家族の肖像~親子の対話 その52

 

佐々木 眞

 
 

 

コウ君、一週間がんばったね!
頑張りましたお。

明日東急の本屋さん、行きますお。
分かりましたあ。

お母さん久しぶりにカッパ池行きたいな。
ボクも行きますお。ザリガニ釣りますお。
むかしタクチャン、リョウチャンと行ったね。
ザリツリ、ザリツリ、ザリツリ。歌いましたお。

お母さん、夕飯豚汁とキノコご飯にしてくださいね。
分かりましたあ。

お父さん、お風呂掃除してくださいね。
分かりましたあ。

「涙そうそう」ってなに?
涙がいっぱい出ることじゃないの。

あの人なんで泣いてるの?
うれしかったからよ。

オオヤさん、「おつかれさま」っていってくれたよ。
良かったね。

だいぶって、なに?
かなり、よ。

ぼくは高速道路好きですよ。
高速道路乗ったことあるの?
ありますよ。

高輪ゲートウエイ新しい駅でしょう?
そうだね。

今日ぼく「極主夫道」みますお。
みましょうね。

お詫びってなに?
「ごめんなさい」っていうことよ。

ぼく藤沢行きますお。
いつ行きますか?
お昼寝してから行きますお。
分かりました。

藤沢お父さんが一人で行くのと、3人で行くのとどちらがいいですか?
3人ですお。
分かりましたあ。

ぼく、オオツボさん好きですお。オオツボさんに会いたいですお。
そうなんだ。

私はメイサです。
こんにちは、メイサさん。

お母さんシリトリしよ。京都。
キ、キ、汽車。
もう終わりです。
コウ君が自分で言いだしたくせに。

エモトアキラさん、すまんて言ったよ。スマンてなに?
ごめんなさいのことよ。

お父さん、いつおばあちゃんチ行きますか?
4時半だよ。
分かりましたあ。

縁起でもないって、なに?
悪いことよ。

エイコさん、お母さんのおねえさんでしょ?
そうよ。

栄えるって、なに?
とっても繁栄するこよとよ。

将棋はゲームみたいに?
そうだね、まあゲームだね。

お母さん、しりとりしよ。盤上の向日葵。
リ、リ、リンス。コウ君、スだよ。

「年末年始」の英語は?
うーんとまあホリデイかな。

ハロー、「こんにちは」でしょ?
そうだよ。

正月の英語は?
ニューイヤーだよ。

お父さん、莉子さんの写真集、いつ来ますか?
明日ですよ。
良かったです。

私はフクモトリコです。
こんにちはフクモトリコさん

経験て、なに?
いろいろやったことよ。

交わるって、なに?
交叉することよ。

かかわらずって、なに?
それによらないで、よ。

私は修理屋さんです。
こんにちは、修理屋さん。

精神的って、なに?
気持ちのうえで、よ。

温泉てお風呂でしょ?
お湯が湧いてくるのよ。

お母さん、受け止めるって、なに?
全部分かってあげることよ。

コウ君、洗濯物を自分で洗うのはやめてください。
分かりましたあ。

お父さん、原、石原さとみの原でしょ?
そうだね。

夢中って、なに?
とっても好きになることよ。

お父さん、どっちみちの英語は?
anywayだよ。

嵩は山と高いだよ。
え、そうなの。

縁起でもないって、なに?
良くないことよ。

ぼく、グリーン牧場好きですお。
そう。どこにあるの?
群馬県だよ。

お母さん、ぼく勝浦好きです。
そうなんだ。

ぼくはタクです。
こんいちはタクちゃん。
ヤクちゃんヒトミさんと結婚してユウちゃんとアル君生まれたの?
そうよ。

お母さん、これなんですか?
十両よ。
どこにあったの?
お庭ですよ。

お母さん、いまどこでなにしていますか?
セイユーでお買い物をしているのよ。
分かりましたあ。

お母さん、ぼくバーズ好きだよ。
今度またバーズ行こうか。
行きませんお。

オオタヒロシさん亡くなっちゃったよねえ。
亡くなっちゃったねえ。

いまミワさん綾部ですか?
アマガサキよ。

コウ君、これからなにしますか?
ぼく、お昼寝しますお。
お昼寝かあ。いいね。

もうしばらくお待ちください、ってなに?
もうちょっと待ってください、よ。

 

 

 

そんなこたあ、どうでもええやん

 

佐々木 眞

 
 

台湾リスが、庭の蜜柑を全部食べちまったよ
ええやん、ええやん、そんなこたあ、どうでもええやん

ご覧、カラスどもが、寄ってたかってトンビを苛めてる
ええやん、ええやん、そんなこたあ、どうでもええやん

売れない絵描きは、どうやって食べていくんだろうね?
ええやん、ええやん、そんなこたあ、どうでもええやん

傲岸不遜な男会長が、男みたいな女会長にすり変わったね
ええやん、ええやん、そんなこたあ、どうでもええやん

コロナ禍で、五輪が御臨終なんだって
ええやん、ええやん、そんなこたあ、どうでもええやん

関西ではイソジン知事が「緊急事態は終わった」と叫んでいるんだって
ええやん、ええやん、そんなこたあ、どうでもええやん

新型コロナウイルスのワクチンが、てんで日本に届かないんだって
ええやん、ええやん、そんなこたあ、どうでもええやん

アホ馬鹿官僚どもが、相変わらず権力者に忖度してるね
ええやん、ええやん、そんなこたあ、どうでもええやん

どうみてもこの国の保守政権は、延々と続きそうだね
ええやん、ええやん、そんなこたあ、どうでもええやん

ロシア、中国、ビルマ、世界中で専制主義が跋扈してるね
ええやん、ええやん、そんなこたあ、どうでもええやん

一握りの大金持ちが富を独占してるんだって
ええやん、ええやん、そんなこたあ、どうでもええやん

温暖化で、地球もそろそろ終わりだね
ええやん、ええやん、そんなこたあ、どうでもええやん

きのう同級生のヨコヤマ君が亡くなったそうだ
ええやん、ええやん、そんなこたあ、どうでもええやん

どうもちかじか関東大震災がやって来そうだね
ええやん、ええやん、そんなこたあ、どうでもええやん

いまあたしが死んだら、あなたはどうするの?
ええやん、ええやん、そんなこたあ、どうでもええやん

ねえ、お前さんは、だいぶ前から死んでるような気がするんだけど
ええやん、ええやん、そんなこたあ、どうでもええやん

 

 

 

「夢は第二の人生である」或いは「夢は五臓六腑の疲れである」第88回

 

佐々木 眞

 
 

 

西暦2020年神無月蝶人酔生夢死幾百夜

 

中央運河のあたりでタハカシ君が子どもと手を繋いで歩いている。するとどこかでぴすとるがパンと鳴ったので、「どうしたのこんな所でうろついていると武装兵がうようよいるから危ないよ」というて、家に連れて帰った。10/1

用事を済ませて、ようやっと夕方駅まで帰って来たのだが、自分の借家がどこだったかいくら探しても分からない。私はまだ認知症ではないと思うのだが。10/2

アヘベのオオキ教会を訪ねる途中で、一行の中の若い女性が行方不明になって大騒ぎになったが、さいわい超能力のおばばのお陰で無事に発見されたので、みな安堵した。10/3

無数の皿の中からひとつを選べ。そのいくつかの皿に盛られた食物には毒が入っているから、よーく見分けよとカシラに言われたので、私は必死で見分けて一皿を取ったが、幸いそれに毒は盛られてはいなかった。10/4

めんたまに飛び込んだハエが、目ん玉の中で飛び回るので、目がぐるぐる回ってしまって困る。10/4

臼歯も奥歯も中歯も前歯も、まして入歯も無いのに、今までいったいどうやってゴハンを食べてこれたのか分からなくなって、仕方なく歯医者で「オブラディ、オブラダ」と歌い続けている私だった。10/5

ムクと散歩に出かけたのだが、いつの間にか居なくなってしまったので、元いた場所まで戻って必死で探しまわるが、どこにもいないので、哀し悔しく途方に暮れている私だった。10/6

パーマン社の会長は、夫人同伴でわが支店の視察にやって来たのだが、神棚にパーマン大明神が安置していないことに気付くと、烈火のごとく怒り狂い、「だからお前たちの売り上げは、いつも予定をクリアできないんだ!」と決め付けた。10/7

私は、これまでさんざんな目に遭わされた宿敵に復讐する、絶好の機会が訪れたので、百倍返しをしてやろうと意気込んだが、どうしてもその気になれない。私はすでに彼奴を許していたのだ。10/8

コロナでパンデミックになったトランプが、突如中国に宣戦布告したので、全世界が死ぬほど驚愕したのだが、我が国のスガだけは「さらに一層日米軍事同盟を強化する」という声明を出しただけで、いつものオリガミで昼寝を決め込んでいた。10/9

青の塔門というところで真っ青な海の青を見た私は、「青青青 青青青青 青青青」という句を詠んで、気持ちよく引き上げたことだった。10/10

妻とタフタ神殿を見物したのだが、地元の誰かがべストカップル賞を呉れたので、「まるで夢のようだな」と思いつつ、有難く頂戴した。10/11

私ら2人は、3分毎に前後を交代しながら、敵の最前線に近づいていった。銃は持たず丸腰で。10/12

愛する町が死んでしまったので、私は全身をどんど焼きしたら、町も私もたちどころに甦ったが、ちょっと油断した為に電車に乗り遅れてしまい、後から来た特急で追いつこうとしたのだが、網棚の上の荷物が心配だ。10/13

私は血が繋がっていない女王の継母を犯し、権力も冨も悉く簒奪して、おのれが王位に就いた。10/14

深い森の中で「み、みずをのませて」とその女は息も絶え絶えに洩らしたので、私は掌に水を掬って呑ませてやると、彼女は息を吹き返したのだが、私が彼女に再会したのは、それから20年後に、私が村長になった時だった。10/15

坂の上に突如出現した敵は、エンジンを止めて辺りを眺めているので、私はダビッドソンを急発進させて急坂を登りつめ、彼奴を一気にぶっとばして駆け下りた。10/16

不動産屋で超安価で超魅力的な中古物件を見つけたのだが、玄関に放置してある洗濯機が妙に気になって手付を打たなかった。それから出版社の打ち合わせで現れた女性がひどく気にいって話しこんでいたら、彼女の恋人と称する男が絡んできたよ。10/17

アンプリペード・ツールなるものに活を入れたが作動せず、「いにしえの維新えふ団」が主催する宇宙展は、大失敗に終わったのよ。10/18

その学校に授業料を納入してもいっこうに反応がないので、学生たちは不安にかられて事務所に押し掛けたが、誰もいない。そのうちすべての授業が中止になった。10/19

7時半になったので「おい、朝だよ」と声を掛けたが、返事は無かった。10/20

極地ビジネスが低迷してきたので、私はEU支局長にテコ入れを命じてところ、ペンギンンや北極熊たちが、競ってPCやスマホを購入するようになったので、万々歳だった。10/21

空一面に広がった巨大なヘリウム風船を、僕たちは、片っ端から針でつついて、爆発させていった。10/22

アジャンター石窟の無数の穴ぐらには、世界中から集まった若きアーテイストが住み着き、その中で思い思いの作品を陳列していた。10/23

「ゴー、ゴー、ゴー!」などと叫びながら、無数の観光客が殺到して来たので、私は機関銃で皆殺しにしてやった。10/24

青空の下に、突如高架の第2青梅線が出現した。なんでも2年後から営業するそうだ。10/25

日本学術会議に殴りこんで「しっかりせんか!」と活を入れたが、彼らの顔をよく見ると全員が死んだサバだった。10/26

開拓団の一員である私は、近傍にハケの地があるのを見てとり、そこから湧入する清水を田畑に導くことに決めた。10/27

「おい、キミはなんでそういう芝居がかった喋り方をするんだい?」と訊ねたら、その女は「だってまだお芝居の時間なんですもの」と答えるのだった。10/28

リュウホウ部長は、我々に八十宇治川行の切符を配りながら、「これからちょっとお参りに行こうよ」とおっしゃった。10/29

父親役の森雅之になった私は、「娘役の野添ひとみがなんとか東京から帰って来てくるようにしてくれないか」と監督に頼んだが、「それは色々な事情で難しいから諦めてくれ」と言われてしまった。10/30

私は、滑り台を滑りに滑って、焼けた尻諸共、深く水中に沈んでいった。10/31

 

 

その2 西暦2020年霜月蝶人酔生夢死幾百夜

 

私が命を救ってやったその少女が、ブランシア党の頭となって、私の生涯最大の危機を救ってくれようとは、誰も思わなかったろう。11/1

大阪城から降下して住民に大阪都構想の賛否を聞いたら、意外なことに多くの人々が否定的だったので、私は安心して引き返した。11/2

お上に逆らうと、後ろ手に縛られて土中の穴深くに埋められるので、私らは戦々恐々としていた。11/3

私は、中国の田舎で、秘かに一生を終えようとしていた。11/4

米国の大統領選挙でトランプに負けそうになったバイデンが、尾羽うち枯らして意気消沈しているので、誰も声を掛けるのを躊躇っている。11/5

その怪しい男が、私の衣服にションベンを引っかけたので、私は彼奴をひっとらえて半殺しの目に遭わせてやった。11/6

「なんでベートーヴェンの協奏曲の3番4番5番を弾かないの?」と聞くと、「だって1番と2番が好きなんですもの」と、アルゲリッチは答えるのだった。11/7

電通が雇ったフリーのコピーライターが筆禍事件を引き起こしたので、急遽雇われたやはりフリーランスの私だったが、なるへそさすが電通、こういう時には、わざと社外のライターを起用するんだな、と舌を巻いた。11/8

映画配給に携わるわが社では、このたび業種を問わず、全社員を対象に、配給する映画を試写することにした。11/9

そのアルプスの山の家には毎日2人の老人、一人はアルピニスト、もう一人は写真家、がやって来て、ロープウエイに乗って南壁に出かけ、夕方まで帰ってこなかった。11/10

オモロイ女が秘密の部屋に閉じこもったので、今日一日は垂木から吊り下げて弄ぶ楽しみがでけたずら。11/11

権堂は、今北を抜擢して、彼岸退治の先兵に就けたのだが、その効果はさっぱりだったので、即罷免されてしまったずら。11/12

五齢の蛹の中の私は、外界に出る時をじっと待ちかまえていたが、その好機はついに訪れそうになかった。11/13

その夜、シュワちゃんになった私が、空前絶後の大破壊活動を終えたのは、ちょうど1843時間後のことだった。11/14

「ジュゲムジュゲム」と念仏を唱えながら、私はいろんな動物の頭を撫ぜた。11/15

ライオン、トラ、シマウマ、キリン、サイ、ブタ、私らはいろんな動物の顔のパンを焼いた。11/16

トビー野てふ原っぱに何が隠されているのか気になって、一晩中捜索していたんだが。11/17

凶暴な雀蜂が、私の右腕に止まって刺そうとしている。今度刺されたら私は死ぬが、幸い彼奴は、止まってから刺すまでにほんの少しだけ時間をかけるので、その間に左腕で叩き潰そう。11/18

ハシモト画伯は、コロナ禍で新作発表を諦めていたが、急にギャラリーからお呼びがかかったので、売れ残りの旧作をすべて出展することにした。11/19

強力瞬間冷凍銃をやっつけるために、私は強力瞬間沸騰銃を発明したが、まだどこからも注文が来ないずら。11/20

3個所をいっぺんに抑えなければ、その怪物は捕まらないので、私は朝から晩までそいつと格闘しているのだ。11/21

その日の午後、私が指揮棒で紡ぎだした青空と緑の野原と森の風景は、げに懐かしくも美しいものだったので、なんとかして永久保存したいと願ったほどだった。11/22

そのフレンチ・レストランでは、イタリア製のコーヒーマシンが故障してしまったので、「本日のランチ」メニューが提供できなくなってしまったよ。11/23

みんなで野球を楽しんでいたが、いつの間にか球が無くなってしまったのでみんな途方に暮れている。11/24

虫の居所が悪かったので、なんも悪いことをしていない子を怒鳴りつけてしまい、謝ろうとしたがとき既に遅く、またしてもおらっちは、人世で一番大切な心の平安を台無しにしてしまった。11/25

「残菊や凡人小事のうれしさよ」という句が誉められたので、「ああ珍しや、ひと様から誉められたのは何年ぶりだろう」と指を折って勘定しようとするのだが、1本も折れないのは一度も誉められたことがないからではないかと思うと、おちおち眠ってはいられない気持ちになったりするのだった。11/26

ロシアのプラハ大使館だか、チェコ大使館だかに出入りしている老人は、乗馬の名人という話だが、誰もその乗馬姿を見た者はいない。11/27

村の衆に悪さばかりしていたので、私は、とうとう検非違使連中にとっつかまって、裁判もなしに処刑されようとしている。11/28

弁護士が我われ共同相続人に説明している間に、彼女は死んでしまったので、その家系の全財産を、私が相続することになったのよ。11/29

私が頼まれた洋服のデザインが出来ないので困っていたら、おばあちゃんが、勝手に作って会社に届けたので、もっと困ってしまったずら。11/30

 

 

 

家族の肖像~親子の対話 その51

 

佐々木 眞

 
 

 

ぼく岸本歯科で歯を抜きましたよ。
あら、中村歯科じゃないの?
岸本歯科でも抜きましたお。
そうなんだ。痛かったでしょう?
痛かったですお。
偉かったね。よく我慢したね。
我慢しましたお。

ぼく人名用漢字好きですお。
どんな漢字?
宏とか亮とかだお。

石原さとみ、結婚したの?
したよ。コウ君悲しいの?
悲しくないよ。
うれしいの?
うれしいですお。

ぼく、またトイレいきますお。
そう、じゃあもうすぐユニクロだから。我慢できる?
出来ますお。

逗子葉山駅に変わったの?
そうよ。
前、新逗子駅だったよね。
そうだね。

「みおつくし」再放送も見ましたよ。
どうだった?
良かったですお。

千円札出していいですか?
何に使うの?

ミエコさあーん、洗濯物分けてカンソーしてくださーい。
分かりましたあ。

ぼく、月下美人すきですお。
お母さんもよ。
お父さんも。

お父さん、ぼく、竹中直人のビデオ見ますお。
分かりましたあ。

コウ君、元気ですか?
元気ですよ。

家元って、なに?
お花とかお茶の先生だよ。

いちいち聞かないで、って言われたんだよ。
誰に?
イナズミさんに。昔。
そうなんだ。

お母さん、しっかり食べないと病気になるからね、でしょう?
そうよ。

東北本線、東海道線と同じかたちだよ。
そうなんだ。
そうですお。

掛け算、積でしょう?
うん、積だね。

江の電バスの回収券ありますか?
ありますよ。無くなったら教えてね。
分かりましたあ。

お母さん、千円札ください。
財布の中にありませんか?
ないお。

お父さん、「極主夫道」を録画した?
したよ。

局地的って、なに?
その場所だけで、よ。

お父さん、財布開けてもいいですか?
いいよ。

連佛さんとタクちゃん、両方好きですお。
そうなんだ。

私、ナカムラさんですお。
こんにちはナカムラさん。
ぼく、ナカムラさん好きになったお。
そうなんだ。

お母さん、セイユーいきますお。
ちょっと待ってね。9時半になったらね。
分かりました。

お父さん、はやくテレビ直したいですお。
いま修理を頼んでるからね。

疫病神ってなに?
良くない神さまよ。

お母さん、体温測ってね。
分かりました。

わかちあうって、なに?
分けあう、よ。

オクラ、アオイ科でしょう?
へえ、そうなんだ。

内緒は秘密のことでしょ?
そうだよ。コウ君、秘密あるの?
ないお。

ひいでるは、なに?
すぐれていることよ。

昔はオールドでしょ?
そうだね。

協同病院の同は、おなじという字でしょ?
そうだね。

お父さん、お財布開けていいですか?
いいよ。

ぼく「盤上の向日葵」ふきのとう舎に持って行きますお。
そう。持って行ってね。

コレステロールって、なに?
有機化合物の一種だよ。いいのと悪いのがあるんだよ。

近いは近鉄の近でしょ? 
そうだね。
ぼくは近鉄好きですよ。
そうなんだ。

徐行、ゆっくりでしょ?
そうだね。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり

待機って待つことでしょ?
そうだよ。
タイキ、タイキ、タイキ

今日コーンスープにして。
分かりましたあ。

ぼく、成田エクスプレス好きですお。
お母さんも。成田エクスプレス乗って、どこかへ行きたいな。

お父さん、検診、虫歯があるかどうかでしょう?
そうだね。

お母さん、今日トマトシチューとサケごはんにしてね。
分かりました。

足が痛いので、明日送迎してもらいます。
そうしてもらおうね。

エール、おわっちゃったね。
エール、見てたの?
見てましたお。

私メイサです。
こんにちは、メイサさん。元気ですか?
元気ですお。

コウ君虫歯になっちゃうよと言われました。
誰に?
ミズカワ先生に。
ミズカワ先生って、誰?
キシモト先生の前の先生だお。
そうなんだ。

ぼくナカムラさん、好きですお。
そうなんだ。

ガキは子供でしょ?
そうだね。

ヤマモトヨウコ、旅館で働いてたでしょう?
そうねえ、働いてたねえ。

 

 

 

「夢は第二の人生である」或いは「夢は五臓六腑の疲れである」第87回

 

佐々木 眞

 
 

 

その1 西暦2020年葉月蝶人酔生夢死幾百夜

 

飯を食おうと食堂へ行ったら、テーブルの向こう側にいる奴が、私の足を蹴飛ばすので、こっちも負けずに反撃する。やられたらやり返しているうちに、とうとうやっこさんが逃げだしたので、追いかけてマスクをひんむいたら、絶世の美女だったのであっと怯んだ。8/1

ホテルの厨房でABCDの4チームに分かれて調理テストをやっていたら、チーム全体のリーダーでもあるAチームのシェフが、心臓麻痺で倒れてしまったので、全員がパニくったが、「そんな時にも冷静に対応する修錬が必要だ」とオーナーは言い放った。8/1

我われは敵軍から追い詰められ、いよいよ最後の決意を固めつつあったが、事ここに至っても、これまで何もしてくれなかった、かの頼朝公の部下を信じるほかはなかった。8/2

見よ、大空を! そこには鋼鉄の文字で形作られた大いなる人の予言が麗々しく記されていた。8/2

永代の支所に行くと、謎めいた美女が蠢いていた。やっぱりデザイナーというのは、謎めいた美女に限ると思いながら、私は地下の企画室の星雲状態に溺れていったのよ。8/3

ウイーンのピザ焼きの名人が引退することになったので、私たち弟子は、師匠の焼いたピザをそれぞれ口にしながら、その名人芸の伝承を師に誓った。8/4

絶対に受けるだろう、という想定で、私はハイドリオタフフィアという芸名でデビューしたのだが、脚本が悪かったのか、演出がいけなかったのか、相手役が悪かったのか、一世一代の芝居は、おおこけにこけてしまった。8/5

官憲の弾圧に抗して地下に潜った私の前に現れたのは、東京駅の丸の内線の地下鉄だった。勇躍私は、完全武装の3匹の侍ともども、その残されたただ1両の車両に乗り込み、いまや最後の戦いに挑もうとしていた。8/6

我らが天才的デザイナー、ナモ君がデザインした最終兵器は、筆舌に尽くしがたく美しく機能的な代物で、私たちは、この一人一殺の殺人兵器を、こよなく愛していた。8/7

諸国の人々の誰からも愛された伝道師マックアーサー師の最後の日記が公開され、師を偲んで、私たちは、声を揃えて讃美歌「神共にいまして」を歌ったのだが、その直後に、全員銃殺されてしまった。8/7

綾部高校の生物部の部長が、立派な野良犬を、痲酔なしに解剖したものを文化祭で展示したので、文句を言うたら、彼奴はいきなり目の前の私に向かって、思いっ切り白墨を投げつけたのだが、幸いにも、それは私の上の前歯に当たって、跳ね返された。8/8

私の歌は、よく人から「生気がない」とか「生命力が感じられない」と言うて批難を浴びるのだが、そういう人は、私がすでにこの世の人ではない、ということを知らないのだろう。8/9

私のブログが、2020年の「コロナ大賞」に輝いたという速報が駆け巡ったのだが、そのブログは長らく休止中なので、おかしな話だ。そこで3年ぶりに開いてみると、私を名乗る謎の人物が、調子に乗って、くだらぬ与太話を書き散らしているのだった。8/10

「見ろよ、あそこらなら、どっさり鮎が釣れそうだな」と誰かが言うので、その場所を脳裏に刻みつけておいて、またこの懐かしい川に来ようと、私はかたく心に誓った。8/11

これでいいのかな、このやり方でいいのかしら、と迷いながらそのやり方を続けているうちに、それが「軽み」とか呼ばれる、私だけの作風になっていったのよ。8/11

その階段は、途方も無く長かった。いくら降りても降りても、終わることなく下に続いているので、この道はどこに通じているのだろう、と私は不安に駆られたが、降りて行くしか道はなかった。8/11

いつしか僕は憧れの人モザールに成りきっていて、創作に困ったときには、14連音符を軸にしたロンドオを打ってこますと、あらまっちゃん不思議なことに、どんな難しい局面もすらりと乗り越えて、筆が進むのだった。8/12

盲目のピアニストたる私を乗せた大型犬シローは、青空の遥か彼方までスッ飛んでいくのだった。8/13

年をとってお茶漬しか食べられなくなった私は、東京駅の地下街に小さなお茶漬屋を出店したところ、異常な人気で売れに売れまくった。人々は私と同様、忘却の彼方にあった日本の米と茶の美味しさを、突然思い出したのである。8/14

私は2本の代表作のナレーションの録音を、スタジオで聴いたのだが、テープには何も録音されていなかった。8/15

骨董屋の私は、久し振りの個展に、某ホテルの壺の間に、女性下着の新作を交互に並べるという新機軸を編み出したのだが、これがコロナ禍を吹き飛ばすほどの人気なので、大いに戸惑った。8/16

縄文時代の古道を歩いているうちに、私は周りの人々が、ことごとく縄文人なので驚いた。恐らく私の顔も、縄文人に変わっているのだろう。8/17

両手両足に生じた湿疹は、たちまち余の全身に及んで高熱を発したので、余は、これこそ最新型コロナウイルスの発症か、と怪しんだ。8/18

熾烈な競争に勝ち抜いて、国際宇宙船のパイロットに選ばれた私だったが、大気圏外に出た途端、機体が無数のデブリ(宇宙塵)に撃ち抜かれて、爆発炎上してしまった。8/19

セントラルステーションのオイスターバーで生ガキを食うたら、案の定腹を下したので、傍のホテルのトイレでしゃがんでいたら、別の出入り口から複数の客が入って来て、しゃがんでいる私の周りでペチャクチャ喋りまくるので、下痢も出来ないのである。8/20

トイレから逃げ出すときに、ドアの釘に掛けていたダブルのトレンチコートを忘れてしまったので、急いで取りに戻ったのだが、男たちはもちろん、コートの影も姿もなかった。8/20

巴里を訪ねた初日に馬鹿貝を喰らったら、案の定下痢をしちまって、ホテルのトイレから出られなくなってしまい、結局どこも見物できずに、そのまま帰国した。8/20

官邸前の坂道で最前列でデモ指揮をしていたクニヨシ選手が、「機動隊めがけて突っ込めー!」と叫びながら、我々のほうに躍り込んできたので、機動隊も我々も、ヒジョーに驚いた。8/21

こじれた日韓関係の過去、現在、未来を占う6時間20分の大作を朝までみていたが、とても為になる映画だった。8/22

死刑囚の私は、死刑の呼び出しを懼れて、いつも牢屋の出入口から一番離れた場所に座っていた。8/23

身無し子も加わった移動サーカス団で全国を移動しながら、私らは面白おかしく興業してきたのだが、このたびのコロナ騒ぎで、とうとう滅びそうだ。8/24

もう死期も間近に迫って来たので、私はてすさびに書き散らした腰折れや図譜を、ここ芭蕉庵に出入りする弟子たちに、どんどん呉れてやった。8/25

王宮のしがない召使の私の情けない仕事とは、大臣の命令で毎晩女王の寝室に忍び込む男の名前を報告することだった。8/26

昨日は若手ながら主役を張った役者が、今日はセリフがひとつもないその他大勢の群衆のひとりで出演している。芸人の世界も厳しいものだ。8/27

道端に栗が落ちている。あ、また落ちている。毬栗状態のものもある。私は「これは美味しい栗ご飯になるぞ」と思って、人目もはばからず夢中になって拾い続けた。8/28

帝国陸軍兵の長男が、或る男を殺して自殺したのは、妹との間であらぬ噂を立てられた腹いせの所業であったことが、のこされた遺書の内容から分かった。8/29

A+B=C。よし分かった。機長は、私のコードナンバーを確認すると、死の飛行めがけてスロットルを引き上げた。8/30

その剣士は那智の滝前に立つと、いきなり長刀を引きぬいて一閃、二閃、三閃すると、矩形に切断された滝の水が均等の立方体になって、虹色の大空を雁のように列をなし、熊野本宮から奈良京都の方へと飛んで行くのだった。8/31

 

 

その2 西暦2020年長月蝶人酔生夢死幾百夜

 

あっちにもこっちにも栗の実が落ちているので、私は夢中で拾いまくった。栗の木の持ち主が誰であるかなどいっさい考えることも無く。すると主の声が私に臨んだ、「勇者も一切れのパンのことで罪を犯すことがある」(箴言28-21)9/1

私はとうとうガランスと一夜を共にしたけれど、その結果妻子とは別れ、ガランスも遠くへ去ってしまい、もはや生き甲斐を失った廃人同様の日々が続いていくのだった。9/2

聖堂のどこかで演奏されているオルランド・ディ・ラッソのモテットを聴いているうちに、これは世界の終わりを受け入れよと訴える音楽だということが分かってきた。9/3

宮澤賢治が、原稿の中で、黒字に白抜きの文字を書くなんて、絶対ありえないことだ、と私は、筑摩書房の編集者に怒鳴った。9/4

この図書館では、主として70年代の雑誌や漫画を収集しているのだが、それらはすべて足元の水中に収められているので、僕らはシュノーケル装備で潜らなければならなかったのです。9/5

私は10名を緩やかに、また緊密に数珠繋ぎにして通電し、その電送ロスを調査したが、案に相違して両者の違いはほとんどなかった。9/6

はやりのテレワークに便乗して、在宅デザイナーたちに、新作のデザインをネットで送信してもらったのだが、いくら画面を見つめても、それはいい商品になるのかさっぱり分からない。9/7

光彩陸離たる地中海のさるリゾート地で、世界将棋選手権大会が開催されたのだが、私はそんな素敵なところで座布団に座ってしんねり勝負する気が完全に失せ、試合を放棄して浜辺で午睡を貪っていた。9/8

人類が滅びたのは西暦2022年2月20日。宇宙からやって来た未知の怪獣に追われた人類は、インド象に先導されて、砂漠から森の中まで逃げのびたのだが、そこで出会った光る眼を持った巨大猿に驚いたインド象が、急に引き返したために、後続する避難民と激突して、結局全員死亡したのであった。9/9

敗戦亡国の民草ゆえに、このように哀れにも美しいふぁっちょんが生まれてくるのか、と私は怪しんだ。9/10

中世には、ペストの感染に効果があるとして、流浪の笛吹き男が、魔除けの演奏をしたが、殆どその効果はなかった。9/11

われは、妻子も、家屋敷も、持てるすべてを投げ捨てて、出家したのよ。9/12

世界一の強者を決めるというので、リンクの上に自称世界一の強者が大勢犇めいて、お互いに殺し合っていたが、結局全員死んでしまった。9/12

完熟した果物に取り囲まれた八百屋の奥で、ポルノ映画の鑑賞中に、武装した兵士が飛び込んできて、殺されそうになったので、「話せば分かる」というたが、なかなか話せないので焦る。9/13

岬の根元の社員寮では、4人の男が寝ていた。ナカノ君は、行きつけの食堂で物凄い分量のランチを頼み、ついでに食堂の床に水を流して、「綺麗に洗い流してください」と頼んでいる。9/14

ついこないだまでは愛していたはずなのに、それを意識した彼女が、なぜか否定的に見えてきたので、どんどん腰が引けていく私だった。9/15

特務忍者である私は、新型コロナ被害がまったく報告されていない某国に潜入し、悪性細菌をばらまいて、極悪クラスターを創生することに成功したのさ。9/16

日本学士院の、年に一度の総会の余興で、梅原猛氏と岡井隆氏の即興漫才があって、一同大喜びだった。9/17

私が、手暗がりの左手のケータイに浮かぶ数字を確認しよう、と見つめていると、その奥から。面妖な顔をしたサイトウ某が、大口を開けて迫ってきたので、私はけたくそ悪くなってきた。9/18

私は、やっと社長になったのだが、朝礼とか、入社式で、挨拶をするたびに、頭上の監視カメラに点滅する赤いランプが、気になって、気になって、どうしようもなく嫌になってしまって、即辞めてしまった。9/19

私は、最愛の女性スタッフたちとの「さよならランチ」をすっぽかして、夕方まで広大なキャンパスのあちこちをさ迷っていたが、ようやくオフィスに戻った時に、なぜかA女が私の帰りを待っていたので、彼女の両足をデスクの上に乗せて性交した。9/20

隣に見知らぬリーマンがやって来て、いきなり名刺を取り出し、「えー、こちらが看護師のA子さん、そしてこっちがキャディのB子さん、その他にも美人がいっぱいおりまっせ」というのだった。9/21

私は、いつかゼベダイの子に会いたいな、と思いながら、いつの間にか眠り込んでいった。9/22

なんか急にタクちゃんが変になったので、エイコさんに「これはヤバイ、エスペラント語で話しかけた方がいいと思うから、火星社書店でエスラペラントの文法書を買って来る」というと、エイコさんは「別に日本語で話せばいいんじゃない」というのだった。9/23

愛児を暴行せし男を、私は八つ裂きにして、ぶっ殺してやったずら。9/24

来日した若いアメリカ人夫婦を、上野の丘に案内した私は、「このうつくしい壮麗な景観を眺めているとred,rode,ruseな気持ちになりますな」と言うたが、いつまで待っても返事はなかった。9/24

「第9」の演奏会で、なぜかまだ全部の奏者が席についていないのに演奏が始まってしまったので、ホールにいる全員がうろたえている。9/25

汽車が去り、プラットフォームが尽きると、その先は、木や草がおい茂る野道だったので、私は、どこどこまでも、歩いて行った。9/26

基督の神、アラーの神、古事記の神、神道の神に加えて、信長の神まで次々に枕元に現れて鄭重に挨拶するので、私は恐縮の至りでありました。9/27

どういうわけか、アタシは薬屋の跡取り息子に愛されて、俄かに嫁入りすることになったのよ。9/28

暗闇坂を登っていると、トラックに乗ったサトウ君が誰かに「やるかどうかはケースバイケースだねえ」と話しているので、ああとうとう彼まで日和見するようになったのか、と暗澹たる日本最晩年の夕方だった。9/29

天子様は、将軍と会うたびに、金子や婦女子のお返しがくるので、その都度断るのだが、結局は受け取ってしまのが癖になって、いつも将軍の到来を待ち望むようになってしまった。9/30

 

 

 

ALMOST YELLOW
~ディレクターズ・カット長尺改訂版「雲古蘊蓄譚」

 

佐々木 眞

 
 

序詞

「彼らもお前たちと一緒に、自分の糞尿を飲み食いするようになるのだ。」*

 

その1 ウンチを耐える

 
宇治拾遺物語の第七十六段に「仮名暦誂えたる事」という短いコラムがある。

そこには3日連続で「雲古すべからず」と書き込まれた偽カレンダーを信じた生女房が、
「左右の手して、尻をかかへて、いかにせん、いかにせん、と、よぢりすじりするほどに、物も覚えず、してありけるとか。」
なぞと書かれている。

団鬼六のロマンポルノではないけれど、我慢に我慢した挙句に、とうとう、してしまったんだあ。可哀想に。

 

その2 ウンチを見る

 
むかしむかし、京の北白川にあった重度の障害児(者)施設で、黄色い風呂を見たことがある。
黄色と映ったものは利用者が排泄した雲古で、それは冷めた風呂水と上から下まで完全に混ざり合って、微動だにせず午前10時の太陽を浮かべていた。

そのとき私は、福祉の仕事というのは、このウンチがいっぱい浮かんだ風呂に飛び込んで、障害者の体を洗ってあげることなんだ、と思ったものだ。

 

その3 ウンチを踏む

 
私はうっかりしていて、(恐らく石ころの上にとまっている小型の茶色いチョウがテングチョウかヒメアカタテハかを確認しようとしていて)、道端のウンチを、ムギュっと踏んだことがある。

運動靴がズヌっとぬめって、明後日の方角にずれてしまって、相当不気味だった。
義姉のエイコさんは、蛇を何回か踏んだことがある、そうだ(今度会ったら確かめてみよう)。

私はまだ蛇を踏んだことはないが、あの明後日の方角にズヌっとぬめっていく感じは、限りなくそれに近いのではないかと、密かに考えている次第である。

ウンチを踏んだズックは、洗っても、洗っても、臭かった。

 

その4 ウンチを掴む

 
むかしむかしのそのむかし、丹波の綾部の上野の丘に小学校があって、僕は放課後に当番の同級生と便所掃除をしなければならなかった。

便所は汚れている時と、そうでない時があったが、汚れている時には、おおかたデブデブのオオツキマサト君が、率先してキレイにしてくれるので、僕らは、ほとんど何もする必要がなかった。

するとある日、突然そのことに気づいたように、オオツキマサト君が
「お前らあ、いっつも、いっつも、ずるいやないか。わいらあ、今日はなんもせえへんさかい、お前らあで、しっかりやらんかいな」
と怒鳴って、ぷいと校庭に出ていった。

オオツキマサト君が去ったあと、便器の傍には、プリプリの巨大なウンチが、ぐんにゃりと横たわっていて、微かに湯気が立ち上っていた。ついさっき誰かがやらかした出来たてのホヤホヤ、ちゅうやっちゃ。

アカオ君やキタハラ君やカワギタ君と一緒に、僕はしばらくその黄色いプリプリの巨大なウンチを眺めていたが、いつまでたっても誰も手を出さないので、これはもう僕がやるしかないと思って、恐る恐るその臭い立つ巨大なやつに両手を伸ばして、ぐウンとつかんだ。

えいやっと、つかみとって持ち上げたら、そいつは結構重くて生温かで、
「これはいったい、どこのどいつが垂れたんやろう」
と、不思議な気がした。

その日、僕はこの世の「実在」という奴に、初めて触れたのだった。

 

その5 ウンチの友

 
それからおよそ半世紀の歳月が流れた。と思いねえ。

私は今ではそんじょそこらの三等リーマンになりおおせていて、ある日大阪支店に出張して取引先の営業マンに会って名刺を交換したら、すっかり「難波のアキンド」になった、でも昔と同じようにでぶでぶの、オオツキマサト君だった。

私は彼の顔を見た瞬間、黄色いウンチのことを思い出し、2人だけの密かな西田哲学的な体験!?について語り合いたいと思ったのだが、彼はそんな私の胸中をいささかも忖度することなく、破顔一笑うれしそうに叫んだ。

「おやまあ、綾部のてらこのマコちゃんやないか! これはこれは、粗末に扱う訳にはいきまへんな。あんじょう勉強させてもらいまっせ!」

 

その6 ウンコが出なければ、人間ではない。

 
伊太利中部のウンバリア地方を、日本有数のインテリゲンちゃんと旅しているのだが、氏が時々鋭い警句を吐くので、ひとときも油断はできない。

小さな駅で降りて、縦板に水の彼の講釈を聞いているうちに、突如腹具合が悪くなってきたので、トイレを探して、あちこち駆けずり廻る破目に陥る。

道々いろんな人に、「トイレはどこじゃ? トイレはどこじゃ?」と尋ねるのだが、なんせ周りは伊太利人ばかりだから、さっぱり要領を得ない。

あちこちを右往左往しているうちに、どんどん時間が経つ。
今回のは団体の海外旅行だから、もしも集合時間に遅れたら、みんな先に行ってしまうのではなかろうかと思うと、ますます焦る。

ぐるぐる経めぐっているうちに、いつの間にやら、元の場所に戻ってしまったようだ。
仕方なく目の前の坂道を見たら、その先に木造の小屋が建っている。

もしや、と思って駆けつけると、そこには細長い長方形の個室が3つ並んでいた。
勇んで真ん中の白いドアを開けると、赤茶色の布袋さんとも道祖神ともつかない石像が2つ聳えていたので、私はカメラを縦形にして写真を撮ったんだ。

それから、悪臭紛々たる細穴から突き出た2体の布袋さん、もしくは道祖神の上に跨って、やっこらせと尻を下ろすと、それが伊太利式の古式豊かな便器だった。

ところが、「やれやれこれでやっと用が足せるぜ」と喜んだのもつかの間、いきんでも、いきんでも、出るべきものが出ない。形而下は実存だが、形而上は虚妄なり。よってウンコが出なければ、人間ではない。

私は、なおもいきみながら、さきほど、いみじくもかのインテリゲンちゃんが吐いた「実存は恐らく本質に先行するだろう」てふ言葉を、しみじみと思い出していた。

 

その7 世界中にウンチを垂れる

 
伊太利の後で、巴里を訪ねた初日に生牡蠣を喰らったら、案の定下痢をしちまった。
ホテルの近くにオルセー美術館があったので、せっかくだからと印象派の名品をちょっと眺めているうちにも、激しく催してくる。

急いでホテルに駆け戻ったが、そのままトイレから出られなくなってしまい、結局どこも見物できずに、そのまま帰国したのよ。

それでも懲りずに、今度はおらっちNYのグランド・セントラルステーションのオイスターバーで生牡蠣を食うたら、またしても腹を下したので、傍のグランド・ハイアット・ニューヨークのトイレでしゃがんでいた。ホテルの客でなくても利用できる或る種の公衆便所だ。

するとどこか別の扉を開いて見知らぬ黒人と白人が入って来て、しゃがんでいるおらっちの周りでペチャクチャ喋りまくるので、おらっち下痢も出来ない。

仕方なくそこから逃げ出したときに、ドアの釘に掛けていたダブルのトレンチコートを忘れてしまったので、急いで取りに戻ったのだが、男たちはもちろん、コートの影も姿もなかった。

 

その8 ウンコ哲学

 
毎日トイレで便器に跨るたびに、私は遠い親戚の言葉を思い浮かべる。

「人間はトイレに入る時には生まれたままの姿で、本音も建前もない。これこそ人間の真の姿である」

「大事なのは、ウンコを垂れるあの気持ちだ。堅からず、柔らかからず、ロクロの廻るにまかせて、なんの技巧もなく生まれてくるのが、ほんとうの茶碗だな」

この「ウンコ哲学」を唱えたのが、ほかならぬ私の伯祖父、上口作次郎(1892-1970)である。

彼は明治25年に谷中に生まれ、小学卆業後、宮内省御用の大谷洋服店に弟子入りし、大正末期に「超流行上口中等洋服店」を開店した。

最高級オーダーメイドスーツでしこたま儲けた金で、江戸時代の大名時計や長谷川利行の作品を収集したり、東京の土を捏ねて陶器を焼いたり、ぐるぐる廻る茶室「眩暈庵」や樹上の茶室「巣寝る庵」を作ったり、「雲谷斎愚朗」と称して、いつも裸で過ごしたこの破天荒の野人を、私は好きである。**

 

その9 ウンチが転がる

 
ある日のこと、私は新装なったコースカ・ベイサイド・ストアーズの「爬虫類倶楽部」で、
じっと動かぬ動物を見つけた。
名高いイグアナを、私は生まれて初めて、この目で見たのだ。

そいつは、ひび割れた白と茶と薄緑色の表皮で全身を包み、まるでサーカスの綱渡りのように細い木の上に危うく乗っかりながら、手足と長い尻尾をダラリと垂れ、いつまで経っても微動だにしない。

矯めつ眇めつその爬虫類を前後左右から眺めているうちに、私はなにやら畏敬の念に打たれ、思わず「泰然自若」という古めかしい熟語が脳内で浮かんだ。

やれコロナだ、マスクだ、などと下らない騒ぎに一喜一憂する己にひきかえ、全長1メートル足らずの、意外にも植物しか食べないその爬虫類は、なんと悠々たる人世を消長していることだろう。

突如、イグアナの左の目が開いた。死んだように眠っていたはずのイグアナの目が。
私は驚いてケージの裏側に走り寄って右目を見たが、それは閉じられたままである。
イグアナときたら、丹下左膳の真似をしていたのである。

とそのとき、私はジーンズの中で、なにか小さな物がコロコロと転げ落ちるのに気づいた。
ジーンズの右足の裾のところでかろうじて停止したそいつを、私がしゃがんでつまみ上げると、小さな茶色い石だった。

「なんだこの石は?」と訝しく思いながら、そいつを近くで見ると、微かにあの懐かしい臭いがした。

 

その10 ウンチとキリスト

 
西暦2020年7月29日、コロナ漬の梅雨の朝、
久しぶりにおばあちゃんチの換気をしようと、滑川沿いの小道を急いでいた私の下半身を、ある種の不穏が襲った。

どこが不穏なのか即答できないが、ともかく嫌な感じが走ったのだ。

急いで玄関まで駆け付け、厠に鎮座ましますTOTOの便座にとうとう跨った時は、すでに遅かった。私はパンツの中に、ひと固まりのビチビチウンコを発見したのだ。

やったあ、やったあ、嫌だなあ、年甲斐も無い久々のビチビチウンコだあ!
私が若い頃はよく下痢をしたが、その時は必ずお腹が下る予感がしてからウンチが出たものだ。

しかるに今朝のは予感は漠然とした不安感であって、まるで具体性がなかった。
つまり一言の挨拶も断りもなしにそいつは出ていたのだ。

私は昭和天皇と同様、文学的のことはよく分からないが、思うに私の下半身の括約筋が活躍せず、いつのまにか随意筋が不随意筋にとって代わられていたのだろう。

イエス・キリストいわく。
「口に入るものはみな、腹に入り、外に出されることが分からないのか」。***

されど構想75年、実践1秒。いつの間にか私は、人体の9つの穴から出る物も愛せるようになっていたのである。

 

終曲

 
大とこの糞ひりおはすかれの哉  蕪村****

ホカホカのウンチを入れたマッチ箱振り回しつつ学校へ行く 蝶人

トイレまであと一歩というところでパンツにぶちまけられたビチビチウンコ 蝶人

 
 

* 旧約聖書「イザヤ書36センナケブリの攻撃」第12節(聖書協会共同訳聖書)
** 片山和男編・「闘う茶碗~野人・上口愚朗ものがたり」
*** 「マタイによる福音書第15章第17節」(聖書協会共同訳聖書)
****「蕪村句集」(新潮日本古典集成 与謝蕪村集」)