michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

毎年覚書のようなそれほど軽くもないような
ふわふわとただようように思う日は

 

ヒヨコブタ

 
 

21で旅立ったその人は
あまりに優しく聡明だった
じぶんが他の人と異なることに悩み
家族の中の立場や周囲に愛されることを
過度なほどに望んでいた

私は知っていた
それらが総て叶うことはないことも
じゅうぶんに魅力的なものをその人が持っていることも

会えば文学について議論し
私の話に注意深く耳を傾けた
他者への理解も深く
ただあまりに優しかった

旅立ってしまうことに薄々気がついた頃
その人の目の焦点が、どこか遠くにあることにも気がついていた
私はそれが怖くて
伝えられることをあらゆることばで伝え続けた

同志だ、君は
そう彼がポツリと呟いた

同志ということばに
私は舞い上がり、一生の友だと信じた

秋の日曇り空だった
ふだんなら時間通りに、いやそれ以上前に現れる彼が来ないことに周囲がざわめいた

夜になって悲しい報せが届いた

受け止めきれず、わたしはふわふわと歩き回った。
喪服も持っていなかった足でそれらを揃える時すらうわの空だった

仲間だという人たちと共有出来ない気持ちは
どこまでもいつまでも昇華することもなく
長い長い時間が過ぎた

彼はどこへ行ったのだろう
不在は存在を色濃くする
秋が薄ら寒く感じるようになった

最後の晩に彼が父親にぶつけた真の気持ちは

私が覚えている

秋は寒く、彼のいない秋は寒すぎる

何年という時間も悲しみを癒せないとしたならそれは少し嘘だとも思う。
彼の不在は私に現実を認識させ、怒りと悲しみが天秤のように振れ続けた日々の積み重ねだ。

彼がいない世界には彼の不在という
認識による存在の時間が確かにあるのだ。
いつか彼に再会するときに話したいことは
山となってちり積もった。
愉快なことが増えていくようにじぶんを
奮い立たせて今日を明日を私は生きていく
それがどれだけ悲しくとも、どれだけ淋しくとも
生きている私の責任がある。

そうすることで、雪の日のような温もりを
私は感じられる気がするのだ。
感じることによって生きていけると信じているのだ。
まだまだ、と思い寒風に向かう。

 

 

 

顔に棲む

 

辻 和人

 
 

自分の体
って感じしない
目ン玉
ゴリッ
鼻から額
ボッツンツン
触ってみると
ゴーワゴワ
10日前に発した顔の帯状疱疹
一時は
瞼腫れて目開かなくなり
鼻に大きな大きな沼でき
髪の毛の中にまで赤くポツポツでき
見事に左半身のみ、
ウィルス君は
左の神経に律儀に沿って走りに走った
痛みに頭が割れに割れた
特効薬飲んで1週間会社休んだ
ふぅーっ、症状軽くなってきたけど

いつものように目薬さして軟膏塗って
寝る前に鏡の前に立つ
まだ潜んでるかな
まだ隙窺ってるかな
こわごーわ触ると
ムズムズウズウズ
痛いと痒いが
半々
クッソー
ココんトコだけぼくじゃない
占拠されてんだ
えぃあー
いっそ、ウィルス君と合体してやるかっ

玉っにょ
目ンっにょ
赤い筋が幾つもん走るんにょにょ
矢いっぱい降ってきて
黒目からは追い出されにょっけど
くるっくるーり
彷徨い彷徨い
ふんふん、茶目に抜ければ大安心丈夫
にょにょっ
まあるいぬくいくるっりーん
ぷかぷか浮かんでるんにょ

鼻に湧いたんにゃにゃ
ぬめっと沼
鼻の左半分を占拠したんだったにゃが
槍に追い立てられ追い立てられん
枯れたん枯れたんけど
にゃにゃっ
楕円形にまだぬめってん
濁り水潜って
ぷかーと息を吐きだせばん
ぬめぬめっと気持ちいいん
気持ちいいんにゃ

隠れてんにゅ
頭の毛っけの草深いトコ
駆けて駆けて足跡つけてん
ポツポツポツポツ
足跡つければ赤黒く盛り上がるにゅ
足跡つければ剣が押し寄せてくるんけど
にゅにゅっ
もっと奥地へもっと奥地へ
茂みポツポツ掻き分け隠れてん
赤黒く盛り上がるん
盛り上がるんにゅ

してきたぞ
自分の体って感じ、してきたぞ
痛いと痒い
ゴリッ、ボッツンツン、ゴーワゴワ
怖くない
合体してしまえばこっちのもの
仲良くしてしまえばこっちのもの
何たって
このムズムズウズウズ
このぼくが発信してるんだからね
ウィルス君を追い詰めるぼくもいれば
ウィルス君と一緒に
ぼくから逃げるぼくもいる
追いかけて、ぼく
逃げて、ぼく
鏡覗けば覗く程
どっちも
一緒にね、顔にね
棲んでる