Yoichi shidomoto
目の前に包丁があるんだけどさ、
つい今さっき洗ったところなんだけどさ、
昼めしのときに、
キャベツを切るために使ったんだよね、
水を拭いてないから、
水がついててさ、
電球の光を反射して、
キラキラ光っちゃってるけどさ、
落っこってきたら怖いな、
足にブスッと刺さったりして、
いや、
この柄をしっかり握って、
心臓にグサッと刺せば、
おれは今日死んじゃうんだよな、
ここにはほかに誰もいないから、
そんなことするやつは、
おれしかいないけどさ、
おれがここで死んじゃっても、
当分誰も気づかないんだろうな、
おれしかいないんだもんな。
コオロギの頭をそっと撫でて
足のギザギザに触れてあげる
そんな面倒な内職だけど
丁寧に時間をかける
透明な羽根だけは触わらない
思い込みの露をためた
虹の足の泉で
緑線を洗うらしい
選り分けるだけでないことを
理解せねばならない
付け加える必要はない
生き様が奏でる
甘い気持ちは見透かされ
たちまち弾かれる
イカズチを操る金髪の男
太り過ぎだよ
踏むなよ
一瞬では
どうしても遠くに行けない俺ら
愚かさだけ晒す
とびっきりの錐で
頭頂を撫でてあげよう
体が腐らないように
小さな氷嚢を抱いたしじみは、笑っているみたいだった。
その日の朝、入院先の病院から
しじみちゃんの心臓が停止しました、どうしますか
と連絡が入ると、
野々歩さんは身をよじらせて、声をあげて泣いた。
慟哭、という言葉では到底表しきれない
言葉にできない何かが
何度も何度も私たちを責めるように揺さぶった。
やがて静寂が訪れて
私たちは、しじみの周りにたくさんの花を飾った。
優しい花の色に埋もれて
小さなヒナギクで作った花冠をかぶったしじみは、
やっぱり笑っているみたいだった。
しじみの体が燃やされた日は控えめな曇り空で、
時折ささやかな光が射したり、
遠慮がちにパラパラと雨粒が落ちてきたり、
素朴であどけない、しじみのような空だった。
移動式の小さな焼却炉の重低音が止み
重くて熱い鉄板が、竃から出されたのを見て、
私は言葉を失った。
小さくて痩せていたしじみの体はほとんど灰になり、
ほんの一握りの骨しか残らなかった。
やわらかくて温かだったしじみは、もういなくなってしまった。
空っぽのひと月が過ぎた頃、
庭に植えた黄色いヒナギクが一輪、花を咲かせた。
しじみの花だ。
その花を見て、
「言葉にできない気持ちを言葉にするのが詩なのだとしたら、
もう一度、言葉に向き合ってみよう。」
空っぽだった心に、そんな気持ちが芽生えてきた。
毎日水をやりながら、撮影をした。
しじみの花が、風に吹かれて気持ち良さそうに震えているのを見て
嬉しくて涙がこぼれた。
それから暫くして、花は萎れ、やがて枯れていった。
わかっていたはずだった。
生きて咲き、萎れ、枯れていくこと。
その後は?
その後は、一体どうなるんだろうか。
今日もレンズ越しに、言葉を探している。
今どこにいる?
寒い思いはしていない?
ひもじい思いはしていない?
答えのない問いを、何度も繰り返しながら。
祖母がいた
三毛猫が
いた
昔はここしかなかった
三毛猫はなんどか
お母さんになった
畳にだまって座ってた
手が白く
手をそろえて
座ってた
目を瞑った
垣根があり
祖母の
育てた野ばらの
白い花が
咲いていた
祖母は
窓にもたれて
だまって白い花をみてた
なにも言わなかった
なにも言わなかった
一昨日かな
駒場で
Yiwu Liao廖亦武の”大虐殺”という詩を聴いた
叫びだった
挽歌だった
失ったものがあまりにも大きい
失ったものがあまりにも大きい
廖亦武のことばはあまりにも大きい
無数の沈黙に支えられている
雪のたくさん降るのをみた
簫の音を聴いた
それでも
ひとは生きてしまう
なにも言わなかった
なにも言わなかった
祖母は
だまって
いまも
見ている
隘路を歩いた
隘路を歩いてきた
残ったひとは隘路を歩いてきた
* 工藤冬里 詩「サファイヤ」より引用
昔はここしかなかった
箪笥には何もなかった
分業を見せられ
なりたいものになると言われ
薔薇園には行かず
不妊の女は歓声を上げる
昔はここしかなかった
ここからものを取り出していた
立ち往生できるだけ 幸せだった
何度でも名を忘れ
なりたいものになると言われ
びよびよ鰹には行けず
見たことを話し
聞いたことを行う
昔はここしかなかった
隘路を歩いた
アッバー
隘路を歩いた
片目でも 髪の毛がなくても
似顔を描いた
なりたいものになると言われ
サファイヤを土台として置く
箪笥を開けると
新聞紙が敷き詰められていた
二つの道しかなかった 見渡すかぎり