さとう三千魚
縁側にいた
待って
いた
風の吹いていた
菜の花の
揺れてた
遠い
遠い
声を聴いた
待っていた
縁側にいた
揺れてた
・・・
** この詩は、
2024年5月31日 金曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第5回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。
#poetry #no poetry,no life
縁側にいた
待って
いた
風の吹いていた
菜の花の
揺れてた
遠い
遠い
声を聴いた
待っていた
縁側にいた
揺れてた
・・・
** この詩は、
2024年5月31日 金曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第5回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。
#poetry #no poetry,no life
のどかに走る京成電車の コトンコトンという音に揺られて
私は下車駅で降りそびれ うたた寝をしている
そのうえには
間違った青空が延々と広がり
陽当たりのよい川面の一角で
味のしみたカモたちが泳ぐ
気持ち悪い風が吹く
屋上にはアイスクリームの男がいる
見晴らしのいい屋上で
アイスクリームの男は 気持ち悪い風に吹かれながら
アイス(メロン味)を食べる
いろいろあったけど結局ふつうの 立派な大人になった男
成功した男 一人前でもう孫もいた
アイス(メロン味)を食べる
雲が垂れ下がり 落ちてきそうだ
このあたりで一番高かった屋上は 少し前5階建てのマンションに抜かれた
気持ち悪い風に吹かれながらマンションに抜かれ
気持ち悪い風に吹かれながらアイスを食べる
電車は武器を運んでいた
川は一旦火を止め カモに蓋をして再び強火に
男はそれを見ていない 見晴らしのいい屋上にいるのに川も空も電車も橋も人も鳥も見ていない
土手の斜面で麦わら帽子が花をむしりとり 雑巾のように並べている
バニラのにおい
アイスはもうすっかり溶けている
溶けたアイスを食べている
どうしてアイスを食べるのか
気持ち悪い風に吹かれながら
なぜマンションに抜かれた屋上でわざわざアイスを食べるのか
私はどこかで誰かを殺すために 京成電車に揺られて 眠っていた
屋上が段々遠くなる
いくつかの不快な出来事も今思えば必ずしもマイナスではなく
少しだけ憧れたお笑い芸人(お笑いの素質があった)にはなれなくても
家を建て替えて屋上付きにするぐらいの大人になった
アイスクリームの男 誰も知らないここだけの男 間違った空の下で気持ち悪い風に吹かれる男
さようなら
電車は単調な音を立てて武器を運ぶ
コトンコトンコトンコトン どこまでもどこまでも運んでいった
(5月某日、高砂1丁目中川近くで)
ノルアドレナリンの夢
砂時計の中庭
どこから来たの?
あなたは 魔女?
窓際に 放たれた 石膏像
鏡に のっとられた クローゼット
黒い滲み
白いこころに こぼされた
無意識
異空間
マヌカンの踊り
声なき無機質
ふるえる 地面
わたしは
夢から覚めた
花の
後に
さくら
葉を
伸ばす
薄緑の葉を
伸ばす
365日
生きて
366日目を生きる
花の
後に
葉を伸ばす
やがて
紅い実をつける
***memo.
2024年5月25日(土)、
静岡一箱古本市の日に水曜文庫での即興詩イベント、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」第二十五回で作った72個めの詩です。
タイトル ”366日”
好きな花 ”桜”
#poetry #no poetry,no life
ラナン
キュラス
きいろ
うすみどり
オレンジ
ももいろ
咲いていたね
わたしの花
抱き
捧げる
***memo.
2024年5月25日(土)、
静岡一箱古本市の日に水曜文庫での即興詩イベント、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」第二十五回で作った71個めの詩です。
タイトル ”色”
好きな花 ”ラナンキュラス”
#poetry #no poetry,no life
山と山の
あいだに
沢が
流れている
沢は
川になる
沢は
海になる
沢には
サワガニがいる
虹色の泡を
吹いている
山紫陽花も咲いている
***memo.
2024年5月25日(土)、
静岡一箱古本市の日に水曜文庫での即興詩イベント、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」第二十五回で作った70個めの詩です。
タイトル ”サワガニ”
好きな花 ”あじさい”
#poetry #no poetry,no life
氷と氷が触れ合うと
木枝が波をうつ
空と地面が触れ合うとき
人はそれを雨と呼んだ
ただひたすらに降り注ぐ透明は
一つの線となり
一枚の五線譜のように
丸みを帯びた淡いピンクは
音符になって流れていく
交わり離れて この一瞬をよろこぶように
遠くの傘は風に形をうつして
いつか羽化するのだろうか
青にピンクが重なる昨日は
今日を知っているのだろうか
いつもの景色は記憶を好んだ
雨音が記憶の ため息 にかわるとき
その透明は 寂しさを纏わせる
誰にも気づかれない色
そっとそばに寄り添う色
手に触れる散りゆく花びら
記憶の片鱗を呼び起こし
やさしい もの を
あたらしい旋律を
繋がれた色玉の反射は
今も続いている
今も
知らぬ間にできた歪みの記憶すら
愛せるように
そう口ずさみながら
かろやかに風は吹いていた
子鹿がいる
子鹿のいる
ところに
ハルジオンも
いる
咲いてる
雨のよるに
咲いて
いる
会いに
いく
***memo.
2024年5月25日(土)、
静岡一箱古本市の日に水曜文庫での即興詩イベント、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」第二十五回で作った69個めの詩です。
タイトル ”雨の夜、子鹿のいるところ”
好きな花 ”ハルジオン”
#poetry #no poetry,no life
体調よくないターンに陥る
とにかく寝すぎていて起きていない
ここまでは久しぶりかな
外の風があたたかいのかもわからぬ日々
時折少しだけ歩く
問題の根っこを知っている
と思いこんでいたのだけれど
だとしたら生きるしかないんだ
ここでこの世よさらば!
なんてまったくの論外
わたしはこの生にしがみついて生きるのだと決めたのだ
けれども年齢的に若過ぎもせず、熟成もされていないちゅうぶらりんのわたしは
何を見、何を書けば生きていけるのだろう
何もかもを見て、何もかもを書き出したいのに
今はその時ではないということか
私のあとに何が残るのだろうな
誰の記憶にもあまり深く刺さらぬ存在でいたいような
けれどもことばだけは誰かのこころに
ずんとくるいっしゅんくらい、あったらいいのに
高望み高望みと、通院帰りをとぼとぼ歩く