広瀬 勉
#photograph #photographer #concrete block wall
Il dit : « Rappelle-toi tes amours,
Rappelle-toi puisque c’est ton tour.
Y a pas de raison pour que tu ne pleures pas
Avec tes souvenirs sur les bras. »
Edith PIAF : Padam padam
Lyricist: CONTET HENRI ALEXANDRE
Composer: GLANZBERG NORBERT
世間のことはみな無常だ
どんどん変わっていってしまう
という
諸行無常
なにひとつ自分の思うようにはならないし
なにもかもイヤで苦しい
という
一切皆苦
じぶんのものなどどこにもないし
どこにもじぶんなんていない
という
諸法無我
これら
仏陀の説いた基本の三つを
三法印というが
これを集中的に学ばされているのが
いまのガザのひとたちだろう
いまだけでなく
何十年にもわたっている
しかし
あのさまを見て
とりあえず
こちらは関係ない
などと思っていれば
すぐにも
これらの基本法則についての確認は
抜き打ちテストのかたちで
どこの
だれにでも
襲いかかってくる
諸行無常
一切皆苦
諸法無我
まるで
エディット・ピアフの歌った
『パダン、パダン』のように
おまえがどんな恋愛をしてきたか
さあ
思い出しておけ
いよいよ年貢の納めどき
おまえの番が来たんだからな
泣かないで済ませられるはずはないぞ
思い出ぜんぶ
抱きしめたままでな
と
2023年10月
「よごさないでね」、とホソカワさんいってくれたよ。
そうなんだ。
ならぬって、してはいけないのこと?
そうだよ。
フクモトリカ、「こんど充電してね」っていうでしょ?
なぬ?
お父さん、明日ビデオにとってね。
分りましたあ。
お父さん、大好きですお。
ほんとかな?
ほんとですお。
お母さん、早く良くなってね。
分りましたあ。
お父さん、お母さん、良くなった?
もうちょっとね。
もうちょっと?
そう、もうちょっとだよ。
お母さん、薬のんだ?
のみましたよ。
マコトさん、死んじゃったよ。
誰が?
タケナカさんが。
ああ、昔のドラマね。
お父さん、御飯ですお。
分りましたあ。
お母さん、今日、美容院いったの?
行きましたよ。
もりだくさんてなに?
いっぱいいっぱい、ってことよ。
お父さん、販売課は第2作業室でしょ?
そうなんだ。
お父さん、お母さんは?
さて問題です。お母さんは、どこへ行ったでしょう?
おばあちゃんち。
ブブー。
岸本歯科。
ピンポン。
コウ君、こんどキシモト歯科いって、虫歯なおそうか?
い、いやですおおおおお!
なんで。抛っておくと大変なことになるんだよ。
い、い、いやですおおおおお!
2023年11月
コウ君が「1万円探してください」、だって。
なぬ? 生きがい探してください?
生きがいじゃなくって、1万円札よ。
お父さん、ぼく電気つけておきましたお。
ありがとう。
お父さん、あしたハシモトカンナのビデオとって。
今度はカンナちゃんですか。はい、分りました。
お父さん、ごはんにしよ。
はい、分りましたあ。
くらもちさん、ボランテイアだったでしょう?
そうだね。
お父さん、録画した?
しましたよ。
お父さん、録画した?
しましたよ。
私はイヤミです。ぼく、イヤミ好きですお。
お母さんも。
ぼく、ウエハラミツキとハシモトカンナ、好きですお。
そうなんだ。
旅立つって、なに?
あの世にいってしまうことよ。
旅立つって、引退でしょ?
そう、引退も旅立ちだね。
お父さん、ビデオ終りました。止めてください。
わかりましたあ。
取材ってなに?
いろいろ調べたり、聞いたりすることよ。
おじいちゃん、おばあちゃん、死んじゃった?
死んじゃったね。
中井貴一、最後おうちに帰ってくる?
病気になって死ぬためよ。
「ぜひ」「どうぞ」でしょう?
そうね。
2023年12月
お父さん、録画してくれた?
したよ。バッチリ録画したよ。
ハ、ハイ。
オクラ、にゅるにゅるですお。
そうだね、にゅるにゅるだね。
ちなみに、ってなに?
じっさいのところ、よ。
アベヒロシ、ちなみに、っていいましたよ。
お母さん、今年年越しそば食べますよ。
食べましょうね。
コウ君、今年なにどしだったっけ?
ウサギですお。
来年は、なに年?
クマ年ですお。
クマ年かあ!
お母さん、ほんまにって、なに?
ほんとうに、のことよ。
お母さん、寝てくださいね。
分かりました。
お母さん、良くなってね。
だいぶ良くなりましたよ。
お父さん、録画した?
したよ。
DVDにしてくださいね。
するよ。
イエヤス、国のことでしょう?
そうね、国のことをやったのね。
ぼくマツモトジュン、すきですお。
そうなんだ。
バケツにはなにも入っていない
空のバケツ
空のバケツの上に空のバケツ その上にまた空のバケツ そのまた上にもバケツ、バケツ
空っぽのバケツがうず高く天へと積み重なる
バケツはみんな黒ずんで それぞれに汚い
うんと年期の入っているのから 新しめでつやが残ってるのもありさまざまだけど
形は同じでそして空っぽ
だから、積み重なる いくらでもどこまでも永遠に、未来永劫、積み重なる
積み重なるとき バケツは バケツの役目を果たしていない
ただ並んでるだけの見世物だ
息が苦しい
ああまたどんどん積み重なる
雲を突き抜け 鳥も、神も、知らない世界に入り
それでもまだまだ積み上がり
空が黒ずむ バケツの汚れ、バケツたちが放散する煤で黒ずむ
私はどれ? 私がどれだかわからない
自分がどれだかわからない
こんなにたくさんバケツがあるから
自分はいなくていいと思った
いなくていいけど 積まれていた
上も下もぎっしりで いないことができなかった
何もしてない いるだけなのに 汚れていった
積み上がりすぎたバケツは
もう誰にもどうにもしようがない 使えないので
数だけいっぱいで何の役にも立たないバケツ
悪態をたたきながら工場では 新しいバケツを導入した
新しいバケツに 金属クズが投げ込まれる
水が張られる
工具が置かれる
「余ったバケツは重ねておけ」
その瞬間 バケツの心臓は凍りつく
カモの一団が飛んできた
同じ速度で 同じ飛形で
たくさん たくさん みんな黒くて
みんな羽があって みんな自由
なのに一斉に 同じ角度で
同じ見事な羽さばきで
着水した
真冬の朝の冷たい川に
取り残されずにここまで渡ってきたカモたち
ホッとしたように川に浮かぶ
すごい、すごい、子供が叫ぶ
写真を撮ってる人もいる
真冬の朝 冷たい川のそばの冷たい工場 冷たいシャッター
その前に冷たい外気に晒されたバケツの塔
上も下もぎっしりでみっしりなので 寒くはなかった
私は望んでここにいるのかもしれなかった
(12月某日、奥戸2丁目製作所前で)
たぷたぷりたたっぷたぷ
とそこに
湯は張られてあり
みなそこへゆきそこからかえる
まるくみちみちとしたちいさな子を抱えるわかいひととその母らしいひとや
前髪きれいなボブのひととそのままちいさくしたような切れ長の瞳の子や
杖つきながら脱衣場よこぎり椅子に腰おろすや丹念に
一枚またいちまい身につけてゆくひと人ひと
引き戸が開くたびに温気がすっと流れ込む
重ね着にも程がある
三枚四枚五枚着込んだ私はようやくすべて脱ぎきり
ぎゅぎゅうロッカーにおさめ
洗顔ジェルやシャンプー洗い髪を束ねるタオルやクリップ水入りボトルを手に
引き戸の向こうへ踏み入る
足うらが濡れる
市立薬草薬樹公園丹波の湯
漢方の生薬もろもろ栽培されてきた数百年を
観て香って歩く公園にしたアイデアってなかなかそして
温泉の代わりに薬草薬樹を活かしたお風呂を設けたという次第よきかな
移り住んで三年あまりちょくちょく来ている
朝晩冷え込む十一月下旬
使い古しの電気温水器が故障いやついに壊れてお湯が出ないわが家から
ここは
徒歩では厳しいけれどユウキの車でなら十五分あまり
ありがたや
よかったねえ駆け込みお風呂があって
「まったくなあ
じゃあ一時間半後にね」
と手を振るユウキが早くも業者さんを探しあて
交換する機種も決まったものの実物が
年内に届いて工事ができればいいけれどと
見通しはまだ立っていない
そういえば去年の今時分だったかここの脱衣場で
市内いちばん寒い町から来たという年配のひと
お風呂が壊れて交換まで三週間かかるのだと
うーんまさに今のわが家じゃないか
あれっほんの十日前のこと高松の母の部屋を訪ねたら
蛇口からお湯が出ないのでメーカーと管理会社に連絡して急き立て
翌日には修理のひとが来て直ったのだったよ
まさかまさかわが家まで
サウナとジェット風呂、ぬるめの薬湯は当帰もしくは十種ミックス
髪を洗いタオルに包んで身体を洗ったらジェット風呂へ
ほおおおっ
息がもれるのは身体のどういう仕組みなんだろう
ゆるむというのか湯気の湿り気が隠れたスイッチを押すのか
ぼこぼこ泡に圧されて温まったら
覗いてみて小さめぬるめの薬湯へ
こちらの浴槽も窓の外は緑
当帰の湯にひとり
おばあさんとは呼びたくない短髪の
年配のひと
しずめた身体はくつろいでいる
お湯のなかだもの
ふっと目をつむっている
無粋にいうなら中肉中背の体格
皺もしみも拒まず
きっとたくさん働いて乗りきってきたひと
なのだろうな
気持ちいいお湯ですねえ
などと声かけるのもためらわれ
少し離れてじぶんの身体をしずめる
ほおおおおっ
もれる息をちいさく逃がす
目つむるひとのまとう空気を揺らしたくない
窓の外と葭簀をのせたガラス張りの天井から差し込む初冬の光が
湯気を分けて
まぶたを閉じているそのひとの
面差しと身体を明るませる
私に絵筆があるなら
湯と湯気と光につつまれたそのひとの姿を描きとめるのに
しらないそのひとの
ただそこに在るかたちの
佇まいの荘厳
と言いたくなる
絵のようです
おごそかできれい
などと声かけても
訝しいから
声をのむ
そのひとより先にあがって
薬湯のしずくを洗いながし
ビニルに包んでいた手ぬぐいでくまなく拭く
しばらく前から家でも
風呂上がりはバスタオルをやめて手ぬぐい一枚
そう
リュックの中に手ぬぐい常備三、四枚
鈴木志郎康さんの詩の手書き原稿をデザインして
さとう三千魚さんが作成なさった藍染めの手ぬぐいも
持ち歩いているのだけれど
バスタオルの代わりにするのは気恥ずかしく
色褪せかけた縞柄の一枚でぬぐう
スッとしずくも湿りも吸い取ってくれて
ありがたや
脱衣場の
次々に来るひと着て帰るひとの行き交いを縫って
ロッカーを開け
まだすぐ着て帰れない
インド綿のノースリーブワンピースをかぶり
ヘアブラシや乾いたタオルを手に洗面台へ
生乾きの髪では風邪をひく
ドライアーをつかう前に
顔をあらう
冷水で
そうだ
あの藍染めいちめんの地に
志郎康さんの文字志郎康さんの言葉が浮かぶ手ぬぐいを
おしあてる
今度こそ
あ、あぁ
やわらかい
顔いちめん
やわらかくてあたたかい
使いはじめに四度五度もみ洗い
色をおとした生地が乾いて
やわらかい、なあ、と
両の手でひろげれば
それゆけ、ポエム。 *
それゆけ、ポエム。
* 鈴木志郎康さん作品「詩」より
二〇二四年一月一日一六時一〇分頃、能登半島付近を震源とするマグニチュード七・六の大地震。続発する揺れのさなかに在る方々の安全を、切に祈りながら。
(わずか半月、家の蛇口から湯が出ず、入浴できなかった日々でさえ不自由をかこった。一月の寒空のもと、不安と緊張に晒され、倒壊現場でいのちの危険に瀕しておられる方々が、少しでも早く心身ともに安心安全な環境で過ごせますように)