michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

光の疵 屋上庭園

 

芦田みゆき

 

 

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ひりひりと疵が痛むとき、夜のデパートの屋上へとむかう。
エレベーターの扉があき、
過剰な光が流れる廊下を渡り、
重いガラスの扉を押すと、
まだらな闇が降りてくる。
あたしは闇をまとって、植物が売られているコーナーに行く。
工事が始まっている。
たくさんの植木鉢や、あいだに置かれた石像たちは端に片づけられてしまった。
代わりに白い布を被った何かがあちこちに置かれている。
あたしは自販機でコーンスープを買って、建物に沿って並べられたベンチに腰掛ける。

目を閉じると夏の喧騒がよみがえる。

 

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あたしは生まれてはじめてデモに行った。とけて消えてしまいそうな暑い夜。国会の脇にある木では蝉が鳴き、子どもたちは小さなライトを持ってカブトムシをつかまえていた。みせて?と声をかけると、あの木にいたの、と後ろの木を指さす。この、子どもたちの未来を守るために、あたしは来た。前に進んでいくと、赤ちゃんを背負い、荷物とプラカードを持った若いお母さんがコールを叫んでいる。あたしは人人の手ばかりを見ていた。どの手も白く美しかった。

目を開けると、闇が濃くなっている

 

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さぁ、帰ろうか、と隣のベンチをみると、一冊の本が置き忘れられている。手に取って開いてみると、とても古いロシア語の参考書だった。あたしは本を元のベンチに立てかけて、エレベーターへ向かった。

 

 

 

past 過去の

 

どう
なんだろう

だれにも過去はある

むかし
信濃町に住んでいて

妻も
子どもも

いた

かわいい
とも

思ってた

いまは
別の女と

犬と

暮らして
いる

いま
海がひろがり

空がある
いつか

新潟の記念館で
菩薩という書をみたことがある

 

 

 

hot 暑い 熱い

 

このところ
寒い日が続いた

雪も
降った

風が吹いて
背中がぞくぞくした

コートを三つ
持ってる

田村隆一みたいなやつ

灰色と
黒と

紺色の厚手のコート
紺色は一月と二月しか着ない

電車の中で
汗をかく

ダンディーにはなれない
神田で飲んでる

 

 

 

bell 鐘

 

お昼ごろなの
かな

鐘の音を
聴く

四谷の路地や

三栄町の
公園で聴いた

長崎の西坂の途中でも
聴いた

教会の鐘なんだね

鐘の
音は

振動だ

詩も振動みたいだね

詩人が震える
のでなく

世界が震える

世界は

停止して
激しく振動している

 

 

 

Les Petits Riens ~三十五年もひと昔

蝶人五風十雨録第9回「一月三十日」の巻

 

佐々木 眞

 

 

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1981年1月30日 金曜
夕方サンフランシスコ発JAL001便にて成田着。重い荷物をポーターに運ばせタクシーで鎌倉まで。やれやれと一安心。都合半月の海外旅行なりき。

1982年1月30日 土曜
土曜出勤。ルック雑誌広告。アデンダの大きなポスターをどうやってコピーしていいか分からない。

1983年1月30日 日曜 夜に雨
久しぶりに眠る。自閉症児親の会の会合をキャンセル。相模原の会員のみに電話連絡。たまには休まないと身体がもたない。息子たちと遊ぶ。

1984年1月30日 月曜 はれ
キリンビール訪問。だいたいそんなものよね。ベイヒルゴルフ企画で富士ゼロックスの小林陽太郎氏の出演許可をもらう。

1985年1月30日 水曜
朝パリEHPよりゴダールが撮影を完了したと連絡あり。アニエスbでf500買い物。夜駐在所のスタッフと会食。サル・プレイエルにてラベック姉妹のコンサート。

1986年1月30日 木曜 はれ
三陽商会長谷川氏、博報堂、関谷氏、小学館中川氏、島本氏。夜神谷氏と串花へ。

1987年1月30日 金曜 はれ あたたか
8時半日比谷スカラ座にてデ・ニーロの「ミッション」。86年のカンヌでグランプリだというがやや意外。G.I.Tにて日経矢田氏と「大コクトー展」の打ち合わせ。

1988年1月30日 土曜 はれ
ゆっくり起きてミラノへ発つ高市氏の自宅兼事務所に電話すれど終日繋がらず。「チャネラー」取材後小峰氏と飲む。松竹第2にてベルイマンの「シークレット・オブ・ウーマン」試写。女の生を重厚に描いた傑作。光と影が美しい。

1989年1月30日 月曜
プレス伊藤君と話す。努力家なり。IN秋冬構想会。

1990年1月30日 火曜 くもり
大阪支店にて11時から午後7時まで店長会議。山口課長と新任営業担当のお披露目。京高フェア打ち合わせ。私は「この日、この空、この私」「体と金と男」という話をしたがあんまり説経臭のする演説は良くない。夜神戸のグリーンホテル泊。

1991年1月30日 水曜
オレンジページ田坂さん来社。パスタ・パスタで昼食。「ゼロシティ」「アンポンで何が裁かれたか」をみる。

1992年1月30日 木曜
本日より米国出張。ボストンは古い英国の面影を残す町でJFKの生家や寄宿舎もあった。学生街のカジュアルなショップを見学。夜はウエルカムパーテーがあった。

1993年1月30日 土曜 はれ
会社休みてCD三昧。妻は味噌作りや心身の疲労困憊で臥せっている。

1994年1月30日 日曜 はれ
ボードレールの人生はわずか46年であった。次男東京造形大の1次合格。

1995年1月30日 月曜 晴
第1回の全員宣伝会議。だいぶ人が減った。文春の「マルコポーロ」がアウシュビッツにガス室はなかったという記事で廃刊決定。愚かなり。

1996年1月30日 火曜 はれ
1792年に再建されたべネツィアのラ・フェニーチエ劇場が失火のために全焼。残念なことなり。仏シラク大統領、核実験の終了を声明。

1997年1月30日 木曜 晴
去年より今年の方が仕事は楽になった。次男は自動車免許を取るための合宿に出かける。

1998年1月30日 金曜 曇
会社は出来るだけサボるようにしている。午後新橋TCCにてMIUMIUの出る映画を観た。横浜SSDにてアルゲリッチ、マイスキーのベートーヴェンのチエロソナタ集買う。ムク夜鳴きす。

1999年1月30日 土曜 晴れたり曇ったり 寒
会社休む。妻は余命2、3か月と宣告された鶴見さんに「手当て」しに行く。ムクと神社散歩。米バークシャー社から1万4千円の引き落とし請求書来る。

2000年1月30日 日曜 晴 暖4月のごとし ○
母と4人で宇田さんチ経由図書館。梅はどこかで咲いているに違いない。午後五反野マンションの広告コピーを書いているとようやくフリーになった気分が出てきて嬉しい。

2001年1月30日 火曜 晴 ○
不調。元気なし。妻やや回復すれどパソコン具合悪し。

2002年1月30日 水曜 晴
小泉首相が田中外相と野上次官を更迭。鈴木宗男は議運委員長を辞任。在任9ヶ月、ああいう奴でもいなくなると寂しいなあ。サライを買う。果たしてこれから仕事はあるのだろうか。

2003年1月30日 木曜 はれ
妻と義母、早朝より長野の親戚の葬儀に出かける。余、ようやく床上げ。ベルトリッチの「暗殺の森」みる。ドミニク・サンダは可哀想。トランティニアン良し。

2004年1月30日 金曜 晴 はれ
文化講義3連発。学生の新宿都庁レポートを読むとなかなか面白い。しかしコンテンポラリー講座は今日で最終回となった。困って執行さんに相談すると、織田学園というのを紹介しようといってくれる。まことに有難い恩人である。

2005年1月30日 日曜 はれ 暖
3人で 熊野神社へ行く。長男は岸本歯科で痛がったので、「痛かったら先生に痛いと言いなさい」というと「もう岸本歯科は行きません。チエ先生んちへ行きます」を連発。余波で箱根行きも中止となった。

2006年1月30日 月曜 晴
文化最後から2番目の授業。浪間先生は週3日で7コマ持っていて、今度アンコールワットへ行くそうだ。羨ましい。新橋キムラヤでグルダのベートーヴェン・ソナタ全集。大船ユニクロでジャケットとパンツを買う。5千円なり。

2007年1月30日 火曜 晴
布団干す。果樹園へ行き写真を撮る。文芸社の仕事が来ないので頭にくる。

2008年1月30日 水曜 晴 暖
妻は緑の会で北条時政邸へ行った。ずっとドイツ人が保存していたのに、次に買った日本人が売りに出したという。どこからも仕事の電話なし。

2009年1月30日 金曜 雨
終日雨降る。今日も文芸社は来なかった。やむを得ず山口氏の仕事を下請けでやることにす。孫請けなり。

2010年1月30日 土曜 晴
妻と太刀洗を散歩。お向かいのお嫁さんと会う。息子を中学校に入れるためにまた戻ってきたそうだ。疲れた顔なりき。

2011年1月30日 日曜 晴 初雪降れり
中央公民館の鎌響室内楽演奏会へ行ったが満員札止めのため帰宅し、CDを聴く。ハイドンの五度聴き終わり春の雪

2012年1月30日 月曜 晴れ
文化最終講義。これでたぶん学校は終りになるはず。

2013年1月30日 水曜 晴
妻と味噌を作る。午後ヤマダ電機、図書館。長男の携帯を解約す。安岡章太郎92歳で死す。

2014年1月30日 木曜 曇りのち小雨
ひさしぶりに栄プールで9往復す。25m×2×9=450mなり。妻は350m。

2015年1月30日 金曜 雨
関東は雪になりしが、鎌倉は降らず。

2016年1月30日 土曜 冷雨
「金目」の取り扱いを誤って辞職した甘利経済再生相の後任が、同じ「金目」発言で防災相を去った石原ジュニアとは、自民党も人材払底なり。日銀の窮余の一策「マイナス金利」導入をみても明らかにアベノミクスは破綻している。中国の景気後退と原油安で頼みの株式市況も動揺恆ならず、民草の誰ひとり景気が良くなったとは思っていないのである。内政の不安を北朝鮮のミサイルや中国の海洋攻勢を安保危機にすり替え、憲法破壊をもくろむ安倍政治に明るい未来への展望はないだろう。
ようやく冷雨が上がったようだ。
それにしても、私はいつになったら今井義行さんのような物凄い詩を書けるのだろう? いや、「今井義行さんのような」ではない。今井義行さんのように、自分らしい、自分でなければ書けない詩を、だ。

 

ハスキルのピアノに抱かれる冷雨哉 蝶人