michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

fear 恐れ 恐怖

千駄ヶ谷の
美術館にたっていた

千駄ヶ谷の美術館のなかの
小部屋にたっていた

全裸だった
少女は獣の毛皮をはおっていた

わたしの娘なのだとわかった
すぐにわかった

鳥肌がたった
全身に鳥肌がたっていた

アンディ・ウォーホルはわたしの娘なのだった

 

 

contact 接触

もう
昼は過ぎたろう

小鳥が鳴いている

誘われて
飲んだ

昨日も飲んでしまった

立ったまま
多摩川をわたった

深夜の満員電車で多摩川をわたった

昨日
そのヒトの命日だった

笑顔が電車の窓ガラスに映っていた
遠い街の灯にかさなってみえた

 

 

 

information 情報

昨日は
墓参りにいきました

墓石には
慈という文字が刻んでありました

亡くなったそのヒトの娘が
書いた文字です

そのヒトは生前
娘とその母に迷惑をかけたそうです

それでも
墓には花を供えます

情報ではありません

墓には花を供えます
墓には花を供えます

 

 

川崎芳枝詩集「未明 燃えて」について

 

写真 2014-04-27 14 58 09

 

しばらく前に、川崎真素実さんからお母様の詩集「未明 燃えて」を送っていただいた。

真素実さんに仕事の関係でお会いしたときに、お母様の詩集のことにを伺い、真素実さんのお母様の詩集というものを読んでみたいと思い、お願いして送っていただいた。

奥付には2013年12月に土曜美術社出版販売から発行されていて、はじめての詩集であり、石原吉郎さんや嵯峨信之さん、西一知さんに師事されていることが書かれていた。

これが現在の詩のカタチなのだろうか?
茫洋として掴まえられないコトバたちがならんでいる。

「きざし」という詩まで読み継いで、
なんとなく川崎芳枝さんという詩人のコトバの場所がわかってきたと思えた。

 

きざし

咲きはじめた朝顔をかぞえる
のどかな日
晴れわたる空に高くうかぶ

誰ひとり いない

忘れていた時を思い出したように
突然 とめどなく落ちる涙

光は内から発すると気づいた時
抱きしめたかった

やわらかくなる
まわりから溶けていく

夢に近いところで
もうひとつ 花がひらく

 

 

「きざし」という詩を全文引用させていただきました。

なぜ、誰ひとりいないのか、
なぜ、突然とめどなく涙が落ちるのか、
なぜ、光は内から発するのか、

それは、これらのコトバが夢に近いところで語られているからだと思いました。
この詩をよんでこの詩人のコトバの場所がすこし理解できそうだと思った。

わたしたちは夢をみる。
わたしも夢をみる。
多くは忘れてしまうがたまに憶えている夢もある。

憶えている夢は不思議なリアリティを持っている。

夢は欠落を持ちながらひかり輝く欠片のようだ。
夢は、欠落しているからこそひかり輝くだろう。

誰ひとりいないところに「ワタシ」がいて、もうひとつの花がひらく場所だろう。
そこに、コトバが影のように揺れるだろう。

もうひとつ、「できることは 何もない」という詩がある。

 

できることは 何もない

あなたから投げられた石のつぶてを
胸にうけて
大きくえぐられた空洞

あなたの絶望を前に
それでも立っている 不思議
二本の足が ふるえている

かみ合わないことばが
いくつもはじけて 消えていく

ふるえているという
それだけの かすかな希望

あなたに出会った
許されてここに在る
ただそれだけ

 

 

「できることは 何もない」という詩の全文です。

ここに書かれている「あなた」とは誰なのだろう?
神だろうか?
恋人なのだろうか?

わたしはその「あなた」から投げられた石のつぶてを胸に受けて、
胸に大きな空洞ができているのである。

ひどいめにあわされているのに、
あなたに出会った、許されてここに在る、
と書かれている。

この「あなた」は果てしない者なのだろう。

この場所からコトバを書くことは難しいだろう。
なぜなら果てしない者にたいしてコトバは必要ないからだ。

ゆるされてここに在る、ただそれだけ、なのだ。

ヒトは、その場所では、祈るか、うなり声をあげるか、小鳥のように囀るしかないだろう。

「川岸」という詩があります。

 

 

川岸

渓流のなかの岩に
風にあおられた蝶が ふと舞いおりる
白という安らかさをまとって 止まる

(中略)

うすい陽は
すみきった川面にひろがり
そこに 無数の蝶が乱舞する
まぼろしをみる

届かない もっと深く
小石を投げいれる

夕もやに沈む 青い流れになるまで
せせらぎの音をきく

 

また、「未明 燃えて」という詩のなかで、このように語られています。

 

見知らぬ人がゆっくりとふりむく
(何も残さなくていい)
とおりすぎる風に
ひっそりとした日々が
今日もまた 燃えあがる

 

 

ここに「あなた」と呼ばれる者への言葉があるだろう。

そこはもうひとつの花がひらく場所だろう。
コトバは影のように揺れるだろう。

その場所では、祈るか、うなり声をあげるか、小鳥のように囀るしかない。

 

 

 

shoe くつ

昨日は
神田で飲みました

通り沿いの
二人席でおとうさんが飲んでいました

おとうさんは
一人で飲んでいました

おとうさんは
泣いていました

いない誰かと飲んで
話していました

わたしの幽霊も近くにいるでしょうか

くつをはいて
いるのでしょうか

 

 

hero 英雄

昨日は
広瀬さんのBar鳥渡でのんだ

トム・ウェイツと
ちあきなおみが唄っていた

四つのお願いきいてと
唄っていた

そこに
英雄はいなかった

囁くように
語るヒトたちがいた

壁にはうなだれた
犬の写真が掛けてあった

チェンマイで
広瀬さんが撮った写真だった

 

 

become なる

雲を
みていた

ポカンと白い雲をみていた

波をみていた

キラキラ
ひかっていた

なることは
わかることなのかな

わけいっても
あなたにはなれなかった

だから
悲しい

雲が白く浮かんでいた

空で
わらっていたな

あなたがわらっていた

 

 

repeat くり返す

休日には
海辺をモコと散歩します

部屋に帰って
窓から西の山をみます

悠治さんの
ピアノを聴きます

夕方には
モコと近所を散歩します

それから
窓から西の山をみます

波は
光っていたな

キラキラ光っていたな

どの波も
おなじ波ではなかった