかりの笑みで
「もちろんかまいませんよ!どうぞどうぞ!」
ほっと胸をなでおろして鏡の前に座った。
年は40そこそこだろうか。小柄で細見、きれいな栗色に染めた髪をポニーテールでひとつにまとめている。
口紅は大人っぽさの中に少しかわいさを織り交ぜたような淡いピンク。
目のアイランはくっきりでアイメイクはばっちりだ 。
元々大きな目がくりくりともっと大きく見えた。
頬に申し訳程度につけたチークがいい仕事をしている。
丁寧にクレンジングオイルでわたしの顔のファンデーションを落としながら色々と肌の悩みや新作の商品の話をしてくれる。
頼んでもいない他の商品を宣伝するのではなく、わたしの悩みからさりげなくお助け商品を紹介してくれる。
この会社の方針なのか、その人自身に備わっているものなのか、確かめたわけではないので分からないけれどきっと両方だと思う。
押しつけがましくなく本当に自然に時間が過ぎて行った。
気持ちがほくほくと温かくなった。
無事に自分に合いそうな色のファンデーションの目星をつけることができた。
こんなにもよくしてもらってやっぱり今日は店舗で買おうかなとも思ったけれど、わりと貯まっているWebポイントのことが頭をよぎりそれはやめておいた。
最後まで心地よく送ってくれたお姉さんに感謝して帰途についた。
定期的に行く必要がある美容院でも同じことが言えるとは思うけれど、やっぱり同じ時間を過ごすなら穏やかな気持ちになりたい。
そういう風に思わせてくれる人は偉大だと思う。
そこに人と面して何かを購入する、してもらうことの大切なものがあるような気がする。
さて、わたしはというと、あのお姉さんの笑顔を思い浮かべながらもどうしてもこの便利さに誘導されてまたぽちぽちと携帯のボタンを触ってしまうのです。
[2000年4月作 2017年12月再構成]
幸福の、貯蓄、というものがあるだろうか、
あるとするなら、それが、空になるのを、わたくしは生きた。
つらい言葉を、くらがりに投げよう。
空になるのを生きた、他のひとにも届くように。
空のひとは、慰撫を、もう、好まないから。
死の時、生のうたは、むなしい。
死を抜けての生の、うた、なら、響くだろう、か。
他の生の貯蓄があるのか、
安楽に、ゆたかに、生きるひとびとを、わたくしは見た。
爪に火を灯すようにしても金の溜まらぬひとびとと、
笊に水を流すように金を使ってもなお豊かなひとびとを、見た。
春の風に乗って、宿命が行くのを見た。
富と、病と、美と、苦悶と、安楽と、無為と、
それらを運んでいく神の手を見た。
この生をゆたかに生きたひとの来世が、
極貧となるのを、わたくしは見た。
美の化身のようであったひとが、象の顔を持って生まれ、
さらに、戦火のなかに身を焼かれる様を、わたくしは見た。
ちから強い足腰にめぐまれた踊り子が、
幼くして足を車に立ち切られるであろう様を、わたくしは見た。
病もなく、長寿を保ち得たひとが、
来世、母の胎にありながら病毒に冒される様を、わたくしは見た。
空洞を生きなかったことから、
来世、空洞を生かされるひとびとの群れを、わたくしは見た。
得ていたものはすべて奪われ、
得ていたものを、守ろう、とする、手や、腕までも、
失われる様を、わたくしは見た。
振り子は戻り、かならず逆へと向かうのを、わたくしは見た。
海は山となり、名声は忘却へと振るのを、わたくしは見た。
子をもうけた者は、やがて孫までも奪われ、
平和は子孫の戦乱によって報いられるだろう様を、わたくしは見た。
うつくしい女の子が、生まれる。
うつくしい女の子は、春のようだ。
なにもかもが、あかるくなる。
と、貧しい家の老婆が、旅ゆくわたくしに言った。
そのときが、わたくしの悟りの、最後の石段。
うつくしい女の子とは、だれですか?
と、わたくしは老婆に問うた。
うつくしい女の子は、
おまえさんの、空っぽのこころの、底の、
ほら、その、空になりえないもの。
ね、
それ。
それ。
うつくしい女の子が、生まれる。
うつくしい女の子は、春のようだ。
なにもかもが、あかるくなる。
そう、歌うように。
これから。
それだけを、しながら、旅終わる、生、を
逝く、
ように、と。
老婆、女の子、…………
うつくしい女の子が、生まれる。
うつくしい女の子は、春のようだ。
なにもかもが、あかるくなる。
なにもかもが、あかるくなる。
朝おきて
気づいたことがある
たいせつなのは
寝ることだ
昼飯前に
気づいたことがある
たいせつなのは
食べることだ
夜になっても
忘れずにいよう
このふたつで
世の中は渡っていける
暖房が効いた待合ロビーで
1239番のおかあさんは 赤ん坊の私を横に置いて
おとうさんとおしゃべりしていた
おかあさんのお財布をそっと開ける
色取り取りのカード! それを1枚、また1枚、抜き取って、
さわる
おかあさんはめまいがする
おかあさんは女である
おかあさんは11月2日東急ストアでコロッケ1P沢庵ドレッシング(ゆず)たら切身3入紙おむつ他計2109円の買い物をした
うすいカードの中に、おかあさんの生活と人生が、書いてあった
Alb3.9、LS280、ALP338、血圧150/90㎜Hg、目をあけるとつらい
育児ストレス2、
青春:595001、
性格:0、09、44、5
顔形:243
わたしにすべての情報をぬすまれ、
からっぽになったおかあさんが
ラメ入りのお財布のようなおかあさんが
おとうさんとおしゃべりしている
二人はこれからおばあちゃんの家に私を預け、
012598362
って予定でいてそれが55400087につながっていくこと、そして
おかあさんの子1(2)は232、05160-001 で8、****、
空色の、象さん模様のカードをさわって、私は私の人間性と未来まで知った
となりで中年のおばさんが居眠りしている
おばさんのショルダーバッグはカラスのように真っ黒で、さわると鳴いた
チャックを開けて、おかあさんのカードをその中に突っ込む
クリーム色のカード、光っているカード、ひんやりしてるカード、安っぽいや
つ、象さんカードも、全部突っ込んでチャックを閉めると、カラスがまた鳴いて
ガーガーガー、ガーガーガー、GAAAA――――
1階フロアはエアコンの音にじんわりと満たされ、とても暖かい
1239番が電光掲示板に表示され
目を覚ましたとなりのおばさんが、支払いに立つ
おばさんはもう席に戻らない
おとうさんとおかあさんがこのあとのことを相談している
もはや1239番でなく、おかあさんの抜け殻にすぎないおかあさんが、
お父さんと話しながら番が来るのを待っている
同じ抜け殻の私を膝に乗せ、
おとうさんが私の頭をさわって 笑っている
わたしも笑う
きっと 本当に楽しくて。
がーがーがー、がーがーがー、がああああああ
(2017.11.14 東京大学附属病院外来棟ロビーで)