広瀬 勉
東京・杉並高円寺北。
久しぶりにポカポカ陽気につつまれた今日。
今だと言わんばかりにベランダに布団を干すことにした。
おもいっきり陽の光を浴びてふっかふかになってほしい。
幸せとは何なのか。
幸せとはなんだと思うのか。
最近ある人に聞かれた。
そのときはとっさのことで上手く答えられず「わからない。」としか言えなかった。
ある新聞記事の特集でこんなことが書いてあった。
世界には色んな人種、宗教、文化、考え方、食べ物があるけれど、不幸だと感じることは共通して「孤独であること」なんだそうだ。
孤独と感じる状態に陥るとものすごく心が寂しくなるのだそうだ。
確かにぽっかり穴があいたような気持ちに苛まれるのかもしれない。
だとするなば、その反対である幸せとは…。
自分のことを理解してくれる人の存在が在ることなのではないだろうか。
何か隠しながら付き合う人ではなくて、全てをさらけ出して信頼できる人の存在。
そんな人と面と向かって話す。
そんな人と食事を共にする。
そんな人とスポーツをする。
なんだっていい。
そんな人の存在が一人でもいることが幸せなんだと思う。
25才、春、この時点でわたしはそう考える。
久しぶりにポカポカ陽気につつまれた今日。
今だと言わんばかりにベランダに布団を干すことにした。
おもいっきり陽の光を浴びてふっかふかになってほしい。
幸せとは何なのか。
幸せとはなんだと思うのか。
最近ある人に聞かれた。
そのときはとっさのことで上手く答えられず「わからない。」としか言えなかった。
ある新聞記事の特集でこんなことが書いてあった。
世界には色んな人種、宗教、文化、考え方、食べ物があるけれど、不幸だと感じることは共通して「孤独であること」なんだそうだ。
孤独と感じる状態に陥るとものすごく心が寂しくなるのだそうだ。
確かにぽっかり穴があいたような気持ちに苛まれるのかもしれない。
だとするなば、その反対である幸せとは…。
自分のことを理解してくれる人の存在が在ることなのではないだろうか。
何か隠しながら付き合う人ではなくて、全てをさらけ出して信頼できる人の存在。
そんな人と面と向かって話す。
そんな人と食事を共にする。
そんな人とスポーツをする。
なんだっていい。
そんな人の存在が一人でもいることが幸せなんだと思う。
25才、春、この時点でわたしはそう考える。
夜中に
目覚めて
朝の多摩川沿いを
歩いてきた
燕のつがいが
ふたりで低く飛んでいた
空の高みに
雲雀の声がした
雲雀の姿は見えなかった
母が逝って
母の部屋の壁には母を描いた
桑原正彦の絵が残された
姿はないが
雲雀の声を聴いた
今朝
トイレの
ドアをあけて
気づいた
トイレの
前に
ビュフェがいた
パンと
皿の静物
テーブルの上に
白いテーブルクロスが掛けられ
その上に
パンと
平らな皿がある
空の皿には
フォークが添えてある
ビュフェは
平らな皿に世界を盛る